2021年12月30日木曜日

エッシャー通りの赤いポスト

 
☆☆☆★         園子温   2021年

出演しているのはほとんどがワークショップ
で集まった若者たちということで、知らない
ひとたちばかりである。
新進気鋭の監督の新作『仮面』に出演するた
めにオーディションに参加した若者たちのそ
れぞれのエピソードが描かれ、それが束ねら
れた末に、あるワンシーンですべてが爆発す
るという構成になっている。最後はいつもの
園子温で、みんなが血管ブチ切れそうになり
ながら疾走し、絶叫し、殴り殴られで、ひさ
びさに観たわーこの感じ、と思うこと請け合
いである。

                        12.26(日) ユーロスペース










今年の映画はこれにて終了。113本でした。
数少ない読者のみなさま、1年間ありがとう
ございました。

2021年12月28日火曜日

偶然と想像


☆☆☆★★★  濱口竜介  2021年

約40分の短篇が3つで上映時間は120分。
あまり見たことのない形式なので、どう見たら
いいか戸惑ったりするのかなと思いきや、ずっ
と魅了されっぱなしの120分。脚本、演技、演
出、すべてがとんでもない精度で計算されてい
る感じ。まあでも今回は脚本がすごかった。各
話のあいだをシューマンの音楽でつなぐぐらい
で、劇中に音楽はほとんど付いていない。舞台
のようだ、と感じる場面もあったけど、やはり
紛れもなくこれは映画である。

「偶然」をテーマにした短篇集ということで、
インタビューではエリック・ロメールの影響
を語っている。でもロメールなんかより全然
おもしろいような…。なんつって。

2021年に傑作を2つも世に放った濱口竜介。
これから長いお付き合いになりそうである。

                12.24(金) Bunkamura ル・シネマ




2021年12月26日日曜日

GUNDA/グンダ

 
☆☆☆★ ヴィクトル・コサコフスキー 2021年

文春の映画欄でほぼ満点を獲得するなど、え
らく評判がいいので観に行ってみた。

グンダという母ブタを追ったドキュメンタリ
ーである。グンダの寝息から映画は始まり、
そういえばブタの寝息は初めて聴いたな、な
どと思っていると、ぽろぽろと10匹ほど子ブ
タたちが現れて母ブタの乳を争うように吸い
始める。

ま、結果的にはここがいちばん感動的で、出
オチと言えば言えなくもない。直球といえば
直球。いろんな撮影手法は駆使しているよう
だが、なんだか真っ当すぎてどうも…という
のが正直な感想。唯一ひねりがあるといえば、
全篇モノクロにしていることぐらいか。

あと一部、どうも後付けっぽい音があるなと
思ったら(鶏のはばたきだったか)、Foley
のクレジットがあるのを発見。まあ、ドロー
ンはうるさいから音だけ差し替えるのは仕方
ないと思うけれど、音だけ別録りじゃなくて
Foleyでやったりもしてるんですね。

     12.19(日) ヒューマントラストシネマ渋谷




2021年12月24日金曜日

ワン・プラス・ワン

 
☆☆☆  ジャン=リュック・ゴダール 1968年

ゴダールとローリング・ストーンズというのが
なんだか結びつかなくて、どういう内容なのか
気になってはいた。なぜ今またリバイバル上映
しているのかは理由は知らないが、やってるな
ら観に行くか、ということで。

ローリング・ストーンズが、かの有名な「悪魔
を憐れむ歌」をレコーディングしている様子を
撮影している。初めはあの特徴的なパーカッシ
ョンが入っておらず、テンポも遅めで、レコー
ディングをリードするミック・ジャガーも明ら
かに演奏に満足していない。そして思えばブラ
イアン・ジョーンズのいるローリング・ストー
ンズというのは初めて映像で観る。ブライアン
はセッションには積極的に参加せず、居心地が
悪そうである。レコーディング・スタジオで当
然のようにみんながタバコを吸いまくっている
のはまさに隔世の感。さらにロケクルーの音声
さんが持っている棹の先に付いているマイクの
デカさにも時代を感じる。

レコーディング風景の合間に、革命にまつわる
文章や、探偵小説みたいなものを読み上げるい
ろんなシチュエーションのショートフィルムめ
いたものが挟み込まれる。これがまったくの意
味不明で、実にゴダール的。

                             12.18(土) 新宿ピカデリー




2021年12月22日水曜日

【LIVE!】 THE BACK HORN

 
 マニアックヘブン vol.14

 1. ワタボウシ
 2. 魚雷
 3. 孤独な戦場
 4. 路地裏のメビウスリング
 5. さざめくハイウェイ
 6. 情景泥棒 ~時空オデッセイ~
 7. 墓石フィーバー
 8. アカイヤミ
 9. ゆりかご
10. 君を守る
11. ホログラフ
12. ハロー
13. 疾風怒濤
14. 浮世の波
15. 反撃の世代
16. 赤い靴
17. パレード

(Encore)
 1. 天気予報
 2. 希望を鳴らせ
 3. さらば、あの日

              12.5(日) 新木場スタジオコースト


とっても久しぶりにスタンディングのライブ。
足元に☆マークが等間隔に打たれていて、そ
こに立っていなければならない。まあギュウ
ギュウになるよりはずっと良いけども。

内容的にはいつものマニアックヘブン。とは
いえそれが無事に挙行されるだけで御の字と
思わなければ。出だしの3曲、特に"魚雷"~
"孤独な戦場"には胸が熱くなるものがあった。
腐って死ね!と叫ぶ憎悪と絶望の曲から「暗
闇の中 ドアを叩き続けろ」と連呼されると、
なんだか壮大なドラマを観終わったような虚
脱感さえあった。が、あとから思えばそこが
ピークだったかも。出だしを除くと新しめの
曲が多かった印象。

しかしコーストも閉館か。
ま、新木場なんてやたら遠かったからそんな
に悲しくもないけど。でもいろんなライブを
ここで観ましたなー。

ベストアクトは「孤独な戦場」。




2021年12月20日月曜日

黄色いリボン

 
☆☆★★  ジョン・フォード  1949年

西部劇の楽しみ方の一端が見えた気がした。
…なんて書いた直後に心苦しいのだが、こ
の映画、いったいなにがおもしろいのだろ
う。ジョン・ウェインは老い、乗馬の名手
ベン・ジョンソンが活躍する。アパッチは
あいかわらず味方を残酷なやり方で殺し、
若い女性をめぐって恋のさや当てがある。
いつもの西部劇の話、いつもの映像。
私には退屈だった。

                     11.29(月) BSプレミアム




2021年12月17日金曜日

駅馬車


☆☆☆★★  ジョン・フォード  1939年

銀行家、ギャンブラー、ウィスキーの販売
人、アル中の医者、妊婦…。立場の違う強
烈なキャラが馬車に乗り合わせる。アパッ
チの襲撃が予期される危険な旅路であり、
乗客がお互いの利害を超えて一致団結する
ことだけが生き延びる道である。

ドンパチよりも、このクセのあるキャラた
ちの思惑のぶつかり合いこそがこの映画の
おもしろさであって、この映画が西部劇の
名作と言われているのには膝を打つ思いが
する。これまでさんざんジョン・フォード
の映画を観てきてあまりおもしろいとは思
えなかったが、西部劇の楽しみ方の一端が
見えた気がした。

                       11.28(日) BSプレミアム



2021年12月14日火曜日

読書⑮

 
『下流志向 学ばない子どもたち 働かない若者たち
内田樹 著    講談社文庫

経営者を対象にした講演をもとにしている。
そういう意味でいつものブログ本とは違って
1章が長いというか、じっくりと各章のテー
マについての論考を寄り道もしながら存分に
語っている感じはある。そしてなかなかおも
しろかった。
当日のテーマは「学びからの逃走、労働から
の逃走」だったそう。

