2022年5月31日火曜日

シン・ウルトラマン

 
☆☆☆★★   樋口真嗣   2022年

スピード感があっておもしろかった。
ちなみに「ウルトラマン」を喜んで観ていた
ような記憶は私には無い。怪獣もあまり知ら
ない。
脚本のクレジットはただひとり、庵野秀明。
制作途中で何があったのかは知らないが、庵
野が撮影現場から去らざるを得なかったとい
う報道もあった。話を考えたのは庵野で、特
撮を含めて撮りあげたのが樋口ということか。

おもしろかったと書いたが、『シン・ゴジラ』
もエヴァンゲリオンも知らずにこの映画だけ
観たら、果たして楽しく観られたかどうか自
信はない。「同工異曲」という四字成語があ
るけれど、まさにエヴァンゲリオンとはウル
トラマンの同工異曲だったのだなと気付かさ
れる。つまり使徒が襲来するか、怪獣が襲来
するかの違い、それをエヴァが撃退するかウ
ルトラマンが撃退するかの違いでしかないわ
けである。なぜ怪獣(=使徒)は襲来するの
か、ウルトラマン(=エヴァ)とは何なのか、
それは人類に福音をもたらす存在なのか。そ
ういうことは何も説明されず、解明されず、
独自の世界のルールと奇妙なアングルで物語
は進んでいく。

近年、西島秀俊の活躍がめざましいですね。
感情を露わにしない彼の芝居を、私はあまり
評価してはこなかったが、これほどまでに多
くの制作者に求められていることに驚きを感
じる。黒沢清のような映画にはピッタリなの
は分かるのだが。『LOFT』で顔色ひとつ変
えずに中谷美紀のいる部屋に石を投げ込んで
去っていく彼の姿は忘れがたい。

                             5.13(金) 新宿ピカデリー




2022年5月28日土曜日

マイスモールランド

 
☆☆☆★   川和田恵真  2022年

なんとも複雑な気分になる映画である。
以前に名古屋入管の実態に関するドキュメン
タリー「面会報告」を観たときは、こんな非
合理で非人道的なことが許されていいのかと
思ったが、それも時が経つとだんだん忘れて
いってしまうのが現実である。

本作はクルド人の難民の親子の生活が、主に
嵐莉菜の演じる高校生の視点で描かれる。父
や弟妹の役も、嵐莉菜のホントの家族が(一
応オーディションを経て選ばれたというが)
演じる。良い空気感が出ているシーンもあっ
たにはあったが、いかんせん全員芝居が学芸
会レベルであるのは、まあそういうキャステ
ィングをした時点で望むべくもないことか…。

役に立ちそうで、あまり有効な働きをしてく
れない平泉成の弁護士に苛立ちが募るが、理
屈の通じない入管という時代遅れの特殊な組
織には、ああやって気長に、多くを期待せず
に相対していくしかないのだろう。

また新谷ゆづみが出てきて、すごくビックリ
した。というのも、今年映画館に観に行った
邦画はまだ4本で、そのうち3本に(『麻希の
いる世界』、『やがて海へと届く』、本作)
新谷ゆづみが出演している! 私は新谷ゆづ
みに導かれるようにして日本映画を観ている
のである…。

                           5.10(火) 新宿ピカデリー




2022年5月25日水曜日

リオ・グランデの砦

 
☆☆★★★   ジョン・フォード  1950年

「アパッチ砦」「黄色いリボン」に続く、ジョ
ン・フォード“騎兵隊三部作”の最終作。
リオ・グランデ川のほとりの軍営地に、指揮官
ヨーク中佐(ジョン・ウェイン)の息子ジェフ
(クロード・ジャーマンJr.)が一兵卒とし
てやってくる。やがて息子を取り戻しに妻(モ
ーリン・オハラ)がやってきて、一緒に従軍す
ることになる。
ホームドラマ的な要素が持ち込まれた西部劇で、
厳格な指揮官という体面を保ちながらも、息子
を心配してこっそり見守ったりするジョンの姿
が珍しい。

サンズ・オブ・ザ・パイオニアズというコーラ
ス・グループが出演していて、なにかというと
すぐ歌が始まるのもたのしい。

                                5.7(土) BSプレミアム




2022年5月22日日曜日

読書⑤


『日本の黒い霧 (下)』
松本清張 著  文春文庫

下巻ではいよいよ、松本がこのシリーズを執
筆した動機となった「帝銀事件の謎」が登場。
フィクションの体裁をとった『小説・帝銀事
件』でもうひとつ深く踏み込めなかった「旧
731部隊の残党による犯行説」を、いっそう
深く追求している。
日本の警察は優秀である。捜査当局も初めは
旧日本軍関係者の線で全国の警察に情報を集
めさせていたのだ。それは「おふれ」として
の捜査概要に明確に残っている。しかし捜査
は壁に突き当たり、奇妙な進路変更を余儀な
くされ、一介の画家である平沢が逮捕された。
凶器である毒物の特定も、アリバイ崩しもで
きないまま、死刑が確定した。松本はそこに
蠢く米軍の影を見るわけである。

