2011年8月31日水曜日

市川崑物語


☆☆☆★★★      岩井俊二      2006年

岩井俊二、やっぱり好きだー!
この映画、実に鮮やかな手際の大傑作だった。

わたしは岩井俊二のファンを自任してはばからない者であ
るが、この作品は観ていなかった。仮にも映画をなりわい
にしている者が、自らの一番好きな映画監督の人生と作品
を正面から取り上げて、果たしておもしろいものが撮れる
ものだろうか(いや、撮れない)、という反語的な疑いが、
何度もレンタルビデオ屋の棚に伸ばしかけた手を引っ込め
させた。それも、その監督は存命の(公開時)人物である。
本人に気は遣わなきゃならない上に、そもそも「単なる自
己満足」という批評を免れるために、どういう撮り方をす
ればいいのか、たとえ岩井俊二でも難しいんじゃないのか。

…いやあ、「杞憂」ってこのことだわ。
岩井俊二はすごかった。本作の手法、「リリィ・シュシュ」
の手法の流用と言って言えなくもないが、横書き・縦書き
スーパーの多用は上品で、嫌味がなくて、大先輩への敬意
に溢れていた。

                                           8.25(木)  BSプレミアム


2011年8月30日火曜日

それでもドキュメンタリーは嘘をつく


森達也 著    角川文庫

森さんの考える「ドキュメンタリー」に関する文章を集めた一冊。
謙虚なのか見下してるのかときどき分からなくなる独特の語り
口は相変わらずだがけっこう魅力的で、語られている内容にも
おおむね異存はない。

森さんは今でもドキュメンタリーが大好きらしいと知ってすこし安
心した。作る機会さえあれば作りたい、とも書いているが、出し
た企画が「今上天皇を撮りたい」というものだというから、実現へ
の道は遠いみたいである。少し注釈すると「日本国憲法」をテー
マにしたドキュメンタリーの話があって、それなら一条を担当させ
てもらいたい、ついては今上天皇を撮りたい、という流れらしい。
この話はたしか、わたしがある文芸誌でアルバイトしていたときに
収録した森さんと斎藤美奈子さんとの対談でも、もう少し具体的に
話していた。そのときも「あまり実現しそうにないな」と思ったことを
覚えている。


2011年8月28日日曜日

火宅の人


☆☆☆★      深作欣二      1986年

檀一雄の小説を映画化したもの。
檀自身と思しき小説家に緒形拳、妻がいしだあゆみ、そして
愛人に原田美枝子。この原田美枝子がたまらんわけで…。
今でこそ「貞淑な妻」の役でも何の違和感もない原田さんだが、
この頃は非・清楚系というか、「奔放な娘」の役ができる貴重
な存在だったらしく、そのお美しい肢体をありがたくもフィルム
に焼き付けている。三谷幸喜は「はすっぱ」な感じが魅力的
だったと言ってたが、思えば「青春の殺人者」(長谷川和彦
監督)でもそういう役だった。原田さん、今でも素敵ですね。
画像は、松坂慶子。原田さんのは良いのが無かった。

                                            8.14(日)  BSフジ


2011年8月27日土曜日

【LIVE!】 RISING SUN ROCK FES 2011 二日目②


(承前)

サカナクション

期待しすぎると、たいてい良いことないが、このバンドはスケールが違っ
たという印象。「圧巻」という言葉がぴったりの、実に素晴らしいライブで、
10年に一度出るかどうかのバンドだと確信。これはもう踊らなにゃソンソ
ン、ということで、絶妙のビートに乗せられて前のほうで踊ってきた。
「なんでもいいから次の曲ください」という渇望をひさびさに感じる。もちろ
ん今回のRISING SUNぶっちぎりのベストアクト。
山口一郎、たいした男や。

四人の侍(Char・奥田民生・山崎まさよし・斉藤和義)

