2022年4月29日金曜日

アネット

 
☆☆☆★★  レオス・カラックス 2022年

カラックスの新作はまさかのミュージカル!
Sparksという兄弟バンドと組んで制作し、
主演はアダム・ドライバーとマリオン・コ
ティヤール。ここまでで事前情報は遮断し、
ほとんど何も知らない状態で、あとはカラッ
クスに身を委ねることにする。

ファースト・カットはレコーディング・スタ
ジオ。ブースにはSparks兄弟を始めとしたバ
ンドのメンバー、コーラス隊、副調にはエン
ジニアと、カラックス本人までいる。演奏が
始まるが、歌い出すとすぐに持ち場を離れ、
ブースを出る兄弟。廊下で主演の2人と合流
し、街へと歩き出す。夜の街を歩きながらも
歌は続き、やがて大団円を迎えると、別々の
方向へ去っていく主演の2人。
ここまでワンカットである。どこまで行くん
だ…という緊張感がたまらない。ひさびさに
シビれたファースト・カットというか、映画
の中で最もちむどんどんしたのはこのオープ
ニングだった。

ストーリーはこれでもかというぐらい陰惨な
話で、マリオン・コティヤールは美しいのに、
アダム・ドライバーはとことんひどい奴なの
だが、全編をSparksによる楽曲が彩っている。
時にロック・ミュージカル、時にオペラ調、
時にポップに。歪んだ愛情しか持ちえない男
を描いた異形のミュージカル映画。力作であ
ることは間違いない。"Annette"は2人の子ど
もの名前なのだが、常に生身の子役ではなく
グロテクスな人形として存在している。この
子の特殊な才能が引き寄せる悲劇という側面
もある。

                             4.23(土) 新宿ピカデリー




2022年4月26日火曜日

無法松の一生

 
☆☆☆★★    稲垣浩   1943年

4Kデジタル修復版を鑑賞。

以前観た三船敏郎版(1958年)とは違って、
阪東妻三郎はほんとに純情だな、ほとんど未
亡人に好意を寄せている描写もないし、と思っ
たら、こちらは戦中の検閲でだいぶカットさ
れたらしい。一介の車夫が帝国軍人の未亡人
に懸想するとはけしからん、ということか。
まったく嫌な時代である。その無念の思いも
あって、後年の三船敏郎を主役にしたリメイ
クがあったとのこと。

読み書きもできない人力車夫を演じても、阪
妻には三船とはまた違う気品の欠片が感じら
れる。そしてセリフが圧倒的に聞きやすい。
これはデジタル修復の賜物かもしれないが。
園井恵子のシーンがだいぶカットされたのだ
ろう。高峰秀子に比べてやはり影が薄い。
三人の息子の中では、田村高廣がいちばんお
父さんに似ていますね。

                            4.21(木) BSプレミアム




2022年4月22日金曜日

やがて海へと届く

 
☆☆☆      中川龍太郎      2022年

3.11の津波で行方不明になった親友(浜辺
美波)、その事実を受け入れられない岸井
ゆきの。形見分けされた親友のホームビデ
オの映像や、東北で聞いた地震の被災者た
ちの言葉によって、彼女は再生へと向かい
始める…。

全体としてカットを捨てられずに、ダラダ
ラと長くなっている印象。せっかく撮った
ドローンは長く使いたいし、岸井ゆきのの
芝居をなるべく長く観せたいという気持ち
は分かるが、不必要なカットは心を鬼にし
て捨てた方が映画のためにはなる気がする。

『麻希のいる世界』の新谷ゆづみがなかな
か良い役で出て、好演している。

                4.14(木) ホワイトシネクイント




2022年4月18日月曜日

読書④

 
『われらの時代・男だけの世界』
ヘミングウェイ 著 高見浩 訳 新潮文庫

新潮文庫「ヘミングウェイ全短編」の第1巻。
1冊750円で、全3巻。これらを読めば、ヘミ
ングウェイの短篇がすべて読めるらしい。そ
う思えば安すぎるぐらいである。

