2022年12月31日土曜日

今年の3冊

 
2022年はいろいろなことがあって、下半期
ほとんどまともに映画を観られなかったの
で、埋め合わせと言ってはなんなんですが、
「今年の3冊」を選んでみた。夜、静かにし
ている必要があって、例年以上に本をよく読
んだということもある。いずれも、読んだひ
との読書生活をいくらか豊かにしてくれる、
優れた本であると思う。

『ジョン・フォード論』
蓮實重彥 著   文藝春秋

『われらの時代・男だけの世界』
ヘミングウェイ 著 高見浩 訳 新潮文庫

『日本の黒い霧』
松本清張 著  文春文庫


①がなぜおもしろいか、ひとに説明するのは
難しいが、まあ言ってみれば蓮實氏がフォー
ドの映画を鑑賞するのにかけた膨大な時間を、
少しだけ味わわせてもらっているような感じ
である。名作だろうと失敗作だろうと、あま
り分け隔てしない。ただひたすら、残されて
いるフィルムを観て、そこに映る馬に、樹木
に、翻る白いエプロンに、「投げる」という
動作に、悦びを見出す。正直言ってフォード
の映画は、いま観て「これはおもしろい!」
と膝を打つような作品はあまり多くないと個
人的には思う。なのでフォードの映画よりも
本書を読むほうがおもしろいというのは皮肉
というかなんというか。
②はヘミングウェイの初期の短篇集2冊を収
める。パリ時代、キー・ウェスト時代、キュ
ーバ時代で分けるならパリ時代ということに
なるが、これが清新で、ずっしりと手ごたえ
のある、良い短篇集なのである。訳も良いし、
巻末の解説も読みごたえがある。
③はいまよりずっと日本が「なんでもあり」
だった時代というのか、防犯カメラも無いし
DNA鑑定も無い、危ない手段で目的を遂げよ
うとする側にとっては、今よりはるかに都合
がよかった時代、という感じがする。帝銀事
件や下山事件などはその典型である。推理小
説ファンには、スパッとした解決の無い本書
は煮え切らないのかもしれないが、松本によ
る「確実に言えること」と「ほぼ確実な推論」
と「単なる推論」の整理の仕方の手際はかな
り鮮やかなものである。

来年も良い本と出会いたい。

2022年12月19日月曜日

読書⑳

 
『おじさんメモリアル』
鈴木涼美 著   扶桑社

このひとの文章は、一度に大量に読むと胸
やけしそうになるが、1日に2章とか、ちょ
っとずつ読むとちょうどいい。そして私は
涼美さんがミスチルの歌詞を少しだけ文章
に織り交ぜるやり方がけっこう好きである。

変わったおじさんや素敵なおじさまの生態
を、まさに身銭を切って(切らせて?)集
めたのが本書である。よくまあこんなにエ
ピソードが集まるものだ、と他人事のよう
に感心している場合ではないのかもしれな
いが。













『富良野風話』
倉本聰 著   理論社

どこかの雑誌に載ったごく短いコラムを集
めたもの。
富良野に拠点を構え、富良野塾で生活ごと
役者の卵たちの面倒をみる倉本だからこそ
の書きぶりが目立つ。資本主義への疑問、
消費至上社会への嘆き。ただまあ、倉本聰
ならこう書くだろうな、という感じではあ
る。たしかに嘆かわしいことばかりの世の
中である。そうではあるのだが…。


2022年12月14日水曜日

読書⑲

 
『街と犬たち』
バルガス・ジョサ 著  寺尾隆吉 訳
光文社古典新訳文庫

税込み1694円というとすでに文庫本の値段で
はないようにも思われるが、これだけ分厚いと
どれだけがんばっても1週間はかかることを考
えると、1週間も楽しめてたったの1700円は安
いともいえる。というか私はいつもそう考えて
しまう。

世界的なラテン・アメリカ文学ブームの火付け
役となったと言われる本書は、レオンシオ・プ
ラド軍人養成学校というペルーに実在の学校を
舞台にした、野蛮で猥雑で「不届き」な小説で
ある。実際、レオンシオ・プラドから抗議も受
けたという。小説の中で、貧困とか「根性を叩
き直す」と親に強制的に入れられたとか、様々
な理由で入学したティーンエイジャーたちが訓
練を受ける軍人学校では、上級生による下級生
への壮絶ないじめが常態化している。下級生は
「犬」と呼ばれ、人権は無いに等しい。また当
然のように酒、たばこ、賭け事、試験問題の不
正取得などの「ほぼ犯罪」が蔓延している。ま
あ実在の学校からすればたまったものではない
だろう。
物語は、ラブレターの代筆やエロ小説を書いて
売ることでうまくやっているアルベルトと、上
級生をも恐れぬ腕っぷしと胆力でリーダー的存
在となったジャガーの二人を軸に進んでいく。
それはやがて一発の銃弾に収斂していくのだが、
時間と空間を頻繁に行き来する構成、会話だけ
が延々と地の文で続く章があるなど、すでにラ
テン・アメリカ文学の特徴であるナラティブへ
の明確な意識がここにはある。ページを繰るの
をやめられないという独特の引力も…。

しかしひとつ言うと、旧訳の『都会と犬ども』
のほうが、タイトルとしては良い気がする。
そして表紙の犬の絵がちょっと脱力系なのも
あまり合っていない。














聞き書き 倉本聰 ドラマ人生』
北海道新聞社

1年半もの期間に及ぶ長時間インタビューを
もとに構成された本書では、倉本聰というま
さに「日本のテレビドラマそのもの」である
ような巨大な存在が、どのようにして生まれ、
膨大な量の作品を書き続けて来れたのかが語
られる。

最初はニッポン放送に勤めながらペンネーム
で書いていたので、上司に「最近出てきたこ
の『倉本聰』ってのに会いに行ってこい」と
命じられて困った話や、大河ドラマ『勝海舟』
を降板してそのまま北海道に移住してしまっ
た話など、まあどこかで聞き覚えはあるのだ
が、おもしろいエピソードには事欠かない。
それにしても多作なのにはあらためて驚嘆す
る。

初めて知ったが、大江健三郎と東大の同級な
のである。学生新聞で柏原兵三を入れた3人
で鼎談したこともあり、柏原は感じがよくて、
大江は感じが悪かったというのが私にはもう
おもしろい。「北の国から」に「こごみ」と
いう色っぽくて奔放な飲み屋の女が出て来て
黒板五郎と恋仲になるのだが、ある時倉本と
すれ違ったときに大江が「こごみって良いね」
と言ったというのである。そうかぁ、大江健
三郎も「北の国から」を観てるんですねー。


2022年12月10日土曜日

【LIVE!】 森山直太朗


 20thアニバーサリーツアー『素晴らしい世界』
 〈後篇〉フルバンド

  1. 花
  2. カク云ウボクモ
  3. 花鳥風月
  4. レスター
  5. 愛し君へ
  6. papa
  7. 夏の終わり
  8. 素晴らしい世界

 ~ミニドラマ~
 
  9. 愛してるって言ってみな
 10. すぐそこにNEW DAYS
 11. よく虫が死んでいる
 12. boku
 13. 金色の空
 14. 君は五番目の季節
 15. 生きてることが辛いなら
 16. どこもかしこも駐車場

<Encore>
  1. フォークは僕に優しく語りかけてくる友達
  2. さくら

                  11.24(木) 中野サンプラザ


ミュージシャンが続々と、いまのサンプラザ
との別れを惜しんでいるが、直太朗もけっこ
う思い入れがある様子。建て替えて、キャパ
7000人のホールにするというが、果たして…。

フルバンド編成とはいえ、エレキな方向では
なく、いつにも増してパーカッシブというか、
鳥の声とか風の音を模したサウンドを多めに
取り入れてなかなか独創的である。「夏の終
わり」なんかはわりとジャングル感すらあっ
たというか、鬱蒼とした森で迎える夏の終わ
り?

