2021年9月30日木曜日

孤狼の血 LEVEL2

 
☆☆☆★★  白石和彌   2021年

前作よりもヒリヒリ感は増し、スケール
アップしていたと思う。『仁義なき戦い』
への憧れは変わらず感じさせつつも、そ
れだけではない、現代の新しいヤクザ映
画を打ち立てようという気迫を感じた。
『ヤクザと家族』には感じられなかった
ものだ。それもこれも、鈴木亮平のすさ
まじい狂気があってこそ。それほど評価
している役者でもなかったが、"暴力の
化身"のような禍々しいヤクザをここまで
体現するとは。すばらしいという言葉で
は尽くせないほどすばらしい。広島弁も
ここちよい。
何の罪もない筧美和子が目を潰されて惨
殺される開巻からして尋常じゃないが、
その後も後見人だろうが兄貴分だろうが
一般人だろうがお構いなしの、仁義も何
もあったもんじゃない非道っぷり。松坂
桃李も健闘したが、ヤクザ映画の華は悪
役である。さすがに分が悪い。
『仁義なき戦い』の千葉真一といい梅宮
辰夫といい、『アウトレイジ』の西田敏
行といい塩見三省といい、やはり凶悪な
極道の役は、さんざんいろんな役をやっ
てきた役者も"ノる"のだろうか。実に活
き活きと演じますよね。

                          9.3(金) 新宿バルト9




2021年9月28日火曜日

【演劇】 カノン

 
作・野田秀樹  演出・野上絹代

去年の4月に観に行くはずだったのだが、直前
に上演中止となっていた。今回も初日が二度
延期されたりしてほとんど開催自体が危ぶま
れたが、ひとまず無事に開幕してなにより。
役者の熱気がむんむんと劇場を満たしており、
最近こまつ座の「円熟の芝居」ばかり見慣れ
ていたせいで、こういうエネルギッシュな
「若い芝居」というのを忘れかけていた。

盗賊団の一味の話で、ひとくちでは説明しに
くいが、猫と絵画が重要な役割を果たす。と
いっても何のことやら分からないが、まあ野
田秀樹の芝居のいつもの「言葉遊び」も勿論
ふんだんにあり、動きも激しい。それをベテ
ランの渡辺いっけいが引き締めていて、おも
しろかった。ダジャレだけ取り出してもおも
しろくないという愚をあえて犯すと、「何か
しそうな思想犯」というのが秀逸だった。
さとうほなみが盗賊団の女団長を演じていて、
ちょっと独特の色気があってよかった。

          9.2(木) 東京芸術劇場 シアターイースト




2021年9月26日日曜日

彼女がその名を知らない鳥たち

 
☆☆☆★    白石和彌   2017年

こういう人間のイヤな面を前面に出して、共
感できるような人物もおらず、別につまらく
はないんだけど、じわじわと自分の(ささや
かながら)善良な部分が蝕まれていくようで、
後味もよくない映画、前にも観たなぁ……と
思ったら、同じく白石監督の『ひとよ』だわ。
きっと好きなんだねー。
原作小説は沼田まほかる。読んだことはない
けど「彼女がその名を知らない鳥たち」とは
思わせぶりなタイトルだ。映画を観てもどう
いうことなのかさっぱり分からない。

蒼井優と阿部サダヲ。脇を松坂桃李と竹野内
豊が固める。そりゃあ芝居はみんなすばらし
い。しかし観れば観るほどいろんなところで
松坂桃李が重用される理由がじんわり分かっ
てきた気がする。どんな汚れ役をやっても、
折り目正しく、誠実に見えますよね。複層的
な演技があざとくなくできる役者だと思う。
今回もかなりゲスな役ですが。

                                   8.30(月) NETFLIX




2021年9月24日金曜日

荒野の決闘

 
☆☆☆   ジョン・フォード   1947年

これも西部劇の人気投票を募ると上位にラ
ンクされる名作ということなのだが、いま
いち良さが分からない…。キャラクターの
造型と日常の細部の描写にすぐれていると
いうのだけれど、西部劇ってそこしか差異
化をはかるところが無いから、そこに力点
が置かれるのは当然では。
『見るレッスン』によると、このフィルム
はプロデューサーによって切り刻まれて、
勝手に追加シーンまで撮影されたらしく、
フォードは「あれは私の映画ではない」と
まで言っていたとのこと。たしかに途中、
よく意味の分からない会話があった。