SUN STAGE(RISING SUNのメインステージ)は北海道出身のバンドに
とってある意味「ゴール」でもある、という山口一郎のMCがあった直後だ
けに、ビール飲みながら、ユルく、いつまでもぐだぐだと、あまり盛り上げる
努力もせずにカバー曲をやる彼ら4人をあまりカッコいいとは思えず。
メインステージでやるからにはもうちょっと工夫してほしい。ぐだぐだやるな
ら、もっと小さいステージでやればよかろう。

androp

演奏はカッチリしてたが、まあどうでもいい感じ。友人が絶賛するので、3曲
だけ聴く。まあ、どうでもいい感じ。

曽我部恵一(弾き語り)

午前2:20という気の毒な時間に始まったため、メインステージにも関わらず
集まりが悪い。「始めますよー」という曽我部さんの第一声には笑う。
かくいう私も眠くて、寝転がって聴いてたら申し訳ないけれど寝てしまった。
こんなこと言っても慰めにもならないかもしれないが、心地良い音楽だった
のは確か。

ハナレグミ

今回の大トリ。歌い出してからしばらくすると、朝日が昇り始める。
7時の電車で釧路に帰るため、3曲だけ聴いておさらばした。
永積さん良い声だよね。全部聴いてもよかったんだけど、やっぱ早く帰りた
いという欲望には勝てず。

<総括>

来年も行きたい。以上。

2011年8月25日木曜日

【LIVE!】 RISING SUN ROCK FES 2011 二日目


8/13(土)

氣志團

二日目のトップバッター。マジメに聴かなかったので省略。

チュール

北海道出身の二人組。ベースボーカルの可愛らしい女の子と、ギター担当
の男の子。ドラムとシンセはサポート。音は想像以上にクールかつシャープ
で、チャットモンチー系。悪くないが、CDを聴こうと思わせるには何かが足り
ない。チャットモンチーといえば……まあ、いいか。



アフロ三人組だと思っていたが、ひとり直毛のギターのひとがいた。
音はカラッとしたファンキーなやつで、好感がもてる。
米米CLUBとスキマスイッチを足して2で割った感じ?
途中で「LOVE LOVE SHOW」をやったので「へぇ、なんでイエモンなんだろう」
と思ってたら「今日はサポートにですね、我らがエマさんを迎えています」との
こと。直毛のひとはエマだった。

→Pia-no-jaC←

キーボード担当と、ただの箱みたいな打楽器(その上に座って叩くやつ)とシ
ンバル多数を組み合わせたドラムセット担当の二人組。おふたりともバカテク
というやつで、じゃんじゃか景気良く弾きまくっていた。なかなか楽しいが、テン
ポ速くしていくだけでは、盛り上がりにも限界がある、かな。

東京スカパラダイスオーケストラ(Guest: 上原ひろみ)

夏の盛りに、いかつい男たちが、黒のジャケットに細身のパンツで統一。思い
思いの楽器を持って登場し、おもむろに調子を合わせて例のラテン風の「スカ」
という音楽を、楽器を振り回しながら大音量で演奏したらどうなります。これは
かなりカッコいいです。中盤に上原ひろみ登場。曲はよく知らねーんだけど、い
ろいろやってた。これまたカッコよかった。

ザ・クロマニョンズ

ロックンロール。それしかない。
痩せ細ったヒロトの体にはもうロックンロールの成分しか残ってないのかもしれ
ない。あるいは。跳びはねながら挑発的に歌うヒロトは、完全に無敵だと思った。
マーシーの歌も聴きたかったけど、クロマニョンズでは歌ってないのかな?

3G(仲井戸麗市・村上秀一・吉田建)

RISING SUNのステージで唯一ライブハウス風の「CRYSTAL PALACE」が人で
いっぱいだったのには驚いた。MCでチャボが言ってたが「3人合わせて180歳」で
ある。みんながポンタ目当てだったのかチャボ目当てだったのか、はたまた吉田
さん目当てかは知らないが、そんなに集まらないだろうという予想は完全にはず
れた。
「俺たちのやるカバーは古いぞ。覚悟しろ」というチャボの言葉にシビれ、オーティ
スやらC.C.Rやらのブルージーなカバーにシビれた。途中で梅津和時も合流。梅津
さんの甲高いサックスにチャボのギターがからんで……思い出すのは、どうしても
清志郎のこと。清志郎も見てるかな、とガラにもなく感傷的な気分で、涙が出そう
だった。
途中まで聴いて、メインステージへ急ぐ。
いよいよ今回のRISING SUN最大の楽しみ、"サカナクション"のステージが22時
ジャストから始まる…(続く)

