2024年3月9日土曜日

読書②

 
『映画の生まれる場所で』
是枝裕和 著   文春文庫

『真実』の企画が動き出し、実際に撮影に
入り、完成するまでの撮影日誌。カトリー
ヌ・ドヌーヴとジュリエット・ビノシュが
共演するフランス映画だった『真実』は、
ドヌーヴ演じるキャラクターの設定はもち
ろんのこと、ロケ地の選定(郊外はダメよ、
遠いから!)から撮影スケジュール(寝て
いるので午前中はNG)に至るまで、すべて
はドヌーヴを中心にまわっていた。女王様
ぶりを遺憾なく発揮しても、スタッフから
愛されてしまうチャーミングさがこの大女
優にはあるようだ。

絵コンテや撮影中にスタッフにあてた手紙
なども載っていてなかなか興味深い。フラ
ンス側のプロデューサーとの対立も正直に
書いていて、そういえば西川美和も初期か
らの制作担当者を解雇せざるを得なかった
気まずさの極みみたいな顛末を書いていた
ことを思い出す。

各地の映画祭を『万引き家族』を携えて飛
び回りながらの脚本執筆と撮影と編集は多
忙というほかない。さらに樹木希林が亡く
なって撮影中パリから東京にとんぼ返りま
でしたという。監督というのは常人の体力
ではとうてい無理である。













『家族終了』
酒井順子 著   集英社文庫

両親と兄が亡くなり、子どもの時から一緒
だった家族がひとりも居なくなってしまっ
た状態を「家族終了」と呼んで、そこから
想起される家族にまつわる個人的な、ある
いは一般的なあれこれを書いたエッセイで
ある。インパクトある書名に、思わず手に
取ってしまった。
すでに亡くなった酒井順子のお母さんとい
うひとがなかなか性的に奔放なひとだった
らしく、なるほど家庭のありようというの
は様々だし、中にいないと分からないもの
なんだなと思わされる。「昔から下ネタと
いうと筆が走るタイプ」と自分で言ってい
るのがおかしいが、たしかにそういう時の
文章の方がいきいきとしているようである。



2024年2月19日月曜日

落下の解剖学

 
☆☆☆★ ジュスティーヌ・トリエ 2024年

今年最初の映画は、遊びで応募してみた試
写会。「やっているSNSを選んでください」
の項目に「何もやっていない」と回答した
ので絶対当たらないと思っていたのだが、
なぜか当選。試写会なんて久しぶりである。

40人ぐらいが入れるギャガの試写室。青山
通り沿いの入り口を開けたらもうすぐにス
クリーンがある。あんなところがあるんで
すね。

タダで観といてなんだが、非常に宣伝に困
る映画である。まあ「カンヌっぽい」とい
えば伝わるだろうか。感情の補助線となる
ような音楽とか、美男美女が出てくるとか、
余計な装飾は一切無く、地味で、そしても
ちろん暗い。
夫婦生活の危機と破綻を、法廷サスペンス
で描いているが、ミステリのようでいて、
真相は最後まで分からないから謎解きでは
ない。心理劇を味わう作品である。

主演はドイツ人の女優ザンドラ・ヒュラー。
作家の役どころで、冷徹さも感じさせなが
ら、脆さもある、複雑な芝居で非常にうま
い。劇中では英語とフランス語を話す。昔
なじみの弁護士の役でスワン・アルロー。
磯村勇斗くんをシブくした感じの、かっこ
いいおじさんである。
そしてなにより犬が可愛い。

試写会のあとには鈴木涼美さんのトークイ
ベント。まあこちらが目当てだったと素直
に認めてしまってもいい。涼美さんのユー
モアの感覚が好きである。本作を観て『M
 愛すべき人がいて』という浜崎あゆみを題
材にした小説を想起したという話題から入
るあたりが最高。

タイトルを『アナトミー・オブ・ア・フォ
ール』とせずに、『落下の解剖学』という
邦題を付けたのは良い判断であったという
話にうなづく。

                        2.12(月) GAGA試写室




2024年2月10日土曜日

【LIVE!】 スガシカオ


    L'ULTIMO BACIO Anno23

 1. あまい果実
 2. おれ、やっぱ月に帰るわ
 3. バニラ
 4. 痛いよ
 5. あなたひとりだけしあわせになることは許されないのよ
 6. 夕立ち
 7. 海賊と黒い海
 8. 灯火
 9. さよならサンセット
10. アストライド
11. 獣ノニオイ
12. 覚醒
13. ハチミツ
14. 国道4号線
15. 労働なんかしないで光合成だけで生きたい
16. 東京ゼロメートル地帯
17. はじまりの日
18. コノユビトマレ
19. Thank you

ENCORE
 1. Cloudy
 2. 午後のパレード
 3. Progress

      12.23(土) 恵比寿ガーデンホール


いまさら去年のライブですが…。
恵比寿ガーデンホール恒例のクリスマス
ライブだが、アルバム"イノセント"のツ
アーファイナルも兼ねている。このツアー
行かなかったからちょうどよかった。
行かなかったのは、アルバムがさほど心
に響かなかったから。この日も、"バニラ"
はさすがにライブ映えしたものの、その
他はさらっと終わっていったような印象。
アンコールに「せっかくクリスマスなん
でね…」と言いながら"Cloudy"を弾き始
めた瞬間がいちばん嬉しかった。新曲の
"ハチミツ"はなんかK-POPみたいだった
し、選曲ももう一工夫ほしいところ。
次に期待かな!

