2020年1月31日金曜日

ラストレター


☆☆☆★★★    岩井俊二    2020年

岩井俊二は「老成」していくタイプではない
ようだ。いち観客としては、長尺の『リップ
ヴァンウィンクルの花嫁』がわりと「すべて
出し切る」ような作品に見えたというのもあ
り、次はどういう感じでくるのか、若干ハラ
ハラしながら待っていたということもある。
まあトヨエツと福山の対決シーンなどは、あ
の異色の『ヴァンパイア』を経て、こういう
"多角的な悪"も描けるようになったのか、な
どと感慨にふけりながらながら観ていたわけ
だが、まあそれほど壮絶なシーンにはなって
おらず。逆に高校生の恋愛が主軸にある今作
は、これまでになく甘ったるいというきらい
は有るには有るかもしれない。
しかしながら、「変わらないなぁ」と嬉しく
なってしまう「幸福な瞬間」は幾度も訪れ、
おおいに満足であった。岩井俊二特有の、ひ
とつめの話が落ち着かないうちにどんどんと
次の話に転がっていき、それがまだ片付くか
片付かないかの時に小さな事件が起きてまた
そちらに転がっていく。そしてそれがなぜか
気持ちいい、という感覚なのであった。

そして毎度同じ話で恐縮だが、女優がキレイ
に撮れていればその映画は成功、である。

                               1.17(金) 新宿ピカデリー


2020年1月28日火曜日

パラサイト 半地下の家族


☆☆☆★★★   ポン・ジュノ   2020年

パルムドールも納得の快作である。
カンヌにしてはおもしろすぎるような気も
するが。

この映画の主役は「家」だろう。
「半地下」の家で貧しく暮らしながらもチャ
ンスを待っていた家族がのっとる豪邸。どこ
から切り取っても絵になるすばらしく映画的
な造りである。

ソン・ガンホはすばらしい役者だなー。
まあとにかくおもしろいに尽きる。

                           1.15(水) TOHOシネマズ渋谷


2020年1月25日土曜日

読書①


タイで読んでいた本を2冊。
とはいえ旅行中って、飛行機以外では読書は
捗らないものである。行きはともかく、帰り
の便は23:15発だったので、機内はほぼ寝て
いた。もちろん下記の2冊すらも読み切れず
に、帰国してから大半を読んだという…。


『悲しき熱帯 Ⅰ』
レヴィ=ストロース 著 川田順造 訳 中公クラシックス

この本に出て来る「熱帯」は主にはブラジル、
そして少しだけインドのことであって、タイ
などまったく出て来ないのだが、まあそれは
よいではないか。タイだって熱帯には変わり
ない。

とても名高い著書だが、この文章を民俗学の
調査報告のような、論文のような物だと思っ
ているひともいるだろう。かくいう私がそう
だったのだが…。もちろん民俗学の調査のた
めにレヴィ=ストロースが南米を訪れた時の
体験が綴られているのだが、実は書かれたの
は調査行から15年以上も経ってからなのだ。
「私は旅や探検家が嫌いだ」
という文章から始まる風変わりな旅行記のよ
うな本書は、出発する船の描写から始まり、
いかにもフランス語の文章といった感じの、
修飾の多い、まわりくどい文章でもって、そ
の15年の間にいろいろと思索したことが付け
加えられて、盛大に脇道に逸れて行き、いつ
まで経っても調査内容にはなかなか踏み込ま
れない。










『夏の闇』
開高健 著    新潮文庫

この小説の主人公がヨーロッパの(おそらく
ドイツと思われる)街にいながら、しばしば
凄惨な戦争の情景に精神を蝕まれているのは
あくまで「ベトナム」の戦場であって、タイ
はまったく関係ないのであるが、まあそれは
よいではないか。

戦場から脱出し、女と再会して怠惰な日々を
送る主人公は、『輝ける闇』を書き上げて目
的を一時喪失した著者自身を投影していると
のこと。あれ、しまった、こっちから先に読
んじゃったよ。しかしソファの窪みと体が一
体化していくらでも眠れてしまう描写など、
なかなかおもしろい。久しぶりに開高健を読
んだが、かなり変わった文体ですね。

これまた相当に長いあいだ本棚でくすぶって
いた1冊。申し訳ない。




2020年1月22日水曜日


☆☆☆★★   山本嘉次郎   1941年

こちらが本来の目的。
高峰の『わたしの渡世日記』にこの映画の
制作のことがあれこれ書いてあり、ずっと
観たいと思っていた。
「製作主任」というクレジットで黒澤明の
名前があるが、いくつも映画をかけもちし
ていた山本嘉次郎に代わって、多くのシー
ンの脚本・監督を担ったという。これが黒
澤の「実質的なデビュー作」とみなすひと
もある。