第1章の「学びからの逃走」で繰り広げられた
論考が興味深い。最近の子どもはなぜ「わか
らないことがあっても気にしない」のか、な
ぜ自分の非を認めないのか、そしてなぜ「こ
れは何の役に立つんですか?」と質問するの
か。
内田の説明では、家庭内で労働をして対価を
得る、という経験をするよりも前に、おこづ
かいを与えられて「消費主体」として自己を
確立してしまうがゆえに、小学校の教室を、
不快という"貨幣"をやりとりする「等価交換
の場」だと思ってしまう、ということになる。
内田はこれらの論考を苅谷剛彦や諏訪哲二と
いったひとたちの受け売りだと言っているが、
そこで出される「たとえ話」がまぎれもなく
内田樹印なのでついつい読まされてしまうの
である。映画や落語や能のアナロジーを持ち
出してきて多少強引でもねじ伏せるように説
明する。そこがおもしろいところなんですけ
どね。











『雑文集』
村上春樹 著    新潮社

最初に読んだときの記憶では、はじめのうちは
楽しく読んでいたのだけれど、後半はなんだか
いまひとつ身が入らなくて、ちょっと「流し読
み」してしまった覚えがあり、いつかもう一度
しっかりと腰を据えて読み直したいと思ってい
た。何が気に入らなかったのか、今となっては
はっきりしないが、たぶん収録された文章が多
すぎて、前に聞いたことのある話が何度も出て
来るのでいまいち集中できなかったのかもしれ
ない。
しかし丁寧に読むと、どれひとつとしてつまら
ないものはないし「東京の地下のブラック・マ
ジック」のような読みごたえのある力作もある。
日本人のジャズ受容と人種問題のやっかいな関
係についての文章もかなり「読ませる」もので、
村上春樹はこういう込み入った事情をささっと
説明させると、ものすごく解り易くてうまい。
『1Q84』の左翼運動の変遷の説明とか。




2021年12月11日土曜日

【演劇】 ザ・ドクター

 
作・ロバート・アイク 翻訳・小田島恒志
演出・栗山民也

今まさに死を迎えようとしている14歳の少女。
そこに「少女の両親から傍についていてほし
いと頼まれた」というカトリックの神父が現
れるが、担当医のルース(大竹しのぶ)は面
会を許可しない。典礼を授けることを拒絶さ
れたことを問題視した神父は、インターネッ
トや報道機関に事件を発信し、それはやがて
大きな騒動になっていく…。

信仰と医学の問題だけでなく、騒動の拡大に
つれて病院内のパワーゲームも熱を持ち始め、
やがて人種やジェンダーも含んだとても複雑
な糸の絡み合いの様相を呈してくる。
いったいいま何を問われているのか、何がい
ちばんの問題だったのか、劇中でルースも常
に問われ続け、観客にもそれは問われ続ける。

大竹しのぶは常に冷静なエリート医師を好演。
セリフの量は膨大で、ほとんど舞台に出ずっ
ぱりであるが、息切れする様子もない。終演
後のカーテンコールでもニコニコしていた。
まわりの役者も盤石で、なかでもやはり出番
は少ないが益岡徹の存在感が際立つ。良い芝
居だった。

                          11.27(土) PARCO劇場




2021年12月5日日曜日

そして人生はつづく

 
☆☆☆★★ アッバス・キアロスタミ 1992年

イラン北部を襲った大地震により多くの村が
被害を受けた。『友だちのうちはどこ?』を
撮影した村も例外ではなかった。地震発生直
後、キアロスタミは息子を連れて、出演した
子どもたちの無事を確かめるべく車を走らせ
た。

この映画は地震から半年後、そのエピソード
をもとに再構築した劇映画とのことだが、ま
だ撮影地は地震の爪痕も生々しく、村人たち
は瓦礫の片づけなどをしている。被災地で再
現ドラマを撮っているようなもので、映画は
ドキュメンタリーと劇映画のあわいを漂って
いるようである。
馬力のなさそうな小さい車でジグザグの坂道
を登っていくラストシーンが渋い。

                       11.15(月) ユーロスペース




2021年12月1日水曜日

【LIVE!】 でんぱ組.inc


 でんぱ組.inc ワンマンライブ 特別公演「箱庭の掟」

 1. プリンセスでんぱパワー! シャインオン!
 2. 最Ψ最好調!
 3. 玉虫色ホモサピエンス
 4. でんぱーりーナイト
 5. でんぱれーどJAPAN
 6. NEO JAPONISM
 7. 愛♡舞☆ミライ!
 8. とんちんかんちん一休さん
 9. 千秋万歳! 電波一座!
10. おやすみポラリス さよならパラレルワールド
11. アンサンブルは手のひらに
12. Phantom of the truth
13. 秋の葉の原っぱで
14. 待ちぼうけ銀河ステーション
15. キラキラチューン
16. くちづけキボンヌ
17. サクラあっぱれーしょん
18. Future Diver
19. 衝動的S/K/S/D

(Encore)
 1. 好感Daybook♡
 2. いのちのよろこび
 3. キボウノウタ

                         11.13(土) 中野サンプラザ

これまた近年それほど聴いていたわけではな
いが、サンプラザだったので行ってみようか
なと。

思えば2017年の正月にわけも分からず、直前
に数曲を予習しただけでアリーナツアーの幕
張メッセに参戦し、そのステージにおけるパ
ワーと楽曲の複雑怪奇さに圧倒されて、ライ
ブ後に3枚組のベスト盤を買って熱心に聴いた
ものだった。
聴けば聴くほどにヒャダインと玉屋2060%と
いうひとの作る曲の「作りこみ」はすさまじ
く、サビで別の曲になり、大サビでまた別の
曲になるという感じで、"転調"という言葉で
は言い尽くせない。1曲の中に普通のポップ
ソング3曲分ぐらいのメロディが詰め込まれ
て、それがせわしなく展開していく。とって
も忙しいのである。でも聴き込んでメロディ
を覚えてくると、その忙しさが中毒性を帯び
始める。

私はまだ最上もがの在籍した頃までしかちゃ
んと認識していないが、それからメンバーの
入れ替わりが何度かあって、当時のメンバー
でいま残っているのは、りさちーとピンキー
だけ(みりんは産休中)。新メンバーは多す
ぎて覚えられないけど、曲は新旧とりまぜて
やってくれたのでよかった。みんな一生懸命
でよかったが、それにしてもすごい体力だよ。

ひとつ不思議だったのが「サクラあっぱれー
しょん」のイントロで会場がどよめいたのは
何だったのだろうか。
ベストアクトは「NEO JAPONISM」。




2021年11月28日日曜日

友だちのうちはどこ?

