2021年10月31日日曜日

モード家の一夜

 
☆☆☆★   エリック・ロメール  1968年

<六つの教訓話>シリーズの3話目。
地方都市クレルモン=フェランに赴任した
“私”は教会で若いブロンド髪の女性フラン
ソワーズに心奪われる。幕開けは秀逸。モ
ノクロの画面は美しく、謎めいた出だしに
期待が持てる。のだが、再会した旧友と女
医のモードさんを訪ね、宗教やら哲学の話
をしだしてから、どうも私にはその会話劇
のおもしろみがわからず。

<六つの教訓話>は2人の女性の間で苦し
むことになる男を描いた連作とのことで、
今回は『男と女』で有名なジャン=ルイ・
トランティニャンが、女医のフランソワー
ズ・ファビアンと敬虔なブロンド美女のマ
リー=クリスティーヌ・バローとの間で揺
れ動く。

                               10.9(土) 早稲田松竹




2021年10月28日木曜日

クレールの膝

 
☆☆☆★★  エリック・ロメール  1970年

<六つの教訓話>シリーズの5話目にあたる。
"N・アルメンドロスの艶めくカラー撮影に
息を呑む"とパンフレットにあるが、たしか
に冒頭のクルーザーの場面から色の美しさ
にハッとさせられる。うまく説明はできな
いが、全体を通して好きな色調だった。

話はけっこうしょうもなくて、結婚を控え
たジェローム(ジャン=クロード・ブリア
リ)は避暑地アヌシーを訪れ、女ともだち
のオーロラと再会、その知人の娘ローラ
(ベアトリス・ロマン)に興味を抱く。た
だちょっと子どもすぎるなぁと思いながら
も付き合って遊んでいると、その美しい姉
クレール(ローラン・ド・モナガン)が現
れ、ジェロームはクレールのミニスカート
から伸びる膝に一瞬で心奪われる。
ね、しょうもないですね。
ベアトリス・ロマンはこの後もロメール作
品のミューズとして活躍した一方、ローラ
ン・ド・モナガンはこの1作以外にはめぼ
しい作品は無いようだ。

                                10.9(土) 早稲田松竹




2021年10月25日月曜日

浜の朝日の嘘つきどもと

 
☆☆☆      タナダユキ      2021年

福島中央テレビ開局50周年記念作品という
字幕があったので、テレビドラマを劇場公開
してるのかと思いきや、全然違うストーリー
のようだ。
テレビドラマ版は竹原ピストルが朝日座とい
う映画館を訪ねるところから始まるようだが、
この映画はそこで終わっている。つまり映画
がテレビドラマの前日譚というわけである。

柳家喬太郎の朝日座館主がもう映画館をたた
もうとしてフィルムを焼いているところに高
畑充希が現れるところから映画は始まる。朝
日座を立て直すために東京から来たと言って、
館主を思いとどまらせ、再建に奔走するが…。

高畑の恩師役で大久保佳代子が出ており、主
要キャストである。柳家喬太郎といい大久保
佳代子といい、別に演技が下手というわけで
はないが、それほどうまくもない。なぜこの
2人? という感じがずっとしていた。
タナダユキの新作に期待していたのだが、ま
あまあという感じだった。

     9.28(火) ヒューマントラストシネマ渋谷










これで97本。あと3本!

2021年10月23日土曜日

君は永遠にそいつらより若い

 
☆☆☆★★   吉野竜平   2021年

これは秀作だった。
佐久間由衣ちゃんと奈緒ちゃんの姿が眺めら
れればいいかと観に行っただけだったのだが、
どんどん映画に引き込まれることになった。
原作小説は津村喜久子のデビュー作。

役所の児童福祉課に就職が決まった処女の大
学生が佐久間由衣。隠れビッチをやったり処
女をやったり、時子もなかなか大変だ。飲み
会でちょっと良いなと思った男の子がのちに
自殺したことをきっかけに、このまま漫然と
子どもの命にも関わる職に就いていいものか
と悩み始める。

ストーリーの骨格がしっかりしているからか、
俳優が遺憾なくおのおのの芝居をできている
というか、みんななかなか魅力的だ。小日向
星一、笠松将といった若手が好演。就職が決
まらずに焦っている者がいれば、はやばやと
内定をもらってあとはほどほどに卒論をがん
ばれば大学生活も終わりという、半分気の抜
けたような者もいる。4年生ってこういう感
じだったよな、という雰囲気がよく出ていた。
そこに一学年下の奈緒が絡んでくるわけだが、
彼女は過去に圧倒的に理不尽な暴力によって
受けた傷を負っている。独特な空気をまとっ
た彼女を演じる奈緒がけっこう絶品である。