昨年コロナに感染して生死の境をさまようぐ
らいひどかった経験を語って演奏された「素
晴らしい世界」の力の入りようたるや。映像
の演出ともあいまって鬼気迫るものがあった。

転換で流れたミニドラマは、もちろん直太朗
が出演し、「うきわ」で共演した西田尚美や
黒田大輔も出演している本格的なもの。タク
シーの中の一幕ものである。「愛してるって
言ってみな」につなげるためのバカバカしい
ドラマだが…。

ベストアクトは「素晴らしい世界」にするし
かなかろう。ほかの曲と気合の入り方がまっ
たく違う。


2022年12月6日火曜日

読書⑱

 
『月日の残像』
山田太一 著  新潮文庫

「考える人」に連載されていた長めのエッ
セイをまとめたもの。
山田太一が松竹大船撮影所で助監督をして
いたとは知らなかった。その頃の思い出に
は木下恵介や小津安二郎も出てくる。
タイトルからも分かるように、昔の記憶、
それも幼い頃に見た風景や交わした会話な
どを起点につづられる文章なのだが、その
記憶はどちらかというと苦いものが多い。
苦いだけでなく、滑稽さや恥ずかしさ、や
るせなさが入り混じった、なんとも形容し
がたい感情を、ほんとうによく覚えている
というか、それをそのまま文章で喚起して
みせる能力には驚かされる。あるいは脚本
家というのはそういう能力に秀でた者がな
るものかもしれない。流麗な文章では決し
てないのだが、どんどん次が読みたくなる。














『獣でなぜ悪い』
園子温 著  文藝春秋  

今となってはなんだか意味深なタイトルに
なってしまったが、買ったのはずいぶん前
のことである。
女優を主人公に数々の破格の映画を撮って
きた園子温による「女性論」になっており、
ちょっと危ない話も書いてあるのかと思い
きや、至って誠実に、自分がどういう道筋
をたどって女性が主役の映画ばかり撮るよ
うになったかを書いている。『紀子の食卓』
を撮影したことによって、さらに言えばそ
こで吉高由里子というまったくのド新人を
演出したことによって、自分はようやく映
画監督というものになることができた、と
いうことなのである。

このエッセイのおもしろさは「率直さ」か
ら来ていると思う。『愛のむきだし』や
『ヒミズ』といった自分の映画の制作過程
を振り返りながら、のちに妻となった神楽
坂恵との出会い、彼女の本名が母親と同じ
「いづみ」だったことから「これじゃまる
でマザコンのようだ、なんとか克服しない
といけない」と、『恋の罪』での役名を
「いずみ」にしたことなど、この時期の園
映画をかなり熱心に観ていた私でも知らな
いことばかりだ。

そして今の若者に向けた檄文でもある本書
の主張は
「映画なんか見なくていいから古典を読め!」
という意外にまともというか、アナクロな
もの。旧作邦画をクサす場面では、『浮雲』
なんて不愉快なだけでなんにもおもしろくな
いじゃないかと主張しており、私もそう思っ
ていたので溜飲を下げる。



2022年12月2日金曜日

セイント・フランシス

 
☆☆☆★★   アレックス・トンプソン  2022年

ギンレイホールもひとまず閉館してしまうと
いうことで、まあさほど足しげく通ったわけ
でもないが、いちおう最後の記念に。『ベイ
ビー・ブローカー』のほうが目当てだったの
でこちらにはたいして期待していなかったが、
予想以上の秀作であった。

迷える34歳の独身女性ブリジットを演じたケ
リー・オサリヴァンが、脚本も書いていると
いうから驚いた。焦燥感のようなものと、芯
の強さみたいなものがにじみ出てくるいい演
技だった。脚本も子どものセリフなど特に巧
みだと思う。

同年代が結婚・出産を経験していくなか焦り
を感じているブリジットが、フランシスとい
う6歳の少女とナニー(子守り)の仕事を通
じて、心を通わせあうという話。このフラン
シスがはちゃめちゃで愛らしいし、コメディ
としてしっかりおもしろい。そのうえ、2人
目が生まれてパートナーは仕事に忙しく、産
後うつになりかかっているフランシスの母親
の疲れ切った演技も真に迫っていて思わず胸
がつまる。

                      11.13(日) ギンレイホール




2022年11月28日月曜日

ベイビー・ブローカー

 
☆☆☆★★   是枝裕和   2022年

土砂降りの住宅街で、赤ちゃんを抱いた(とい
うのはもう少しあとで分かるのだが)母親が階
段をのぼっていく後ろ姿をとらえたファースト・
シーンは、なんだか『パラサイト』でまったく
同じようなカットを観た気がしたが、まあ同じ
撮影監督だし、ソン・ガンホとペ・ドゥナを使
わせてもらってるのでちょっとポン・ジュノに
目配せということか。

フランスでカトリーヌ・ドヌーヴと映画を撮っ
た次の作品で、韓国の制作陣と俳優とともに韓
国で映画を撮影する是枝さんは、作品の出来を
脇に置いたとしても、その姿勢がすでにエライ
と思う。あんたはエライ。そして今作は『真実』
よりも良い出来なのである。

ついつい頭でっかちというか、説教くさくなっ
てしまうのが是枝さんの悪癖で、それが薄けれ
ば薄いほど良い作品になる、というのが私の認
識である。この映画は赤ちゃんポストや人身売
買が題材になっており、ただでさえ説教が始ま
りそうな雰囲気があり、「生まれてきてくれて
ありがとう」なんていう歯の浮くような、まと
もにセリフとして発せられれば怖気をふるうよ
うなセリフまであるのにも関わらず、私は良い
作品だと思った。このセリフにたどり着くため
の140分と考えてもよかろうが、この場面はと
てもうまくいっている。全体的に子役が良い味
出している。ソン・ガンホはいつも通りすばら
しい。
「私たちの方がブローカーみたい」という若手
の警官のセリフは要らなかった気がするが…。

                           11.13(日) ギンレイホール




2022年11月24日木曜日

読書⑰

 
『脂肪の塊/ロンドリ姉妹 モーパッサン傑作選
モーパッサン 著  太田浩一 訳
光文社古典新訳文庫

モーパッサンといえば出世作である「脂肪の
塊」。読んだことがなくても、このタイトル
だけは知っている。一読、なるほど人間とい
うものの卑しさ、浅ましさを冷笑的に書いた
鋭利な切れ味のナイフのような短編である。
舞台はプロイセンの侵攻を受けているフラン
ス。"Boule de suif"とは直訳すれば「脂肪の
ボール」ということらしいが、これは太った
娼婦のあだ名である。「偶然同じ馬車に乗り
合わせた客たち」というのは運命共同体であ
る。それが危険な逃避行であればなおさら。
身分の貴賤に関わらず、助け合った方が生き
延びる確率は上がる「はず」なのに、登場人
物たちはさまざまな欺瞞を並べ立てながら自
己保身に汲々とする。しかし、自分が同じ状
況に陥ったときに、同じことをしないと言い
切れるひとはいるだろうか。

『ジョン・フォード論』を読んでいて蓮實氏
が「脂肪の塊」に言及するのはなぜなのか分
からなかったのだが、なるほどフォードの
『駅馬車』と「脂肪の塊」は状況としては同
じなわけである。

他にも多くの短篇と、中篇の「ロンドリ姉妹」
を収める。こちらもなかなかおもしろい。















『謎ときサリンジャー 「自殺」したのは誰なのか
竹内康浩 朴舜起 著  新潮選書

先日、飲んでいるときに友人から「今日読み
終わったから」と貸されたのだが、冒頭の50
ページにまず度肝を抜かれる。幼いシーモア
の予言から「バナナフィッシュ」の最後の場
面の男の「自死」の"奇妙さ"を指摘し、返す
刀ですぐにそれを半分解き明かしてみせる手
ぎわの鮮やかさには、思わず興奮を覚えた。
私もバナナフィッシュのラストはシーモアの
精神不安定による拳銃自殺だと思って何も疑
わなかった読者のひとりである。そもそもシ
ーモアの予言が書かれた『ハプワース』を読
んでいないので、サリンジャーが短篇「バナ
ナフィッシュにうってつけの日」に仕掛けた
謎を私が素通りしたのは、当然といえば当然
なのだが。