 
☆☆☆★★ アッバス・キアロスタミ 1987年

イラン北部の村。小学校の教室から始まる。
この映画のあとにキアロスタミが宿題に追わ
れるイランの子どもたちのドキュメンタリー
を撮っただけあって、先生は宿題の提出にす
ごく厳しい。提出できない子がいると、悲し
い顔をして退学もほのめかしながら執拗に問
い詰める。

それなのに隣の席の友だちのノートを間違っ
て家に持って帰ってきてしまったアハマッド
少年。ノートを届けなければ友だちが退学に
なってしまうと、ジグザグの山道を通って隣
村まで走り、色々な人に訊いて探し回るも、
とうとう友だちのうちは分からないまま夜に
なってしまう…。

最大の魅力は子どもたちの表情である。不安、
困惑、思いやり、とにかく素晴らしい表情が
見事にカメラに収められている。本作に関し
ては実は芝居と関係なく子どもを不安にさせ
てその表情をインサートしているなんて話も
聞くが、もちろんそういう撮影手法は褒めら
れたものではないけれど、だからといってこ
の作品の価値が貶められるものでもないだろ
う。

                       10.31(日) ユーロスペース




2021年11月25日木曜日

風が吹くまま

 
☆☆☆★ アッバス・キアロスタミ 1999年

首都テヘランから、クルド系の小さな村を
訪れたテレビ・クルー。彼らは変わった風
習の村の葬儀を撮影するために、数日間の
予定で来たのだったが、あたりを付けてい
た危篤の(はずの)老婆には、数週間経っ
ても死はいっこうに訪れず、ディレクター
はクルーからもテヘランからもせっつかれ
て苛立ちを深めていく。
とはいえ深刻なトーンは一切なく、無常観
の漂う村でひとり右往左往する都会人の姿
が淡々と描かれる。意図的にディレクター
以外のクルーの姿はまったく見せず、カメ
ラに写るのは奔走するディレクターとのん
びりした村人たちだけ。

移動電話も簡単にはつながらなず、テヘラ
ンから電話がかかってくると「切らないで
待って!」と叫びながら村で一番高い丘ま
で車を疾走させなければならない。これが
またキアロスタミ的なジグザグ道で可笑し
い。

                     10.28(木) ユーロスペース




2021年11月22日月曜日

風立ちぬ

 
☆☆☆★★  宮崎駿   2013年

釧路の劇場で2度観て以来、わりと久しぶり。

飛行機は戦争の道具ではなく、"美しい夢"と
カプローニに語らせながらも、二郎が作るの
は紛れもなく戦争の道具である。
二郎とて、小さい頃から飛行機乗りに憧れ、
視力の問題でそれは叶わぬから、勉強して設
計士となった。自分の手で飛行機を作るとい
う"美しい夢"を実現したかっただけなのに、
時代がそれを許さない。
そのもどかしさは、飛行機を描くのが好きで
たまらないが、映画にするためにはストーリ
ーに戦争を絡め、兵器としての飛行機を描か
ないわけにはいかないという宮崎駿のアンビ
バレントでもあるような気がする。
そして菜穂子の決断。あまりに「キレイに」
描かれ過ぎとは思うが、生身でない感じが
この映画の菜穂子にはふさわしいのかも。

ジブリ映画の中でも特に劇伴がすばらしい作
品だと思った。

                               10.27(水) 日テレ




2021年11月19日金曜日

桜桃の味

 
☆☆☆★   アッバス・キアロスタミ 1997年

ユーロスペースでキアロスタミの特集上映。
このイランが誇る巨匠をずうっと観たくて、
名画座でもテレビでもいいからやってくれと
切望していたのだが、なぜかBSプレミアムで
は放送されることがない。今回はデジタル・
リマスターされた7作品の特集上映。

まずはカンヌでパルムドールを受賞した「桜
桃の味」。冒頭から延々と、あまりに長く続
く車内での要領を得ない会話に意識も遠のき
そうになるけれど、たしかに「こんな映画は
観たことがない」。
自分の自死を手伝ってくれる人間を探してあ
てもなく土埃舞う山道を走っては車内から道
ゆく人に声をかけて、まわりくどい説得にか
かる。クルド人の兵士と神学生には断られ、
最後に博物館の老人の言葉に感銘を受けて自
死を思いとどまることになるという展開に私
は嘘くささしか感じなかったが、それはたい
した問題ではないのかもしれない。映画のあ
まりに突拍子もない、身も蓋もないラストシ
ーンで、キアロスタミ自身も「ま、別にこん
なこと信じなくてもいいんだけどさ」と言っ
ているような気すらしたのである。

                       10.26(火) ユーロスペース




2021年11月15日月曜日

読書⑭

 
『国宝 青春篇
『国宝 花道篇
吉田修一 著   朝日文庫

華やかなヤクザの新年会の描写で幕を開けると
ころは、いつもながら映画のオープニングを思
わせる。文章による「映像喚起力」とでも呼べ
ばいいのか、読んでいてとにかく映像が浮かん
で仕方ないところが吉田修一の持ち味である。
映像どころかカット割まで想像できてしまうの
は、もはや筆力というより画力といっても過言
ではない。
今作では、これまで長篇の主要な題材だった
「犯罪」や「悪」とは打って変わって、歌舞伎
の世界の業の深さ、みたいなものが描かれる。
ヤクザの家に生まれた喜久雄、由緒ある梨園に
生まれた俊介。最初はただただ芸の道を極める
ことに専心していればよかった友達同士の二人
が、やがて運命に翻弄されてゆく…。
その姿を活写するのに、吉田修一はいちから新
しい文体を拵えて小説に臨んでいる。講談調の
文体で、時に主人公に寄り添い、時に突き放す
ことも厭わない自在な「語り」の文体は、読み
進むうちに、実にこの小説にぴったりだと思え
てくる。二人の波乱に満ちた歌舞伎役者の生涯
を20章のうちに描き切るために、おしなべて駆
け足の進行になるのは避けられず、また物語も
若干、ご都合主義なところもなくはない。しか
しこの「語り」が物語をぐいぐいと進めること
で、多少強引でもなんだか勢いで乗り切ってし
まう。実にうまいことできている。

私は都内に住んでいながら一度も歌舞伎座に足
を踏み入れたことはなく、知識もからきし無い
ので、次々と繰り出される歌舞伎の演目とその
成り立ち・概略、演じるにあたっての肝に至る
まで、淀みない吉田修一の書きぶりに、これは
相当身銭を切って勉強したな、と畏敬の念を抱
いたが、巻末の瀧晴巳による解説にはさらに驚
かされた。この小説のストーリー自体にもいた
るところで歌舞伎の演目のスジと重ね合わされ
ている所があり、それは歌舞伎ファンならキー
ワードひとつで「ピンとくる」ように、そっと
埋め込まれるように各所に散りばめられている
という。うーむ、手が込んでいる。参りました。




2021年11月12日金曜日

アパッチ砦

 
☆☆☆   ジョン・フォード  1948年

ヘンリー・フォンダとジョン・ウェインの
共演というのは、制作会社も相当気合いが
入っただろう。馬の疾走シーンなど迫力満
点で、見ごたえがある。
自分の能力を過信するきらいのある上官が
ヘンリー・フォンダで、アパッチ族の酋長
とも信頼関係を築いている地元の有能な下
士官をジョン・ウェインが演じる。そこに
ヘンリー・フォンダの娘(シャーリー・テ
ンプル!)の結婚問題が絡んできて、中央
から派遣されてきた上官と地元の兵隊たち
との摩擦が顕在化してくる…。

                     10.21(木) BSプレミアム




2021年11月9日火曜日

【LIVE!】 アイナ・ジ・エンド

 
AiNA THE END Solo Tour 2021 "THE ZOMBIE"

 1. ロマンスの血
 2. NaNa
 3. サボテンガール
 4. 金木犀
 5. 日々
 6. 彼と私の本棚
 7. 家庭教師
 8. リズム(BiSH)
 9. 残して
10. 静的情夜
11. ハロウ
12. Retire
13. ZOKINGDOG
14. 誰誰誰
15. ワタシハココニイマスfor雨
16. Step by Step
17. きえないで

