2021年7月30日金曜日

ストーカー

 
☆☆☆★★ アンドレイ・タルコフスキー 1979年

ストーカーとはここでは"水先案内人"ぐらい
の意味で、劇中で"ゾーン"と呼ばれる危険地
帯を探索するときに、同行してもらう決まり
になっている。"ゾーン"ではリボンを結び付
けたナットを投げながら少しづつ進むのだが、
なんだか子どもじみていて印象的。
プロットだけを取りあげると、作家と物理学
者がストーカーの案内で「どんな望みでも叶
う」という部屋をめざして"ゾーン"を探検す
るという、さながら「インディ・ジョーンズ」
のような話だが、演出と撮影方法が違うと、
こうも違う映画になるものか。「インディ・
ジョーンズ」で寝るひとは少ないだろうけど、
この映画では起きていられるひとの方が少な
いだろうと思う。私? もちろん寝ました。
ゾーンに踏み入れる前の列車移動のところで。

10年以上前になるが、私は『ノスタルジア』
『サクリファイス』と観て、もう金輪際タル
コフスキーは勘弁、私とは一切関係の無いお
ひとでやんす、と思っていた。それなのに去
年読んだ大江健三郎の短篇集『静かな生活』
に、この映画について登場人物が語り合うだ
けの短篇「案内人」というのがあり、それ以
来気になっていたわけである。でもレンタル
してきて家で観たら、寝てしまうのは目に見
えていたので、映画館で観られる機会を待っ
ていた。

「私はいったい何を見せられているんだろう」
と思いながら観るしかないのは他のタルコフ
スキー作品と変わらないが、この映画はだい
ぶ余韻が残った。「部屋」に着く前の長いト
ンネルと、終盤の長いズームバックがなんだ
か頭から離れないときがある。

                              6.29(火) ユーロスペース




2021年7月28日水曜日

クラッシュ 4K 無修正版

 
☆☆☆★  デヴィッド・クローネンバーグ 1996年

2本目は、交通事故でケガを負った女に
強い性的興奮を覚えるようになった男の
物語。類は友を呼ぶというのか、そうい
う好事家たちと次々に知り合いになった
りして、どんどんと深みに嵌っていく。
カースタントの名手が、あくまで見世物
として、ジェームズ・ディーンの死亡事
故を同じ状況、同じ車種で再現する闇興
行みたいなシーンがあって、もちろん死
と隣り合わせのドライブで、正直いって
何がおもしろいのか分からないのだが、
こういう催しってほんとにあるんだろう
なー。

                          6.27(日) 早稲田松竹




2021年7月25日日曜日

ザ・フライ

 
☆☆☆★  デヴィッド・クローネンバーグ 1986年

大学生のとき『裸のランチ』を観て以来
のクローネンバーグ。
実験中のアクシデントでハエと融合して
しまった科学者の物語。初めは体積の比
率が小さいので気付かないほどなのだが、
徐々にハエの特性が支配的になってゆき、
肉体はただれ、腐っていく。
ハエ率が高くなるにつれて身体能力が上
がって壁や天井を這うのはまだ分かるが、
精力絶倫になるというのはどうなんだろ
う。昆虫に性欲ってあるだろうか。
しかし壁を這うカットなどは、わざわざ
そのためのセットを作って撮ったらしい。

ヒロインがハエ科学者の子をみごもって、
おぞましい出産の悪夢を見るというトラ
ウマ必至のシーンがあるのだが、最近、
再放送を観ている岡田惠和脚本の『イグ
アナの娘』にも似たような描写があって
驚いた。もちろんおぞましさは地上波用
に薄められてはいたが。

                          6.27(日) 早稲田松竹




2021年7月22日木曜日

読書⑧


「文藝春秋」2019年3月号より、芥川賞
受賞作を読む。
 

「ニムロッド」
上田岳弘 著

ビットコイン、バベルの塔、駄目な飛行機
の試作品たち、左目からだけ流れる涙…。
これらの要素をまとめて綺麗に織り上げる
手腕はたいしたもので、たしかに力量的に
は芥川賞の水準を超えている印象。でも好
き嫌いだけを言うと、私はこういう小説は
嫌いである。管理の行き届いたサーバール
ームのように適切な空調が効いた文体とい
うか、どこまでいっても平熱で、どこにも
引っ掛かりがない。


「1R1分34秒」
町屋良平 著

ボクシングを題材にしたこの小説を読んで、
昔、芥川賞受賞作をまとめて読んでいたと
き、剣道を題材にした高橋三千綱『九月の
空』という青春小説があったのを思い出し
た。なぜこの小説を覚えているかというと、
アクの強い小説の多い受賞作の中で、もの
すごく普通で特色がなく、読み終わって拍
子抜けしたことを覚えている。