岩手県大釜の農村を舞台に、仔馬ができた
ら返すという条件で預かった馬を懸命に育
てる少女と、馬との心の交流を描く大作。
馬を邪険にしていた少女以外の家族が、い
ざ仔馬が産まれるとなったら急にそわそわ
し出すのがおもしろい。父親役は藤原鷄太、
のちの釜足である。話の筋はいちおう軍部
の手前、「立派な軍馬を育てよう」という
ところに決着させているが、実はそんなの
はどうでもいい事だというのは観ていると
分かる。威勢のいい競りの様子も興味深い。

さて、戦前の映画につきものの「こんな表
現はじめて聞いた」のコーナー。
今回は、反抗的な高峰秀子に母親の竹久千
恵子が言う

  「親をにらむとヒラメになるよ」

まあ意味としては想像がつく。親に反抗し
たり粗末に扱うとバチが当たるということ
らしい。でも私は30年以上生きてきて、は
じめて聞いた表現だった。

                                     1.11(土) 新文芸坐


2020年1月20日月曜日

春の戯れ


☆☆☆★    山本嘉次郎    1949年

今年最初の名画座は池袋の文芸坐にて、
「高峰秀子が愛した12本の映画」。
生前に、養女である斎藤明美がなにげな
く聞いた「お気に入りの映画」をもとに
構成しているとのこと。

朝10時の回に行くと、260もある客席は
爺さまたちで満員。没後10年でもまった
く衰えることのない高峰秀子の人気をあ
らためて感じた。

主演は高峰と宇野重吉(若い!)。
船乗りに憧れる青年を宇野が演じるが、
例によってその夢を最終的には支援する
ために「耐える女・忍ぶ女」を高峰が演
じるといういつもの構図。しかし越後屋
さんという自己破壊的にひとの良い金持
ちのじいさんが出て来ることで、ちょっ
と明るい雰囲気の映画になっている。
あんたはいいひとやなー。

                                1.11(土) 新文芸坐


2020年1月14日火曜日

男はつらいよ お帰り 寅さん


☆☆☆★★★    山田洋次   2020年

正確には2019年12月27日公開。
でも今年の映画とさせてもらいますよ。

寅さんを現代によみがえらせる手段として、
おそらくもっとも自然なかたちであろう。
わたしは嫌な感じはまったくせず、それど
ころか(案の定、というべきか)おおいに
笑わされ、そして泣かされてしまった。単
純なノスタルジーの作用だけではないだろ
う。不思議なことに、昔のフィルムの一部
が流れるだけで、そんなものを飛び越えて
情感に直接触れてくるものがある。

達者なひとが多いなかで、ゴクミだけ下手
で浮いていたが、まあそれもご愛敬といっ
たところか。

                             1.8(水) 新宿ピカデリー


2020年1月11日土曜日

テレビドラマ 2019年


観たものを羅列……
去年はけっこう観たほうだと思う。

(連続ドラマ)
なつぞら
いだてん
フルーツ宅配便
ゾンビが来たから人生見つめ直した件
ひよっこ2
腐女子、うっかりゲイに告る
デジタル・タトゥー
Iターン
凪のお暇
全裸監督
令和元年版 怪談牡丹灯籠
少年寅次郎
Miss!? ジコチョー
京都人の密かな愉しみ(再放送)

(単発ドラマ)
Eうた♪ ココロの大冒険
母、帰る ~AIの遺言~
ちょいドラ
満島ひかり×江戸川乱歩
(「お勢登場」「算盤が恋を語る話」「人でなしの恋」)
かんざらしに恋して
浮世の画家
スローな武士にしてくれ
詐欺の子
離婚なふたり
週休4日でお願いします
永遠のニシパ ~北海道と名付けた男 松浦武四郎~
京都人の密かな愉しみ Blue 祇園さんの来はる夏
日なたの佐和ちゃん、波に乗る
ストレンジャー ~上海の芥川龍之介~
ワンダーウォール(2018年)