(Encore)
 1. ペチカの夜

            10.21(木) 中野サンプラザ

正直最近の曲はそれほど熱心に聴いてはいな
いが、会場が中野サンプラザだったので聴き
に行くことにした。私はサンプラザの音響が
いちばん好きなので。

まだツアーの序盤も序盤、2本目だったらしい
が、なかなかどうして堂々としたステージで、
しっかり歌い切った。思うに彼女がいちばん
良いのはバラードで、声質ともあいまって心
に刺さってくる感じがある。次が、変化球的
な曲調というか、"ZOKINGDOG"のようなブ
ギ、"ロマンスの血"のようなピアノ・ストリ
ングス入りのロックもまあ合っていると思う。
それに比べて、実はポップな曲があんまりお
もしろくない。しかしバラードと変化球ばか
りというわけにもいかないし、カバーでもい
いからもう少し良いポップソングがあるとい
いのにな、というのが今回の感想。

まあでも作詞・作曲の能力はアイドルがお試
しで作ってみましたのレベルをはるかに超え
ている。たいしたものだと思う。
ベストアクトは"きえないで"。




2021年11月6日土曜日

スターリンの葬送狂騒曲

 
☆☆☆ アーマンド・イアヌッチ  2017年

スターリンの死去にともなって、腹心
だったマレンコフ、中央委員会第一書
記のフルシチョフ、秘密警察警備隊長
のベリヤが権謀術数をめぐらす様を喜
劇として描く。スターリンの恐怖政治
とソ連をおちょくったブラック・コメ
ディではあるのだが、最近の映画のわ
りにはなんだか「古式ゆかしい」とい
うか、1950年代のコメディ映画を観て
いるようだった。笑いの感覚が若干古
いといってしまえばそれまでなのかも
しれない。

                      10.17(日) BSプレミアム




2021年11月3日水曜日

サウンド・オブ・メタル 〜聞こえるということ〜

 
☆☆☆★★  ダリウス・マーダー  2021年

メタルバンドのドラマーの耳が聞こえなく
なるという話で、私も歩きながらウォーク
マンで音楽を聴くのが大きな楽しみだった
りするので、ひとごとではない感じで観る。

バンドといってもドラムのルーベンと恋人
のルーの2人組で、トレーラーハウスでアメ
リカ各地を巡りながらライブに明け暮れて
いる。しかしある日、ルーベンの耳がほと
んど聞こえなくなってしまう。
本作はアカデミー音響賞を得ており、この
あたりの「歪んで聞こえる」とか「キンキ
ンうるさくて言葉が分からない」とか、そ
ういう表現にもちろん音響的な工夫が凝ら
されている。それほど革新的に新しい感じ
もしなかったが。
医師から回復の見込みはないと告げられた
ルーベンは自暴自棄に陥るが、ルーに勧め
られ、聾者の支援コミュニティへの参加を
決意する。ここの親父(ポール・レイシー)
がまた非常にシブくて良い味を出していて、
深い印象を残す。

   10.13(水) ヒューマントラストシネマ渋谷









100本達成! 今年はまだまだ観るぜ。


2021年10月31日日曜日

モード家の一夜

 
☆☆☆★   エリック・ロメール  1968年

<六つの教訓話>シリーズの3話目。
地方都市クレルモン=フェランに赴任した
“私”は教会で若いブロンド髪の女性フラン
ソワーズに心奪われる。幕開けは秀逸。モ
ノクロの画面は美しく、謎めいた出だしに
期待が持てる。のだが、再会した旧友と女
医のモードさんを訪ね、宗教やら哲学の話
をしだしてから、どうも私にはその会話劇
のおもしろみがわからず。

<六つの教訓話>は2人の女性の間で苦し
むことになる男を描いた連作とのことで、
今回は『男と女』で有名なジャン=ルイ・
トランティニャンが、女医のフランソワー
ズ・ファビアンと敬虔なブロンド美女のマ
リー=クリスティーヌ・バローとの間で揺
れ動く。

                               10.9(土) 早稲田松竹




2021年10月28日木曜日

クレールの膝

 
☆☆☆★★  エリック・ロメール  1970年

<六つの教訓話>シリーズの5話目にあたる。
"N・アルメンドロスの艶めくカラー撮影に
息を呑む"とパンフレットにあるが、たしか
に冒頭のクルーザーの場面から色の美しさ
にハッとさせられる。うまく説明はできな
いが、全体を通して好きな色調だった。

話はけっこうしょうもなくて、結婚を控え
たジェローム(ジャン=クロード・ブリア
リ)は避暑地アヌシーを訪れ、女ともだち
のオーロラと再会、その知人の娘ローラ
(ベアトリス・ロマン)に興味を抱く。た
だちょっと子どもすぎるなぁと思いながら
も付き合って遊んでいると、その美しい姉
クレール(ローラン・ド・モナガン)が現
れ、ジェロームはクレールのミニスカート
から伸びる膝に一瞬で心奪われる。
ね、しょうもないですね。
ベアトリス・ロマンはこの後もロメール作
品のミューズとして活躍した一方、ローラ
ン・ド・モナガンはこの1作以外にはめぼ
しい作品は無いようだ。

                                10.9(土) 早稲田松竹




2021年10月25日月曜日

浜の朝日の嘘つきどもと

 
☆☆☆      タナダユキ      2021年

福島中央テレビ開局50周年記念作品という
字幕があったので、テレビドラマを劇場公開
してるのかと思いきや、全然違うストーリー
のようだ。
テレビドラマ版は竹原ピストルが朝日座とい
う映画館を訪ねるところから始まるようだが、
この映画はそこで終わっている。つまり映画
がテレビドラマの前日譚というわけである。

柳家喬太郎の朝日座館主がもう映画館をたた
もうとしてフィルムを焼いているところに高
畑充希が現れるところから映画は始まる。朝
日座を立て直すために東京から来たと言って、
館主を思いとどまらせ、再建に奔走するが…。

高畑の恩師役で大久保佳代子が出ており、主
要キャストである。柳家喬太郎といい大久保
佳代子といい、別に演技が下手というわけで
はないが、それほどうまくもない。なぜこの
2人? という感じがずっとしていた。
タナダユキの新作に期待していたのだが、ま
あまあという感じだった。

     9.28(火) ヒューマントラストシネマ渋谷










これで97本。あと3本!

2021年10月23日土曜日

君は永遠にそいつらより若い

 
☆☆☆★★   吉野竜平   2021年

これは秀作だった。
佐久間由衣ちゃんと奈緒ちゃんの姿が眺めら
れればいいかと観に行っただけだったのだが、
どんどん映画に引き込まれることになった。
原作小説は津村喜久子のデビュー作。

役所の児童福祉課に就職が決まった処女の大
学生が佐久間由衣。隠れビッチをやったり処
女をやったり、時子もなかなか大変だ。飲み
会でちょっと良いなと思った男の子がのちに
自殺したことをきっかけに、このまま漫然と
子どもの命にも関わる職に就いていいものか
と悩み始める。

ストーリーの骨格がしっかりしているからか、
俳優が遺憾なくおのおのの芝居をできている
というか、みんななかなか魅力的だ。小日向
星一、笠松将といった若手が好演。就職が決
まらずに焦っている者がいれば、はやばやと
内定をもらってあとはほどほどに卒論をがん
ばれば大学生活も終わりという、半分気の抜
けたような者もいる。4年生ってこういう感
じだったよな、という雰囲気がよく出ていた。
そこに一学年下の奈緒が絡んでくるわけだが、
彼女は過去に圧倒的に理不尽な暴力によって
受けた傷を負っている。独特な空気をまとっ
た彼女を演じる奈緒がけっこう絶品である。

                           9.26(日) テアトル新宿




2021年10月21日木曜日

スクールガールズ

 
☆☆☆★  ピラール・パロメロ  2021年

バルセロナオリンピック開催に湧く1992年の
スペイン。サラゴサという地方都市の修道院
に通うセリアは、バルセロナからやってきた
転校生のブリサの影響で、悪い仲間とつるむ
ようになる。といっても化粧をするとか煙草
をまわし吸いするとかその程度のことだが、
やがてセリアはシングルマザーの母親が自分
と向き合おうとしないことに苛立ち、反抗を
強めていく。