中盤以降、やや興奮は薄まったが、俳句や弓
道といった意外な要素を援用しながらサリン
ジャー文学の核心に迫っていく。題名に偽り
なし、ということは言えると思う。





2022年11月20日日曜日

【LIVE!】 山下達郎

 
  PERFORMANCE 2022

 1. SPARKLE
 2. あまく危険な香り
 3. RECIPE
 4. 人力飛行機
 5. MUSIC BOOK
 6. 僕らの夏の夢
 7. 君は天然色(大瀧詠一)
 8. Paper Doll
 9. シャンプー
10. おやすみ、ロージー -Angel Babyへのオマージュ-
11. I ONLY HAVE EYES FOR YOU
12. クリスマス・イブ
13. 蒼氓
14. さよなら夏の日
15. BOMBER
16. SILENT SCREAMER
17. LET'S DANCE BABY
18. ハイティーン・ブギ
19. アトムの子

<Encore>
 1. パレード
 2. Ride On Time
 3. いつか (SOMEDAY)
 4. YOUR EYES

                         10.26(水) NHKホール

"SPARKLE" ~ "あまく危険な香り"という
「いつも通り」の出だしながら、3年ぶりの
ツアーはとても「待望」の雰囲気に満ちて
いた。達郎のよく言う「3階席のいちばん後
ろのあなた! あなたまでちゃんと届くよう
に歌いますからね」というのがなんか良いん
だよね。あれで会場の一体感がぐんと上がる。

もともと、毎年やっていた全国ツアーを2020
年は休むと宣言していたので、事務所的には
コロナのダメージは無いに等しく、達郎はみ
んなから「予言者」「救世主」と崇められて
いると笑っていた。

達郎はドラムにいちばん厳しく注文を付ける
らしいが、前任の青山純の何がよかったかっ
て、バスドラが「重い」ことだとラジオで断
言していたのが印象に残っていて、ライブで
はいつもバスドラを注意して聴いてしまうの
だが、小笠原拓海のバスドラも3年前より着
実に重くなっているような気がした。

ベストアクトは「人力飛行機」にしよう。
演奏の程よい抜け感がカッコいい。

2022年11月16日水曜日

スパルタカス

 
☆☆☆★  スタンリー・キューブリック 1960年

だいたい完璧主義者と言われる監督が歴史
超大作を撮ると、完成しないか、そうでな
くてもひどい出来になるような気がするが、
キューブリックでいちばんの長尺である本
作は、気合は感じるものの、なんだかあま
り腹にたまらないというか、もうちょっと
クセが強くてもよかったかなと。それは美
術なのか撮影なのか、そもそも脚本なのか、
原因ははっきりとは言い難いが、少なくと
も戦闘後の戦場が死体で足の踏み場もない
ほど埋め尽くされている、ああいう異様さ
が他にもあってよさそうに思った。

キューブリックでいえば『バリー・リンド
ン』も長尺だし歴史ものだし、もっとスト
ーリーは退屈だけれど、思わずスクリーン
に釘付けにさせられるような、特殊な力が
あったように思う。

                        10.17(月) BSプレミアム




2022年11月12日土曜日

読書⑯

 
『ベイルート961時間(とそれにまつわる321皿の料理)
関口涼子 著   講談社

料理に関するエッセイを書いて出版すると
いう契約で、1か月半(=961時間)ベイル
ートに滞在する機会を得た、フランス在住
の著者。自炊はしないことに決め、滞在中
に321皿の料理を食べ、321章から成るこ
の本を書き上げた。この本の特徴はなんと
いっても短い章で区切られていることで、
一つの章は長くても2ページ、短いと本文
は無くて章のタイトルが一文になっていた
りする。料理とは国民性を映すものでもあ
り、どこまでいっても個人的なものでもあ
る。
しかし書き上げた後でレバノンでは革命が
起こり、そしてベイルート港での凄惨な爆
発事故があった。本書には著者の前著にも
絡めて「カタストロフ前夜」という言葉が
何度も出てきて、それはカタストロフが起
こるまでは、人々は自分たちがカタストロ
フ前夜を生きていることを知らないという
意味で、こう書くと当たり前のことでもあ
るのだが、実際に都市の三分の一を吹き飛
ばしてしまったという爆発事故によって、
永久に失われてしまったものを思うと重み
のある言葉である。














「グレイスレス」
鈴木涼美 著   文學界2022年11月号

小説第2作は、AV女優専門の化粧師の目か
らアダルトビデオの世界を職業人の醒めた
目で描写しつつ、鎌倉とおぼしき土地で大
量の本に囲まれて祖母と暮らす主人公の生
活が、今回もわりと淡々とした文章で描か
れる。AVの撮影現場のディテイルにはもち
ろん、著者の実体験が活きているのだろう。



2022年11月6日日曜日

【LIVE!】 スガシカオ

 
スガシカオ25周年ツアー 大感謝祭2022

  1. 午後のパレード
  2. コノユビトマレ
  3. イジメテミタイ
  4. アシンメトリー
  5. 斜陽
  6. アストライド
  7. 10月のバースデー
  8. コーヒー
  9. ココニイルコト
 10. アオゾラペダル
 11. 夜空ノムコウ
 12. Real Face
 13. 前人未到のハイジャンプ
 14. ぬれた靴
 15. 春夏秋冬
 16. バニラ(新曲)
 17. さよならサンセット(新曲)
 18. 国道4号線(新曲)
 19. アイタイ
 20. サナギ
 21. 19才
 22. ドキドキしちゃう
 23. Thank you

<Encore>
  1. 真夏の夜のユメ
  2. 真夜中の虹
  3. Progress

              10.14(金) 東京国際フォーラム ホールA


シカオちゃん確実に10年前より歌うまく
なったよなー。声が太いし、ピッチの安定
感が増した。

25周年の大感謝祭と銘打たれたライブでは
あるが、ベスト盤選曲で埋め尽くすのでは
なく、わりとマイナーな曲もやってくれて
満足。
「前人未到のハイジャンプ」~「ぬれた靴」
なんてまったく予想もしていなかった曲で、
しかもすごく好きな曲なので喜ぶ。

ベストアクトは本編最後の「Thank you」。
ファンクでありながら、かつ絶妙にポップ
でもあるこのグルーヴを、シカオちゃん以
外に出せる者はまずいまい。イントロに乗
せて「25周年の感謝を込めて!」と言って
から歌が始まったが、出だしの歌詞が感謝
とはおよそかけ離れた内容なので笑う。

   ねぇ 明日 しんでしまおうかしら…
   もどかしいこと全てのあてつけに
   君の心ゆれますか?
   ぼくのことで後悔してくれますか?



2022年11月2日水曜日

読書⑮

 
『勝者に報酬はない キリマンジャロの雪/ヘミングウェイ全短編2
ヘミングウェイ 著 高見浩 訳 新潮文庫

ハドリーとの離婚とポーリーンとの結婚、『日
はまた昇る』という、複数の知人をモデルにし
た小説を書いたことなどにより、拠点をパリか
らフロリダ半島の先端からさらに先の、キー・
ウエストに移したヘミングウェイ。この「全短
編2」には、その時代に書かれた充実した作品
群を収める。繊細な筆致ではあるものの、なん
だか自信が漲っているとともに、このあたりの
時期から、海にクルーズ船で繰り出していって
太い腕でカジキを釣り上げているような、私た
ちがふつうイメージする(といっていいのか分
からないが)「パパ・ヘミングウェイ」の像が
かたちづくられていくようだ。
とはいえそれはポーリーンの親族の財政的な援
助あってのものだったという、訳者による解説
は今回も興味深い。

短篇集『勝者に報酬はない』はあいかわらず読
みごたえは充分で、「最前線」のようなヒヤリ
とする狂気を湛えたものがあるかと思えば、
「死ぬかと思って」の熱を出した子どもの姿は
とてもかわいかったりする。
まあしかし出色はアフリカでのハンティングの
経験を元に生まれた「キリマンジャロの雪」と
「フランシス・マカンバーの短い幸福な生涯」
だろう。どちらも忘れがたいラストシーンが深
い余韻を残す。













『おいしいごはんが食べられますように』
高瀬隼子 著   講談社

可愛い装丁とゆるいテレビドラマのようなタ
イトルに油断すると、この不穏な小説の餌食
となるだろう。一読、「ありそうでなかった
小説」という感じがした。どこにでもある
「小さめの大企業」といったらいいのか、全
国に支社もあり、転勤もあるような会社の、
ある支社を舞台にした職場小説である。