                        8.30(月) BSプレミアム




2021年9月22日水曜日

猫の恩返し

 
☆☆☆    森田宏幸   2002年

つまらないわけではないのだが、まあ
ジブリという看板がいくぶん重すぎた
感じ。「これのどこが恩返しじゃ!」
と言いたくなるのもご愛敬か。
猫の国の王様の声が丹波哲郎というの
は今回はじめて知った。好色な猫の王
という難しい役柄(笑)だが、声のア
テがいはありそうだ。
"猫の事務所を探して!"という声が突
然空から「降ってくる」部分に、もう
少し工夫があったほうがいいかもしれ
ないと思った。

                             8.29(日) 日テレ




2021年9月20日月曜日

子どもはわかってあげない

 
☆☆☆★★  沖田修一  2021年

水泳部の上白石萌歌と書道部の「もじくん」
(細田佳央太)は、共通のアニメが好きとい
うことで出会う。まあなかなか爽やかなカッ
プルぶりで、こんなに"青春してる"映画も久
しぶりに観て、まぶしかった。

とはいえ恋愛は最後の方だけで、幼い頃に別
れた実父に、水泳部の合宿と偽って会いに行
く、というのが物語の核である。
実父は豊川悦司。こないだ『3-4x 10月』で
スマートなインテリヤクザぶりを観たばかり
だが、もうすっかりおばさん寄りのおじさん
である。
普通は家庭や学校生活に問題を抱えた高校生
が、「伯父さん」的なひとのところに夏休み
預けられて、少し成長を遂げる、みたいな話
になりがちだが、本作の上白石萌歌は家庭に
も学校にも、特に問題を抱えている描写はな
い。ひと夏を経て、あまり成長した様子もな
い。そこがかえって新鮮であった。

                             8.25(水) テアトル新宿




2021年9月18日土曜日

読書⑫

 
『輝ける闇』
開高健 著    新潮文庫

去年間違って『夏の闇』を先に読んでしまっ
たが、ようやくこちらを読む。
ベトナムの戦場でひたすら待機する米軍とと
もにじっとりと何かを待ち続ける場面から始
まる物語は、意外にも何も起こらないままサ
イゴンに舞台を移す。新聞記者である主人公
は、サイゴンで酒と煙草と商売女の"素蛾"と
戯れながら、日々を過ごす。いつ終わるとも
知れないこの取材とも待機ともつかない怠惰
な日常は、ある日戦場に戻る決意を主人公が
することで終わる。再び従軍記者として訪れ
た部隊は、ほどなくしてヴェトコンの陣地へ
の示威行動という無謀で不毛な作戦に駆り出
されることになる…。
ベトナムの暑さの描写がすばらしい。そして
それと対照的な早朝の処刑の場面が心に残る。

両方読んだ感想だが、小説としては『夏の闇』
の方が好きかもしれない。ソファに自分の形
がくぼみができるほどの怠惰な日常の描写が
今から思うとなんだか可笑しい。泊まりがけ
で魚を釣りに行くのを除けば遠出らしいこと
もせず、主人公はある日、急に目が覚めたよ
うにベトナムの戦場に戻る決意をする。小説
としての結構は似ているのである。











『カモフラージュ』
松井玲奈 著    集英社

ラジオで耳にしたのがきっかけだったのか詳
しくは忘れたが、松井玲奈のソロシングルに
入っている「からす座」という曲が気に入っ
て、一時期よく聴いていた。チャラン・ポ・
ランタンが伴奏とコーラスを付けていて、松
井の書いた歌詞もなかなかおもしろい。この
コは鉄道好きでタモリ俱楽部に出たり、こう
やって小説を書いたりするのでけっこう気に
なっている。

この本はこないだ文庫になったばかりだが、
単行本で読んだので1つ短篇が少ないようだ。
社内不倫をしている女の子の話から始まった
ので、なるほどこういう感じか、と思ったら、
6つの短篇どれも全然違う話で、ちゃんと書
き分けられていた。あれだけいろんなヴォイ
スを書き分けられたら、長篇を書く日も近い
という気がする。


2021年9月16日木曜日

【演劇】 化粧二題

 
こまつ座
作:井上ひさし 演出:鵜山仁
出演:内野聖陽・有森也実

旅回りの役者が、楽屋で化粧をしながら語る
一人芝居。有森と内野でそれぞれ一幕づつ、
ということで「化粧二題」。この二人の組み
合わせでは2019年の初演以来、2年ぶりの再
演とのこと。

一人芝居というのは、観客も若干の緊張を強
いられる。なにせ役者が放った芝居を受け止
める相手は舞台上にはおらず、笑うも静観す
るも固唾をのむも、すべては観客に委ねられ
ている。
舞台には一人だが、話している相手がいるこ
とを感じさせる。そのへんは内野が巧かった。
体も大きいし、声もデカい。舞台映えする役
者である。

大衆演劇の楽屋はどこもそうなのか知らない
が、ちあきなおみとか藤圭子なんかの演歌が
ひっきりなしに流れている。知らない曲なら
気にならないのだが、知ってる曲がかかると
多少耳をとられるところがあった。

