2020年8月30日日曜日

バンコクナイツ


☆☆☆★★   富田克也      2017年

「空族」という映画制作グループの作品は、
ときどき評は目にすれど、観る機会はあま
りなく、サンクス・シアターに1本入って
いて助かった。しかも代表作である180分
の巨編を提供してくれるなんて、太っ腹で
ある。しかもおもしろかった。ファンにな
るやないか!
クレジットによると監督・脚本が富田克也、
共同脚本の相澤虎之助、そして劇中のオザ
ワという主役も富田克也その人が演じてい
るとのこと。素人を捕まえてきて演じさせ
ることが多いらしく、たしかにみんな芝居
は素人である。ただでさえ巧い川瀬陽太が
ものすごく巧く見える。

舞台はもちろんバンコク、片言の日本語を
喋る女の子たちがひな段のような所に座っ
て客の指名を待つ、日本人向けの風俗店か
ら始まる。思えばフィリピンで長年せっせ
と買春に励んで1万人以上の女の子に律儀
にナンバーを振っていた中学校の校長もい
たが、ここで描かれる「タニヤ通り」の風
俗店とは、要はそういう世界と近いだろう。
物語はバンコクを飛び出して、ラオスとの
国境近くの田舎町、そしてラオスへと拡大
していく。

毒々しい世界を描いていながらも、映画は
不思議な静謐さを湛えている。単にフィッ
クスの画が多いからかもしれない。カット
割も最小限に抑えられているが、こちらが
飽きる前にちゃんと画が切り替わるので、
長尺をあまり感じさせない独特のリズムを
生み出している。
そして不思議なのは音、特にセリフである。
つねに一定で聴きやすい音質なので、ほと
んどオンリーかアフレコかと思っていたら、
エンドロールに付いているメイキング映像
では、ちゃんと画角と闘いながらセリフを
収音しにいっているようだ。そうすると、
あの一定の聞きやすいトーンをどうやって
作ったのか、謎である。

                    8.9(日) サンクス・シアター


2020年8月28日金曜日

ギャング・オブ・ニューヨーク


☆☆☆★  マーティン・スコセッシ  2002年

『ゴッドファーザー』よりも前の時代のニュ
ーヨークのギャング団同士の抗争。中でもア
イルランド移民で構成された"デッド・ラビッ
ツ"と、土着のアメリカ人によって構成され
た"ネイティブズ"との因縁の深い対決の歴史
を壮大なスケールで描く。"ネイティブズ"の
親玉ダニエル・デイ=ルイスと、父親を殺さ
れたレオ様の復讐の物語が軸となっている。
一方の恋愛軸のほうは若きキャメロン・ディ
アスが担う。美人である。
主題歌はU2。ここでもアイルランド尽くし。
それほど名曲とは思わないが。

武器としての拳銃は既に世の中にあるものの、
飛び道具はやはり卑怯な感じでもあるのか、
戦闘ではおもに斧や棍棒で殴り合ったりナイ
フで刺したり。当然血みどろで、けっこう痛
そうな描写も多い。

ちなみに、私はレオ様の左腕が「あの時」に
切り落とされてしまったのかと思っていたの
で、途中ですこし混乱してしまった。地下で
の治療中に、左腕が無いカットがあったよう
に思ったのだが…。勘違いか。

                           8.7(金) BSプレミアム








<ツイート>
よっぽど悪夢のような8年弱だったよ。
もうあの不快な声を聞かなくて済むかと思うと…。

2020年8月26日水曜日

来る

 
☆☆☆★★★  中島哲也   2018年

快作! 良い映画を観た。

「あー観に行かないとー」と思っているうち
に劇場公開が終わってしまった本作は、つま
りはヒットには程遠かったのだろう。原作の
『ぼぎわんが、来る』(澤村伊智 著)とい
うタイトルを短くし過ぎて、ググっても引っ
掛からなかったのが一因とも言われるが、ま
あ前作の『渇き。』がいまいちだったからと
いうのもあるかと。

本作は「ホラー映画」ということになってい
るし、おどろおどろしい描写もあるが、怖が
らせるよりもどうも監督の趣味が優先されて
いるようで、さほど怖くはない。むしろホラ
ー描写がつづくのに、この心地よさはいった
い何なのだろう。やはり中島哲也のセンスは
衰えていないという気がした。

