2022年2月27日日曜日

麻希のいる世界

 
☆☆☆★★   塩田明彦  2022年

予告篇を見ても正直言ってなにも惹かれる
ところは無かったが、監督を信用している
ので観に行く。

新谷ゆづみと日髙麻鈴という前作『さよな
らくちびる』で塩田が見出した二人のため
の映画であり、二人のみずみずしい演技を
堪能。不良の匂いのするオトナの同級生に
惹かれていく女の子、という話型はありき
たりではあるが、展開は飽きさせない。こ
れは拾い物といったら監督に失礼かもしれ
ないが、けっこうおもしろかった。「良い
映画を観た」という後味があった。

劇中、日髙麻鈴の歌う「排水管」という曲
は向井秀徳が作っている。

                        2.10(木) ユーロスペース




2022年2月25日金曜日

ふきげんな過去

 
☆☆☆   前田司郎   2016年

二階堂ふみ主演。共演に小泉今日子、高良
健吾、板尾創路。

果子(二階堂ふみ)が暮らすのは地域共同
体的な結びつきの強い地域で、そのしがら
みをうっとうしく思っているフシがある。
そこへ死んだはずの叔母・未来子(小泉今
日子)が突然帰って来たことで、家族は混
乱しながらも平静を装うが、次第に押し隠
していた本音が露わになりはじめる…。

といっても全体のトーンはオフビートな感
じで、深刻さはあまり無い。子どもがさら
われる事件(=「吉展ちゃん事件」)、ワ
ニが現れる河、疑問文の多い会話、叔母が
作る爆弾など、バラバラに見える要素があ
ちこち散りばめられて、何か結びついてい
くのかと思うと、結局最後までバラバラな
ままという印象。悪くはないんだが、全体
的になんだか不発、という感じ。

                                         2.7(月) tvk




2022年2月23日水曜日

読書①

 
今年最初の読書の項目ということで、お恥ず
かしい限り。

『小説帝銀事件』
松本清張 著  角川文庫

昭和23年。豊島区椎名町の帝国銀行椎名町支
店に厚生省の技官を名乗る男が現れ、近所で
赤痢が発生したため、GHQの命令で予防薬を
飲むように言って、行員16人に青酸カリを飲
ませ、うち12人を殺害する事件が起こった。
本作は「小説」と冠してあるが、実質は松本
清張による注意深く、執念深いルポルタージュ
である。

犯人として逮捕されたのは平沢貞通という画
家で、人相と筆跡と状況証拠だけで厳しく尋
問され、自白した。しかし到底、一介の画家
にできる犯行ではなく、戦後初めての冤罪事
件と言われている。

松本は平沢の逮捕により警察の捜査が立ち消
えになった旧731部隊の残党による犯行を確
信しており、そこに、占領下の日本における
GHQの絶大な影響力を見ている。『東京ブラッ
クホール1964』でも慄然としたが、研究デー
タと引き換えに免罪された731部隊の残党は、
血液銀行を作って市民の売血を推奨したり、
薬害エイズを引き起こしたり、ほんとにロク
なものではない。













『女のいない男たち』
村上春樹 著    文藝春秋

「ドライブ・マイ・カー」を読み返そうと
思って手に取ったら、やはり「シェエラザ
ード」も読まないと、あれ、「独立器官」
ってどんな話だったっけ、とついつい他の
も読んでしまった。そして、短篇集として
の完成度が恐ろしく高いことにあらためて
驚かされた。

順番はバラバラに読んで、最後に「木野」
を読んだのだけれど、これも相当にわけの
分からない話ですよね。蛇の印象が強く刻
まれていたせいか、「猫がいなくなる」と
いう、村上作品ではおなじみの要素がここ
にもあったことに改めて気づいた。この怪
談っぽい感じは上田秋成の影響なのかもし
れないが、庭で蛇を見るという描写では
『斜陽』を思い出す。