2011年8月21日日曜日

【LIVE!】 RISING SUN ROCK FESTIVAL 2011

せっかく行って来たので、ご紹介と、自分の備忘録も兼ねて一言づつ。

RISING SUNは札幌から海のほうへ15kmほど行った石狩湾で開催される、
北海道唯一の大規模な夏フェス。…だったんだけど、去年からJOIN ALIVE
というのも始まって、夏フェスはいま2つになった。RISING SUNの会場で「今
年はJOIN ALIVEにだいぶ(アーティストを)もってかれたからねー」などという
会話をよく耳にしたが、たしかに今年はRISING SUNのラインナップは正直あ
まりパッとせず、逆にJOIN ALIVEはスガシカオ、YUI、Perfume、ユニコーン、
真心ブラザーズ、サム・ムーア、黒猫チェルシー、MONOBRIGHTなどなど、
おお、見てみようと思える面々がずらりと並んでいる。しかしまあ、エレカシと
オリジナル・ラヴとバックホーンと相対性理論とグループ魂と山下達郎と9mm
が一日で見れた去年のほうが異常だったということにして、今年もそれなりに、
いや、おおいに楽しんだのでありました。

8/12(金)

髭(HiGE)

今年のトップバッター。
別に悪くはなかったが、ボーカルのバランス小さすぎじゃね? いまひとつ盛り
上がらず。

Caravan

行ったら「ハミングバード」を熱唱中。2曲だけ鑑賞。普通。

Base Ball Bear

初日最大の楽しみがはやくも登場。
そして、期待以上にシビれさせてくれた。小出君のカッティングとシャウトは甘酸っ
ぱくていい。

くるり

3曲だけ鑑賞。岸田さんの声と音程が心配だったが、思ったよりうまかった。
でももうちょっと強い声なら良いのにね。すぐ嗄れる。

FUNKIST

今回楽しみにしていたバンド。南アフリカとのハーフだというボーカルは、なかなか
圧巻のパフォーマンス。声がいい。演奏もうまい。だからこそ、バラードなんか最小
限にして、もっとファンクに寄るべき。バラードを歌ってもいつのまにかファンキーに
なってしまうのが本当のファンク(スガシカオ 談)。

布袋寅泰

デカかった。高校のときけっこう聴いたもんで、懐かしかった。

神聖かまってちゃん

なんというか、論評の難しいバンドだが、演奏のレベルは低い。MCもグダグダ。
でも誰もかまってちゃんに高いレベルの演奏や「ライジングサンに来れて嬉しい
です」みたいなMCは期待してないのが厄介なところ。まあでも、ワンマンを見た
いとは思わない。

レキシ

着いたらちょうど「狩りから稲作へ」という曲が始まるところだった。
「♪縄文土器、弥生土器 どっちが好き?」という歌詞をオシャレなファンクの調べ
に完璧に乗せた歌で、もっと早く来なかったことを激しく後悔。
とにかく爆笑のステージだった。最高。20分しか見れなかったのが悔しい。
かまってちゃん見てる場合じゃなかった。

斉藤和義

海辺なのもあって23時ぐらいになると急激に冷え込み、半袖から出てる腕やサンダ
ルの足先が非常に寒く、テンションが下がる。
そのせいなのか分からないが、せっちゃんはあまり冴えなかった印象。例の替え歌
もやった。