押尾さんという人物も好感がもてて良いキャ
ラクターだが、やはり二谷という底が浅いん
だか深いんだか、そういう意味で「底が知れ
ない」人物の造形が非常にうまい。


2022年10月29日土曜日

マイ・ブロークン・マリコ

 
☆☆☆★  タナダユキ  2022年

ラーメンをすする永野芽郁がニュースで偶然
耳にした友人(奈緒)の訃報から幕を開けた
物語は、少しづつ、この2人の間のいびつで
奇妙な友情を明らかにしていく。
永野は奈緒を虐待していた親の元から遺骨を
無理やり「奪還」し、それを抱えたままある
岬にやってくる。漁師(?)の窪田正孝が出
てきたあたりからだいぶタナダユキ節が出始
めて期待が高まるものの、炸裂するまでには
至らず。
観ながら「奈緒がヘンな友人の役」という共
通点のある『君は永遠にそいつらより若い』
を思い出したが、あちらの方が秀作。

                  10.11(火) TOHOシネマズ新宿




2022年10月23日日曜日

読書⑭


『ダロウェイ夫人』
ヴァージニア・ウルフ 著  土屋政雄 訳
光文社古典新訳文庫

私もご多分に漏れず最初は『めぐりあう時間た
ち』という映画を観て本書を手に取ったのだが、
途中で挫折(そういう人は多いのではないだろ
うか。たいがいおもしろくないものね)。
それをもう一度読んでみようと思ったのは、私
の読書生活を深く浸食していることでおなじみ
Eテレの番組「100分de名著」の特別編、その
名も「100分deパンデミック論」で、パネリス
トの英文学者、小川公代がこの本をとり上げて
述べた内容に興味を惹かれたから。とはいえ小
説内でパンデミックが直接描かれるわけではな
い。

この小説は1923年6月のある1日、自宅で開く
パーティーの準備をするために、主人公のクラ
リッサ・ダロウェイが朝、花を買いに行くとこ
ろから始まり、夜のパーティーの場面で幕を閉
じる。その1日だけを、いろいろな人物の意識
に憑依するように移り変わりながら描いている。
小川が言うには、ヨーロッパは1918年~20年
にかけてスペインかぜの大流行に見舞われ、多
数の死者を出した。クラリッサも病後だという
記述があるので、おそらくスペインかぜに罹患
して回復した後である。墓地に関する記述もあ
り、鐘が時を告げるという文章が何度も繰り返
し出てくる(「鉛の同心円が空気に溶ける」)。
鐘とは弔鐘でもある、というのである(これを
言ったのはあるいは高橋源一郎だったか?)

ほう、そうか、と思った。最初に読んだときに
はそんなことまったく気がつかなかった。とて
もおもしろい指摘であるので、次はぜひ気を付
けて読んでみよう、と決意して、どこかにパン
デミックの痕跡がないかと注意深く、目を皿に
して再読したつもりなのだが、結論からいうと、
どこにもその痕跡は発見できなかったのである。

もちろん「スペインかぜ」という言葉は一度も
出てこないし、3年前の大流行を匂わせるような
描写もまったく見当たらない。墓に目をやって
何かを思うという描写はあれど、それは第一次
世界大戦の死者を葬った墓である。問題の「ク
ラリッサが病気で臥せっていた」という記述だ
が、果たしてそんな文章あったかな? まさか
英文学者がこの本についてでたらめを言うとは
思えないので、単調な文章に集中が続かなくて
私が読み飛ばしてしまった可能性もあるが、そ
んな記述はどこにも無かったように思う。

つまり、この小説はパンデミック文学の範疇に
入れるには無理があるどころか、直近にあった
パンデミックをわざと「言い落している」よう
にも思えるのである。逆にそちらのほうが興味
深いのではないか。













『ちぐはぐな身体 ファッションって何?
鷲田清一 著  ちくま文庫

そもそも服ってなんで着るんだっけ?
という地点から話は始まる。そこから制服を
「着くずす」こと、という誰もが覚えのある
事柄に論を進めるのがおもしろい。それは贈
り物の箱を振って中身を推測するように、規
範の中で自らがはみ出せる限界を探っている
行為なのだという比喩が卓抜である。
そしてヨウジヤマモトやコム デ ギャルソン
の、裏返しになった服や奇妙なフォルムの服
など、「服の常識を覆すような服」は、どう
して作られたのか。「制度と寝る服」と「制
度を侵犯する服」という対比は刺激的である。





2022年10月17日月曜日

8 1/2

 
☆☆☆★  フェデリコ・フェリーニ  1965年

実に3か月ぶりの映画館である。予告編が
終わって暗くなる瞬間はわくわくしました。
東宝の「午前10時の映画祭」ってまだやっ
てたんですね。強制的な早起き生活になっ
たため、朝ご飯をしっかり食べて家事を終
えても、朝8時半に新宿にいるのは苦でも
なんでもない。

マルチェロ・マストロヤンニ主演の、言わ
ずと知れた映画史に刻まれた作品である。
フェリーニ自身を思わせる映画監督を主人
公に、夢とうつつを行き来しながら描き出
される錯乱と混沌の世界。妻を演じるアヌ
ーク・エーメ、湯治場の幻の女クラウディ
ア・カルディナーレなどキャストも豪華そ
のもの。せわしなく流麗なワークを続ける
「動的な」カメラとともに、この映画に陶
然となったかというと…いまいち乗り切れ
なかったというのが正直なところ。ラスト
の、キャスト全員が輪になってダンスする
シーンはもともと無かったが、予告編とし
て撮影の機会が設けられたときにこのラス
トも撮ってしまったというのはおもしろい。

                9.29(木) TOHOシネマズ新宿




2022年10月11日火曜日

【LIVE!】 THE BACK HORN


KYO-MEI ワンマンライブ ~第四回夕焼け目撃者~

 1. 幾千光年の孤独
 2. 金輪際
 3. 涙がこぼれたら
 4. 情景泥棒
 5. ファイティングマンブルース
 6. 悪人
 7. 疾風怒濤
 8. カラビンカ
 9. 何もない世界
10. I believe
11. ひとり言
12. 輪郭
13. 瑠璃色のキャンバス
14. 世界中に花束を
15. 希望を鳴らせ
16. Running Away
17. ヒガンバナ
18. コバルトブルー
19. 刃

<ENCORE>
 1. 風の詩 
 2. 導火線 
 3. 太陽の花

             9.24(土) 日比谷野外音楽堂

台風の接近によるあいにくの大雨。
私は屋外での仕事もあるし、RISING SUN
ROCK FESTIVALという野外フェスにもけっ
こう毎年のように行っていたので、そこそ
この雨ならば、打たれるままに仕事をした
り音楽を聴いたりした経験はあるが、この
夜ほど長時間、体の隅々までぐっしょりと
重たく濡れるほど雨に打たれたことはない。
まあでもそれも野音である。

どちらかというとインドアなイメージのあ
るバックホーンだが、野音の空間に響くバッ
クホーンの音もなかなか良い。MCで山田も
言っていたが、秋の虫の声を聴きながら、
ビル街にロックンロールが響いていくこの
時期の野音の興趣というのは、格別である。

ファンのひと以外にはどうでもいいことだ
が、バックホーンの野音といえば1曲目は
「レクイエム」と相場が決まっていて、私
ももう勝手にその気になっていたので、菅
波が「幾千光年の孤独」のリフを弾き始め
てちょっと肩すかし。1曲目じゃないにし
てもどこかでやってくれると思って期待し
て待ったが、最後までやらず。久しぶりに
聴きたかったので残念であった。

ベストアクトは「ひとり言」。
「僕のそばにいて」と叫びながら床をのた
うちまわる山田にキュンキュンする曲であ
る。とはいえ山田の調子はまだいまひとつ。
10曲を超えたぐらいから明らかに高音が出
なくなってくる。手術してもなかなか元ど
おりとはいかないようだ。ま、ファンとし
ては、歌えなくなったりしなくて本当によ
かったと思ってますけどね。