本書には他に
・日銀地下倉庫のダイヤモンドの行方
・鹿地亘事件
・松川事件
・レッド・パージ
・朝鮮戦争
などについて、それぞれスリリングな論考が
なされている。
松川事件は死者も出た列車転覆事件で、過激
な労組の犯行ということになっているが、こ
れも事実を追えば追うほどに奇妙な事件と言
うほかない。福島警察の動きも明らかにおか
しく、ここにも鉄道―軍事輸送―GHQという
線が浮かんでくるのである。











『ガンディーに訊け』
中島岳志 著  朝日文庫

ガンディーという、政治家とも活動家とも宗
教家とも一概に言い表せない特異な人物の、
ある意味徹底した生き方は、アッテンボロー
による伝記映画『ガンジー』を観たときにも
感心させられた。
マハートマー(偉大なる魂)よりも、バープ
ー(おじさん)と呼ばれることを好んだとい
うガンディーの究極の目標は、祖国インドが
イギリスによる支配から独立することである
わけだが、それは少しでも暴力的なものであっ
てはならないのである。暴力によって成し遂
げられる革命には何の意味も無い、それはイ
ギリスの力による支配と変わらないとする考
えは、目的よりも過程を重視する姿勢と言え
るかもしれない。しかし革命に暴力はつきも
のでもある。そういう武闘派が民衆の支持を
集めそうになると、ガンディーは断食するの
である。ガンディーが瘦せ衰えていく姿を見
て、人々は非暴力の理想を再認識して悔い改
めるというのだから、すごいとしか言い様が
ないですよね。
終章には南直哉との対談を収める。


2022年5月19日木曜日

リバティ・バランスを射った男

 
☆☆☆★  ジョン・フォード  1962年

ジェームズ・スチュワートとジョン・ウェ
インの共演。
若き法律家がならず者の跋扈によって無法
地帯となっている町を変えようと、非暴力
で奮闘するという一風変わった西部劇であ
る。銃撃の場面や馬が何頭も土煙をあげて
疾走するようなシーンは終盤までほとんど
なく、それゆえ最後の銃撃戦が重みを増す。

構成も少しひねってあって、まず老年の代
議士となったジェームズ・スチュアートが、
友人だったジョン・ウェインの葬儀に田舎
町へやって来る場面から始まる。地元の新
聞記者に問われるまま、若い頃にジョンと
協力して、街を暴力で支配していたならず
者のリバティ・バランスを討ち果たした話
をする。そこには射撃の名手のジョンや現
在の妻との出会い、そして自らが代議士に
なった理由、さらには当の地元の新聞社も
大いに関わっているのである。

劇中、準州から州への昇格を目指す庶民と、
準州のままでいてほしい大地主の対立が描
かれる。地主たちが金でリバティ・バラン
スを雇って反対派を脅迫するわけだが、州
に昇格すると何がマズいんでしょうね。時
代背景を知らないと分からない部分である。

                             5.3(水) BSプレミアム




2022年5月16日月曜日

コーダ あいのうた

 
☆☆☆★    シアン・ヘダー  2022年

遅ればせながら鑑賞。
主演のエミリア・ジョーンズの意志の強そう
な顔と声が良いですね。そして何よりお父さ
ん役のトロイ・コッツァーの存在感がすばら
しい。日本でリメイクするなら……松岡茉優
と田中泯なんかどうでしょう。歳が離れすぎ
かな。

"CODA"とは、Child of Deaf Adultsの略で
「耳の聞こえない両親を持つ子ども」のこと。
本作では両親に加えて兄も聾者であり、高校
生の主人公は常に家族と外界との「通訳」と
しての役割を期待されている。
2014年のフランス映画『エール!』の、わり
に忠実なリメイクらしい。良い映画だし、母
と娘がベッドに腰かけて手話で会話するシー
ンは胸に染みるものがあったけれど、なんだ
か脚本学校の生徒が書いた優秀作を読まされ
ているようでもある。展開が早いわりにスル
スルと引っ掛かることなく観れてしまうのは、
いかに想像を裏切らない展開であるかの証左
でもあろう。

(ちょっとネタバレだが)ラストカットの指
文字は「I love you」のアメリカ手話とのこ
と。そんなの知らないよ! 劇中で印象的に
使われたわけでもないし、字幕を付けないの
は不親切である。

いやー、やっぱり今年の作品賞と脚色賞は
『ドライブ・マイ・カー』でしょう!