修道院といっても、何も知らない私から見れ
ばちょっとカトリック精神が重んじられてい
る普通の高校で、実際私はこの映画の説明を
観るまで、セリアが通っているのが修道院だ
とは気付かなかった。セリア役はアンドレア
・ファンドス。たしかにこのコがいちばんよ
かった。

                          9.26(日) シネマカリテ




2021年10月18日月曜日

眼下の敵

 
☆☆☆★  ディック・パウエル   1958年

第二次大戦下の南大西洋を舞台に、アメリカ
駆逐艦とドイツ潜水艦の知力を尽くした息詰
まる戦いを描く。アメリカ側の艦長ロバート・
ミッチャムは、民間船から徴用された雇われ
軍人ながら、海と船に関する知識は抜群。対
するドイツ側の艦長クルト・ユルゲンスは老
練の軍人。近年のヒトラーへの盲従に疑問を
持っている描写にはハッとさせられた。副長
もふくめてよく考えられた人物配置で、いつ
の間にか話に引き込まれる。
性能で勝る潜水艦だが、任務遂行のため針路
が限定され、動きを読まれてしまうため、防
戦一方に追い込まれる。最後はもちろんアメ
リカが勝つが、アメリカ人の好きそうなフェ
アプレー精神に溢れたエンディングは、後味
もいい。

                           9.23(木) BSプレミアム




2021年10月16日土曜日

【LIVE!】 ハンバート ハンバート

 
 THIS IS FOLK

「FOLK 3」のレコ発ツアー
セットリストは例によって見付からない
ので省略。

オーチャードホールなんだけど、最初か
ら最後までふたりだし、ゲストぐらい呼
んでないのかな、とかいう期待も、特に
しない。ただただ、ふたりの歌と演奏と
トークを聴いて、アンコールを聴いて、
写真を撮って帰る。クラブクアトロの時
とやってることがまったく一緒なのがす
ごい。だってオーチャードだよ!

それにしても良成のギター・カッティン
グの正確無比にはあらためて驚嘆する。
ブギー・バックでも遺憾なく発揮されて
いた。

                 9.22(水) オーチャードホール




2021年10月14日木曜日

羊たちの沈黙

 
☆☆☆★★ ジョナサン・デミ  1991年

ずいぶん久しぶりに再見。
ホラーサスペンスでは珍しいことにアカ
デミー作品賞なんですね。まあおもしろ
いです、たしかに。有無をいわさず引き
ずり込まれるようなおもしろさ。

言わずと知れた、若きFBI捜査官"クラ
リス"のジョディ・フォスターと、アンソ
ニー・ホプキンス扮する"人喰いハンニバ
ル"レクター博士の映画。…というイメー
ジ「しか」ないが、そういえばこの二人は、
女性を殺して皮を剥ぐ猟奇殺人犯"バッファ
ロー・ビル"を捕まえるために捜査協力す
るんでした。そっちの話はすっかり忘れて
いた。まあそれもそのはず。レクターとク
ラリスの会話のシーンがあまりにもよく出
来ていて、印象も強い。
しかしそう考えると中盤の貸し倉庫にクラ
リスが潜入するシーンの意味がよく分から
ないような…。

                             9.20(月) BSプレミアム




2021年10月12日火曜日

【演劇】雨

 
こまつ座 第139回公演
作:井上ひさし 演出:栗山民也

この時期の芝居は一昨年までなら「どうせ取
れない」と諦めていたような公演でも直前ま
でチケットが残っていたりして、なかなか切
ないものがあった。なので「行こうかどうし
ようか迷ったら、行く」ということにして、
微力ながら演劇界にお金をおとすことに。

江戸のしがない金物拾いの徳(山西惇)が、
山形は平畠藩の大きな紅花問屋の当主である
喜左衛門が自分と瓜二つであることを知り、
喜左衛門が失踪中であることを良いことに成
りすまそうとするという話である。喜左衛門
の美しい妻おたか(倉科カナ)と紅花問屋を
手に入れるために、初めは失踪中に天狗にか
どわかされて記憶が無いことにしたが、その
言い訳も長くはもたない。皆から信用しても
らえたのは、必死になって山形弁をマスター
したからである。そうして自分の命と生活を
保障してくれた山形弁が、最後には命取りに
なってしまうという、「言葉」とりわけ「方
言」にとことんまで執着した、井上ひさしら
しい芝居である。下ネタが多いことも初期の
井上ひさしの特徴。

亡くなった辻萬長の当たり役だったというこ
の芝居。なるほど、想像すると分かるような
気がする。

             9.20(月) 世田谷パブリックシアター




2021年10月10日日曜日

【演劇】ムサシ


 作:井上ひさし  オリジナル演出:蜷川幸雄
演出:吉田鋼太郎  音楽:宮川彬良

出演:藤原竜也、溝端淳平、鈴木杏、塚本幸男、
   吉田鋼太郎、白石加代子

武蔵と小次郎という誰もが知る(とはもう言
い切れない蓋然性が高いが)物語に想を得て、
井上ひさしの"ケレン味"が存分に発揮された
作品である。

巌流島から6年。敗れたが生き永らえた小次郎
は、武蔵と再戦して雪辱を果たすべく、鍛錬
と放浪を続けた末、遂に鎌倉の禅寺で武蔵に
果たし状を突き付ける。しかし3日後の決闘ま
での間に思わぬ邪魔が幾度も入り、二人の戦
闘意欲は徐々に削がれていくのであるが…。

重厚な中にもけっこうバカバカしい笑いが散
りばめられ、非常に喜劇としてもおもしろい。
まあ吉田鋼太郎というひとは本当にすばらし
い。巧いひとしか出ていないが、その中でも
頭ひとつ抜けている。しかし藤原竜也のセリ
フがけっこう聞き取りにくいのにはちょっと
閉口。わんわん響くだけで、声の芯が弱い感
じ。

2009年初演というから、ちょうどこまつ座の
芝居を片っ端から観ていた時期だし、時間は
いくらでもあったはずだが、たぶんただ単に
チケットが取れなくて観ていないのだろう。
何度も再演されているけど、そのたびに聞こ
えてくる「命の尊さを描く」という文言がど
うも。今さら井上演劇で「命の尊さ」もない
だろうと、いつしか食指が動かなくなってい
た。ま、北海道に居たからというのもあるか
もだが。とてもおもしろい芝居なので、早く
観ればよかった。

                        9.15(水) シアターコクーン



 

2021年10月8日金曜日

パットン大戦車軍団


☆☆☆★ フランクリン・J・シャフナー 1970年

第2次世界大戦のアフリカ戦線でナチス・ド
イツ軍を相手に闘ったアメリカの将軍パット
ンの激動の半生を描く大長篇。
実際に毀誉褒貶の多い男だったとのことだが、
劇中ではまさに「戦場でしか生きられない男」
として描かれる。古典を愛し、そこから戦略
を導き出すという一面もあるにはあるが、パ
ーソナリティは今ならドナルド・トランプを
想起させるといえば分かり易いだろうか。現
在ならPTSDであることが明らかな負傷兵を、
仮病の卑怯者よばわりして衆目のなか張り倒
したことで処分され、失脚する。しかし戦場
はパットンのような指導者を必要とし、彼は
ふたたび指揮権を与えられてめざましい戦果
をあげるが…。
本筋からは逸れるが、こういう人物をちゃん
と処分するという時点で、アメリカの軍隊は
しっかりしてるんだなーと思ってしまった。
太平洋戦争中に、病んでしまった部下に暴行
して処分された日本軍の将校というのは寡聞
にして知らない。きっといくらでもいただろ
うが。