2022年10月6日木曜日

【LIVE!】 銀杏BOYZ


 「君と僕だけが知らない宇宙へ」

 1. 人間
 2. NO FUTURE NO CRY
 3. YOU & I VS. THE WORLD
 4. 夢で逢えたら
 5. I DON'T WANNA DIE FOREVER
 6. トラッシュ
 7. 援助交際
 8. SEXTEEN
 9. 漂流教室
10. 新訳 銀河鉄道の夜
11. 東京
12. ぽあだむ
13. 夜王子と月の姫

<Movie 〜二回戦〜>

14. 若者たち
15. 駆け抜けて性春
16. 大人全滅
17. アーメン・ザーメン・メリーチェイン
18. 骨 (Vo.岡山健二)
19. 恋は永遠
20. エンジェルベイビー
21. 光
22. GOD SAVE THE わーるど
23. 金輪際
24. BABY BABY
25. 僕たちは世界を変えることができない

<Encore>
 1. 少年少女

                9.22(木) 中野サンプラザ

春のアコースティック・ツアーの特別編とし
て東京と大阪で開催。特に中野サンプラザは
銀杏BOYZとして改築前の最後の公演となるの
で、いろいろと思い出も語っていた。地下の
スタジオでよくリハーサルをしたとか、友達
だったフジファブリックの志村のお別れライ
ブを客として観たとか。とにかくほぼ1曲ごと
に喋らずにいられないのが、なんとなくエレ
カシの宮本と似ていると思った。

「今日はいっぱい曲やりますよ」と繰り返し
言っていたが、「夜王子と月の姫」で一度終
わって、「なんだそんなにやらないじゃん」
と思っていたら、第2部が長かった。アコー
スティック・ツアーの延長だった第1部から
打って変わって、耳をつんざくエレキギター
の轟音と峯田の絶叫が響き渡る、ハードでソ
リッドな第2部が始まった。ものすごい音量
なのだが、サンプラザで鳴ると少し嫌な周波
数成分が減衰するのだろうか、耳に優しい轟
音なのである。ほんとに良い会場だ。

第1部がわりと和気藹々というか、ほんわか
していたので、第2部の「若者たち」の絶叫
でやはりピリッとした感はある。しかしどち
らも峯田のもっている味なのである。どちら
もすばらしかった。

ベストアクトは「東京」。「漂流教室」もよ
かったけどね。



2022年10月1日土曜日

読書⑬

 
『下山事件』
森達也 著   新潮文庫

調べれば調べるほど、沼にはまっていくよう
に抜け出せなくなる。新たな事実が判明した
と思っても、深追いするとどこかで辻褄が合
わなくなり、また全体像が遠のく。それでも
調査することをやめられない。複雑怪奇な下
山事件を長年にわたって調査してきた斎藤茂
男はそれを「下山病に感染する」と呼んだ。

初代国鉄総裁の下山定則が、常磐線の線路上
で轢断死体となって発見されたのは昭和24年
7月。本書では新たな手掛かり「亜細亜産業」
から細い糸をたぐるようにして事件の関係者
(と思われる人物)にたどり着き、何とか事
件の新たな像を結ぼうとする。見えてきたの
はどす黒い戦後の闇に暗躍するGHQの諜報機
関とその協力者たち…。
チームで調査していたものの、週刊誌の事情
から分裂を余儀なくされ、3人がそれぞれ別々
の本を上梓することになる。そのへんの事情
を自分の過失も含めて正直に書いてしまう所
が森さんらしい。

あまりに面白くて思わず夜更かししてしまっ
た本は久しぶりである。














『1歳の君とバナナへ』
岡田悠 著   小学館

妻の妊娠判明から、子どもが1歳になって大
好物のバナナの皮をぽいっと捨てられるよう
になるまでの育児エッセイ。
著者は会計ソフトか何かの開発をしているら
しい。兼業で旅行記を書いて出版していると
のこと。文章は軽妙でなかなかおもしろいし、
改行が多くてざくざく読めるのが快感。いま
読んでいる『ダロウェイ夫人』がまた全然進
まないから、余計に。
8か月ころから、子どもが保育園で風邪をも
らいまくってくる描写がおそろしい。



2022年9月25日日曜日

読書⑫


『宝石/遺産 モーパッサン傑作選
モーパッサン 著 太田浩一 訳
光文社古典新訳文庫

『女の一生』は私にはまったくおもしろくな
かったので、いやでも短篇ならと思って買っ
てあったのを思い出した。
一読、やはり主戦場はこっち、と思うぐらい
粒ぞろいの良い短篇集である。決して長いと
はいえない作家人生で、300を超える短篇を
書いて書いて書きまくったモーパッサン。
アイディアと会話で読ませていく「車中にて」
「難破船」は、ユーモアの分量が絶妙である。
一方でしっかりとストーリーが練られた、中
篇の趣きの「遺産」「パラン氏」は、意外な
結末と苦い後味、人間への冷徹な視線が秀逸。
短篇集は古典新訳文庫から3つ出ている。早速
ほかの2冊も注文…。













『トニオ・クレーガー』
トーマス・マン 著 浅井晶子 訳
光文社古典新訳文庫

自伝的要素が濃いという作品って、なんとな
く名作(と言われる)確率が高いような気が
する。と書いてみて、何か誰もが納得の例を
挙げようとしたけど、『ペーター・カーメン
ツィント』しかパッと思いつかない。「名作」
と呼ばれることが多いのは、あるいは映画の
方かもしれない。監督の自伝的要素が入って
ると、けなしにくいよね。

本作は3部構成になっており、それぞれテイ
ストがまったく異なる。最初の少年期の、同
性への淡い恋心みたいなのは、ヘッセを思わ
せる。主人公の思いが、金髪の美少年ハンス
にほとんど届いていない様子なのがまた切な
いし、ヘッセ風。
青年期の藝術論は、正直言ってうっとうしい。
ヴィスコンティの『ヴェニスに死す』でも延
々と藝術論を戦わせるシーンがありましたね。
私は寝そうになりました。
最後、中年になってから、生まれ故郷の北ド
イツの街を経由してデンマークへと旅する行
程が描かれる。
全篇を通じて、「名前」への拘泥が興味深い。
北ドイツや北欧の響きがあるというインゲボ
ルグ、ハンス・ハンゼン、そして異国風の名
前であるトニオ・クレーガー。デンマークで
インゲボルグとハンスに再会したのかと思っ
ていたら、解説によると別人らしい。そうい
えば意味の分からない一文があった。翻訳は
むずかしいですね。



2022年9月18日日曜日

読書⑪

 
『テヘランでロリータを読む』
アーザル・ナフィーシー 著 市川恵里 訳
河出文庫

父はテヘラン市長という名門に生まれ、欧米
で教育を受けた著者は、1979年のイラン革命
直後に帰国し、テヘラン大学で教鞭をとり始
める。英米文学を中心に、イスラーム的な考
えとは相容れないものも関係なく教えたが、
結局81年にヴェールの着用強制をめぐって大
学当局と対立し、大学から追放される。

その後、優秀な女子学生だけを集めて、秘密
の読書会を毎週木曜日に自宅で開くわけであ
る。イスラーム革命により、女性の権利は著
しく制限され、ひとりで街を歩くことさえも
ままならなくなった折に、みんなで集まって
『ロリータ』を、『デイジー・ミラー』を読
み、議論する。話題は当然、現体制の抱える
矛盾を鋭くえぐったり嘲笑したり不満をぶつ
け合うような内容にもなる。それがどれほど
のリスクを伴い、覚悟の要る行為なのか、そ
れは時間も空間も遠く隔たり、政治と宗教の
結びつきの弱い日本(最近長く政権に居座っ
ていた人物は、そうじゃなかったみたいです
が!)に暮らす私にはとうてい肌身で実感す
ることはできないが、想像することはできる。

全4章はそれぞれ「ロリータ」「ギャツビー」
「ジェイムズ」「オースティン」と作家や作
品の名前が付けられており、さまざまな小説
・フィクションを縦軸に、当時のイランの
「激動の」社会状況の中で、著者が何を考え、
どのように行動したかがつづられる。その内
容は、知識人とはかくありたいと思うような
ものである。