ストレイテナー

帰りがけに3曲聴いた。音はなかなかクールかつハードでキマッてたが、あんま好み
じゃないな、やっぱ。

1日目はこれで終了(25:30)。
ホテルに帰り、明日に備える。

2011年8月19日金曜日

シッダールタ


ヘッセ 著     高橋健二 訳    新潮文庫

札幌との往復で読了。
変わってるなー。『車輪の下』と同じひとが書いてるとは思えない。
文体をまるで変えてくるヘッセ先生。恐るべし。

バラモン階級にありながら、「沙門」(しゃもん。旅する苦行僧と思
えばいいのか)となることをみずから選んで、施しを受けながらさ
すらいの旅を続けたシッダールタと友人ゴーヴィンダのお話。
シッダールタの得意技は「考えること」「待つこと」「断食すること」
の3つ。なかなかチャーミングな得意技である。

最近のマイブームはヘッセと内田樹です。よろしく。


2011年8月16日火曜日

ウホッホ探検隊


☆☆☆★      根岸吉太郎     1986年

「かなり異色」のホームドラマといったらいいか。脚本は
かの「家族ゲーム」の森田芳光。冴えている。
こういう脚本は、きっと脚本だけ読んでも充分おもしろい。

観ていて愉快な映画ではない。単身赴任と浮気と離婚を
題材に、愉快な映画を作ろうったって無理かもしれない
けど。クストリッツァならあるいは作るかもしれない。

前から思ってたんだけど、1980年代の邦画の「画面の感
じ」が好きじゃない。なんだかもったりしているし、色も暗い
感じがする。なにゆえこんな感じの画質なのかは知らない
が、こんな野暮ったいカラーなら、いっそモノクロのほうが
マシじゃないかとも思う。なぜ80年代の邦画は画面がもっ
たりしてるのか、知ってるひとがいたら教えてください。

                                         8.7(日)  BSプレミアム


2011年8月14日日曜日

街場の現代思想


内田樹 著      文春文庫

「あとがき」に「本書は私の書き物の中では(『寝ながら学べる
構造主義』と並んで)、大学入試への出題がたいへん多かった
本である」とあって驚く。そうか、いまや内田樹の文章で入試問
題が作られるのか、という驚きと、しかし、こんなに読み易い文
章で…? という素朴な疑問。阿部謹也や今福龍太ならともかく
(なつかしい。受験勉強以来いちども読んだことない)、これなら
「読解」も何も、読めば分かるじゃねーか、と思ってしまうのだが。
問題の作り方でどうとでもなるのかな。

本書も、つるつる読めておもしろうございました。文化資本、敬語、
給料、そして結婚という「終わりなき不快」について。著者いわく、
「結婚」とは「不快な他者」と共存する術を学ぶことである。それ以
外にない。これだけ聞くととんでもない極論みたいだが、読むと「う
ーむ…」と有効に反論できない。まあそもそも結婚、したことないし。
なんだか結婚したくなくなるような、そうでもないような感じにしてくれ
ます。
内田さん、おもしろい人だ。


2011年8月11日木曜日

裸の島


☆☆☆★      新藤兼人     1960年

瀬戸内の小さな孤島に暮らす四人家族。暮らしむきは
相当きびしい。朝、まだ暗いうちに起きて、父と母は舟を
漕ぐ。本土に上陸すると天秤桶いっぱいの水を汲んで
引き返す。その間に子どもたちは朝飯を準備。朝飯を
済ませ、子どもを学校に送り出すと、その足でまた水を
汲んで来る。畑に水を撒く。また夫婦そろって水を汲み
に行く。畑に撒く。また汲みに行く……。

全編セリフなしで95分、観せてしまうのはさすが。でもラ
スト10分で飽きたな、正直いうと。あと10分短ければ、
集中を切らさず観れたと思う。
たいへんな力作・労作であるのは確か。乙羽信子は何
度あの天秤を運んだのだろう。あの細い体で。

