2022年11月28日月曜日

ベイビー・ブローカー

 
☆☆☆★★   是枝裕和   2022年

土砂降りの住宅街で、赤ちゃんを抱いた(とい
うのはもう少しあとで分かるのだが)母親が階
段をのぼっていく後ろ姿をとらえたファースト・
シーンは、なんだか『パラサイト』でまったく
同じようなカットを観た気がしたが、まあ同じ
撮影監督だし、ソン・ガンホとペ・ドゥナを使
わせてもらってるのでちょっとポン・ジュノに
目配せということか。

フランスでカトリーヌ・ドヌーヴと映画を撮っ
た次の作品で、韓国の制作陣と俳優とともに韓
国で映画を撮影する是枝さんは、作品の出来を
脇に置いたとしても、その姿勢がすでにエライ
と思う。あんたはエライ。そして今作は『真実』
よりも良い出来なのである。

ついつい頭でっかちというか、説教くさくなっ
てしまうのが是枝さんの悪癖で、それが薄けれ
ば薄いほど良い作品になる、というのが私の認
識である。この映画は赤ちゃんポストや人身売
買が題材になっており、ただでさえ説教が始ま
りそうな雰囲気があり、「生まれてきてくれて
ありがとう」なんていう歯の浮くような、まと
もにセリフとして発せられれば怖気をふるうよ
うなセリフまであるのにも関わらず、私は良い
作品だと思った。このセリフにたどり着くため
の140分と考えてもよかろうが、この場面はと
てもうまくいっている。全体的に子役が良い味
出している。ソン・ガンホはいつも通りすばら
しい。
「私たちの方がブローカーみたい」という若手
の警官のセリフは要らなかった気がするが…。

                           11.13(日) ギンレイホール




2022年11月24日木曜日

読書⑰

 
『脂肪の塊/ロンドリ姉妹 モーパッサン傑作選
モーパッサン 著  太田浩一 訳
光文社古典新訳文庫

モーパッサンといえば出世作である「脂肪の
塊」。読んだことがなくても、このタイトル
だけは知っている。一読、なるほど人間とい
うものの卑しさ、浅ましさを冷笑的に書いた
鋭利な切れ味のナイフのような短編である。
舞台はプロイセンの侵攻を受けているフラン
ス。"Boule de suif"とは直訳すれば「脂肪の
ボール」ということらしいが、これは太った
娼婦のあだ名である。「偶然同じ馬車に乗り
合わせた客たち」というのは運命共同体であ
る。それが危険な逃避行であればなおさら。
身分の貴賤に関わらず、助け合った方が生き
延びる確率は上がる「はず」なのに、登場人
物たちはさまざまな欺瞞を並べ立てながら自
己保身に汲々とする。しかし、自分が同じ状
況に陥ったときに、同じことをしないと言い
切れるひとはいるだろうか。

『ジョン・フォード論』を読んでいて蓮實氏
が「脂肪の塊」に言及するのはなぜなのか分
からなかったのだが、なるほどフォードの
『駅馬車』と「脂肪の塊」は状況としては同
じなわけである。

他にも多くの短篇と、中篇の「ロンドリ姉妹」
を収める。こちらもなかなかおもしろい。















『謎ときサリンジャー 「自殺」したのは誰なのか
竹内康浩 朴舜起 著  新潮選書

先日、飲んでいるときに友人から「今日読み
終わったから」と貸されたのだが、冒頭の50
ページにまず度肝を抜かれる。幼いシーモア
の予言から「バナナフィッシュ」の最後の場
面の男の「自死」の"奇妙さ"を指摘し、返す
刀ですぐにそれを半分解き明かしてみせる手
ぎわの鮮やかさには、思わず興奮を覚えた。
私もバナナフィッシュのラストはシーモアの
精神不安定による拳銃自殺だと思って何も疑
わなかった読者のひとりである。そもそもシ
ーモアの予言が書かれた『ハプワース』を読
んでいないので、サリンジャーが短篇「バナ
ナフィッシュにうってつけの日」に仕掛けた
謎を私が素通りしたのは、当然といえば当然
なのだが。

中盤以降、やや興奮は薄まったが、俳句や弓
道といった意外な要素を援用しながらサリン
ジャー文学の核心に迫っていく。題名に偽り
なし、ということは言えると思う。





2022年11月20日日曜日

【LIVE!】 山下達郎

 
  PERFORMANCE 2022

 1. SPARKLE
 2. あまく危険な香り
 3. RECIPE
 4. 人力飛行機
 5. MUSIC BOOK
 6. 僕らの夏の夢
 7. 君は天然色(大瀧詠一)
 8. Paper Doll
 9. シャンプー
10. おやすみ、ロージー -Angel Babyへのオマージュ-
11. I ONLY HAVE EYES FOR YOU
12. クリスマス・イブ
13. 蒼氓
14. さよなら夏の日
15. BOMBER
16. SILENT SCREAMER
17. LET'S DANCE BABY
18. ハイティーン・ブギ
19. アトムの子

<Encore>
 1. パレード
 2. Ride On Time
 3. いつか (SOMEDAY)
 4. YOUR EYES

                         10.26(水) NHKホール

"SPARKLE" ~ "あまく危険な香り"という
「いつも通り」の出だしながら、3年ぶりの
ツアーはとても「待望」の雰囲気に満ちて
いた。達郎のよく言う「3階席のいちばん後
ろのあなた! あなたまでちゃんと届くよう
に歌いますからね」というのがなんか良いん
だよね。あれで会場の一体感がぐんと上がる。