2022年2月20日日曜日

パーマネント・バケーション

 
☆☆★★★  ジム・ジャームッシュ  1980年

ジャームッシュが大学在学中に作った長篇
デビュー作。こちらは初見である。

これといったストーリーはなく、鬱屈を持
て余した青年が街をうろうろしたり彼女と
ケンカしたり詩を読んだりする。尖ってい
るといえばそうも言えるが、意外と映画学
校の卒業制作にありそうな作品のようにも
思えた。私の目が節穴である可能性も高い
けど、のちのジャームッシュにつながるよ
うな才能の片鱗はさほど感じられなかった。
だって4年後にはもう『ストレンジャー・ザ
ン・パラダイス』や『ダウン・バイ・ロー』
とかを撮り始めるわけですからね。

どちらかというと本作がめあてだったのだ
が、『ストレンジャー・ザン・パラダイス』
のすばらしさを再発見した機会であった。

                                2.6(日) 早稲田松竹




2022年2月18日金曜日

ストレンジャー・ザン・パラダイス

 
☆☆☆★★ ジム・ジャームッシュ 1984年

早稲田松竹にて、ジャームッシュの初期作2本
立て。

ギャンブルとイカサマポーカーであぶく銭を
稼いでは遊んでいる主人公ウィリーと友人の
エディ。そこへウィリーの従妹のエヴァがハ
ンガリーからクリーヴランドの叔母の家に移
り住むので、途中ニューヨークのウィリーの
部屋に1泊する…だけのはずが、叔母の入院
により10日間も滞在することになる。退屈な
10日間を過ごすエヴァ。映画の中で「暇を持
て余す」描写はいくらも観てきたが、おもし
ろく撮るのはけっこう難しい。その極北が
『ソナチネ』であると確信している。

映画は全篇モノクロで、ワンシーンは必ずワ
ンカット。カットの間は黒味でつなぐだけの
愛想のないつくりで、音楽もSEも最小限。
おまけに何か劇的なことが起こるわけでもな
い。なのにこのおもしろさ。
映像制作を志す者なら誰でも一度はこういう
映画を作りたいと思うのではないだろうか。

この映画は、本腰入れて映画を観始めた大学
2年の頃に一度観たのは確かなのだが、例に
よってほとんどすべて忘れていた。見覚えが
あったのは3人で海辺を歩くカットと、従妹
が出てきて、愛想ないけど可愛かったことぐ
らい。昔観た映画を見返すたびに思うが、そ
して必ず同じことをここに書いている気もす
るのだが、こんなに忘れていって果たして観
る意味があるのだろうかと思わなくもない。

                                  2.6(日) 早稲田松竹




2022年2月15日火曜日

天井桟敷の人々

 
☆☆☆    マルセル・カルネ   1945年

映画史上の傑作ということでよく名前を聞く。
このたび4K修復版をBSで放送してくれたので、
3時間10分という長尺に幾分おののきながら観
てみる。

フランス文学の古典を読むと、「うーん、やっ
ぱり苦手」と思って読み終えることが多いのだ
が、今回もその感じを思い出した。現代と当時
の価値観の相違なのか、日本人とフランス人の
恋愛観の違いなのか…。主人公が恋愛とか名誉
とかについて煩悶すればするほど、読者(私)
の気持ちは離れていく…。たいてい人妻に恋し
て、思い悩んだり発狂しそうになったりして、
誰かに侮辱されたと感じたらすぐ決闘を申し込
んで…。読んでもおもしろいと思えない。イギ
リスの小説だとなぜかそういうことは少ないの
だが。ジェーン・オースティンの小説なんて、
「どうでもいいこと」の極致みたいな内容だと
思うけど、つい夢中で読んでしまう。

話が逸れてしまったが、本作をどうにか観終わっ
た後、フローベールの『感情教育』の読後感と
似たものを感じたのであった。話の内容もどこ
となく似ているような気がする。
まあ一度観ればいいか、という感じですかね。

