2022年12月31日土曜日

今年の3冊

 
2022年はいろいろなことがあって、下半期
ほとんどまともに映画を観られなかったの
で、埋め合わせと言ってはなんなんですが、
「今年の3冊」を選んでみた。夜、静かにし
ている必要があって、例年以上に本をよく読
んだということもある。いずれも、読んだひ
との読書生活をいくらか豊かにしてくれる、
優れた本であると思う。

『ジョン・フォード論』
蓮實重彥 著   文藝春秋

『われらの時代・男だけの世界』
ヘミングウェイ 著 高見浩 訳 新潮文庫

『日本の黒い霧』
松本清張 著  文春文庫


①がなぜおもしろいか、ひとに説明するのは
難しいが、まあ言ってみれば蓮實氏がフォー
ドの映画を鑑賞するのにかけた膨大な時間を、
少しだけ味わわせてもらっているような感じ
である。名作だろうと失敗作だろうと、あま
り分け隔てしない。ただひたすら、残されて
いるフィルムを観て、そこに映る馬に、樹木
に、翻る白いエプロンに、「投げる」という
動作に、悦びを見出す。正直言ってフォード
の映画は、いま観て「これはおもしろい!」
と膝を打つような作品はあまり多くないと個
人的には思う。なのでフォードの映画よりも
本書を読むほうがおもしろいというのは皮肉
というかなんというか。
②はヘミングウェイの初期の短篇集2冊を収
める。パリ時代、キー・ウェスト時代、キュ
ーバ時代で分けるならパリ時代ということに
なるが、これが清新で、ずっしりと手ごたえ
のある、良い短篇集なのである。訳も良いし、
巻末の解説も読みごたえがある。
③はいまよりずっと日本が「なんでもあり」
だった時代というのか、防犯カメラも無いし
DNA鑑定も無い、危ない手段で目的を遂げよ
うとする側にとっては、今よりはるかに都合
がよかった時代、という感じがする。帝銀事
件や下山事件などはその典型である。推理小
説ファンには、スパッとした解決の無い本書
は煮え切らないのかもしれないが、松本によ
る「確実に言えること」と「ほぼ確実な推論」
と「単なる推論」の整理の仕方の手際はかな
り鮮やかなものである。

来年も良い本と出会いたい。

2022年12月19日月曜日

読書⑳

 
『おじさんメモリアル』
鈴木涼美 著   扶桑社

このひとの文章は、一度に大量に読むと胸
やけしそうになるが、1日に2章とか、ちょ
っとずつ読むとちょうどいい。そして私は
涼美さんがミスチルの歌詞を少しだけ文章
に織り交ぜるやり方がけっこう好きである。

変わったおじさんや素敵なおじさまの生態
を、まさに身銭を切って(切らせて?)集
めたのが本書である。よくまあこんなにエ
ピソードが集まるものだ、と他人事のよう
に感心している場合ではないのかもしれな
いが。













『富良野風話』
倉本聰 著   理論社

どこかの雑誌に載ったごく短いコラムを集
めたもの。
富良野に拠点を構え、富良野塾で生活ごと
役者の卵たちの面倒をみる倉本だからこそ
の書きぶりが目立つ。資本主義への疑問、
消費至上社会への嘆き。ただまあ、倉本聰
ならこう書くだろうな、という感じではあ
る。たしかに嘆かわしいことばかりの世の
中である。そうではあるのだが…。


2022年12月14日水曜日

読書⑲

 
『街と犬たち』
バルガス・ジョサ 著  寺尾隆吉 訳
光文社古典新訳文庫

税込み1694円というとすでに文庫本の値段で
はないようにも思われるが、これだけ分厚いと
どれだけがんばっても1週間はかかることを考
えると、1週間も楽しめてたったの1700円は安
いともいえる。というか私はいつもそう考えて
しまう。