2024年1月21日日曜日

読書①

 
読了したのは昨年ですが…あいかわらず感想を書くのが遅い。

『湖の女たち』
吉田修一 著  新潮文庫

100歳の寝たきりの老人が人工呼吸器を止め
られて殺されるという事件から始まる物語は、
湖の周りで平穏に生活してきた人間たちにそ
の事件が波及していく様を描写しながら、ど
んどんグロテスクさを増していく。

あいかわらずの「映像喚起力」というか、絵
が目に浮かぶ的確な描写力にはうならされる。
シーンの切り替わりや並べ方もすでに映画の
プロットのようで、そりゃ映画化もされるわ、
という感じ。しかし今回の内容だと、松本ま
りかは相当な"体当たり演技"を求められそう
だが…。

読後感としては後味はあまりよくなく、あま
り好きになれる登場人物もいないので、スッ
キリはしない。まさに湖のように、苦さが底
の方まで静かに沈殿していく感じである。















『テロルの原点 安田善次郎暗殺事件
中島岳志 著   新潮文庫

かの安田財閥の祖である安田善次郎を刺殺し
た朝日平吾という人物の半生を調査した評伝
である。もともとの『朝日平吾の鬱屈』を改
題した。
彼が資本家を「悪」とみなして、「君側の奸」
を成敗し、自らの死をもってその意義を世に
知らしめなければならないと決意し実行した
のはなぜなのか。
テロは連鎖し、原敬首相の暗殺は朝日平吾を
上司が褒めていたからという理由で別の青年
(中岡艮一)によって決行され、その不穏な
空気はやがて二・二六事件へとつながってい
く。

朝日という人物は文章を多く残しているが、
そこから窺われるのは苛立ち、不満、そして
高いプライドであって、こんなひとが職場に
居ようものなら相当扱いに困りそうである。
実際、仕事はひとつとして長続きせず、いく
ら大言壮語したってこれでは付いてくる人間
はいなかろうと思う。

著者はこの暗殺事件と社会背景に秋葉原無差
別殺傷事件の加藤智大の置かれていた状況を
重ねて見ているのであり、今回文庫になった
のは当然、2022年の安倍晋三の暗殺があった
からである。テロは往々にして連鎖する。負
の連鎖を許さないためにも、過去から学ぶ必
要があるということである。

2024年1月6日土曜日

2023年の1本(+ 1本)

 
去年は映画館で新作を13本、栃木のビジネ
スホテルのWOWOWで1本の計14本という、
惨憺たる数字であった。ベスト5を選ぶのさ
えもはやバカらしいので、1本だけベストを
選ぶことにする。
去年の私的ベストワンは…

『フェイブルマンズ』

である。
物心ついた時から老境に至るまでずっと映
画が好きで、映画を撮らずにはいられない
というスピルバーグの「業」を描いた映画
であった。暗いストーリーを最後の最後で
お茶目に変えてしまうラストカットが実に
見事。


もう1本、言及しておきたいのが(+ 1本)
の…

『PERFECT DAYS』

年末に観たこの映画も素晴らしかった。
仕事に不真面目な同僚やその彼女、飲み屋
の女とその元亭主なんかが絡んでくる部分
は陳腐かなーとも思いながらも、やはり役
所広司の淡々とした佇まいに惹かれるもの
があった。『都会のアリス』を思わせる
「おじさんと美少女」のべたべたしない関
係性もおもしろく観た。


2023年12月31日日曜日

PERFECT DAYS

 
☆☆☆★★★  ヴィム・ヴェンダース  2023年

淡々としたトイレ清掃員・平山(役所広司)
の日常が描かれる。無口ながらも、その仕
事ぶりから平山の人柄が伝わってくる。こ
ういうのが芝居だし、こういうのを演出と
いうんですよね。
もちろん日常だけでは映画は終わらず、い
ろいろと平山の平穏な日々をかき乱す要素
が現れてきて、そのたびに小さく波紋がゆ
れ、やがてまた静かな水面に戻る。そのへ
んのすべてに感心したわけでもないが、全
体として充実感のある作品になっていた。
平山がカーステレオでかけるカセットと寝
る前にしょぼいスタンドで読む小説のセレ
クトがなかなか興味深かった。
一年の最後にこの映画を観られて満足であっ
た。

最近『野生の棕櫚』が文庫になったのはこ
の映画のおかげなのか? 『11の物語』は
知らなかったのですぐに買うと思います。

                   12.28(木) TOHOシネマズ渋谷




2023年12月30日土曜日

 
☆☆☆★    北野武    2023年

誰もが知る戦国時代の織田信長、豊臣秀吉、
明智光秀らの相克を「首」を主眼に描く。
なるほど、歴史の授業では「首をとる」こ
とが勲功の証と教わったが、とった首を故
郷まで持って帰るのも、多くの首の中から
大将の首を探すのも、実際にやると一苦労
だったろう。戦国武将どうしの男色を露骨
に描くやり方は『御法度』への目配せか。

加瀬亮が元気そうでよかった。久しぶりに
姿を観たが、名古屋弁の信長を『アウトレ
イジ ビヨンド』のように演じていて楽しそ
うだった。
しかしたけしが喋るたびに「こんどのセリ
フは聞き取れるだろうか」と不安になるの
が、物語への没入を妨げる。

                12.15(金) TOHOシネマズ渋谷