                 8.21(土) 紀伊國屋サザンシアター




2021年9月14日火曜日

私たちのハァハァ

 
☆☆☆★★   松居大悟  2015年

クリープハイプに会いたいという一心で、
女子高生4人が北九州から自転車で東京を
めざす。SPACE SHOWER TV 25周年記
念映画として製作されたという本作は、
「ファン」を主役にした音楽映画という
点で、わりに珍しいといえるかもしれな
い。
まる一日、自転車を漕ぎつづけて広島は
原爆ドームの近くの公園で野宿したとこ
ろで早々にくじけ、あっさり自転車を捨
ててヒッチハイクに切り替えるところに
笑う。池松壮亮も意外なちょい役で出た
りしつつ、見知らぬひとの善意にも助け
られながら神戸まで来たが、ファンとし
て「意識の高さ」の相違から4人の仲に
亀裂が入り、旅費も底を尽いてしまい…。

私もあらすじを見てどうでもよさそうな
映画だと思っていたのだが、観てみると
これがなかなか「拾いもの」というか、
けっこう楽しめる。4人の女子高生はほ
どよく素人感があってそれぞれ良いが、
やはり最もファン意識の高いコを演じた
三浦透子がうまい。

                                  8/21(土) tvk




2021年9月11日土曜日

ドライブ・マイ・カー

 
☆☆☆★★★   濱口竜介  2021年

どこをどうしたら短篇小説を原作にして179
分の映画になるのかと、観る前は不思議だが、
観れば納得。まったく「長すぎる」という感
じはしない。

少しネタバレになるが、詳しくいうとこの映
画は「ドライブ・マイ・カー」だけでなく、
『女のいない男たち』所収の「シェエラザー
ド」のプロットと、「木野」のほんのちょっ
との場面も取り込んで脚色している。ただい
ずれにせよ広島の映画祭の部分は完全に濱口
竜介のアダプテーションということであり、
その手際は見事というほかない。手話による
『ワーニャ伯父さん』など、なんだか艶めか
しい感じもして、もっと長く観ていたいと思
わせる。原作の「黄色」のサーブを「赤い」
サーブに変更したのは美術の都合か監督の趣
味か。視覚的には正解という気がする。

劇中の「感情を排して、なるべくゆっくり発
声する読み合わせ」は、濱口竜介の演出手法
として実際におこなっているものだそう。

しかし中頓別町も損したね。下手に抗議なん
かしなければ、あのシーンが中頓別でロケ撮
影されたかもしれないのに。

                       8.20(金) TOHOシネマズ新宿




2021年9月9日木曜日

麗しのサブリナ

 
☆☆☆★★  ビリー・ワイルダー  1954年

オードリー・ヘップバーンとハンフリー
・ボガート。ワイルダーの演出が冴える、
ロマンティック・コメディの教科書のよ
うな映画である。

ヘップバーンは富豪であるララビー家の
専属運転手の娘。ボガートは堅物の長男。
さすがに歳の差はちょっと気になるが、
まあ映画ですから。私は、ヘップバーン
が花嫁修業にパリの料理学校に行くのが、
運転手の父親の経済的負担にまったくなっ
ていない様子なのがずっと気になってい
た。娘をパリに2年間行かせて、料理学校
の学費もオシャレな洋服(本作のヘップ
バーンの衣装はジバンシィが手がけてい
る)にも不自由させないほどの仕送りを
できるのだろうか…。

とはいえ、細かいことは抜きにして楽し
める映画である。最近、ヒッチコックと
ジョン・フォードとワイルダーの作品で
未見のものは必ず録画するようにしてい
るのだが、わたしはワイルダーがいちば
ん好きだな。

                       8.18(水) BSプレミアム




2021年9月7日火曜日

空に聞く

 
☆☆☆★   小森はるか   2020年

『息の跡』と並行して撮られたという本作は
“陸前高田災害FM”のパーソナリティを務め
た阿部裕美さんにカメラを向ける。変わりゆ
く陸前高田の風景と、そこに暮らす人々の営
みを見つめたドキュメンタリーである。たね
屋の佐藤さんがけっこうアクの強い人物だっ
たのもあり、こちらは被写体である阿部さん
の人柄を反映して淡々とした仕上がり。控え
めながら、凛とした女性である。「女川さい
がいFM」を題材にした『ラジオ』というテレ
ビドラマもあったが(いいドラマだった)、
大きな災害に遭ったひとの心に寄り添うとい
う意味では、ラジオに勝るメディアは無いだ
ろう。