妻夫木くんはあいかわらず「爽やかなクズ」
が日本一うまい。柴田理恵はベテラン霊能者
の役がとても似合う。

             8.6(木) Amazonプライムビデオ



2020年8月24日月曜日

花子


☆☆☆★   佐藤真   2002年

京都府の南端、大山崎町に暮らす今村花子
は、夕食の残り物を素材にした「たべもの
アート」の作家である。といっても、劇中
で家族も語っているとおり、母親はそれを
「アート」だと確信しているが、父親には
それはただの「残飯」にしか見えない。私
にもどちらかというと残飯にしか見えない
が、なにごとも継続することで見えてくる
ものがあるのかもしれない。花子は毎日、
昼間は障碍者施設で絵の具を使って絵を描
き、夜は自分の部屋の布団の上で、寝る前
にたべものアートを創作する。ときどき素
材を食べながら。
なにより家族のインタビューが温かくて良
い。一時期、花子に意地悪をされて家を出
ることを決めた姉も、複雑な思いも抱きな
がらインタビューに応じている。

                   8.5(水) サンクス・シアター



2020年8月23日日曜日

【LIVE!】 THE BACK HORN


バックホーン初の配信生ライブ。
前日にはファンクラブイベントもオン
ラインで実施。もちろんそちらも視聴
した。ファンクラブなのでね。

 KYO-MEI MOVIE TOUR SPECIAL -2020-(スタジオ編)

 1. 冬のミルク
 2. グローリア
 3. 太陽の花
 4. 罠
 5. 心臓が止まるまでは
 6. 悪人
 7. 幸福な亡骸
 8. 空、星、海の夜
 9. 瑠璃色のキャンバス
10. コバルトブルー
11. シンフォニア
12. 刃

                       8.2(日) StreamPass

気になるのはやはり喉の手術を経た山田
の声だが、喉に負担がかかる高音の出し
方を矯正しているところらしく、それは
うまくいっているように見えた。なんな
ら2曲目から嗄れていたこともあった声
が、高音も含めて最後まで出ていたのは
よろこばしいことである。4人が向かい
合って演奏するのは新鮮で、ライティン
グや撮影もちゃんと考えられていてカッ
コよかった。

ベストアクトは「空、星、海の夜」でしょ
うな。まあ単にやってくれて嬉しかった
のもある。



2020年8月21日金曜日

男はつらいよ 寅次郎純情詩集


☆☆☆     山田洋次   1976年

ひさびさに寅さん。最近また4Kリマスターを
放送しているようだ。「純情詩集」とタイト
ルにある今作のマドンナは檀ふみと京マチ子。
檀ふみは溌溂としていて美しいが、特に詩や
詩集は出て来ず、どのへんが純情詩集なのか
は分からない。

昔ひいきにした旅芸人を旅館でどんちゃん騒
ぎでもてなして、無銭飲食で警察に捕まると
いう珍しい展開がある。さくらが迎えに行く
とすっかり警察署になじんでいて、署員にコ
ーヒーをふるまい、温泉でくつろいでいるの
でさくらが怒るのも無理はない。

                                   8.2(日) BSテレ東


2020年8月20日木曜日

どら平太


☆☆☆★   市川崑   2000年

黒澤明・木下恵介・市川崑・小林正樹によっ
て結成された「四騎の会」の第1回作品とし
て共同執筆されながら、お蔵入りになってい
た山本周五郎原作の時代劇を、役所広司を主
役に据えて市川崑が撮ったもの。役所は市川
崑の時代劇に出ることを熱望していたという。

豪快で腕も立つ町奉行が、腐敗した城下を浄
化(しゃれじゃないけど…)する話。役所演
じる型破りな町奉行の大声が痛快で、大がか
りな殺陣もある。つるっと観られて気分も爽
快、猛暑の夏には良いかもしれない。

                          8.1(土) BSプレミアム


2020年8月17日月曜日

読書⑲


『夜想曲集』
カズオ・イシグロ 著 土屋政雄 訳 ハヤカワepi文庫

音楽と夕暮れをめぐる五つの物語

サブタイトルにある通り、必ず音楽がスト
ーリーに絡んだ5つの短篇から成っている。
巻末解説によると、欧米とくにヨーロッパ
では短篇小説のマーケットは長篇小説のそ
れに比べて格段に小さく、読者のニーズは
圧倒的に長い長い小説にあるのだという。
ふーん、そんなものかと思うけど、本書の
短篇はどれも趣向が凝らされていて、あっ
という間に読めてしまう。ほどよい軽みが
あって、でも頭に焼き付くようなシーンが
必ずある、よくできた短篇集である。「老
歌手」の延々とゴンドラに乗っている描写
もけっこう強烈だが、私は売れないサック
ス奏者を主人公にした「夜想曲」がおもし
ろかった。





『街場の親子論』
内田樹 内田るん 著   中公新書ラクレ

父と娘の困難なものがたり

ふた昔前ならいざしらず、いまどき往復書
簡を本にするというのも珍しい。まあでも
親子の間の長年の複雑な感情なんかをあぶ
り出すには妥当な手法かもしれない。普通
の親子だったら読まなかったと思うが、こ
の親子だったので手に取った。

