2022年3月31日木曜日

THE BATMAN ―ザ・バットマン―

 
☆☆☆    マット・リーヴス   2022年

あんまり観るつもりはなかったんだけど、
カート・コバーンがモデルだとか、Nirvana
の"Something in the Way"が重要な曲と
して使われているらしいとか、つい耳にし
てしまったので、気になって観てみた。

カートがモチーフとか言ってる時点で暗い
のは決定したようなもんだけど、今作のバッ
トマンもまた、非常に重苦しい演出。ゴッ
サム・シティのために体を張って尽力する
も、無力である。というかある程度ストー
リーが進んでからふと状況を振り返ると、
金田一耕助ばりに「謎は一応解くのだが殺
人は止められない」。"リドラー"の繰り出
す謎々とかには瞬時に答えたりするのだが、
いつもすんでのところで殺人は起きてしま
い、結局誰も救うことはできないのである。
そういうのもパターン化してくるとだんだ
ん飽きる要因になる。

なぜいま新しいバットマン映画なのか。私
はアメコミ大作にそれほど関心も無いので
詳しい制作の事情は知らないが、少なくと
も近作の"JOKER"やクリストファー・ノー
ラン版と比べられるのは覚悟の上なのだろ
う。私見を申し上げれば、"JOKER"はとも
かくとして、ノーランの作劇には遥か遠く
及ばないと思う。なぜこれで勝負できると
思ったのですか、というぐらい。

まず全然ハラハラしない。お、これはと思
うようなシーンが無い。あとカー・チェイ
スがいまいちだよね。あのバットマンの
「すごそうな車」の機能を発揮できぬまま
終わった気がする。あとバットマンのアジ
トをみんな気軽に訪問しすぎじゃない? 

役者としては、久々に見たポール・ダノが
活躍。こういう"狂気"の芝居は前も見た気
もするが、けっこう良かったと思う。キャ
ット・ウーマンはゾーイ・クラヴィッツと
いうひとで、なんとレニー・クラヴィッツ
の娘さんだそう。知らなかった。

                          3.12(土) 新宿ピカデリー




2022年3月27日日曜日

トムボーイ

 
☆☆☆★    セリーヌ・シアマ   2011年

田舎に引っ越してきたフランス人の家族。
両親と、息子と娘がひとりづつ。この男の
子を中心に映画は紡がれる。近くのマンショ
ンに住む子どもたちにも徐々に受け入れら
れ、一緒にサッカーやら水遊びやらで遊ぶ
ようにもなって、その中のちょっと大人っ
ぽい女の子には、好意のようなものを寄せ
られもするのだが、実は男の子には秘密が
あって…。

たいした事件が起こるわけではないのだが、
「ゆらぎ」のようなものを繊細にフィルム
に写し取った手腕に感心する。こういうお
おぜいの子どもたちが、わざとらしくなく
活き活きとしてる映画って、ほんとにどう
やって撮ってるんだろうと不思議になる。
とりわけこの幼い兄妹の演技がすばらしい。

                             2.27(日) 早稲田松竹










<ツイート>
青山真治監督の死は衝撃である。まだ57歳。
まだまだ新作を観られるものだと思っていた。


2022年3月24日木曜日

読書②

 
『キャッチャー・イン・ザ・ライ』
J.D.サリンジャー 著 村上春樹 訳 白水社

発売されてすぐ読んで、以来読み返していない。
奥付を見ると2003年4月とあるから、えーと、
19年ぶり…。ちーん。よもやそんな月日が経っ
ているとは思いもせず、茫然とするしかない。

当時はまだ春樹も本格的に翻訳をやり始めたと
ころで、今ほどその訳業に定評はなく、”あの”
『ライ麦畑』を訳したことも、この訳文自体も、
あまり好意的には受け取られていないような空
気があったように記憶している。なにしろ熱狂
的なファンがたくさん居たのだ。
私は別にサリンジャーのことはロクに知りもせ
ず、春樹の新しい出版物として読んだ。翻訳な
のにいつもの春樹の文章と同じだな、と思った
が、それがサリンジャーの文章を無理やり自分
流にアレンジしたのか、もともとアメリカ文学
の影響を多分に受けているため、春樹が確立し
た文体がサリンジャーの文章と呼応しやすかっ
たのか、そういう区別もついていなかったよう
に思う。

  ドアを閉め、居間の方に戻りかけたところ
 で、先生が僕に向かって大声で何か怒鳴った。
 はっきりとは聞き取れなかったけど、たぶん
 間違いなく「グッド・ラック!」と叫んだん
 だと思う。そうじゃなければいいんだけどと
 思う。真剣にそう願うよ。相手が誰であれ
 「グッド・ラック!」なんて僕は叫んだりは
 しない。だってさ、そんなこと言われたら気
 が滅入っちまうじゃないか。

いま読んでも、というかたぶん19年前よりもす
んなり読むことができた。ホールデン・コール
フィールドという、この言い訳と文句の多い、
いくぶん神経症的な傾向のある、でも兄と妹を
心から愛していて、傷つきやすく優しい青年の
像を自分の中で19年ぶりに更新することができ
てよかったと思う。










