2019年7月30日火曜日

読書⑦


『夏物語』
川上未映子 著   文藝春秋

発売を知ったときからむしょうに読みたくて、
発売日に買い求め、まっすぐ家に帰ってソファ
でひたすら読み進めるなんていうことを、ずい
ぶん久しぶりにやった。まずタイトルがいいね。
短くて、喚起力がある。
読み終えても、ずっしりとした物語の重層的な
手ごたえが私のなかにしっかりと残っている。

重層的というのはほかでもない、登場人物たち
のヴォイス、そしてヴォイスの書き分けのこと
だ。それは関西弁と標準語の書き分けというだ
けでなく、それぞれ固有の人物の発する言葉に、
物語を推進していく力とキャラクターの個性が
みっちりと入っているということでもある。
人物の書き分けが格段にうまくなっており、複
数のヴォイスが重層的に響き合うさまはドスト
エフスキーを思わせる、というと言い過ぎか。









「ウィズ・ザ・ビートルズ」「ヤクルト・スワローズ詩集」
村上春樹 著   文學界2019年8月号

奇しくも文學界の川上未映子特集号に村上春樹
の新作短篇が2つ載っている。
「ウィズ・ザ・ビートルズ」はその名の通り、
ビートルズのLPを大事に胸に抱えた美しい少女
と高校の廊下ですれ違うエピソードから派生す
る、奇妙な私小説風の短篇。肝になるのは当時
付き合っていた女の子の兄で、なぜか作者は彼
女の兄に芥川の『歯車』を朗読して聞かせるこ
とになる。ここで芥川が出て来るのが、春樹が
変わってきた証とも言えそうだ。

もうひとつは、昔からあるあると言われていた
(というか春樹がそう言っていた)「ヤクルト・
スワローズ詩集」がついにその全貌を現した。
この脱力感はひさびさな気がする。


2019年7月27日土曜日

蜘蛛の瞳


☆☆☆★    黒沢清    1998年

『蛇の道』と同時期に撮られた連作といえる。
脚本に高橋洋が関わっていないのが大きいのか、
こちらはサスペンスよりもオフビートな感じが
強い。ダンカン演じる準主役も、摑みどころが
なく不気味である。まあこういう人物、のちの
黒沢作品にはいっぱい出てきますよね。

しかしいくらなんでも妻とふたり暮らしの家が
暗すぎる。雰囲気も暗いが、照明的にも暗い。
しまいには殺された娘が見えるというホラー描
写まであり、かなり「らしい」演出が見られる。

                                               7.9(火) DVD


2019年7月24日水曜日

蛇の道


☆☆☆★★    黒沢清    1998年

『勝手にしやがれ!!』シリーズの流れをくんだ、
哀川翔を主役に据えた低予算Vシネマ。しかしな
がらこのフィルムが写し出している廃墟、暴力、
けだるさ、そして狂気に、黒沢清のエッセンスが
凝縮されているようで非常に興味深い。
当時はスキあらばアンゲロプロス的な長回しをし
ようと試みていたと『黒沢清の映画術』でも語っ
ているが、同時に後輩である青山真治や篠崎誠の
海外での成功に刺激を受けていたとのこと。あん
まりそういうの気にしなそうなのに、意外…。

                                                 7.9(火) DVD


2019年7月20日土曜日

アラモ


☆☆☆★     ジョン・ウェイン     1960年

タランティーノが『イングロリアス・バスターズ』
に本作のテーマ音楽を使ったということで、タイト
ルだけは知っていた。

数え切れないほど西部劇の主演をつとめたジョン・
ウェインがずっと温めていた企画らしく、自ら監督
し主演した160分を超える大作西部劇である。
「アラモ砦の13日間」といえばアメリカ人のDNA
には深く刻まれている出来事らしい。まあ要するに
ナショナリズムの拠り所のひとつ、という意味で…。
まあ私にはあまりそのへんの意気ごみというものが
いまひとつ分からないのでアレだが、退屈すること
なく観ることはできた。こんなヌルい感想ではトラ
ンプからは不興を買うかもしれないが。そもそも観
てないか。

                                        7.9(火) BSプレミアム


2019年7月16日火曜日

海獣の子供


☆☆☆★      渡辺歩     2019年

夏休みこども映画のフリをしたおそろしく難解な
映画という評判を聞きつけて、さっそく観に行っ
てみた。まあ制作側には別に「フリをした」つも
りも無いかもしれないけどね。
冒頭、ハンドボールのプレーをめぐる喧嘩で「謝
る気がないならもう来なくていいぞ」と部活の顧
問に言われるヒロイン。放心状態でやって来た新
江ノ島水族館(父親が働いている)で、ジュゴン
に育てられたという不思議な少年「海(うみ)」
に出会う…。