まえがきで内田樹が「微妙に噛み合ってな
い」ところがあると思うが、親子ってそん
なぴたぴた話が合わなくてもいい、と書い
ている。まあそうかもしれないが、読んで
ておもしろいという種類の本ではないかも
しれない。



2020年8月15日土曜日

タリウム少女の毒殺日記


☆☆☆★    土屋豊   2013年

2005年に起きた殺人未遂事件、タリウムを
盛って母親を毒殺しようとした女子高生を
モチーフにしたフィクション。冒頭いきなり
カエルを解剖してまだ動いている心臓をうっ
とりと見つめる倉持由香から始まるため、苦
手なひとには閲覧注意ではある。

科学に強い興味を持つ“タリウム少女”の日記
風に映画は進んでいく。彼女は興味の延長線
上にあるものとして、自分の母親に毒薬タリ
ウムを少しずつ投与し、その経過を冷徹に観
察していく。一方で高校では陰湿ないじめに
も遭っており、自分の受けているいじめをも
冷静に観察しているようで、まことに気味が
悪い。

しかし編集がなかなかキレがよく、嫌悪感よ
りも快感がまさる感じがした。佳作。

                  7.30(木) サンクス・シアター

2020年8月13日木曜日

【LIVE!】 山下達郎


私はてっきり生ライブの配信かと思っていた
のだが、京都「拾得」でのライブと氣志團万
博の映像を配信するものだった。

●セットリスト
・京都「拾得」 2018年3月
01. ターナーの汽罐車
02. あまく危険な香り
03. 砂の女
04. 希望という名の光
05. SINCE I FELL FOR YOU
06. WHAT'S GOING ON

・「氣志團万博2017」2017年9月
07. ハイティーン・ブギ
08. SPARKLE
09. BOMBER
10. 硝子の少年
11. アトムの子
12. 恋のブギ・ウギ・トレイン
13. さよなら夏の日

・「PERFORMANCE 1986」
14. SO MUCH IN LOVE (@郡山市民文化センター 1986年10月9日)
15. プラスティック・ラブ (@中野サンプラザホール 1986年7月31日)

               7.30(木) MUSIC SLASH

「セキュリティと音質で選んだ」と山下
達郎がいうだけあって、MUSIC SLASH
の初の配信だったわけだが、たしかに良
い音だった。ぜひバンド編成のライブも
配信してほしいところ。

2020年8月11日火曜日

豆大福ものがたり


☆☆★★★   沖田修一  2013年

「おやつ総選挙」を前にして、候補者たち
が選挙活動を繰り広げている。マカロン、
ショートケーキ、すあま、そして、豆大福…。
伸び悩む豆大福候補の秘書を演じるのが菊
池亜希子。
とてもくだらないが、嫌いじゃない。

                7.29(水) サンクス・シアター


2020年8月9日日曜日

仮面の男


☆☆☆   ランドール・ウォレス  1998年

デュマ『鉄仮面』をディカプリオ主演で映画
化。暴君ルイ14世と地下牢に幽閉されている
鉄仮面の男、集結した三銃士…。ということ
で、知っているひとにはおなじみの話が展開
されるが、パリの民衆だのルイ14世の暴政だ
のの話が英語で繰り広げられるのは、やはり
違和感がある。
民衆レベルの恋の悲劇から王宮の中の国家的
な秘密まで、どぎつめの話がこれでもかと盛
り込まれていて、まあテンポはいいのだが、
すべてがほいほいと腹にたまることなく流れ
ていく。しかしジョン・マルコヴィッチって
良いよね…。

私は監督もしくは女優で観る映画を選んでいる
つもりだが、この機にレオ様の出演作をざっと
見てみると、相当数を観ていることがわかった。
というか2010年以降の出演作すべて観ている!

 インセプション(2010)
 J・エドガー(2011)
 ジャンゴ 繋がれざる者(2012)
 華麗なるギャツビー(2012)
 ウルフ・オブ・ウォールストリート(2013)
 レヴェナント:蘇えりし者(2015)
 ワンス・アポン・ア・タイム・イン・
 ハリウッド(2019)

うーん、すごい履歴だ。いかに世界最高の監督
たちからラブコールを受けて出演しているかが
よく分かる。私は肝心の「タイタニック」をま
だ観ていないのですが…。

                         7.28(火) BSプレミアム



2020年8月7日金曜日

歓待


☆☆☆★   深田晃司   2010年

『ほとりの朔子』『淵に立つ』どちらもとて
も好きな作品だったのに、なかなか新作を追
いかけるまで至っていないのが申し訳ない深
田晃司。サンクス・シアターに過去作があっ
たので鑑賞。杉野希妃も出てるし。そういえ
ば杉野希妃、しばらく見ないと思っていたら、
オランダで大型タクシーに轢かれて大変だっ
たようだ。ちっとも知らなかった…お見舞い
申し上げます。