                           9.26(日) テアトル新宿




2021年10月21日木曜日

スクールガールズ

 
☆☆☆★  ピラール・パロメロ  2021年

バルセロナオリンピック開催に湧く1992年の
スペイン。サラゴサという地方都市の修道院
に通うセリアは、バルセロナからやってきた
転校生のブリサの影響で、悪い仲間とつるむ
ようになる。といっても化粧をするとか煙草
をまわし吸いするとかその程度のことだが、
やがてセリアはシングルマザーの母親が自分
と向き合おうとしないことに苛立ち、反抗を
強めていく。

修道院といっても、何も知らない私から見れ
ばちょっとカトリック精神が重んじられてい
る普通の高校で、実際私はこの映画の説明を
観るまで、セリアが通っているのが修道院だ
とは気付かなかった。セリア役はアンドレア
・ファンドス。たしかにこのコがいちばんよ
かった。

                          9.26(日) シネマカリテ




2021年10月18日月曜日

眼下の敵

 
☆☆☆★  ディック・パウエル   1958年

第二次大戦下の南大西洋を舞台に、アメリカ
駆逐艦とドイツ潜水艦の知力を尽くした息詰
まる戦いを描く。アメリカ側の艦長ロバート・
ミッチャムは、民間船から徴用された雇われ
軍人ながら、海と船に関する知識は抜群。対
するドイツ側の艦長クルト・ユルゲンスは老
練の軍人。近年のヒトラーへの盲従に疑問を
持っている描写にはハッとさせられた。副長
もふくめてよく考えられた人物配置で、いつ
の間にか話に引き込まれる。
性能で勝る潜水艦だが、任務遂行のため針路
が限定され、動きを読まれてしまうため、防
戦一方に追い込まれる。最後はもちろんアメ
リカが勝つが、アメリカ人の好きそうなフェ
アプレー精神に溢れたエンディングは、後味
もいい。

                           9.23(木) BSプレミアム




2021年10月16日土曜日

【LIVE!】 ハンバート ハンバート

 
 THIS IS FOLK

「FOLK 3」のレコ発ツアー
セットリストは例によって見付からない
ので省略。

オーチャードホールなんだけど、最初か
ら最後までふたりだし、ゲストぐらい呼
んでないのかな、とかいう期待も、特に
しない。ただただ、ふたりの歌と演奏と
トークを聴いて、アンコールを聴いて、
写真を撮って帰る。クラブクアトロの時
とやってることがまったく一緒なのがす
ごい。だってオーチャードだよ!

それにしても良成のギター・カッティン
グの正確無比にはあらためて驚嘆する。
ブギー・バックでも遺憾なく発揮されて
いた。

                 9.22(水) オーチャードホール




2021年10月14日木曜日

羊たちの沈黙

 
☆☆☆★★ ジョナサン・デミ  1991年

ずいぶん久しぶりに再見。
ホラーサスペンスでは珍しいことにアカ
デミー作品賞なんですね。まあおもしろ
いです、たしかに。有無をいわさず引き
ずり込まれるようなおもしろさ。

言わずと知れた、若きFBI捜査官"クラ
リス"のジョディ・フォスターと、アンソ
ニー・ホプキンス扮する"人喰いハンニバ
ル"レクター博士の映画。…というイメー
ジ「しか」ないが、そういえばこの二人は、
女性を殺して皮を剥ぐ猟奇殺人犯"バッファ
ロー・ビル"を捕まえるために捜査協力す
るんでした。そっちの話はすっかり忘れて
いた。まあそれもそのはず。レクターとク
ラリスの会話のシーンがあまりにもよく出
来ていて、印象も強い。
しかしそう考えると中盤の貸し倉庫にクラ
リスが潜入するシーンの意味がよく分から
ないような…。

                             9.20(月) BSプレミアム




2021年10月12日火曜日

【演劇】雨

 
こまつ座 第139回公演
作:井上ひさし 演出:栗山民也

この時期の芝居は一昨年までなら「どうせ取
れない」と諦めていたような公演でも直前ま
でチケットが残っていたりして、なかなか切
ないものがあった。なので「行こうかどうし
ようか迷ったら、行く」ということにして、
微力ながら演劇界にお金をおとすことに。