この時点で、さまざまな出会いや経験を通じて、
ヒロインは少し成長し、最後はケガをさせた相手
に謝って部活に戻るのだろう、という予測は付く。
しかしながら、この「さまざまな出会いや経験」
の部分がかなりぶっ飛んでいて、子供向けの説明
なんかもちろん無く、というかこうして15年ほど
わりに熱心に映画を観ているいい大人のわたくし
でも付いて行けないほどの情報量と大胆な省略と
イメージの奔流に押し流されて漂流する。ここま
で振り切れると、逆に子供向け映画に食傷してい
るマセガキには良いかもしれないね。

                   7.7(日) ヒューマントラストシネマ渋谷


2019年7月14日日曜日

【LIVE!】 スガシカオ


  SUGA SHIKAO TOUR 2019
~労働なんかしないで 光合成だけで生きたい~


セットリストは割愛。

仕事の都合で1時間遅刻し、後半の1時間半のみ
を鑑賞。後半だけ、しかも席はホール3階の最後
列だったが、PAのバランスもよく、ファンキー
なグルーヴが鳴り響いていた。最初から聴きた
かったなー。残念なり。

ちなみにツアー名にもなっているアルバムは傑作。
個人的には前作『THE LAST』は軽く飛び越えて、
『SMILE』『TIME』あたりに比肩するすばらしい
出来だと思っている。

                                        6.22(土) NHKホール


2019年7月11日木曜日

旅のおわり世界のはじまり


☆☆☆★     黒沢清     2019年

待望の新作!
新作がこんなに楽しみな映画監督ってタランティ
ーノと黒沢清と西川美和ぐらい。

今回は日本とウズベキスタンとの国交何周年だか
の企画を受けての製作ということで、「世界ふし
ぎ発見!」を思わせる旅番組の撮影クルーがウズ
ベキスタンでロケをしているという設定。リポー
ターが前田敦子、カメラマンが加瀬亮、ディレク
ターが染谷将太。この染谷くん扮する若手ディレ
クターの、絶対にムダな(=使わない)ことはや
らない低体温な感じがリアルで笑える。

『セブンスコード』に次いで主演をつとめ、"洞口
依子以来の黒沢清のミューズ"という、一部の人間
にとっては恐ろしく輝かしい称号を得つつある前田
敦子だが、役柄がそうさせるのか、決していきいき
と躍動しているわけでもなく、かといって全然ダメ
というわけでもなく、まあそれなりに黒沢映画の住
人になっているといったところか。ヤギのところな
どなかなかおもしろかった。あんまり自分の色がな
いところが黒沢さんには良いのかねー。

                                        6.25(火) テアトル新宿


2019年7月9日火曜日

読書⑥


『映画術 その演出はなぜ心をつかむのか
塩田明彦 著   イースト・プレス

古今東西、さまざまな映画を俎上にのせてその演
出術を解き明かしながら、みずからの演出につい
ても惜しみなく披露してくれている。別に映画監
督をめざしていなくても、ふだんドラマや映画を
観るにあたって「ためになる」本だと思う。
わたしは昔から塩田さんの映画に心惹かれてきた。
はっきりと何に心惹かれてきたのか指し示すこと
はできないのだけれど、演出というのは多分に、
何かを「する」ことよりも何かを「しない」こと
で少しづつ形を帯びていくものだと私は思ってい
る。つまりそれはパッと観てすぐに諒解できるも
のではなく、何本もそのひとの作品に触れていく
うちに、「なんとなくこのひとの作品が好き」と
いう感じに深まってくるものだろう。










『戦う操縦士』
サン=テグジュペリ 著 鈴木雅生 訳 光文社古典新訳文庫

ちょっとした休みがあったので、こうして何冊か
本を読めた。締めくくりに何を読んでやろうかと
考えて本棚を見ていたら、「おれを読め」と言っ
てきた(気がした)ので、読んでみることにした。
サン=テグジュペリはもちろん『ちいさな王子』
以外に読んだことはない。

実際に戦闘機のパイロットとして従軍した経験を
もつサン=テグジュペリにしか書けない小説だ。
もうちょっと操縦士が戦う場面が多いのかと思っ
たが、けっこう延々と思索がつづき、観念的な文
章がどこまでいっても続く。これがアメリカでベ
ストセラーになった背景には当時の戦況やフラン
スの立場など、筆者の意志とはだいぶ乖離した事
情もあったようで、しかしそれは同時にいまより
も活字というものがもっとずっと力を持っていた
時代のこととして少しうらやましくもある。