2021年11月15日月曜日

読書⑭

 
『国宝 青春篇
『国宝 花道篇
吉田修一 著   朝日文庫

華やかなヤクザの新年会の描写で幕を開けると
ころは、いつもながら映画のオープニングを思
わせる。文章による「映像喚起力」とでも呼べ
ばいいのか、読んでいてとにかく映像が浮かん
で仕方ないところが吉田修一の持ち味である。
映像どころかカット割まで想像できてしまうの
は、もはや筆力というより画力といっても過言
ではない。
今作では、これまで長篇の主要な題材だった
「犯罪」や「悪」とは打って変わって、歌舞伎
の世界の業の深さ、みたいなものが描かれる。
ヤクザの家に生まれた喜久雄、由緒ある梨園に
生まれた俊介。最初はただただ芸の道を極める
ことに専心していればよかった友達同士の二人
が、やがて運命に翻弄されてゆく…。
その姿を活写するのに、吉田修一はいちから新
しい文体を拵えて小説に臨んでいる。講談調の
文体で、時に主人公に寄り添い、時に突き放す
ことも厭わない自在な「語り」の文体は、読み
進むうちに、実にこの小説にぴったりだと思え
てくる。二人の波乱に満ちた歌舞伎役者の生涯
を20章のうちに描き切るために、おしなべて駆
け足の進行になるのは避けられず、また物語も
若干、ご都合主義なところもなくはない。しか
しこの「語り」が物語をぐいぐいと進めること
で、多少強引でもなんだか勢いで乗り切ってし
まう。実にうまいことできている。

私は都内に住んでいながら一度も歌舞伎座に足
を踏み入れたことはなく、知識もからきし無い
ので、次々と繰り出される歌舞伎の演目とその
成り立ち・概略、演じるにあたっての肝に至る
まで、淀みない吉田修一の書きぶりに、これは
相当身銭を切って勉強したな、と畏敬の念を抱
いたが、巻末の瀧晴巳による解説にはさらに驚
かされた。この小説のストーリー自体にもいた
るところで歌舞伎の演目のスジと重ね合わされ
ている所があり、それは歌舞伎ファンならキー
ワードひとつで「ピンとくる」ように、そっと
埋め込まれるように各所に散りばめられている
という。うーむ、手が込んでいる。参りました。




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