勝ちあぐねている不振のボクサーを主人公
に、練習中、減量時、試合中のボクサーの
体の動き、思考の流れを愚直なまでに描写
を重ねていく。
文章はお世辞にもうまいとは言えず、稚拙
な表現も多いように私には思えるが、この
「要領の悪さ」こそが「勝てないボクサー」
である主人公と不思議とリンクしてしまっ
て、だんだんと好感を覚えてしまう。
ウメキチというトレーナーと出会ってから
いちだんと加速する物語には引き込まれる
ものを感じた。


2021年7月19日月曜日

【演劇】 ある八重子物語

 
作・井上ひさし  演出・丹野郁弓
劇団民藝・こまつ座公演


とりあえず「作・井上ひさし」と付く芝居は
なんでも観ようと思っているので、この作品
のことも劇団民藝のことも何も知らないがチ
ケットを購入。

パンフによるとこの演目は、1991年に水谷八
重子十三回忌追善・新派特別公演として初演
されたとのこと。作中では、水谷八重子に心
酔する院長を筆頭に、従業員全員が新派マニ
アの古橋医院を舞台にした物語が展開する。

まあ安定の「井上ひさしワールド」というか。
若干いつもの毒が薄めという気はするが、笑
える場面は素直に笑える。新派の芝居に詳し
ければもっとおもしろいのだろうけど、別に
(私のように)知らなくても、十分におもし
ろい。

                   6.25(金) 紀伊國屋サザンシアター




2021年7月16日金曜日

中間発表

 
もう紅白歌合戦から半年経ちますか。そう
ですか。なんだかあっという間ですな…。
あまりイベント事がなく、飲みにも(あま
り)行かず、旅行にも行かないので、職場
と映画館とショッピングと外食をひたすら
ぐるぐるローテーションしているこの半年。
とにかく映画はたくさん観ることができま
した。まだ記事を上げていない3本を含め
ると6月30日現在、66本! まあ、この
ままいけば100本は堅いでしょう。

印象に残っている作品は…
<新作>
すばらしき世界
アメリカン・ユートピア(←追記 忘れてました)
花束みたいな恋をした
エヴァの最終章

<旧作>
HOUSE、青春デンデケデケデケ
本気のしるし<劇場版>
儀式、絞死刑

あたりですかね。

今年後半は、細田守と濱口竜介と山田洋次
とタナダユキの新作は観ようと思ってます。


2021年7月14日水曜日

テネット

 
☆☆☆★★★ クリストファー・ノーラン 2020年

去年いちばんの話題作。待望の新作だった
ことに加えて、劇場と映画産業を守るため、
人々が外出をためらっていた不利な時期に
あえて劇場での公開に踏み切ったノーラン
の"男気"も評判を呼んだ。
が、なんといっても話題になったのはその
恐ろしいほど複雑なストーリーである。
1度目はついて行けずにたくさんの疑問符
が頭に浮かんだので、今回はYouTubeの
解説動画をしこたま観てから臨んだ。

結果、たしかに分かり易くはなった。
でもなんか「答え合わせ」しているみたい
な気分で、ちょっと"味わい"は減ったよね…。
ま、とはいえ無駄のない編集とドライブ感
にはシビれる。
それにしても、スタルスク12での順行チー
ム(赤)と逆行チーム(青)による挟撃作
戦は、解説によると逆行から順行に作戦中
に乗り替わるやつがいるので、さらに分か
りにくい。まあそれを言ったらオスロのフ
リーポートも、キエフのカーチェイスも、
分からないことだらけだが。

                             6.24(木) 早稲田松竹




2021年7月12日月曜日

メメント

 
☆☆☆★★  クリストファー・ノーラン 2000年

早稲田松竹にて、ノーラン2本立て。
本作は初見で、次の『テネット』は2度目であ
る。2本立てなので『メメント』を観てから
『テネット』か、あるいは逆がいいのか、迷
うところだが、やはり先に『テネット』を観
ると脳がオーバーヒートする恐れがあるので、
この順番にした。

妻を殺され、頭を殴られた衝撃で短期記憶に
障害を負った主人公の主観で進む物語。事件
の前の記憶はあるが、直近の10分前の記憶が
なくなってしまうため、自分の車、住居、知
り合いの顔などは写真を撮り、いろんなこと
をメモする必要がある。そして妻を殺害した
犯人に関する特に重要な情報は、体に刺青し
て刻み込んでいる。

もちろん覚悟はしていたが、複雑な脚本につ
いていくのがやっとで、心地よく振り回され
る113分。断片的に時間をさかのぼっていく
構成が斬新で、途中から順行の時間軸のシー
ンが挿入され、ある時点で交わる。撮影的に
は、ラストシーンから逆行で撮っていったの
だろうか。でないとすべてが「逆つながり」
となり、助監督が発狂しそうである。