世界的なラテン・アメリカ文学ブームの火付け
役となったと言われる本書は、レオンシオ・プ
ラド軍人養成学校というペルーに実在の学校を
舞台にした、野蛮で猥雑で「不届き」な小説で
ある。実際、レオンシオ・プラドから抗議も受
けたという。小説の中で、貧困とか「根性を叩
き直す」と親に強制的に入れられたとか、様々
な理由で入学したティーンエイジャーたちが訓
練を受ける軍人学校では、上級生による下級生
への壮絶ないじめが常態化している。下級生は
「犬」と呼ばれ、人権は無いに等しい。また当
然のように酒、たばこ、賭け事、試験問題の不
正取得などの「ほぼ犯罪」が蔓延している。ま
あ実在の学校からすればたまったものではない
だろう。
物語は、ラブレターの代筆やエロ小説を書いて
売ることでうまくやっているアルベルトと、上
級生をも恐れぬ腕っぷしと胆力でリーダー的存
在となったジャガーの二人を軸に進んでいく。
それはやがて一発の銃弾に収斂していくのだが、
時間と空間を頻繁に行き来する構成、会話だけ
が延々と地の文で続く章があるなど、すでにラ
テン・アメリカ文学の特徴であるナラティブへ
の明確な意識がここにはある。ページを繰るの
をやめられないという独特の引力も…。

しかしひとつ言うと、旧訳の『都会と犬ども』
のほうが、タイトルとしては良い気がする。
そして表紙の犬の絵がちょっと脱力系なのも
あまり合っていない。














聞き書き 倉本聰 ドラマ人生』
北海道新聞社

1年半もの期間に及ぶ長時間インタビューを
もとに構成された本書では、倉本聰というま
さに「日本のテレビドラマそのもの」である
ような巨大な存在が、どのようにして生まれ、
膨大な量の作品を書き続けて来れたのかが語
られる。

最初はニッポン放送に勤めながらペンネーム
で書いていたので、上司に「最近出てきたこ
の『倉本聰』ってのに会いに行ってこい」と
命じられて困った話や、大河ドラマ『勝海舟』
を降板してそのまま北海道に移住してしまっ
た話など、まあどこかで聞き覚えはあるのだ
が、おもしろいエピソードには事欠かない。
それにしても多作なのにはあらためて驚嘆す
る。

初めて知ったが、大江健三郎と東大の同級な
のである。学生新聞で柏原兵三を入れた3人
で鼎談したこともあり、柏原は感じがよくて、
大江は感じが悪かったというのが私にはもう
おもしろい。「北の国から」に「こごみ」と
いう色っぽくて奔放な飲み屋の女が出て来て
黒板五郎と恋仲になるのだが、ある時倉本と
すれ違ったときに大江が「こごみって良いね」
と言ったというのである。そうかぁ、大江健
三郎も「北の国から」を観てるんですねー。


2022年12月10日土曜日

【LIVE!】 森山直太朗


 20thアニバーサリーツアー『素晴らしい世界』
 〈後篇〉フルバンド

  1. 花
  2. カク云ウボクモ
  3. 花鳥風月
  4. レスター
  5. 愛し君へ
  6. papa
  7. 夏の終わり
  8. 素晴らしい世界

 ~ミニドラマ~
 
  9. 愛してるって言ってみな
 10. すぐそこにNEW DAYS
 11. よく虫が死んでいる
 12. boku
 13. 金色の空
 14. 君は五番目の季節
 15. 生きてることが辛いなら
 16. どこもかしこも駐車場

<Encore>
  1. フォークは僕に優しく語りかけてくる友達
  2. さくら

                  11.24(木) 中野サンプラザ


ミュージシャンが続々と、いまのサンプラザ
との別れを惜しんでいるが、直太朗もけっこ
う思い入れがある様子。建て替えて、キャパ
7000人のホールにするというが、果たして…。

フルバンド編成とはいえ、エレキな方向では
なく、いつにも増してパーカッシブというか、
鳥の声とか風の音を模したサウンドを多めに
取り入れてなかなか独創的である。「夏の終
わり」なんかはわりとジャングル感すらあっ
たというか、鬱蒼とした森で迎える夏の終わ
り?