『見るレッスン』によれば蓮實さんはナレー
ションで進めていくNHK型のドキュメンタリ
ーがお嫌いで、ナレーションも音楽も無くし
て、なぜ映像だけに語らせないのか、とか言
うのだが、まあ別に擁護するわけじゃないけ
ど、不特定多数の、その題材に興味があるひ
とにも無いひとにもいっしょくたに届けなけ
ればならず、放送の尺も厳密に決まっている
テレビにはテレビに適したドキュメンタリー
の形があるということだと思いますけどね。

                               8.15(日) 早稲田松竹




2021年9月5日日曜日

息の跡

 
☆☆☆★★   小森はるか   2017年

早稲田松竹にて、蓮實重彦が『見るレッスン』
で絶賛していた小森はるかの2本立て。当日
はあいにく豪雨。これでおもしろくなかった
ら金返してもらうからな、と息巻いてズボン
をびしゃびしゃにしながら観に行く。

小森はるかは、東京藝大を出たあと、画家で
作家の瀬尾夏美とともに、震災後の陸前高田
市に移り住む。そこで出会った「たね屋」の
おじさんにカメラを向け、対話しながら(ほ
とんど相槌だけの時も多いが)、その営みを
写し取ったのが本作。撮影時は津波で流され
た店舗の跡地にプレハブを建てて、種苗店を
再開していた佐藤貞一さん。最初はただの東
北の田舎のおじさんにしか見えないが、なぜ
この人物にカメラを向けるのかは、だんだん
と分かってくる。
当初、小森は自分の声が入っている部分を本
編で使うつもりはなかったらしいが、編集の
秦岳志(佐藤真のいくつかの作品をつないだ
人物!)が本編に入れるよう提案したという。
実は本作でおもしろかったのはこの小森の声
だったりする。

                                8.15(日) 早稲田松竹




2021年9月3日金曜日

読書⑪

 
『充たされざる者』
カズオ・イシグロ 著  古賀林幸 訳

この夏、まとまった時間がありそうだったの
で、何か長いものを読もうと思い、本棚を眺
めていると(この時間が人生の至福である)、
とびきり分厚い文庫本が呼んでいるような気
がした。940ページある持つのも重い大長篇
を、だいたい1日100頁づつ、10日間かけて
読了。

世界的ピアニストの「ライダー氏」を語り手
とした1人称小説で、中欧の架空の街で公演
を依頼されたライダーがその街にやって来る
場面から始まり、次の目的地ヘルシンキに旅
立つまでの数日間を描いている。カフカ『城』
を意識しているという物語は幻想的というか
妄想的で、時間と空間はあちこちでねじ曲が
る。だいたい最初のエレベーターの中の会話
からして長すぎる。登場人物たちは慇懃な態
度を保ちながらも、いつも勝手な頼み事をラ
イダーにしてきて、ライダーは懸命に奔走す
るがそれは果たされないままに積み残されて
いき、にも関わらず次々と現れる煩雑なこと
に時間を空費せざるを得ない。すべてが徒労
であることはいわば「小説内ルール」として
読者にはおのずと了解されるようになってお
り、その「先の見えた物語」をそれでも940
ページも引っ張る"腕力"には敬意を表したい。
特に会話のうまさには脱帽である。

でも"不条理"ってこういうことなんでしたっ
け? まあ『城』も『異邦人』も読んだのは
ずいぶん前で、ちゃんと覚えているわけでは
ないが、なんだか似ても似つかないもの、と
いう感じがする。まあそれはそれでいいのか
もしれないが。











『ふわふわ』
村上春樹・文 安西水丸・絵  講談社

世田谷文学館の安西水丸展に行ってきた。
水平線ひとつでなんでもない机上の静物が
途端にオシャレな絵になってしまうのはさ
すがとしか言いようがない。「都会的」と
いう言葉が浮かぶ。
この絵本では猫の"質感"を出すのにいろい
ろ工夫を重ねたという。あまり苦心の跡は
感じられないが…。それが都会的というこ
とだろう。


2021年9月1日水曜日

私は告白する

 
☆☆☆  アルフレッド・ヒッチコック 1953年

モンゴメリー・クリフトが上映中ずっと
苦悩しつづける神父を演じる。ヒロイン
はアン・バクスター。

街で殺人が起き、犯人から犯行を告白す
る懺悔を受けた神父だったが、懺悔中に
聴いたことは他言してはならない、とい
うカトリックの戒律のため、真犯人の名
を明かすことが出来ない。それに加えて
紛らわしい行動をとったこともあり警察
から疑われ、アリバイも曖昧だったため、
逮捕されてしまう。
「もう言っちゃえばいいじゃーん」と観
ていて何度も思ってしまうのであるが、
戒律ってそういうものではないのだろう。

                       8.12(木) BSプレミアム