                                         8.7(日)  BSプレミアム


2011年8月10日水曜日

異人たちとの夏


☆☆☆★★      大林宣彦     1988年

夜になるとほとんど住人が居なくなるマンション、雨の夜に
突然シャンパンをおすそ分けにと現れる若い女、今の自分
より若い頃の父親と遭遇する浅草の寄席、他人にはやつ
れて見えるが自分にはそうは見えない顔、そして例の身の
毛もよだつラスト…。
「異人たちとの夏」と聞くと、原作の場面がわりあい鮮やか
によみがえってくるので、それらを余さず、適切に映像化し
てくれていて嬉しい。しかし、それだけに終始していては、
凡庸な映画化に終わってしまうだろう。本作の監督は誰で
すか、大林宣彦ですよ。単なる「映像化」で終わらすわけが
ない。とにかくいつでも「仕掛けてくる」ひとなので、「このカッ
トおもしろいな」「…これは、どうなんだろう」とカット毎にニヤ
ニヤしてしまう。観ていて楽しい。

片岡鶴太郎が父親役。これがまことに良い。声が良いんだ
ね。江戸っ子の板前の設定で、ぴったりだった。風間杜夫
が主役の脚本家。まあ悪くはないんだけど、あんま脚本家
には見えなかった。いつかの水道局の役人のほうがずっと
似合ってたね。

                                                   8.6(土)  BSプレミアム


2011年8月8日月曜日

インシテミル 7日間のデス・ゲーム


☆☆★       中田秀夫      2010年

いやー、中途半端。
高額時給のバイトに釣られて集まった男女10人を、ある施設
に閉じ込めて、ゲームのルールを説明し、あとは自由に殺し
あってもらう、というとこまではいい。ただ、ミステリー的な緻密
さ・おもしろさと、人が人を殺すほどに追い込まれるとはどうい
うことかという心理ホラー的要素を、どっちも上手に取り込もう
と画策して、結果的にどっちも鑑賞に堪える水準をはるかに下
回ってしまった、見事な失敗作である。
役者の格に違いがありすぎて、死ぬ順番がわかる、というのも
致命的な欠点。北大路欣也と片平なぎさがそんな早々と死ぬ
はずがない。

やっぱりホラーというのは、工夫の数だけおもしろくなる。
工夫の多寡がダイレクトに「怖さ」に反映されることが分かった
ので、黒沢清の『叫』を観て以来私はホラーが急に好きになっ
たのだった。でも、それからいろいろホラー観たけど、『叫』より
怖いのにはいまだにお目にかかれない。
ぜひ名画座でやってたら観に行ってください! 慣れてないひと
には相当怖いかと。ホラーは音の演出がとても大事なので、や
はり劇場で観ましょう。病院の薄暗い廊下をゆっくりと進むカメラ
に、ゴゴゴゴゴっていう地鳴りの音がカブせられただけで、けっこ
う怖いもんです。

は、すっかり違う話になってしまった。本作は、駄作!

                                                             7.31(日)  DVD


2011年8月7日日曜日

運動靴と赤い金魚

☆☆☆      マジッド・マジディ      1999年

世界的にヒットした有名なイラン映画だが、子役の兄妹の
無垢な可愛さと、これって字幕なくても支障ないんじゃね?
と思うほどの単純そのものなストーリーがほほえましい。
まあ最初だから使える手法っていう気もするが。一回きり。

妹の靴を不注意からなくしてしまった兄が、景品の運動靴
を獲得するために、市内(?)のマラソン大会で3位に入る
ために頑張る、という話。ね、一回きりでしょ?

                                                7.31(日)  BSプレミアム

2011年8月5日金曜日

おおきなかぶ、むずかしいアボカド

村上春樹 著    マガジンハウス

もともと雑誌連載だからと思って、あまり一気に何編も読まない
よう自制することにした。おやつの量を制限される子どものよう
に、「一日三編まで」と決めて少しずつ読んだ。おかげでえらく時
間がかかったが、もちろん発売と同時に買って読み始めてまし
たんで、そこんとこはご心配なく。誰も心配してないと思うけど。