映画は下町で印刷工場を営む山内健司と杉野
希妃の、だいぶ年の差のある新婚の夫婦、こ
れだけでも不穏な空気が画面に立ち込めるの
だが、そこになぜか古舘寛治がずうずうしく
住み着くようになる。ひとの「うしろメタフ
ァー」(©みうらじゅん)につけ込むのがう
まい古館は、夫婦それぞれの弱味をにぎって
操り、妻だという外国人の若い女も連れてき
て、我がもの顔で工場を切り回しはじめる…。

『淵に立つ』の原型といっていいのかもしれ
ない。話の構造は同じである。不穏なのに笑
える、シリアスなのにどこまで真面目に観て
いいのか分からない、不思議な手触りの映画
だ。

                      7.24(金) サンクス・シアター



2020年8月5日水曜日

パーフェクト・ワールド


☆☆☆  クリント・イーストウッド  1993年

SFのようなタイトルからしてあまりピッ
タリきているとは思えないし、珍しくう
まくいっていない作品に思えた。「完璧
な世界」というセリフは中盤でさらっと
触れられるだけだし、あまり印象にも残
らない。

脱獄犯と人質にとられた子どもとの心の
交流、というような内容で、脱獄囚(ケ
ビン・コスナー)が非常に知能指数の高
い男という設定がちょっと変わっている。
子どもを人質にしながら、車を盗んだり
服を盗んだりして最終的にはアラスカを
目指す。しかし出発地がテキサスなので、
広大なアメリカ、テキサス州を抜けるだ
けでも困難である。今回は警察の幹部の
イーストウッドが追って来るし。

終盤に一宿一飯の世話になった黒人家庭
の父親が子どもを殴るシーンで記憶がフ
ラッシュバックする重要な場面があるの
だが、ここの演出がなんだか間延びして
いて緊張感がない。結局、ケビン・コス
ナーが何をしたいのかよく分からなかっ
た。

                      7.23(木) BSプレミアム



2020年8月3日月曜日

劇場


☆☆☆★★   行定勲   2020年

山﨑賢人と松岡茉優と下北沢。
これだけで映画の要素の95%を占めている。
ふたりの部屋と、下北沢をほっつき歩く山﨑
賢人が繰り返し繰り返し描写される。

演劇で食べていくために友人と上京し、劇団
を旗揚げした山﨑。その劇団も行き詰まりを
迎えていた時、松岡と出会う。彼女の独特の
感情表現に興味を惹かれ、アテ書きで芝居を
書き、その芝居だけが小さく成功するが、そ
れ以降は劇団内の不和が顕在化。興行として
も不振が続く…。
まともに山﨑賢人の芝居を見たのは『キング
ダム』と本作ぐらいだが、こちらの方がわり
といい芝居を引き出されいてる感じがした。
松岡茉優は『万引き家族』も『勝手にふるえ
てろ』も良かったけど、それらと張るぐらい
の素晴らしい芝居だった。
売れないクリエイターを経験したひとには
「刺さる」場面が満載らしい。ただ同時にこ
れは地方から上京して東京と対峙し、踏みと
どまった者と敗れ去った者の物語でもある。
行き詰まって、どうにもならない所まで行き
詰まり「尽くした」果ての、ラストシーンの
松岡茉優がなんだか幻のようで切なかった。

                         7.21(火) ユーロスペース



2020年8月1日土曜日

おとぎ話みたい


☆☆☆★★   山戸結希   2014年

田舎の高校に通いながら、東京に出て身体
表現としてのダンスで勝負したいという野
心を燃やす女の子(趣里)。高校には、東
京から田舎に戻って教師をしている知識人
風の男がいて、ピナ・バウシュをめぐる対
話がきっかけで女の子は教師に恋心を抱く
ようになる。趣里の狂気の手前といった感
じの直情的な演技がけっこうな迫力である。

一方でこの映画は音楽をテーマにした映画
祭に出品されたもので、「先輩のバンド」
という設定で"おとぎ話"のライブ風景が挟
みこまれる。どことなくイカ天ブームの頃
のバンドを思わせる、ユーモアをたたえた
温かい曲調がなかなか良い。
山戸結希の演出はキレキレで、ほとばしる
恋心を温かい曲調のライブ映像がなだめて
いるような気がしてくる。

                     7.15(木) サンクス・シアター

ちなみに「サンクス・シアター」は、ミニ
シアター・エイド基金に募金したひとが観
られる配信のサイト。発起人の深田晃司、
濱口竜介をはじめ、趣旨に賛同した映画監
督たちが自作を提供しており、いろいろと
興味深い作品が並んでいる。これが目的で
募金したわけではないのだが、まあせっか
くなので…。