アカデミー作品賞を含む7冠獲得というから
単なる戦争スペクタクル映画を超えた評価を
得たことは間違いない。しかしパットンを演
じたジョージ・C・スコットは主演男優賞を
辞退した。

                               9.9(木) BSプレミアム
 

2021年10月6日水曜日

読書⑬


『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』
ブレイディみかこ 著   新潮文庫

名門の小学校から、わりと自由な校風の、
「昔は荒れてた」中学校に、自ら望んで入学
した息子。その学校生活と、クールな言動を
もとにしたエッセイ。この文章が物珍しいの
は、それが日本の中学校ではなく、英国南端
のブライトンという街だからということもあ
ろう。レイシズムと貧富の格差をここまで冷
徹に肌身に感じることは(少なくとも私の学
校生活には)なかったが、なかなかタフなこ
とであるように見える。いまだに人種をめぐ
る地雷を踏んでしまう母親と、それを意外に
ヒョイヒョイかわしていく息子の身の軽さが
本書のおもしろさであると思う。

しかし「うちの息子がこんなおもしろいこと
言いました」という文章には強烈な既視感が
あり、それは心当たりというか小沢健二のツ
イートであることは明白なのだけれど、この
2つが奇妙に似通っているように見えるのは
なぜなのか。












『女ぎらい ニッポンのミソジニー
上野千鶴子 著   朝日文庫

往復書簡がすこぶるおもしろかったので、何
か上野千鶴子の文庫本はないかなーと探して、
朝日文庫の棚で発見。買ってすぐに読んでし
まったのは、このひとの文章のざくざくとし
た小気味よさが読んでいて気持ちいいからだ
と思う。自分にも身に覚えのあることを鋭い
刃物のような批評でえぐられる文章が、私は
けっこう好きみたいである。

皇室を、吉行淳之介を、「母の娘」としての
女を、「父の娘」としての女を、そして2章を
割いて「東電OL」を分析していく。本書では
常にホモソーシャル、ホモフォビア、ミソジ
ニーの3点セットで、あらゆる事象を読み解く
ということを試みる。

文庫版増補として「諸君! 晩節を汚さないよ
うに」を収める。「セクハラ」という行為を
概念化し、可視化し、社会的な罰を与えられ
る罪として「常識化」していく。さながら上
野千鶴子の戦史である。


2021年10月4日月曜日

サマー・オブ・ソウル(あるいは、革命がテレビ放映されなかった時)

 
☆☆☆★ アミール・”クエストラブ”・トンプソン 2021年

ハーレム・カルチュラル・フェスティバルとい
う音楽フェスが、1969年のNYハーレムにて開
催された。黒人ミュージシャンが出演し、観客
のほとんどが黒人で占められたこのフェスは、
2週間後におこなわれたウッドストックとは対
照的に、徹底的に忘却され、記録したフィルム
も50年以上も地下室に眠っていたという。

このたび発掘されたフィルムをリマスターして、
編集し、関係者のインタビューも織り交ぜて当
時の熱狂に迫ろうというこの映画。冒頭から、
若々しいスティーヴィー・ワンダーのドラム演
奏にぶっ飛ばされる。ステイプル・シンガーズ
やグラディス・ナイト&ザ・ピップスなど、音
源は聴いていたが、映像で観るのは初めて。
しかしなんといっても、映画のハイライトはス
ライ&ザ・ファミリー・ストーンである。スラ
イ・ストーンが歌っておられる…。長年、彼ら
の音楽を愛聴しているが、スライ・ストーンが
動いている姿を見たのは初めてである。首のゴ
ツい金の鎖が王者の風格を醸し出す…。

繰り広げられる演奏が圧倒的なだけに、不満も
ある。もっとじっくり音を浴びさせてほしかっ
た。長い予告編をずっと見せられているような、
細切れの編集にフラストレーションが溜まる。
少なくとも私の好きな編集ではなかった。

                                 9.7(火) シネクイント




2021年10月2日土曜日

モロッコ、彼女たちの朝


☆☆☆★★   マリヤム・トゥザニ   2021年

セリフも音楽も少ないが、画に引き込まれた。
ストイックなつくりなのにまったく退屈しな
い。

未婚の母になろうとしている妊娠中のサミア
と、戒律もあるだろうが、街なかで行き倒れ
になろうとしている彼女に冷たい視線を浴び
せるひとびと、そしてカサブランカの街。見
かねたシングルマザーのアブラは、行き場の
ないサミアを家に寝泊まりさせることにする。

"ADAM"という原題では客は呼べないだろう
が、このどうでもよさそうな邦題はどうした
もんか。しかし現に私は「モロッコ」という
単語に惹かれて観に行っているのである。だ
としても、モロッコに「いつか行ってみたい
なー」ぐらいの憧れを持っているひとは、こ
の観光名所どころかおよそ情緒的とはいいが
たい旧市街の薄暗いごみごみした通りしか出
て来ない映画に失望するだろう。

                   9.5(日) TOHOシネマズ シャンテ




2021年9月30日木曜日

孤狼の血 LEVEL2

 
☆☆☆★★  白石和彌   2021年

前作よりもヒリヒリ感は増し、スケール
アップしていたと思う。『仁義なき戦い』
への憧れは変わらず感じさせつつも、そ
れだけではない、現代の新しいヤクザ映
画を打ち立てようという気迫を感じた。
『ヤクザと家族』には感じられなかった
ものだ。それもこれも、鈴木亮平のすさ
まじい狂気があってこそ。それほど評価
している役者でもなかったが、"暴力の
化身"のような禍々しいヤクザをここまで
体現するとは。すばらしいという言葉で
は尽くせないほどすばらしい。広島弁も
ここちよい。
何の罪もない筧美和子が目を潰されて惨
殺される開巻からして尋常じゃないが、
その後も後見人だろうが兄貴分だろうが
一般人だろうがお構いなしの、仁義も何
もあったもんじゃない非道っぷり。松坂
桃李も健闘したが、ヤクザ映画の華は悪
役である。さすがに分が悪い。
『仁義なき戦い』の千葉真一といい梅宮
辰夫といい、『アウトレイジ』の西田敏
行といい塩見三省といい、やはり凶悪な
極道の役は、さんざんいろんな役をやっ
てきた役者も"ノる"のだろうか。実に活
き活きと演じますよね。

                          9.3(金) 新宿バルト9




2021年9月28日火曜日

【演劇】 カノン

 
作・野田秀樹  演出・野上絹代

去年の4月に観に行くはずだったのだが、直前
に上演中止となっていた。今回も初日が二度
延期されたりしてほとんど開催自体が危ぶま
れたが、ひとまず無事に開幕してなにより。
役者の熱気がむんむんと劇場を満たしており、
最近こまつ座の「円熟の芝居」ばかり見慣れ
ていたせいで、こういうエネルギッシュな
「若い芝居」というのを忘れかけていた。

盗賊団の一味の話で、ひとくちでは説明しに
くいが、猫と絵画が重要な役割を果たす。と
いっても何のことやら分からないが、まあ野
田秀樹の芝居のいつもの「言葉遊び」も勿論
ふんだんにあり、動きも激しい。それをベテ
ランの渡辺いっけいが引き締めていて、おも
しろかった。ダジャレだけ取り出してもおも
しろくないという愚をあえて犯すと、「何か
しそうな思想犯」というのが秀逸だった。
さとうほなみが盗賊団の女団長を演じていて、
ちょっと独特の色気があってよかった。