【途中リタイア】
ミストレス ~女たちの秘密~
盤上のアルファ ~約束の将棋~


では授賞に移ります。

グランプリ
「いだてん」

敢闘賞
「全裸監督」「ゾンビが来たから人生見つめ直した件」

技能賞
「凪のお暇」「Iターン」


グランプリに関しては、これはもう何の異論
もなく、すんなりと素直に決まります。世界
広しといえど、クドカンのようにドラマを書
ける人間はいまだに存在せず、且つこれから
も存在しないかもしれないのでありまして、
クドカンのドラマに「似たような」ドラマを
書けるひとすら居ない。本当に稀代の脚本家
とはこのひとのことだと思う。
田口トモロヲの重曹水に始まり、冷水浴、綾
瀬はるかの自転車節、勝地涼のストレイ・シ
ープ、杉本哲太の肋木、大竹しのぶと中村獅
童のやりとりなど、ほんとに好きなシーンは
枚挙に暇がない。しかし究極は、満洲での円
生と志ん生の回にとどめを刺すだろう。10か
月(!)も引っ張ってきた「志ん生の『富久』
は絶品」の謎が明かされ、そして青年の夢は
戦争に無残に散ってゆく…。おまえの脚本が
絶品じゃい! とつっこまずにいられない回で
あった。

ほかにも名前を挙げたドラマには楽しませて
もらった。もう個別に触れる気力がないです
が…。
「全裸監督」にはスタッフと役者たちの"プロ
フェッショナルの仕事"を見せてもらった気が
している。同じ内田監督のテレ東「Iターン」
もなかなかおもしろくて、次点だが同じくテ
レ東の「フルーツ宅配便」も佳作だったこと
を付け加えておく。

2020年1月6日月曜日

ベスト5 <旧作>


1.  恐怖の報酬【オリジナル完全版】 W. フリードキン 1977年

2.  寝ても覚めても                濱口竜介         2018年

3.  ドゥ・ザ・ライト・シング スパイク・リー  1990年

4.  ダンス・ウィズ・ウルブズ ケヴィン・コスナー  1991年

5.  3月のライオン 前編               大友啓史  2017年

次点.  コミック雑誌なんかいらない!  滝田洋二郎    1986年


旧作のランキングというのは、ただ単に
「私が去年観た」だけであって、なんの
関連性もない映画たちの中からおもしろ
かったものをランク付けしているという
性質上、「これ、おもしろかったっすよ」
という以外の意味は特にない。

それにしてもフリードキンと滝田洋二郎
以外は初めて観た監督であったが、まあ
すばらしい映画でしたよ。

2020年1月1日水曜日

ベスト5 <新作>


賀正。

本年もどうぞよろしくお願いいたします。
今回も10本選ぶほど観ていないので、ベスト5です。


1.  ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド  Q. タランティーノ

2.  ROMA   A. キュアロン

3.  運び屋   C. イーストウッド

4.  i -新聞記者ドキュメント- 森達也

5.  グリーンブック  P. ファレリー

次点. バーニング 劇場版  イ・チャンドン


<講評>
今年観た映画を振り返ってみたとき、カーステレオ
で古いアメリカン・ポップスを流しながらおっさん
がハイウェイを疾走している様子が浮かんでくる。
『グリーンブック』と『運び屋』を続けて観たとき
に「うーん、なんだか似ているなー」と思ったのが
きっかけだが、その後『ワンス・アポン~』でも
『アイリッシュマン』でも似たようなシーンを目に
するにつけ、どうやら今年はロードムービーの当た
り年だったのかと思うことにした。

タランティーノは劇映画を10本で引退すると表明し
ている。9本目となった『ワンス・アポン~』はすば
らしい傑作だったが、つまり残りはたったの1本。や
めないで欲しいのはやまやまだが、果たしてどのよ
うな引退作を撮ってしまうのか、どうしても期待は
高まるのである。

『ROMA』は何気なさの中に込められた監督の魂の
ようなものに感応してしまう秀作であった。イース
トウッド老師の健在を確かめられた『運び屋』、オ
ーソドックスな作りで分かりやすく「深イイ」『グ
リーンブック』、私のベストには入らないが多くの
ひとの心をとらえた『ジョーカー』など、アメリカ
映画はやはり懐が深いし、豊かである。

対して邦画はドキュメンタリーの『i』が1本と、ま
あ少々さみしい。『バーニング』は主役の朴訥な顔
をした俳優が名演技だったと思う。

<観た新作映画>
サスペリア、バーニング 劇場版、グリーンブック、運び屋、ROMA、旅のおわり世界のはじまり、海獣の子供、ブラック・クランズマン、イメージの本、新聞記者、ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド、凪待ち、真実、ドリーミング村上春樹、ジョーカー、八つ墓村、ひとよ、i -新聞記者ドキュメント-、アイリッシュマン、おちをつけなんせ、GOODBYE KISS(21本)