江戸のしがない金物拾いの徳(山西惇)が、
山形は平畠藩の大きな紅花問屋の当主である
喜左衛門が自分と瓜二つであることを知り、
喜左衛門が失踪中であることを良いことに成
りすまそうとするという話である。喜左衛門
の美しい妻おたか(倉科カナ)と紅花問屋を
手に入れるために、初めは失踪中に天狗にか
どわかされて記憶が無いことにしたが、その
言い訳も長くはもたない。皆から信用しても
らえたのは、必死になって山形弁をマスター
したからである。そうして自分の命と生活を
保障してくれた山形弁が、最後には命取りに
なってしまうという、「言葉」とりわけ「方
言」にとことんまで執着した、井上ひさしら
しい芝居である。下ネタが多いことも初期の
井上ひさしの特徴。

亡くなった辻萬長の当たり役だったというこ
の芝居。なるほど、想像すると分かるような
気がする。

             9.20(月) 世田谷パブリックシアター




2021年10月10日日曜日

【演劇】ムサシ


 作:井上ひさし  オリジナル演出:蜷川幸雄
演出:吉田鋼太郎  音楽:宮川彬良

出演:藤原竜也、溝端淳平、鈴木杏、塚本幸男、
   吉田鋼太郎、白石加代子

武蔵と小次郎という誰もが知る(とはもう言
い切れない蓋然性が高いが)物語に想を得て、
井上ひさしの"ケレン味"が存分に発揮された
作品である。

巌流島から6年。敗れたが生き永らえた小次郎
は、武蔵と再戦して雪辱を果たすべく、鍛錬
と放浪を続けた末、遂に鎌倉の禅寺で武蔵に
果たし状を突き付ける。しかし3日後の決闘ま
での間に思わぬ邪魔が幾度も入り、二人の戦
闘意欲は徐々に削がれていくのであるが…。

重厚な中にもけっこうバカバカしい笑いが散
りばめられ、非常に喜劇としてもおもしろい。
まあ吉田鋼太郎というひとは本当にすばらし
い。巧いひとしか出ていないが、その中でも
頭ひとつ抜けている。しかし藤原竜也のセリ
フがけっこう聞き取りにくいのにはちょっと
閉口。わんわん響くだけで、声の芯が弱い感
じ。

2009年初演というから、ちょうどこまつ座の
芝居を片っ端から観ていた時期だし、時間は
いくらでもあったはずだが、たぶんただ単に
チケットが取れなくて観ていないのだろう。
何度も再演されているけど、そのたびに聞こ
えてくる「命の尊さを描く」という文言がど
うも。今さら井上演劇で「命の尊さ」もない
だろうと、いつしか食指が動かなくなってい
た。ま、北海道に居たからというのもあるか
もだが。とてもおもしろい芝居なので、早く
観ればよかった。

                        9.15(水) シアターコクーン



 

2021年10月8日金曜日

パットン大戦車軍団


☆☆☆★ フランクリン・J・シャフナー 1970年

第2次世界大戦のアフリカ戦線でナチス・ド
イツ軍を相手に闘ったアメリカの将軍パット
ンの激動の半生を描く大長篇。
実際に毀誉褒貶の多い男だったとのことだが、
劇中ではまさに「戦場でしか生きられない男」
として描かれる。古典を愛し、そこから戦略
を導き出すという一面もあるにはあるが、パ
ーソナリティは今ならドナルド・トランプを
想起させるといえば分かり易いだろうか。現
在ならPTSDであることが明らかな負傷兵を、
仮病の卑怯者よばわりして衆目のなか張り倒
したことで処分され、失脚する。しかし戦場
はパットンのような指導者を必要とし、彼は
ふたたび指揮権を与えられてめざましい戦果
をあげるが…。
本筋からは逸れるが、こういう人物をちゃん
と処分するという時点で、アメリカの軍隊は
しっかりしてるんだなーと思ってしまった。
太平洋戦争中に、病んでしまった部下に暴行
して処分された日本軍の将校というのは寡聞
にして知らない。きっといくらでもいただろ
うが。

アカデミー作品賞を含む7冠獲得というから
単なる戦争スペクタクル映画を超えた評価を
得たことは間違いない。しかしパットンを演
じたジョージ・C・スコットは主演男優賞を
辞退した。