          9.2(木) 東京芸術劇場 シアターイースト




2021年9月26日日曜日

彼女がその名を知らない鳥たち

 
☆☆☆★    白石和彌   2017年

こういう人間のイヤな面を前面に出して、共
感できるような人物もおらず、別につまらく
はないんだけど、じわじわと自分の(ささや
かながら)善良な部分が蝕まれていくようで、
後味もよくない映画、前にも観たなぁ……と
思ったら、同じく白石監督の『ひとよ』だわ。
きっと好きなんだねー。
原作小説は沼田まほかる。読んだことはない
けど「彼女がその名を知らない鳥たち」とは
思わせぶりなタイトルだ。映画を観てもどう
いうことなのかさっぱり分からない。

蒼井優と阿部サダヲ。脇を松坂桃李と竹野内
豊が固める。そりゃあ芝居はみんなすばらし
い。しかし観れば観るほどいろんなところで
松坂桃李が重用される理由がじんわり分かっ
てきた気がする。どんな汚れ役をやっても、
折り目正しく、誠実に見えますよね。複層的
な演技があざとくなくできる役者だと思う。
今回もかなりゲスな役ですが。

                                   8.30(月) NETFLIX




2021年9月24日金曜日

荒野の決闘

 
☆☆☆   ジョン・フォード   1947年

これも西部劇の人気投票を募ると上位にラ
ンクされる名作ということなのだが、いま
いち良さが分からない…。キャラクターの
造型と日常の細部の描写にすぐれていると
いうのだけれど、西部劇ってそこしか差異
化をはかるところが無いから、そこに力点
が置かれるのは当然では。
『見るレッスン』によると、このフィルム
はプロデューサーによって切り刻まれて、
勝手に追加シーンまで撮影されたらしく、
フォードは「あれは私の映画ではない」と
まで言っていたとのこと。たしかに途中、
よく意味の分からない会話があった。

                        8.30(月) BSプレミアム




2021年9月22日水曜日

猫の恩返し

 
☆☆☆    森田宏幸   2002年

つまらないわけではないのだが、まあ
ジブリという看板がいくぶん重すぎた
感じ。「これのどこが恩返しじゃ!」
と言いたくなるのもご愛敬か。
猫の国の王様の声が丹波哲郎というの
は今回はじめて知った。好色な猫の王
という難しい役柄(笑)だが、声のア
テがいはありそうだ。
"猫の事務所を探して!"という声が突
然空から「降ってくる」部分に、もう
少し工夫があったほうがいいかもしれ
ないと思った。

                             8.29(日) 日テレ




2021年9月20日月曜日

子どもはわかってあげない

 
☆☆☆★★  沖田修一  2021年

水泳部の上白石萌歌と書道部の「もじくん」
(細田佳央太)は、共通のアニメが好きとい
うことで出会う。まあなかなか爽やかなカッ
プルぶりで、こんなに"青春してる"映画も久
しぶりに観て、まぶしかった。

とはいえ恋愛は最後の方だけで、幼い頃に別
れた実父に、水泳部の合宿と偽って会いに行
く、というのが物語の核である。
実父は豊川悦司。こないだ『3-4x 10月』で
スマートなインテリヤクザぶりを観たばかり
だが、もうすっかりおばさん寄りのおじさん
である。
普通は家庭や学校生活に問題を抱えた高校生
が、「伯父さん」的なひとのところに夏休み
預けられて、少し成長を遂げる、みたいな話
になりがちだが、本作の上白石萌歌は家庭に
も学校にも、特に問題を抱えている描写はな
い。ひと夏を経て、あまり成長した様子もな
い。そこがかえって新鮮であった。

                             8.25(水) テアトル新宿




2021年9月18日土曜日

読書⑫

 
『輝ける闇』
開高健 著    新潮文庫

去年間違って『夏の闇』を先に読んでしまっ
たが、ようやくこちらを読む。
ベトナムの戦場でひたすら待機する米軍とと
もにじっとりと何かを待ち続ける場面から始
まる物語は、意外にも何も起こらないままサ
イゴンに舞台を移す。新聞記者である主人公
は、サイゴンで酒と煙草と商売女の"素蛾"と
戯れながら、日々を過ごす。いつ終わるとも
知れないこの取材とも待機ともつかない怠惰
な日常は、ある日戦場に戻る決意を主人公が
することで終わる。再び従軍記者として訪れ
た部隊は、ほどなくしてヴェトコンの陣地へ
の示威行動という無謀で不毛な作戦に駆り出
されることになる…。
ベトナムの暑さの描写がすばらしい。そして
それと対照的な早朝の処刑の場面が心に残る。

両方読んだ感想だが、小説としては『夏の闇』
の方が好きかもしれない。ソファに自分の形
がくぼみができるほどの怠惰な日常の描写が
今から思うとなんだか可笑しい。泊まりがけ
で魚を釣りに行くのを除けば遠出らしいこと
もせず、主人公はある日、急に目が覚めたよ
うにベトナムの戦場に戻る決意をする。小説
としての結構は似ているのである。











『カモフラージュ』
松井玲奈 著    集英社

ラジオで耳にしたのがきっかけだったのか詳
しくは忘れたが、松井玲奈のソロシングルに
入っている「からす座」という曲が気に入っ
て、一時期よく聴いていた。チャラン・ポ・
ランタンが伴奏とコーラスを付けていて、松
井の書いた歌詞もなかなかおもしろい。この
コは鉄道好きでタモリ俱楽部に出たり、こう
やって小説を書いたりするのでけっこう気に
なっている。

この本はこないだ文庫になったばかりだが、
単行本で読んだので1つ短篇が少ないようだ。
社内不倫をしている女の子の話から始まった
ので、なるほどこういう感じか、と思ったら、
6つの短篇どれも全然違う話で、ちゃんと書
き分けられていた。あれだけいろんなヴォイ
スを書き分けられたら、長篇を書く日も近い
という気がする。


2021年9月16日木曜日

【演劇】 化粧二題

 
こまつ座
作:井上ひさし 演出:鵜山仁
出演:内野聖陽・有森也実

旅回りの役者が、楽屋で化粧をしながら語る
一人芝居。有森と内野でそれぞれ一幕づつ、
ということで「化粧二題」。この二人の組み
合わせでは2019年の初演以来、2年ぶりの再
演とのこと。

一人芝居というのは、観客も若干の緊張を強
いられる。なにせ役者が放った芝居を受け止
める相手は舞台上にはおらず、笑うも静観す
るも固唾をのむも、すべては観客に委ねられ
ている。
舞台には一人だが、話している相手がいるこ
とを感じさせる。そのへんは内野が巧かった。
体も大きいし、声もデカい。舞台映えする役
者である。

大衆演劇の楽屋はどこもそうなのか知らない
が、ちあきなおみとか藤圭子なんかの演歌が
ひっきりなしに流れている。知らない曲なら
気にならないのだが、知ってる曲がかかると
多少耳をとられるところがあった。

                 8.21(土) 紀伊國屋サザンシアター




2021年9月14日火曜日

私たちのハァハァ

 
☆☆☆★★   松居大悟  2015年

クリープハイプに会いたいという一心で、
女子高生4人が北九州から自転車で東京を
めざす。SPACE SHOWER TV 25周年記
念映画として製作されたという本作は、
「ファン」を主役にした音楽映画という
点で、わりに珍しいといえるかもしれな
い。
まる一日、自転車を漕ぎつづけて広島は
原爆ドームの近くの公園で野宿したとこ
ろで早々にくじけ、あっさり自転車を捨
ててヒッチハイクに切り替えるところに
笑う。池松壮亮も意外なちょい役で出た
りしつつ、見知らぬひとの善意にも助け
られながら神戸まで来たが、ファンとし
て「意識の高さ」の相違から4人の仲に
亀裂が入り、旅費も底を尽いてしまい…。