                   5.3(水) ホワイトシネクイント




2022年5月12日木曜日

ちょっと思い出しただけ

 
☆☆☆★★   松井大悟   2022年

タクシー運転手の伊藤沙莉、ダンサーの池松
壮亮。ふたりが付き合っていた頃の話が中心
なのだが、映画は別れて1年後の池松の誕生
日から始まり、そこから1年づつ時間をさか
のぼっていく。ただし、必ず池松の誕生日の
1日だけしか描かないというルールだという
ことが、観ていると分かってくる。つまり、
もう気まずくなっている時期から、だんだん
とラブラブになっていくわけで、観ている側
としてはそちらの方が、逆よりは気分が良い
かもしれない。

ジャームッシュの『ナイト・オン・ザ・プラ
ネット』が重要なモチーフになっていて、悔
しいことに、私はジャームッシュ好きでけっ
こう観ているのに、この映画は観ていない…。

主演の2人は気まずい時期の芝居も、ラブラブ
なおしゃべりもとても自然で、これは監督の
手腕に依るところもあるはずだ。空気づくり
がうまいのだろう。商店街で、尾崎世界観が
弾き語りで歌っている前で踊る長いカットが
とても良かった。

                                5.1(月) テアトル新宿




2022年5月9日月曜日

天国は待ってくれる

 
☆☆☆★  エルンスト・ルビッチ 1943年

ドン・アメチーとジーン・ティアニーの主演。
祖父役のチャールズ・コバーンが孫に甘いお
じいちゃんを演じてシブい。
ビリー・ワイルダーの師匠と聞いて『ニノチ
カ』を観たらそのおもしろさにひっくり返っ
て、ルビッチは放送されたら必ず観ようと決
めたわけだが、本作はまあおもしろいと言え
ばおもしろいけど…ぐらい。唯一のカラー作
品とのこと。

地獄の閻魔様の前で、自分は女性関係で多く
罪を重ねたので、どうせ地獄行きですと諦め
気味のドン・アメチーを、まあそう言わず人
生をすべて語ってみよと閻魔が諭している場
面から始まる。そこからプレイボーイの人生
が語られるわけだが、まあモテてはいるが、
現代の基準で見るとそれほどの罪とも思えな
い。

「夫を幸せにする方法」の本の演出が小粋で
ある。

                           4.30(日) BSプレミアム




2022年5月6日金曜日

ギルバート・グレイプ

 
☆☆☆★  ラッセ・ハルストレム 1994年

ジョニー・デップ主演。いろいろと問題を抱
えながらも懸命に、なるべく楽しく生きてい
こうとするグレイプ一家の長男ギルバートを
演じている。当時19歳のレオナルド・ディカ
プリオが、知的障害のある弟を好演。すばら
しい演技で、アカデミー助演男優賞ノミネー
トもうなづける。
毎年やって来ては去っていくトレーラーの集
団を見送るのが大好きなディカプリオなのだ
が、今年はその中の一台が故障し、修理の部
品が届くまでしばらく町に滞在することに。
母と娘の2人でボヘミアンしているその娘の
方にギルバートが恋をしたことで、今まで見
ないフリしてやり過ごしてきた家族の問題も
あぶり出されてくる…。
ちょっと色んな人物がステレオタイプな描き
方をされているようなのが時代を感じさせる
し、ディカプリオの誕生日に向けての時間の
経ち方がおかしい気もしたが、まずまずの佳
作である。最後のお母さんの決着の付け方と、
それを受け止めた子どもたちの行動にはぶっ
たまげるが。

原題は、"What's eating Gilbert Grape?"
誰かにWhat's eating? と訊くとそれは「具
合でも悪いの?」「なにイライラしてんの?」
ぐらいの意味らしい。

                              4.29(土) BSプレミアム




2022年5月3日火曜日

パリ13区

 
☆☆☆★★★  ジャック・オーディアール 2022年

ちょっと点が甘めかもしれないけど、充分
に楽しめたので。
登場人物がみんな良いキャラしてる。セリ
フが良いからだろう。脚本には売れっ子の
セリーヌ・シアマの名前もある。
特に台湾系フランス人のエミリーのことが
好きになる。直情型で激しやすく、他人へ
の毒舌をやめることができない。性欲過多
ぎみで、いつも男を漁っている。こう書く
と迷惑女のようだが、映画のエミリーはと
てもキュートである。他に、高校で国語教
師をしている黒人のカミーユ、ボルドーか
らパリに出てきてソルボンヌ大学で法律を
学び直す33歳のノラ。そして配信ポルノス
ターの「アンバー・スイート」ことルイー
ズ。皆それぞれに複雑な事情を抱えてはい
るが、懸命に生きている。
編集のテンポがよくて気持ちいいし、モノ
クロという選択も正しいと思う。クローズ・
アップが続いても疲れないし、押しつけが
ましくならない。

パリ13区はそもそもアジア系の移民が多い
地域であり、かつ近年再開発が進められて、
超高層マンションなんかも建ち始めている
とのこと。観終わってから知ったが。

                          4.28(金) 新宿ピカデリー