完全版 普通の人』
安西水丸 作   

"おもしろ普通常識マンガ"
というなんだかよく分からない惹句が帯にある。
まあ「どこにでも居そうなひと」が、朝目覚め
てから1日を終えるまでを、独特のテンポで描
いたもの、とでもいえばいいだろうか。なにげ
ないセリフが、「どうやってこの言葉を持って
来たのだろう」と思うようなリアリティとおか
しさに溢れている。

村上春樹も、巻末の解説の中で、あるOLのか
なりぶっ飛んだ思考の流れと独り言を挙げて、
「こういうすさまじいダイアローグは、書こう
と思って書けるものではない」
と書いている。
登場人物の中では私はいつも「クケーッ」と
言いながら周りのものすべてに常軌を逸した
怒りをぶつけているオジサンがけっこう好き
である。








2022年3月20日日曜日

Summer of 85

 
☆☆☆★  フランソワ・オゾン 2021年

これも去年の見逃し映画。
たまにフランス語を浴びたくなるときがあ
る。ちなみに全然分かりませんが。

原作はエイダン・チェンバーズの『おれの
墓で踊れ』。
16歳のアレックスは友人のヨットで沖に出
るが、天候の急変により転覆。たまたま通
りかかった美青年ダヴィドに助けられたこ
とで意気投合し、ダヴィドの母の店でバイ
トを始めたことで、ふたりは急速に仲を深
める…。
映画の始めからダヴィドが死ぬことは知ら
されており、熱く燃えあがる2人の恋にも
常に死の匂いがつきまとう。

主演の二人はオーディションで選ばれたと
のこと。

                               2.27(日) 早稲田松竹




2022年3月16日水曜日

グッドモーニング、ベトナム


☆☆☆★   バリー・レヴィンソン 1988年

グウーッッモーニーン、ヴィィエットナーム!!!
というのが、それまでの退屈な放送を一新すべ
く、ベトナム戦争に従軍しているアメリカ軍兵
士向けのラジオ番組DJに任命された男の第一声
である。型破りなロビン・ウィリアムズのマシ
ンガン・トークが痛快。撮影のために訓練した
にしても、あまりにも堂に入っていると思った
ら、本当にスタンダップ・コメディアンをやっ
てたこともあるんだってね。

ただこういうネタの映画は、少ない文字数の字
幕ではおそらく3割は情報を捨てていると思わ
れるし、実際にアメリカのテレビ番組や政治家
のパーソナリティを知らないと何がおもしろい
のか分からないジョークも多い。向こうでは権
威や権力をおちょくり、笑いのめすという文化
が根付いていることが羨ましくも見えるだけに、
ジョークの意味が分かったらなーと夢想してし
まう。

権威に楯突いたものがへこまされ、それでも最
後に一矢報いて去っていくという展開はまった
くの型どおりではあるものの、題材とロビン・
ウィリアムズによる勝利であろう。

この監督、次作が『レインマン』だそうで。
ノッてますね。

                                 2.25(金) BSプレミアム




2022年3月13日日曜日

ウエスト・サイド・ストーリー

 
☆☆☆ スティーヴン・スピルバーグ 2022年

スピルバーグにしては点数が低いですが、
そもそも私はミュージカル映画ってどう観
ればいいのかよく分からなくて、いまだに
戸惑ってしまうのだ。細かい心の機微なん
かは、「それはお約束でしょ」みたいに省
略される感じでどんどん二人の仲が深まっ
ていったり、抗争が激化したり、憎しみを
超えて赦し合ったりする。歌で細かいとこ
ろを補完する…というより、歌こそが主役
でストーリーはそれを補完しているのかも
しれないが、どうもその省略されている部
分の方が気になって、歌をちゃんと聴けな
いのである。

ちなみに1961年版の『ウエスト・サイド物
語』は未見。でも知ってる曲ばかりだった。
それはすごいことですね。

                               2.23(水) 新宿バルト9




2022年3月10日木曜日

テレビで会えない芸人


☆☆☆      四元良隆  牧祐樹   2022年

テレビ版から20分以上尺が長くなり、笑える
部分が増えていたのは良いと思う。おもにス
テージの映像だが、松元ヒロさんの芸人とし
てのおもしろさが前面に出て来るのはもちろ
ん歓迎する。しかし、それ以外は「どこが増
えたの?」というぐらい、ドキュメンタリー
として何も変わっていない印象。高評価を得
たテレビ・ドキュメンタリーの劇場版を制作
できるなんて、そうそうあることじゃないと
思うのだが、いったい何をめざして再編集し
たのか訊いてみたいところである。

あと音響効果がちょっとキレがないというか、
古い感じ。ラストも、副調のモニターにズー
ムして、ノイズがだんだん大きくなっていっ
て、突然断ち切られてブラック&無音になる
とか、こう言っちゃなんだが、若干恥ずかし
かった。