主演はガイ・ピアース。キャリー=アン・モ
スは『テネット』のエリザベス・デビッキに
雰囲気が似ていると思う。ノーランの好みな
んだろうか。

                               6.24(木) 早稲田松竹




2021年7月10日土曜日

JUNK HEAD

 
☆☆☆★★    堀貴秀   2021年

世に「ヤバい映画」は数あるかもしれないが、
このストップモーション・アニメーション映
画ほど「映画づくり」への執念をこれでもか
と見せつけられる作品もないのではないか。
製作に7年かかったというが、出来栄えを見
ると7年でよくできたなと思う。

人工生命体が繁殖している地下世界の探検と
いうテーマはそれほど新奇ではないが、個々
のキャラクターの造形と緻密なセットの構築
に圧倒的な個性が光っている。「世界観」と
は、すっかり安易に言い古された言葉になっ
てしまったが、この映画を「独自の世界観」
と言わずに何をそういえるだろう。
不気味でグロテスクなディストピアものを、
7年も作り続けたら気が狂うんじゃないかと
心配だが、まだ3部作の1作目で、ストーリー
はもう最後までできていて出資があればいつ
でも作り始められるという意気込みを聞くと、
そのへんは平気なのだろう。げに世の中には
変わったひとがいるものだ。

                              6.23(水) シネクイント




2021年7月8日木曜日

バッファロー'66

 
☆☆☆★★  ヴィンセント・ギャロ 1998年

前回書き忘れたが「衝撃の監督デビュー作!」
という特集で、目黒シネマで2本立てを観た
のである。2本とも見ごたえがある良い映画
だった。

刑務所から出所した男(ヴィンセント・ギャ
ロ)が、「女房を連れて帰る」と母親に啖呵
を切ってしまった手前、「実は嘘でした」と
白状することもできず、たまたま近くを通り
かかった女(クリスティーナ・リッチ)を拉
致して脅迫して車を運転させた上に、自分の
妻を演じさせて実家に連れて行く(最悪だ)。
女は妻の役をわりとうまくやったのに「あり
がとう」の一言も無く、ときどき大声で怒鳴
りながら、急にボウリングの腕前を披露して
きたり、ふたりで証明写真を撮ったり、まっ
たく予想のつかない展開になってくる。まあ
とりあえず男は口は悪いが気が弱くて繊細だ
ということはとても伝わってくる。

クリスティーナ・リッチって、『アダムス・
ファミリー』のウェンズデーだったのか!
いい女になっててびっくり。

                               6.22(火) 目黒シネマ




2021年7月6日火曜日

ヴァージン・スーサイズ

 
☆☆☆★    ソフィア・コッポラ   1999年

美しい5人姉妹の謎の自殺。
センセーショナルな題材だが、不思議と
陰鬱でないのは、美少女が5人も画面に
写っているとそれだけで"陽"のエネルギ
ーが充満するからか。最後には全員が自
死してしまうとしても…。
そのはっきりとした原因が語られたり示
唆されたりすることはない。13歳の末娘
のセシリアが1度目の自殺未遂の後に医師
に語った「だって、あなたは13歳の女の
子だったことはないもの」という言葉が
象徴的であるように、まあおそらく本人
にも分からなかったものを、他人が分か
るわけもない。

                         6.22(火) 目黒シネマ




2021年7月4日日曜日

127時間

 
☆☆☆★   ダニー・ボイル   2011年

砂漠地帯のトレイルランニングを趣味にする
パリピの兄ちゃんが、ひゃっはー! と雄大な
キャニオンを快調に疾走していたら、岩が崩
れてクレバスに転落。落下した岩にちょうど
腕を挟まれる悲劇が重なり、岩の裂け目の底
で動くこともできない。
さてどうする……、という127時間。「オー
プン・エアーな密室」という語義矛盾のよう
な空間で、限られた食料と水で命をつなぐ。
1日15分間だけ射して来る陽の光を楽しみに
(『ねじまき鳥クロニクル』にもこういう描
写があったような…)、孤独と渇きと絶望と
の闘いが続いていく。うーん、やっぱりアウ
トドアって怖い! インドアが最高。

ずっと「ひとり芝居」が続くのだけれど、巧
みな編集で飽きさせない。画像は挟まる直前
のまだ楽しかった頃。

                            6.19(土) BSプレミアム




2021年7月2日金曜日

断崖

 
☆☆★★★  アルフレッド・ヒッチコック 1941年

ヒッチコック渡米後の、『レベッカ』に続
く第2作。
ジョーン・フォンテインが夫への疑心暗鬼
に囚われていく様をずっと観ていると、イ
ングリッド・バーグマンがとんでもないモ
ラハラ夫に欺かれて、「どこかおかしい」
と疑いながらもどんどん衰弱していくあの
『ガス燈』を思い出さずにいられなかった。

本作のケーリー・グラントも、平気で嘘は
つくは隠れてギャンブルはするわそれで大
損するわで相当ろくでもない性分ながら、
大スターに殺人犯は演じさせられないから
と、結局いい奴でしたという話で終わって
いる。ヒッチコックは別の結末を考えてい
たが、映画会社に却下されたという。

                          6.14(月) BSプレミアム