本書には短篇集『われらの時代』と『男だけ
の世界』の作品を収める。
ヘミングウェイの最初の出版物である『われ
らの時代』だが、収められた短篇の質はすで
に高い。ここには若さとナイーブさとともに、
老成した死生観のようなものも漂っているよ
うに思う。「雨のなかの猫」と「季節はずれ」
という、苦い読後感の作品が特に印象的だっ
た。
最後に置かれた「二つの心臓の大きな川」。
フライ・フィッシングの細かな描写が続くが、
読んでいるうちに「肝心な何か」が敢えて語
られていないような、落ち着かない気持ちに
なる。大きな鱒のいる川の描写は美しく、自
然と対話する主人公の挙措は自信に満ちても
いるのだが、何かもっと大きなものが語りか
けて来るようにも感じるのである。

『男だけの世界』の原題は"MEN WITHOUT 
WOMEN"、つまり直訳すれば「女のいない男
たち」となる。
いちばん力が入っているのは冒頭に置かれた
老いた闘牛士の物語「敗れざる者たち」だろ
う。だが私にはほとんど会話だけで進む「白
い象のような山並み」と「殺し屋」が心に残
る。まさに短篇小説の一級品といえよう。

訳者の高見浩による巻末の解説も充実してい
る。このシリーズは「買い」です。












『先端で、さすわ さされるわ そらええわ』
川上未映子 著  ちくま文庫

デビュー作の詩を含む、7編の短篇というか
詩というかを収める。最も尖ってた時期なの
で、溢れる言葉を叩きつけたようで推敲のあ
とも感じられる独特の文体である。
「告白室の保存」という女が男を電話ごしに
問い詰める短篇に、いちばん今の川上未映子
とつながるものを感じた。





2022年4月15日金曜日

ウォール街

 
☆☆☆★  オリヴァー・ストーン  1988年

野心を抱く若き証券マンが、「投資の神様」
みたいな大富豪に能力を認められ(たかの
ように思いこまされ)、危ない仕事をこな
しながら金を儲けまくり、当然、破滅への
道をまっしぐらに走る。かくいう私は株の
ことは何も分からないので、何がそんなに
大変な世界なのかも分からないが、競争は
熾烈なのだろうし、みんなとにかく電話す
るのに忙しそうである。
マイケル・ダグラスの怪しい魅力をたたえ
た演技は一見の価値がある。マーティン・
シーンとチャーリー・シーンの実際の親子
共演も、けっこうハマっていた。

                            4.3(日) BSプレミアム




2022年4月12日火曜日

花よりもなほ

 
☆☆☆★     是枝裕和     2006年

是枝さんによる、今のところ唯一の時代劇。
主演は岡田准一で、父の仇討ちのために江戸
に来たが、剣術はてんでだめな気弱な侍を演
じる。貧乏だが陽気でたくましい人たちが住
む長屋に暮らすうち、「仇討ち」という義務
(権利?)への考え方も徐々に変わってゆく。

落語にでてくるような、人情味あふれる貧乏
長屋の住人には芸人と俳優を半々ぐらい配置
して「笑い」と「それだけではない世界」を
体現させているのだが、いまひとつ馴染んで
いないというか、宮沢りえと加瀬亮と上島竜
平と木村祐一が同じ地区に住んでる感じがし
ないのである。
ラスト付近では、心配していた教訓めいた流
れというか、若干の説教臭が出た感もあり、
是枝さんのこういう面が出ると、たいてい映
画は失速してしまう。

                                    3.29(火) BS日テレ




2022年4月9日土曜日

Actually… (MV)

 
☆☆☆★   黒沢清   2022年

黒沢清の新作はミュージック・ビデオ。
出演は中西アルノ、齋藤飛鳥、山下美月。

はじめの齋藤と山下が話す廊下の雰囲気
がもうたまらない。なんてことない廊下
での切り返しを見るだけで嬉しくなって
くる。しかも話している内容が、新入生
である中西アルノを齋藤が呼び出して、
古い機材室に閉じ込めて扉を封鎖してき
てしまった、というなんとも不気味な告
白なのである。どこまでいっても黒沢清
は不穏な作家である。

しかしまさか乃木坂46のCDを買い求め
る日が来るとは思わなかったけれど、
20分もある映像作品は立派な短篇映画
と見做してよかろう。思えば『セブンス
コード』も前田敦子の同名曲のMVから
派生した作品だった。

                        3.24(木) Blu-ray Disc




2022年4月6日水曜日

【LIVE!】 銀杏BOYZ

 
 銀杏BOYZアコースティック・ライブツアー2022
 僕たちは世界に帰ることができない☆

 1. 人間
 2. NO FUTURE NO CRY
 3. 若者たち
 4. 駆け抜けて性春
 5. 恋は永遠
 6. 骨
 7. 夢で逢えたら
 8. トラッシュ
 9. エンジェルベイビー
10. いちごの唄
11. 新訳 銀河鉄道の夜
12. アーメン ザーメン メリーチェイン
13. 光
14. 東京
15. BABY BABY
16. アレックス
17. ぽあだむ
18. 僕たちは世界を変えることができない