                               9.9(木) BSプレミアム
 

2021年10月6日水曜日

読書⑬


『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』
ブレイディみかこ 著   新潮文庫

名門の小学校から、わりと自由な校風の、
「昔は荒れてた」中学校に、自ら望んで入学
した息子。その学校生活と、クールな言動を
もとにしたエッセイ。この文章が物珍しいの
は、それが日本の中学校ではなく、英国南端
のブライトンという街だからということもあ
ろう。レイシズムと貧富の格差をここまで冷
徹に肌身に感じることは(少なくとも私の学
校生活には)なかったが、なかなかタフなこ
とであるように見える。いまだに人種をめぐ
る地雷を踏んでしまう母親と、それを意外に
ヒョイヒョイかわしていく息子の身の軽さが
本書のおもしろさであると思う。

しかし「うちの息子がこんなおもしろいこと
言いました」という文章には強烈な既視感が
あり、それは心当たりというか小沢健二のツ
イートであることは明白なのだけれど、この
2つが奇妙に似通っているように見えるのは
なぜなのか。












『女ぎらい ニッポンのミソジニー
上野千鶴子 著   朝日文庫

往復書簡がすこぶるおもしろかったので、何
か上野千鶴子の文庫本はないかなーと探して、
朝日文庫の棚で発見。買ってすぐに読んでし
まったのは、このひとの文章のざくざくとし
た小気味よさが読んでいて気持ちいいからだ
と思う。自分にも身に覚えのあることを鋭い
刃物のような批評でえぐられる文章が、私は
けっこう好きみたいである。

皇室を、吉行淳之介を、「母の娘」としての
女を、「父の娘」としての女を、そして2章を
割いて「東電OL」を分析していく。本書では
常にホモソーシャル、ホモフォビア、ミソジ
ニーの3点セットで、あらゆる事象を読み解く
ということを試みる。

文庫版増補として「諸君! 晩節を汚さないよ
うに」を収める。「セクハラ」という行為を
概念化し、可視化し、社会的な罰を与えられ
る罪として「常識化」していく。さながら上
野千鶴子の戦史である。


2021年10月4日月曜日

サマー・オブ・ソウル(あるいは、革命がテレビ放映されなかった時)

 
☆☆☆★ アミール・”クエストラブ”・トンプソン 2021年

ハーレム・カルチュラル・フェスティバルとい
う音楽フェスが、1969年のNYハーレムにて開
催された。黒人ミュージシャンが出演し、観客
のほとんどが黒人で占められたこのフェスは、
2週間後におこなわれたウッドストックとは対
照的に、徹底的に忘却され、記録したフィルム
も50年以上も地下室に眠っていたという。

このたび発掘されたフィルムをリマスターして、
編集し、関係者のインタビューも織り交ぜて当
時の熱狂に迫ろうというこの映画。冒頭から、
若々しいスティーヴィー・ワンダーのドラム演
奏にぶっ飛ばされる。ステイプル・シンガーズ
やグラディス・ナイト&ザ・ピップスなど、音
源は聴いていたが、映像で観るのは初めて。
しかしなんといっても、映画のハイライトはス
ライ&ザ・ファミリー・ストーンである。スラ
イ・ストーンが歌っておられる…。長年、彼ら
の音楽を愛聴しているが、スライ・ストーンが
動いている姿を見たのは初めてである。首のゴ
ツい金の鎖が王者の風格を醸し出す…。

繰り広げられる演奏が圧倒的なだけに、不満も
ある。もっとじっくり音を浴びさせてほしかっ
た。長い予告編をずっと見せられているような、
細切れの編集にフラストレーションが溜まる。
少なくとも私の好きな編集ではなかった。

                                 9.7(火) シネクイント




2021年10月2日土曜日

モロッコ、彼女たちの朝


☆☆☆★★   マリヤム・トゥザニ   2021年

セリフも音楽も少ないが、画に引き込まれた。
ストイックなつくりなのにまったく退屈しな
い。

未婚の母になろうとしている妊娠中のサミア
と、戒律もあるだろうが、街なかで行き倒れ
になろうとしている彼女に冷たい視線を浴び
せるひとびと、そしてカサブランカの街。見
かねたシングルマザーのアブラは、行き場の
ないサミアを家に寝泊まりさせることにする。

"ADAM"という原題では客は呼べないだろう
が、このどうでもよさそうな邦題はどうした
もんか。しかし現に私は「モロッコ」という
単語に惹かれて観に行っているのである。だ
としても、モロッコに「いつか行ってみたい
なー」ぐらいの憧れを持っているひとは、こ
の観光名所どころかおよそ情緒的とはいいが
たい旧市街の薄暗いごみごみした通りしか出
て来ない映画に失望するだろう。

                   9.5(日) TOHOシネマズ シャンテ