『硝子戸の中』
夏目漱石 著   新潮文庫

漱石は「修善寺の大患」を経て、いわゆる漱
石山房に戻り、療養していた。書斎と庭との
間には硝子戸があり、執筆しながら時おり庭
を眺めていた。「書斎にゐる私の眼界は極め
て単調でさうして又極めて狭いのである」と
ある(仮名づかいは改めた)。
漱石山房は牛込区(現在は新宿区)早稲田南
町にあり、今は公園と記念館が建っているら
しい。いちど訪ねてみよう。

解説からの孫引きになるが、当時の漱石は新
聞社からもお荷物扱いに近い状況だったらし
く、現在の文豪・夏目漱石の像とのギャップ
には驚く。

 社内的には、漱石にはかつての池辺三山の
 ような有力な庇護者もなく、殊に「修善寺
 の大患」以来は、病気ばかりしている落ち
 目の小説家に過ぎない
     江藤淳『漱石とその時代 第五部』

まとまった随筆としては最後の作品となった。
内容は、飼い犬の死や、書いた原稿や絵画を
見てくれという依頼に閉口した話から、幼少
期の思い出まで、各回によっていろいろであ
る。どことなく「死」の影のつきまとう話が
多い気がするのは、思い過ごしではないだろ
う。

どうでもいいことだが、漱石は若冲が嫌い
だったらしい。「私はまたあの鶏の図が頗る
気に入らなかったので~」という記述がある。


2022年9月10日土曜日

読書⑩


 『ジョン・フォード論』
蓮實重彥 著   文藝春秋

いちいち「誰もが知っている」とか「あまり
にも有名な」とかが多くてうるさいし、「~
を見逃す者はいまい」とか言われるとイラッ
とくるのだが、しかしそれでもおもしろい。
反感を覚えながらもただの批評を超えたもの
を感じるのは、確実に「身銭を切ってる」感
じがあるからだ。なんせ著者は小学生の時か
らの筋金入りのフォードのファン。今でこそ、
大半の作品をDVDで簡単に観ることができる
が、そんなものの無い昔は、それこそすべて
のショットを見逃すまいとスクリーンを凝視
し続けてきただろう。しかも本書を書くにあ
たって確認したい箇所が出てきても、該当箇
所だけ見直すのではなく、必ず映画の全篇を
観ていたというのだから、どうかしてる。

この本を読むためだけに、この2年ほど予習
のためにBSで放送されるフォードの映画を
観るようにしていたが、けっこう代表的なと
ころが網羅されていたようで、とても助けに
なった。私はたったの12本観たにすぎないの
だが、まあはっきり言ってそれほどおもしろ
いとも美しいとも思えない作品がほとんど。
でももし『リオ・グランデの砦』や『駅馬車』
を観ていなければ、本書が何を語っているの
かも分からなかっただろうから、無駄ではな
かったのだろう。














『男も育休って、あり?』
羽田共一 著    雷鳥社

とある附属小学校の体育の教師である著者。
私は知らなかったのだが、附属小学校だと
担任が全教科を教えるのではなく、教科ご
とに教師が入れ替わって教えることがある
らしい。
著者は長女が生まれたときと長男が生まれ
たとき、それぞれ3か月の育休を取得した。
しかし小学校という職場特有の事情や、運
動会の運営なども担当する体育教諭という
仕事の特性(要は2学期がもっとも、段違い
に忙しいということらしい)、それにあい
にくの新型コロナの流行という事情までが
重なって、いろいろな煩悶や決断があった
と。そういった、育休を「取るまで」のあ
れこれと、育休中の過ごし方の両方を、い
かにも理系的思考の持ち主という感じで、
あとから整理したにしても、えらくきっぱ
りと理路整然と書き記している。

まあ情報としては有益だが、読んでいてお
もしろいかというと、そういうわけでもな
い。そしてこのタイトルで結論が「育休は
なし」だとそれはそれでおもしろいが、も
ちろん育休は「あり」ということである。


2022年9月6日火曜日

読書⑨

 
『最後の大君』
スコット・フィッツジェラルド 著
村上春樹 訳    中央公論新社

1930年代ハリウッドの映画プロデューサーを
主人公に据えた、フィッツジェラルド最後の長
篇小説。第6章を執筆中に作者は亡くなった。
未完の作品であるが、様々な構想メモや、手紙
の中で執筆中の小説について展望を述べていた
り、チャプターごとのアウトラインの詳細な覚
え書きが残されており、全9章の長大な物語が
想定されていたことが分かっている。

多くの登場人物と複雑な人間関係がスマートに
時に謎めいて描かれているが、本筋は妻を亡く
した映画プロデューサーのスター氏と、偶然に
出会った亡き妻に似たキャスリーンとの、オト
ナの恋といったら安っぽく聞こえるが、微妙な
心理と駆け引きと、本心を隠しながらの絶妙な
会話と…ということになろう。読んでいても本
当におもしろいのだが、自分の死期が近いこと
をフィッツジェラルドが知っていたのかどうか
はわからないが、人生の最期にこれを書いてい
たのかと思うと、読みながら胸に迫るものがあ
る。

未完の小説って、あまり食指が動かない、と
『明暗』の時にも書いた気がするが、やはり読
んでみるものだ。どちらも未完であることは不
思議とあまり気にならない。むしろ未完である
がゆえに生々しく浮かび上がるものがあるよう
にも思う。そして思えば『明暗』も、漱石とし
てはいちばん長い小説になるはずだった。














『すぐ寝る、よく寝る赤ちゃんの本』
和氣春花 著   青春出版社

ねんねトレーニング、略して「ねんトレ」な
どというらしい。赤ちゃんの夜泣きは、夜中
にふと目覚めたときに、自力で眠りに戻れず
に泣いてしまうのが主たる原因ということで、
自力で眠れるちからをトレーニングで身につ
けさせようという本である。


2022年8月31日水曜日

読書⑧

 
『デイジー・ミラー』
ヘンリー・ジェイムズ 著 小川高義 訳
新潮文庫

いま『テヘランでロリータを読む』を読んで
いる途中なのだが、この秘密の読書会をめぐ
る魅惑的かつ長大な文章の、全4章のうち1章
がヘンリー・ジェイムズに割かれており、そ
ういえば恥ずかしながら1冊も読んだことが
ないので、前に買ってあったこちらを先に読
むことに。文庫本、薄いし。

ピーター・ボグダノヴィッチによる映画版の
『デイジー・ミラー』でだいたいの筋立ては
覚えていた(珍しく)。ヒロインのデイジー・
ミラーは美しいアメリカ娘。レマン湖畔の保
養地に、母親と弟と一緒に観光に来ている。
周囲が眉をひそめるほどに、自由奔放で蠱惑
的なデイジーに主人公は翻弄されながらも、
冷静に観察することも怠らない。

デイジーは結局、軽率な行動が招いた熱病で
若くして死んでしまうのだが、埋葬された墓
地の描写に関する、訳者の解説が興味深い。














『きみは赤ちゃん』
川上未映子 著     文藝春秋

ひさびさに再読。
「妊娠中」と「出産後」に分かれていて、
どちらも甲乙つけがたくおもしろい。
さまざまな苦痛やもどかしさや怒りや疑問
を感じるたびに研ぎ澄まされる、なんとも
秀逸な表現に声を出して笑ってしまうこと
もしばしば。
夫の呼称がいつもの「あべちゃん」から不
意に「あべ」に変わる瞬間が絶妙である。


2022年8月27日土曜日

読書⑦

 
『ギフテッド』
鈴木涼美 著     文藝春秋

いつか小説は書くのだろうと思ってはいた
が、初の小説で芥川賞候補とは驚いた。
落選はしたが、スタートとしては上々なの
では。

新宿に暮らす水商売の女。身体には刺青が
いくつも彫られており、そのうちの1つは
かつて母に肌を焼かれた跡をうまくごまか
すためのもの。その母が死期を前にして、
ひとり住まいの娘の部屋に滞在するところ
から物語は始まる。

センセーショナルな表現を期待して読むと、
抑制のきいた「体温の低い」文章を意外に
思うもしれない。エッセイの過剰なまでの
饒舌さとはまったく味わいの違う文章で、
こちらはこちらで好ましく感じた。