このブログでは村上春樹を「日本でいちばん文章のうまいひと」
と認定しているので、そういうつもりでお願いします。
『1Q84』でもよくやったことなのだが、文章中の接続詞など(「あ
るいは」とか)を、春樹が置いたのとは別の場所に移動させてみ
て文章を検討する。文頭にもってきたり、文節ひとつだけずらし
てみたりして、やっぱり春樹の置いた「あるいは」の位置がもっと
も味わい深い、いいなと納得して先へ読み進む。春樹の文章を
読むときはそういうことも時々ですがやっておるわけです。
こっちの「あるいは」の位置のほうがよくね? ということはまだ
一度も無い。おおげさじゃなく、一語たりとゆるがせにできない
わけである。ほんまたいした男やで、春樹はんは。

「anan」の連載はまだ継続中とのこと。もう一冊できるんだろうか。
楽しみ。

2011年8月4日木曜日

コクリコ坂から

☆☆☆★★★     宮崎吾朗     2011年

申し分ない。よかった!
高校生による純愛物語である。企画・脚本は親父。細部まで行き
届いたさすがの脚本で、作品の出来としては「耳をすませば」より
も好きかもしれない。

良い方向に「意外だったこと」として、まずは長澤まさみの声優とし
ての優秀さを挙げたい。女優として声が良いと思ったことは今まで
一度も無いが、実は声優向きだったのか、本人の努力・工夫の結
果なのかは分からないが、とても良い声だった。あの声がヒロイン
の性格にマッチしていたかは別としても、素晴らしかった。思わず
聞き惚れてしまった。

原作は別の時代設定らしいが、宮崎駿は敢えて1963年、東京オリ
ンピックの前年の横浜を舞台とした。まったく同じ年・場所を舞台に
した映画がかつてあった、とは小林信彦の指摘するところ。それは
黒澤明の「天国と地獄」で、あの作品では丘の「上」の豪邸と「下」の
貧しい庶民とが明確に対照され、作品の重要なカギとなっていた。
本作でも「コクリコ坂」の上の住人である「海」と、坂の下の住人であ
る「俊」との差は、はっきりと明示されているわけではないが、それと
なく仄めかす描写もある。

話は変わるがシネフィルの特徴のひとつとして、何の不満もない完璧
なショットを見せられると、それだけで泣けてくるというのがあるらしい。
私は(幸い)そこまでの域には達していないが、宮崎駿の一連の傑作群
を観ていると「目頭が熱くなる」の一歩手前の、なんだか鼻の奥がツン
とする予感めいたものがずっと持続することがある。本作を観ながら、
その予感がずっとしていた。良い映画だった。

                                             7.29(金)  ワーナーマイカルシネマズ釧路

2011年8月1日月曜日

無法松の一生

☆☆☆★★★     稲垣浩     1958年

秀作。
無法者の「松五郎」のキャラクター一本で勝負する潔い映画。
つまり三船の演技にすべてがかかっているといって過言でない。
三船敏郎は器用な役者だなと、また思った。色んな役ができるし、
何をやっても存在感がある。「酔いどれ天使」や「七人の侍」の菊
千代の印象が強いが、「生きものの記録」の水爆を恐怖する老人
や「天国と地獄」の豪邸に住む金持ちの役もすばらしいと思う。

黒澤明が、オーディションに落ちかけていた三船敏郎をゴリ押しで
合格させた時のエピソードが私はとても好きで、要約すると以下の
ような話なのである。

黒澤が会社で脚本の推敲か何かやっていると、高峰秀子がやって
きて、「オーディションになんだかすごい人が来てるのよ」という。見
に行くと、ちょうど参加者に「怒る芝居」をさせているところだった。
参加者が順番に怒った声で演技をしていくわけだが、ひとり演技な
のに本当に恐いやつがいる。与えられたセリフを怒鳴っているだけ
なのに、なんだか自分が怒られているような気がして、肝が縮む。
これはなんだかすごい、と思って上層部にかけあい、無理に合格さ
せた。それが三船敏郎だった、という話。

昔の映画は音が悪いので怒鳴ると何を言っているか全然わからな
いことが多いが、そう思って聞くと三船の怒鳴る声はたしかに恐い。
怒鳴り声が恐いからってそれが映画にどうプラスなのかまでは分か
らんが(笑)

                                                     7.28(木)  BSプレミアム