                          2.18(金) ポレポレ東中野




2022年3月7日月曜日

最後の決闘裁判

 
☆☆☆★★  リドリー・スコット  2021年

155分の"DUNE"でお腹いっぱいになったあと
に、153分の映画が来るのは一種の試練だが、
あらかじめ分かっていたことである。2本とも
とても充実した内容で、退屈している暇はな
く、一度も眠気に襲われることはなかった。
観終わったらどっと疲れたが。

舞台は中世フランス。ある強姦事件をめぐる
裁判で、原告(女性)と被告(男性)の言い
分が異なっている。科学も発達していないの
で、警察が捜査するわけでもなく、どちらが
真実か分からないので、解決を(真実をご存
じのはずの)神にゆだね、決闘裁判、つまり
決闘して勝った方(相手を殺した方)が勝訴、
というある意味で明快な裁判である。うーん、
むちゃくちゃだし、できれば巻き込まれたく
ない。
当時は妻は「夫の所有物」であるので、強姦
はその所有物を「損壊」し、夫の名誉を傷つ
けるものであるとして、原告の夫(マット・
デイモン)が被告(アダム・ドライバー)と
決闘することになる。ちなみにベン・アフレ
ックも出演している。

3章立てになっており、「マット・デイモンか
ら見た真実」「アダム・ドライバーから見た
真実」「妻から見た真実」の3章から成る。
それぞれ事実関係が微妙に食い違っていて、
きっと『羅生門』も意識されているのだろう。

                                 2.17(木) 早稲田松竹




2022年3月5日土曜日

DUNE/デューン 砂の惑星

 
☆☆☆★★★  ドゥニ・ヴィルヌーヴ  2021年

早稲田松竹にて、去年の見逃し映画を2本。
1本目は、地球を巨大な「ばかうけ」が襲う
ことで有名な秀作『メッセージ』を撮った
フランスの雄、ドゥニ・ヴィルヌーヴが、
いろいろといわくつきの"DUNE"を再映画
化した本作。
これは圧倒的なスケールと巧みなドラマに
単純に観ていてワクワクしたし、おもしろ
かった。SF大作はこうじゃなきゃね!

「王位」の継承をめぐる神話的な物語に、
「砂で覆われた神秘の惑星」の要素がから
み、CGではなく実写を重視したという迫力
の映像でグイグイと引っ張られる。やはり
なんといっても砂の惑星「アラキス」の描
写がすばらしい。主演のティモシー・シャ
ラメのナイーブさがいまどきな感じ。体術
とか全然強そうじゃないが。

しかしこれが"PART ONE"であって、物語
的にはまだ「始まったところ」ぐらいだと
いうのは、私は観るまで知らなかったが…。
次作が楽しみです。

                               2.17(木) 早稲田松竹




2022年3月3日木曜日

【演劇】 SLAPSTICKS

 
作・ケラリーノ・サンドロヴィッチ
演出・三浦直之(ロロ)

KERA CROSSという、ケラさんの昔の芝居を
若手の演出家で上演する企画の第4弾。だそう
です。

舞台はトーキー映画の黎明期のハリウッド。
サイレント映画を愛し、音の付いた映画なん
て映画じゃないと考える業界人も多かったそ
うである。そんな、サイレントのドタバタ喜
劇へのケラさんの無上の愛があふれた作品で
ある。
なので愛はすごく伝わってくるが、心に刺さ
るようなセリフというと、あまり無かった気
がする。
扱っているのはロスコー・アーバックルとい
う実在の喜劇俳優。はんにゃの金田が演じて
いて、これが舌を巻くほどうまいのだが、ア
ーバックルにはハリウッドを揺るがした醜聞
がある。ヴァージニア・ラップという女優に
対する強姦殺人の疑惑で、真相は分からない
が、アーバックルの役者生命を奪った事件で
あることは確かである。

ということでもっとズシリとしたものを期待
してしまっていたのである。とはいえケラさ
ん30歳そこそこの頃の戯曲らしい。それはす
ごい。

桜井玲香という元乃木坂46のコもすごくうま
かった。そして実は初シアタークリエ。こぢ
んまりしてた。

                          2.16(水) シアタークリエ




2022年3月1日火曜日

激突!

 
☆☆☆★ スティーブン・スピルバーグ 1971年

やっと観ることができた、スピルバーグのデ
ビュー作。BSで放送されるのを長いこと待っ
ていた。とはいえ本作はもともとTV映画。
スピルバーグの本当の劇場デビューは次作の
"The Sugarland Express"(邦題「続・激突!
/カージャック」)となる。

ひょんなことから、巨大トラックに追いかけ
られて散々な目に遭う男の1日を描く。場所
はほとんど車内に限られ、普通に考えると車
内の男と襲って来るトラックぐらいしか撮る
ものは無い。おまけにトラックを運転する男
の顔は最後まで見せない演出。これで90分間
しっかりもたせるのがやはりすごい。来る、
と思ったら来ない、来ないんだなーと油断し
ている時に来る、というのちの"JAWS"を思わ
せる「裏切り」がうまいのもあるだろう。

                           2.15(火) BSプレミアム