『はじめての おうちモンテッソーリ』
北川真理子 著     KADOKAWA

イタリアのマリア・モンテッソーリ博士に
よって提唱されたモンテッソーリ教育は、
子どもには元来、みずから発達・成長して
いく力が備わっているので、それを阻害す
ることなく、なるべく自分で力を伸ばして
いけるように環境を整えるというもので、
全国に実践園があり、そこには専門の教育
者と独自の教具がある。
でも、基本的な考え方を知れば、おうちで
もできることがありますよ、というのがこ
の本の要旨である。例えば、子どもは物を
落として割ってしまったりこぼしてしまっ
たりすることで学び、次から落とさないよ
うにしようと考えるものであるので、最初
からストローマグではなくガラスのコップ
を使いましょう、とか。
なかなか興味深い指摘も多いのだが、当然
ながら家庭で実践できるものとできないも
のがある。まあ精神性を知るだけでもおも
しろい。





2022年8月22日月曜日

馬上の二人


☆☆☆★  ジョン・フォード   1961年

ジェームズ・スチュワート、リチャード・ウィ
ドマークの共演。
数少ないフォードのカラー作品のひとつ。
話としては新味はなく、コマンチ族にさらわ
れた白人の子どもたちを奪回するため、軍に
一時的に雇われた保安官のジェームズ・スチュ
ワート。彼はかつてコマンチの酋長と取引を
した実績があるのである。意に沿わない任務
と安い報酬に思いっきり毒づく保安官と、そ
れを宥めながら命がけの道行き(コマンチは
白人を殺して頭の皮を剝ぐという設定)を共
にする紳士的な騎兵隊員リチャード・ウィド
マークとの対比がおもしろい。というか、そ
れがこの話のすべてである。途中の川べりで
の二人の長いワンカットには唸らされるが、
蓮實氏がしきりにフォードの晩年の作品を美
しいと形容する、その意味はいまだに図りか
ねている。

                             8.11(木) BSプレミアム




2022年8月15日月曜日

読書⑥


『ショットとは何か』
蓮實重彥 著   講談社

映画において題名のとおり「ショットとは何
か」ということを、新旧問わず、洋の東西問
わず、膨大な「映画の記憶」を参照しながら
考察していく。

『見るレッスン』と内容的にカブる部分もあ
るが、まあ出てくる知らない映画の多さよ。
そしてそもそもの始めから、蓮實氏の映画の
見方が普通じゃないことが垣間見えるエピソ
ードが印象的。
『リオ・グランデの砦』(1950)でジョン・
ウェインがマッチを擦ってランプを灯すと暗
闇にいたモーリン・オハラが現れる場面を目
にして、中学生の頃に観た『わが谷は緑なり
き』(1941)の類似したショットと「同じこ
とをやっている!」と思った、というのだか
ら、もう最初から映画を「ショットの連鎖」
に還元して見る習慣が自然とあったというこ
とである。ちなみに私は公開年が9年離れた
この2本のジョン・フォードの映画を、来た
る『ジョン・フォード論』の予習のために
半年ほどの間しか空けずに観たのであるが、
「言われれば、そんな場面があったかなー」
程度の記憶である。













『緑の歌』
高 妍 作    ビームコミックス

『猫を棄てる』の挿絵を描いた台湾の女の子
の作品。村上春樹と細野晴臣への愛があふれ
たマンガで、なんだか自分の学生時代を読ん
でいるようでこそばゆい感じもある。そして
「プラトニック」という辞書の項目に載せた
いほどの素朴な純愛ストーリーに、忘れかけ
ていた何かを図らずも思い出しそうになる。
友人と行った細野さんの50周年コンサート
(@国際フォーラム)初日がマンガに描かれ
ていて驚き。


2022年8月4日木曜日

【LIVE!】 小沢健二


So kakkoii 宇宙 Shows

01. 流動体について
02. 飛行する君と僕のために
03. 大人になれば
04. アルペジオ
05. いちょう並木のセレナーデ
06. 今夜はブギー・バック/あの大きな心
07. あらし
08. フクロウの声が聞こえる
09. 天使たちのシーン
10. ローラースケート・パーク
11. 東京恋愛専科・または恋は言ってみりゃボディー・ブロー
12. 運命、というかUFOに(ドゥイ、ドゥイ)
13. 強い気持ち・強い愛
14. 天気読み
15. 高い塔
16. 泣いちゃう
17. ある光
18. 彗星

<Encore>
01. 失敗がいっぱい
02. ドアをノックするのは誰だ?(イントロのみ)
03. ぼくらが旅に出る理由
04. 薫る(労働と学業)
05. 彗星

                  6.25(土) 東京ガーデンシアター


もともとは2020年、ガーデンシアターのこけ
ら落としだったはずの公演が、1年延期され、
さらにまさかのもう1年延期されての、ようや
くの開催。このライブに込めるオザケンの気合
いはバンドメンバーの衣装を手がけることを始
めとして、凝りに凝りまくったメドレー中心の
新旧を自在に行き来するセットリスト、「離脱
!」の掛け声で演奏のテンポが半分になる謎の
ややこしいルール、そして物販にまで漲ってい
た。

何より驚いたのは、オケの指揮者(しかも服部
隆之)やハープ奏者までいる30人の大編成バン
ドなのに、ギターはオザケン本人だけ。サポー
トギターなし! リズム楽器でもあるギターの
テンポがほんのちょっとでも狂うと、とっても
カッコわるいことになるのに、それを歌いなが
ら1人で完璧にやる、しかも恐ろしく複雑なメ
ドレー構成と「離脱!ルール」まであって、す
べてをミスなくこなすのはまさに至難というか
ほとんどミッション・インポッシブルと言って
よいだろう。よほどの自信とみた。そして実際
オザケンは歌いまくりの弾きまくりでやっての
けたのである。細かい部分ではミスだらけと本
人は言っていたが、正直ぜんぜん分からなかっ
た。
ついでにいうとコーラス隊もおらず、3曲ぐら
いでバンドの誰かがコーラスを入れてた以外
は、歌声すべてがオザケンのみ。よっぽど自
信がある…のかは分からないが。
それにしても充実したライブで、もちろん2年
待った甲斐があったというか、天才が気合い
入れて準備するとここまでになるのか、とひ
とつの到達点を見せられた思い。

ベストアクトは、「フクロウの声が聞こえる」
の熱唱・熱演もかなり良かったのだが、前もそ
の曲にした気がするので、「泣いちゃう」~
「ある光」の流れに。

2022年7月23日土曜日

彼女が好きなものは

 
☆☆☆★   草野翔吾   2021年

2本目は、3年前のNHKドラマ「腐女子、うっ
かりゲイに告る」と同じライトノベルの映画
化。ドラマで藤野涼子と金子大地だった役を、
こちらでは山田杏奈と神尾楓珠が演じる。そ
う、実験都市UAの総理と総理補佐官はすでに
映画で共演済みだったのである。

ドラマ版と映画版であまり違いはない、とい
うかほとんど同じなのだが、ひとつ決定的な
のは映画ではこの話の重要なファクターであ
るQUEENの曲が1曲たりとも流れないという
ことである。権利の問題なのだろうか。ドラ
マでは自由に使えていたので、余計にその
「不在」が目立つことになる。ならいっその
ことQUEENを別のバンドに置き換えてもよ
かったのでは……と思ってしまう。

まあでも浴衣姿の山田杏奈がめちゃ可愛いの
でよしとしよう。

                             6.19(日) 目黒シネマ




2022年7月17日日曜日

ひらいて

 
☆☆☆★★  首藤凛   2021年

目黒シネマにて、山田杏奈の主演作2本立て
という秀逸な企画。
「17才の帝国」で"とちおとめ"こと総理補
佐官を演じた山田杏奈があまりに可愛いの
で、今までどんな作品に出ていたんだ…見
逃していた…と思っていた私のための企画
なのではないかと、呼ばれるような思いが
して、つい駆けつけてしまう。