                                 2.5(土) BSプレミアム




2022年2月12日土曜日

フレンチ・ディスパッチ

 ザ・リバティ、カンザス・イヴニング・サン別冊


 ☆☆☆★★★ ウェス・アンダーソン 2022年

確固たる美意識に貫かれた1枚の絵としてのショ
ット。そして詰め込み過ぎて一度観ただけでは
とても把握しきれない情報量。映画館のスクリ
ーンから溢れんばかりの情報を、こちらから能
動的に摂取しにいかなければウェス・アンダー
ソンの映画は楽しむことができない。そういう
意味では正直言って途中で「集中疲れ」してし
まうのだが、『ムーンライズ・キングダム』ま
ではここまでではなかったような。

とても短く言うと、架空の雑誌社の名物記者た
ちによる3つの記事を映像化した、という体裁
の映画。なのでおおむね3つのパートから成る。
ベニチオ・デル・トロとレア・セドゥの囚人画
家と刑務官の話がおもしろい。『21グラム』の
頃は若干のブラッド・ピット感すらあったベニ
チオ・デル・トロはもう怪人のような風貌が似
合う俳優となり、『ミッドナイト・イン・パリ』
で名前を覚えたレア・セドゥは無表情だが情熱
的な看守という難役を演じてまったく違和感な
し。

                     2.2(火) ホワイト・シネクイント




2022年2月9日水曜日

トゥルーマン・ショー

 
☆☆☆★  ピーター・ウィアー  1998年

人生そのものがテレビ・ショーである男。
本人には知らされていないが、生まれたとき
から学校も、友人も、職場も、妻も、街その
ものさえもテレビ局の用意したものであり、
生活のあらゆる場面が隠しカメラによって全
世界で放映され続けているという、なかなか
空恐ろしいブラック・コメディである。

トゥルーマンが予想外の動きをするとカメラ
が追従できなくて変なワークになるとか、わ
りと芸が細かい部分もあるが、大枠としては
雑駁というか、「いくらなんでも途中で気付
くだろう」と思ってしまうのを止められない。
だって忠告してくれる人もいたわけだし。

ラストの着地のさせ方は良いと思った。
それにしてもBSを編成するひとは、どうして
この映画を元旦に放送しようと思ったのだろ
うか。「目を覚ませ!」ということなのか…。

                            1.30(日) BSプレミアム




2022年2月6日日曜日

クライ・マッチョ

 
☆☆☆★★  クリント・イーストウッド 2022年

劇中、メキシコ警察にドラッグの密輸を疑わ
れたイーストウッドが「俺は運び屋じゃねえ」
と言うシーンには笑ったが、いくらなんでも
主演は『運び屋』が最後だろうという予想を
裏切り、今作で見事に監督・主演を務めてお
られたイーストウッド翁。車を運転し、美女
には誘惑され(結果的には脅迫だったが)、
警察に悪態をつき、のみならず馬にも乗るに
至ってはさすがに「おじいちゃん大丈夫?」
と心配になったものの、やはりそんじょそこ
らの90歳ではないというか、世界最強の90
歳なのである。しかしすごい。

序盤は凡作『パーフェクト・ワールド』をさ
らにスローにしたようなモタついた展開に、
「なんか全然ノレないかも…」と不安に襲わ
れたが、だんだんそのテンポに慣れてくると、
むしろこの映画にはこの緩さが必要だと思え
てくる。

追手が迫るなかでの、期限つきの疑似的な父
子関係。そして小さな村での親子との交流。
別れの場面は切ないものがあった。

                          1.24(月) 新宿ピカデリー




2022年2月3日木曜日

憂鬱な楽園

 
☆☆☆★     候孝賢   1996年

汽車の中から始まる物語は、その後も自動車、
バイクなどの移動手段を使いながら台湾を移
動する。湿気の多い、活気と倦怠が同居した
ような台湾の風景は魅力的で、主役の3人が
ひたすら台南へバイクを走らせるシーンの幸
福感は得がたいものがある。
長回しを多用して、説明も少ないので、スト
ーリーは正直言ってよく分からない部分も多
い。とにかく閉塞感を打ち破るべく行動を起
こすが、逆に打ち負かされ、また別の閉塞感
に囚われる、ということらしい。
しかし『非情城市』をすでに撮った監督であ
ることを忘れるくらい、粗削りなロードムー
ビーである。「円熟」から逃れようとするか
のように。

                                 1.16(日) 早稲田松竹