(ENCORE)
 1. 夜王子と月の姫
 2. GOD SAVE THE わーるど
 3. 少年少女

                    3.14(月) Zepp DiverCity Tokyo

実にすばらしいライブで、帰りは感動に打ち
震えながらりんかい線に乗った。「アコース
ティック」と銘打ちながら(峯田本人も先回
りしてツッコミを入れたが)、エレキギター
とシンセサイザーも入っていて、全然アコー
スティックではない。しかしいつもよりエレ
キギターの比重が小さいため、各楽器がよく
聞こえて、曲の構成とかコーラスとかハーモ
ニーがよく分かる演奏だった。そうするとい
つもより余計に曲のよさが分かったように感
じたから、やはり峯田は良い詩・良い曲を書
くということである。

「恋は永遠」の前には、いつも寝る前に読む
本があるから朗読すると言って読みだしたの
が、なんと『三四郎』。夢で若い頃の知り合
いの娘と会って話をする場面だった。

「光」からはまた別次元に突入。「東京」~
「Baby Baby」の美しさは筆舌に尽くしがた
いものがあった。それにしても「光」の絶叫
が凄まじかった。まだ耳にこびりついている
気がする。
ベストアクトは「光」。




2022年4月3日日曜日

読書③

 
『日本の黒い霧 (上)
松本清張 著  文春文庫

敗戦後のアメリカ占領期に起きた「不可
解な事件」というのは幾つもあって、私
も日本史の授業で習ったおぼろげな記憶
がある。下山事件、松川事件とかの名前
と、なんか列車が転覆してる白黒写真の
ことはおぼろげに記憶していても、どう
いう事件だったのかは知らないままに…。

「日本の黒い霧」は、1960年の「文藝春
秋」1月号から12月号にかけて連載された。
毎月ひとつの事件を採りあげ、徹底的な
情報収集と社会派推理作家の面目躍如た
る「推理力」でもって、戦後の奇怪な事件
の背後に暗躍するGHQとアメリカ本国の
権力闘争を読み取っている。その過程は
スリリングで読みごたえがある。渾身の
連載といっていいだろう。

上巻で扱われるのは下記の6つの項目。
・下山事件
・「もく星」号遭難事件
・昭和電工疑獄、造船疑獄
・白鳥事件
・ラストヴォロフ事件
・伊藤律による共産党内部のスパイ事件

いずれも犯人が逮捕されたり、裁判の判決
が出たりして、表面上は「解決」されてい
る。しかし、事件の経過と警察の調書、裁
判記録、関係者の証言などを丹念に追って
いくと、簡単に割り切れるような事件は一
つもなく、背後に様々な人物の思惑や作為
が渦巻いていることが分かってくる。
いずれの事件もすでに60年以上も前のこと
であり、私のように後から来た読者には、
名前だけではピンとこない事件がほとんど
であるが、松本は事件の概要を要領よくま
とめてくれており、それを読むだけでもお
もしろい。当時を知らなくても松本の筆鋒
が鋭く、合理的な思考を武器に、真実がい
かに歪められたかをえぐり出していること
を感じられる。












『春のこわいもの』
川上未映子 著  新潮社

新作短篇集は6篇を収める。
短い「青かける青」で始まり、これはわり
とあっさりとしているのだが、次の「あな
たの鼻がもう少し高ければ」という整形に
まつわる短篇が秀逸。渋谷のセルリアン・
タワーに「ギャラ飲み」の面接を受けに行
くという設定からしてもう、今まで読んだ
ことのないものを読ませてくれる予感に満
ちていて最高である。
「ブルー・インク」という美術部の男の子
が主人公のちょっと不思議な短篇もなかな
か良い。
最後の「娘について」がほぼ中篇といって
いい長さで、短篇集の中核を成している。
キャラクターの造形も深いし、随所に「未
映子節」が静かに炸裂しているというか、
こういう人物を書かせたら右に出る者はお
らんよね、という感じ。傑作。
春はたのしいばかりというものでもない。
井上陽水の詩を思い出す。

 満開 花は満開
 君はうれしさあまって気がふれる