昨年コロナに感染して生死の境をさまようぐ
らいひどかった経験を語って演奏された「素
晴らしい世界」の力の入りようたるや。映像
の演出ともあいまって鬼気迫るものがあった。

転換で流れたミニドラマは、もちろん直太朗
が出演し、「うきわ」で共演した西田尚美や
黒田大輔も出演している本格的なもの。タク
シーの中の一幕ものである。「愛してるって
言ってみな」につなげるためのバカバカしい
ドラマだが…。

ベストアクトは「素晴らしい世界」にするし
かなかろう。ほかの曲と気合の入り方がまっ
たく違う。


2022年12月6日火曜日

読書⑱

 
『月日の残像』
山田太一 著  新潮文庫

「考える人」に連載されていた長めのエッ
セイをまとめたもの。
山田太一が松竹大船撮影所で助監督をして
いたとは知らなかった。その頃の思い出に
は木下恵介や小津安二郎も出てくる。
タイトルからも分かるように、昔の記憶、
それも幼い頃に見た風景や交わした会話な
どを起点につづられる文章なのだが、その
記憶はどちらかというと苦いものが多い。
苦いだけでなく、滑稽さや恥ずかしさ、や
るせなさが入り混じった、なんとも形容し
がたい感情を、ほんとうによく覚えている
というか、それをそのまま文章で喚起して
みせる能力には驚かされる。あるいは脚本
家というのはそういう能力に秀でた者がな
るものかもしれない。流麗な文章では決し
てないのだが、どんどん次が読みたくなる。














『獣でなぜ悪い』
園子温 著  文藝春秋  

今となってはなんだか意味深なタイトルに
なってしまったが、買ったのはずいぶん前
のことである。
女優を主人公に数々の破格の映画を撮って
きた園子温による「女性論」になっており、
ちょっと危ない話も書いてあるのかと思い
きや、至って誠実に、自分がどういう道筋
をたどって女性が主役の映画ばかり撮るよ
うになったかを書いている。『紀子の食卓』
を撮影したことによって、さらに言えばそ
こで吉高由里子というまったくのド新人を
演出したことによって、自分はようやく映
画監督というものになることができた、と
いうことなのである。

このエッセイのおもしろさは「率直さ」か
ら来ていると思う。『愛のむきだし』や
『ヒミズ』といった自分の映画の制作過程
を振り返りながら、のちに妻となった神楽
坂恵との出会い、彼女の本名が母親と同じ
「いづみ」だったことから「これじゃまる
でマザコンのようだ、なんとか克服しない
といけない」と、『恋の罪』での役名を
「いずみ」にしたことなど、この時期の園
映画をかなり熱心に観ていた私でも知らな
いことばかりだ。

そして今の若者に向けた檄文でもある本書
の主張は
「映画なんか見なくていいから古典を読め!」
という意外にまともというか、アナクロな
もの。旧作邦画をクサす場面では、『浮雲』
なんて不愉快なだけでなんにもおもしろくな
いじゃないかと主張しており、私もそう思っ
ていたので溜飲を下げる。



2022年12月2日金曜日

セイント・フランシス

 
☆☆☆★★   アレックス・トンプソン  2022年

ギンレイホールもひとまず閉館してしまうと
いうことで、まあさほど足しげく通ったわけ
でもないが、いちおう最後の記念に。『ベイ
ビー・ブローカー』のほうが目当てだったの
でこちらにはたいして期待していなかったが、
予想以上の秀作であった。

迷える34歳の独身女性ブリジットを演じたケ
リー・オサリヴァンが、脚本も書いていると
いうから驚いた。焦燥感のようなものと、芯
の強さみたいなものがにじみ出てくるいい演
技だった。脚本も子どものセリフなど特に巧
みだと思う。

同年代が結婚・出産を経験していくなか焦り
を感じているブリジットが、フランシスとい
う6歳の少女とナニー(子守り)の仕事を通
じて、心を通わせあうという話。このフラン
シスがはちゃめちゃで愛らしいし、コメディ
としてしっかりおもしろい。そのうえ、2人
目が生まれてパートナーは仕事に忙しく、産
後うつになりかかっているフランシスの母親
の疲れ切った演技も真に迫っていて思わず胸
がつまる。

                      11.13(日) ギンレイホール