綿矢りさ原作の学園ドラマ。山田杏奈は好
きな男子を手に入れるために、レズビアン
のフリをして男の彼女を篭絡するという、
なんだか遠回りなことをする"愛"という名
のヒロインを演じる。打算的な面と直情的
な面が共存していて、おおかた不機嫌な顔
をしていることが多いのだが、それもまた
良し。というか、学校が舞台で「嘘つきで
性格がわるいコ」が主役というのは意外と
珍しいのではないか。

カラオケであいみょんを歌うシーンがあっ
て、いまだに映画で女の子がカラオケで歌
う場面があると『谷村美月17歳、京都着。
~恋が色づくその前に~』を必ず思い出し
てしまう私はおかしいのでしょうか。心理
的なオブセッションかもしれない。

                              6.19(日) 目黒シネマ




2022年7月11日月曜日

オフィサー・アンド・スパイ

 
☆☆☆★  ロマン・ポランスキー  2022年

歴史的なスパイ冤罪事件“ドレフュス事件”の
映画化。
ユダヤ系の陸軍大尉ドレフュスにルイ・ガレ
ル。あらぬ罪を着せられたのは、ユダヤ人差
別が根柢にあるわけである。新たに情報局長
に任命され、冤罪を晴らす証拠を発見するピ
カール中佐にジャン・デュジャルダン。原題
でもある"J'accuse" 「私は告発する」と題し
た激烈な告発文を執筆してドレフュスとピカ
ールを擁護した文豪エミール・ゾラにアンド
レ・マルコン。
私は最近までドレフュス事件を知らなかった
が、『日本の黒い霧』の鹿地亘事件の項で、
松本清張が「みなさんご存じの」という感じ
で「ドレフュス事件」をしきりに引き合いに
出していた。当時は有名だったのだろう。こ
の映画を観たのはポランスキーの映画を久々
に観たかったからである。

開巻早々、「字幕監修:内田樹」の文字に驚
く。フランス映画なのに加えて、ユダヤ差別
が絡んでいるからの人選か。まあ、そうとう
な映画好きだから喜んでやってくれたのでは
ないかと想像する。

                     6.16(水) TOHOシネマズ新宿




2022年7月2日土曜日

長江哀歌

 
☆☆☆★   ジャ・ジャンクー  2007年

2009年の完成予定の、長江・三峡ダム建設
プロジェクト。一大国家事業により水没する
運命にある古都・奉節を舞台に、16年会っ
ていない妻を探す男と、半年に一度ほどしか
連絡をよこさない夫を探しにきた女の物語が、
ゆったりと紡がれていく。悠々と流れる長江
には当然、ゆったりとしたカメラワークが似
つかわしい。

ジャ・ジャンクーの代表作とはいえ、地味な
映画である。まず画が地味である。登場人物
の9割が「半裸のおじさん」か「タンクトッ
プのおにいさん」であり、あまり見目麗しい
とは言い難い。主役の男からして、村上春樹
をむさくるしくしたような、冴えないおじさ
んである。とても主役とは思えない。彼がう
ろうろと妻を探すさまを追ううちに、ダムの
底に沈んだ町、これから水没することが運命
づけられている町、そこに生きる人々の姿が
映し出される。

淡々と進む物語の途中で、CGを使ったカット
が2カットあり、意外とおちゃめな監督なんだ
な…と思う。

                              6.15(火) BSプレミアム




2022年6月21日火曜日

【LIVE!】 THE BACK HORN

 
 KYO-MEIワンマンツアー ~アントロギア~

 1. ユートピア
 2. ヒガンバナ
 3. 声
 4. 戯言
 5. 深海魚
 6. 生命線
 7. 疾風怒濤
 8. 桜色の涙
 9. 美しい名前
10. 夢路
11. 空、星、海の夜
12. 瑠璃色のキャンバス
13. ウロボロス
14. コバルトブルー
15. 太陽の花
16. 希望を鳴らせ
17. JOY

<Encore>
 1. ネバーエンディングストーリー
 2. 光の結晶
 3. グローリア
 
         6.10(金) Zepp DiverCity


アルバム『アントロギア』を引っ提げてのツ
アー。Zeppなのに椅子が並べられ、声も禁止。
まったくねぇ、いつまでこんな状況が続くの
やら。

言うまでもなくレコ発ツアーとはその元とな
る新譜が大事で、それは曲数をいちばん多く
やるからというのもあるけれど、やはり昔の
人気曲をやるにしても、どことなく新譜に漂
う「今のバンドのムード」が投影されてしま
うものだからでもある。
そういう「バンドの今」と昔の曲とのミック
ス具合がいつも絶妙で唸らされるのがバック
ホーンというバンドで、私が愛してやまない
理由でもあるのだが、今回は新譜の『アント
ロギア』がライブの燃料としてはそもそも若
干のパワー不足のような気がする。
それでもM8「桜色の涙」までは良かったの
だが、「美しい名前」で明らかに失速した感
が否めず。私がこの曲をライブで聞き飽きた
というのを差し引いても…。以降はなんとな
く低調なまま本編は終了。

アンコールはカーペンターズを意識したとい
う、アルバムでも明らかに浮いていたので個
人的にはやらなくていいと思っていた曲から
スタートしたが、これが意外に良くて、染み
た。聴いてみないと分からないものだ。続い
ての「光の結晶」~「グローリア」の流れが
このライブの中ではいちばんグッときたので
あった。
ベストアクトは「グローリア」にしたいとこ
ろだが、アンコール曲なのでやめて、「疾風
怒濤」。




2022年6月17日金曜日

流浪の月

 
☆☆☆★★    李相日   2022年

昔から「重たい」映画を撮る李相日が、全力で
重たい映画を撮った感じ。好意的に"重厚"と置
き換えてもいいが、150分ギリギリと苛まれる
ように観客を追い込んでいく映画はやはり「重
たい」。

女児誘拐事件をモチーフにした話で、松坂桃李
が事件で逮捕された大学生、広瀬すずは当時10
歳だった被害者のその後を演じる。2人ともと
てもいい。すずちゃんもとうとう大人の女性を
演じて違和感のない年齢になりましたな…。
まあ幼い頃から性的虐待を受けて、婚約者から
も殴られ、別れようとしたら付きまとわれ、自
分をかつて誘拐した罪で逮捕された「おにいさ
ん」の隣の部屋に引っ越して住むという、だい
ぶ特殊な事情の大人の女性ではあるが。そして
横浜流星の「ヤバい奴」っぷりも素晴らしい。
目が恐いよね。

観客も追い込むし、役者も徹底的に追い込むこ
とで有名な李相日は今作でも飽くことなく、納
得のいくまでとことんリハーサルを繰り返した
らしい。「情熱大陸」でもその一端は垣間見ら
れたし、そういう妥協のない姿勢はおのずと画
面にも出るものだと思う。
軽々しく「おもしろかった」なんて言えない雰
囲気の映画ではあるが、1800円の価値はあると
は確信をもって言える。

                              5.21(日) 新宿バルト9




2022年6月4日土曜日

ユリイカ

 
☆☆☆★★★   青山真治  2001年

バスジャック事件に巻き込まれ、たまたま
乗り合わせただけの乗客が目の前で射殺さ
れるのを見てしまった兄妹。兄(宮崎将)
の心はそこで壊れてしまったのだろう。
一方でなんとか持ちこたえた妹(宮崎あお
い)は、同じ事件で死の恐怖を味わったバ
ス運転手(役所広司)との共同生活の中で、
少しづつ再生への道を歩み始める。

監督・青山真治の代表作といえば、やはり
本作を措いてないだろう。ショットに漲る
緊張感がハンパではない。邦画ではあまり
感じたことのない映画としての「柄の大き
さ」があるし、上映時間217分という長い
長い旅だが、始まってしまえばスクリーン
に釘付けで、まったく苦痛を感じなかった。

と、初めて観たように書いているが、大学
2年生のいろいろと映画を観始めた頃に、
VHSで観ている。実に17年ぶりですな…。
ほとんどすべてを忘れていて、こんなに何
もかも忘れて果たして(以下同)

今回は「デジタル・マスター完全版」なる
ものを鑑賞。すばらしい体験だった。また
機会があったら映画館で観たいぐらいであ
る。

                           5.17(火) テアトル新宿