私もあらすじを見てどうでもよさそうな
映画だと思っていたのだが、観てみると
これがなかなか「拾いもの」というか、
けっこう楽しめる。4人の女子高生はほ
どよく素人感があってそれぞれ良いが、
やはり最もファン意識の高いコを演じた
三浦透子がうまい。

                                  8/21(土) tvk




2021年9月11日土曜日

ドライブ・マイ・カー

 
☆☆☆★★★   濱口竜介  2021年

どこをどうしたら短篇小説を原作にして179
分の映画になるのかと、観る前は不思議だが、
観れば納得。まったく「長すぎる」という感
じはしない。

少しネタバレになるが、詳しくいうとこの映
画は「ドライブ・マイ・カー」だけでなく、
『女のいない男たち』所収の「シェエラザー
ド」のプロットと、「木野」のほんのちょっ
との場面も取り込んで脚色している。ただい
ずれにせよ広島の映画祭の部分は完全に濱口
竜介のアダプテーションということであり、
その手際は見事というほかない。手話による
『ワーニャ伯父さん』など、なんだか艶めか
しい感じもして、もっと長く観ていたいと思
わせる。原作の「黄色」のサーブを「赤い」
サーブに変更したのは美術の都合か監督の趣
味か。視覚的には正解という気がする。

劇中の「感情を排して、なるべくゆっくり発
声する読み合わせ」は、濱口竜介の演出手法
として実際におこなっているものだそう。

しかし中頓別町も損したね。下手に抗議なん
かしなければ、あのシーンが中頓別でロケ撮
影されたかもしれないのに。

                       8.20(金) TOHOシネマズ新宿




2021年9月9日木曜日

麗しのサブリナ

 
☆☆☆★★  ビリー・ワイルダー  1954年

オードリー・ヘップバーンとハンフリー
・ボガート。ワイルダーの演出が冴える、
ロマンティック・コメディの教科書のよ
うな映画である。

ヘップバーンは富豪であるララビー家の
専属運転手の娘。ボガートは堅物の長男。
さすがに歳の差はちょっと気になるが、
まあ映画ですから。私は、ヘップバーン
が花嫁修業にパリの料理学校に行くのが、
運転手の父親の経済的負担にまったくなっ
ていない様子なのがずっと気になってい
た。娘をパリに2年間行かせて、料理学校
の学費もオシャレな洋服(本作のヘップ
バーンの衣装はジバンシィが手がけてい
る)にも不自由させないほどの仕送りを
できるのだろうか…。

とはいえ、細かいことは抜きにして楽し
める映画である。最近、ヒッチコックと
ジョン・フォードとワイルダーの作品で
未見のものは必ず録画するようにしてい
るのだが、わたしはワイルダーがいちば
ん好きだな。

                       8.18(水) BSプレミアム




2021年9月7日火曜日

空に聞く

 
☆☆☆★   小森はるか   2020年

『息の跡』と並行して撮られたという本作は
“陸前高田災害FM”のパーソナリティを務め
た阿部裕美さんにカメラを向ける。変わりゆ
く陸前高田の風景と、そこに暮らす人々の営
みを見つめたドキュメンタリーである。たね
屋の佐藤さんがけっこうアクの強い人物だっ
たのもあり、こちらは被写体である阿部さん
の人柄を反映して淡々とした仕上がり。控え
めながら、凛とした女性である。「女川さい
がいFM」を題材にした『ラジオ』というテレ
ビドラマもあったが(いいドラマだった)、
大きな災害に遭ったひとの心に寄り添うとい
う意味では、ラジオに勝るメディアは無いだ
ろう。

『見るレッスン』によれば蓮實さんはナレー
ションで進めていくNHK型のドキュメンタリ
ーがお嫌いで、ナレーションも音楽も無くし
て、なぜ映像だけに語らせないのか、とか言
うのだが、まあ別に擁護するわけじゃないけ
ど、不特定多数の、その題材に興味があるひ
とにも無いひとにもいっしょくたに届けなけ
ればならず、放送の尺も厳密に決まっている
テレビにはテレビに適したドキュメンタリー
の形があるということだと思いますけどね。

                               8.15(日) 早稲田松竹




2021年9月5日日曜日

息の跡

 
☆☆☆★★   小森はるか   2017年

早稲田松竹にて、蓮實重彦が『見るレッスン』
で絶賛していた小森はるかの2本立て。当日
はあいにく豪雨。これでおもしろくなかった
ら金返してもらうからな、と息巻いてズボン
をびしゃびしゃにしながら観に行く。

小森はるかは、東京藝大を出たあと、画家で
作家の瀬尾夏美とともに、震災後の陸前高田
市に移り住む。そこで出会った「たね屋」の
おじさんにカメラを向け、対話しながら(ほ
とんど相槌だけの時も多いが)、その営みを
写し取ったのが本作。撮影時は津波で流され
た店舗の跡地にプレハブを建てて、種苗店を
再開していた佐藤貞一さん。最初はただの東
北の田舎のおじさんにしか見えないが、なぜ
この人物にカメラを向けるのかは、だんだん
と分かってくる。
当初、小森は自分の声が入っている部分を本
編で使うつもりはなかったらしいが、編集の
秦岳志(佐藤真のいくつかの作品をつないだ
人物!)が本編に入れるよう提案したという。
実は本作でおもしろかったのはこの小森の声
だったりする。

                                8.15(日) 早稲田松竹




2021年9月3日金曜日

読書⑪

 
『充たされざる者』
カズオ・イシグロ 著  古賀林幸 訳

この夏、まとまった時間がありそうだったの
で、何か長いものを読もうと思い、本棚を眺
めていると(この時間が人生の至福である)、
とびきり分厚い文庫本が呼んでいるような気
がした。940ページある持つのも重い大長篇
を、だいたい1日100頁づつ、10日間かけて
読了。

世界的ピアニストの「ライダー氏」を語り手
とした1人称小説で、中欧の架空の街で公演
を依頼されたライダーがその街にやって来る
場面から始まり、次の目的地ヘルシンキに旅
立つまでの数日間を描いている。カフカ『城』
を意識しているという物語は幻想的というか
妄想的で、時間と空間はあちこちでねじ曲が
る。だいたい最初のエレベーターの中の会話
からして長すぎる。登場人物たちは慇懃な態
度を保ちながらも、いつも勝手な頼み事をラ
イダーにしてきて、ライダーは懸命に奔走す
るがそれは果たされないままに積み残されて
いき、にも関わらず次々と現れる煩雑なこと
に時間を空費せざるを得ない。すべてが徒労
であることはいわば「小説内ルール」として
読者にはおのずと了解されるようになってお
り、その「先の見えた物語」をそれでも940
ページも引っ張る"腕力"には敬意を表したい。
特に会話のうまさには脱帽である。

でも"不条理"ってこういうことなんでしたっ
け? まあ『城』も『異邦人』も読んだのは
ずいぶん前で、ちゃんと覚えているわけでは
ないが、なんだか似ても似つかないもの、と
いう感じがする。まあそれはそれでいいのか
もしれないが。











『ふわふわ』
村上春樹・文 安西水丸・絵  講談社

世田谷文学館の安西水丸展に行ってきた。
水平線ひとつでなんでもない机上の静物が
途端にオシャレな絵になってしまうのはさ
すがとしか言いようがない。「都会的」と
いう言葉が浮かぶ。
この絵本では猫の"質感"を出すのにいろい
ろ工夫を重ねたという。あまり苦心の跡は
感じられないが…。それが都会的というこ
とだろう。