もともと、毎年やっていた全国ツアーを2020
年は休むと宣言していたので、事務所的には
コロナのダメージは無いに等しく、達郎はみ
んなから「予言者」「救世主」と崇められて
いると笑っていた。

達郎はドラムにいちばん厳しく注文を付ける
らしいが、前任の青山純の何がよかったかっ
て、バスドラが「重い」ことだとラジオで断
言していたのが印象に残っていて、ライブで
はいつもバスドラを注意して聴いてしまうの
だが、小笠原拓海のバスドラも3年前より着
実に重くなっているような気がした。

ベストアクトは「人力飛行機」にしよう。
演奏の程よい抜け感がカッコいい。

2022年11月16日水曜日

スパルタカス

 
☆☆☆★  スタンリー・キューブリック 1960年

だいたい完璧主義者と言われる監督が歴史
超大作を撮ると、完成しないか、そうでな
くてもひどい出来になるような気がするが、
キューブリックでいちばんの長尺である本
作は、気合は感じるものの、なんだかあま
り腹にたまらないというか、もうちょっと
クセが強くてもよかったかなと。それは美
術なのか撮影なのか、そもそも脚本なのか、
原因ははっきりとは言い難いが、少なくと
も戦闘後の戦場が死体で足の踏み場もない
ほど埋め尽くされている、ああいう異様さ
が他にもあってよさそうに思った。

キューブリックでいえば『バリー・リンド
ン』も長尺だし歴史ものだし、もっとスト
ーリーは退屈だけれど、思わずスクリーン
に釘付けにさせられるような、特殊な力が
あったように思う。

                        10.17(月) BSプレミアム




2022年11月12日土曜日

読書⑯

 
『ベイルート961時間(とそれにまつわる321皿の料理)
関口涼子 著   講談社

料理に関するエッセイを書いて出版すると
いう契約で、1か月半(=961時間)ベイル
ートに滞在する機会を得た、フランス在住
の著者。自炊はしないことに決め、滞在中
に321皿の料理を食べ、321章から成るこ
の本を書き上げた。この本の特徴はなんと
いっても短い章で区切られていることで、
一つの章は長くても2ページ、短いと本文
は無くて章のタイトルが一文になっていた
りする。料理とは国民性を映すものでもあ
り、どこまでいっても個人的なものでもあ
る。
しかし書き上げた後でレバノンでは革命が
起こり、そしてベイルート港での凄惨な爆
発事故があった。本書には著者の前著にも
絡めて「カタストロフ前夜」という言葉が
何度も出てきて、それはカタストロフが起
こるまでは、人々は自分たちがカタストロ
フ前夜を生きていることを知らないという
意味で、こう書くと当たり前のことでもあ
るのだが、実際に都市の三分の一を吹き飛
ばしてしまったという爆発事故によって、
永久に失われてしまったものを思うと重み
のある言葉である。














「グレイスレス」
鈴木涼美 著   文學界2022年11月号

小説第2作は、AV女優専門の化粧師の目か
らアダルトビデオの世界を職業人の醒めた
目で描写しつつ、鎌倉とおぼしき土地で大
量の本に囲まれて祖母と暮らす主人公の生
活が、今回もわりと淡々とした文章で描か
れる。AVの撮影現場のディテイルにはもち
ろん、著者の実体験が活きているのだろう。



2022年11月6日日曜日

【LIVE!】 スガシカオ

 
スガシカオ25周年ツアー 大感謝祭2022

  1. 午後のパレード
  2. コノユビトマレ
  3. イジメテミタイ
  4. アシンメトリー
  5. 斜陽
  6. アストライド
  7. 10月のバースデー
  8. コーヒー
  9. ココニイルコト
 10. アオゾラペダル
 11. 夜空ノムコウ
 12. Real Face
 13. 前人未到のハイジャンプ
 14. ぬれた靴
 15. 春夏秋冬
 16. バニラ(新曲)
 17. さよならサンセット(新曲)
 18. 国道4号線(新曲)
 19. アイタイ
 20. サナギ
 21. 19才
 22. ドキドキしちゃう
 23. Thank you

<Encore>
  1. 真夏の夜のユメ
  2. 真夜中の虹
  3. Progress

              10.14(金) 東京国際フォーラム ホールA


シカオちゃん確実に10年前より歌うまく
なったよなー。声が太いし、ピッチの安定
感が増した。

25周年の大感謝祭と銘打たれたライブでは
あるが、ベスト盤選曲で埋め尽くすのでは
なく、わりとマイナーな曲もやってくれて
満足。
「前人未到のハイジャンプ」~「ぬれた靴」
なんてまったく予想もしていなかった曲で、
しかもすごく好きな曲なので喜ぶ。

ベストアクトは本編最後の「Thank you」。
ファンクでありながら、かつ絶妙にポップ
でもあるこのグルーヴを、シカオちゃん以
外に出せる者はまずいまい。イントロに乗
せて「25周年の感謝を込めて!」と言って
から歌が始まったが、出だしの歌詞が感謝
とはおよそかけ離れた内容なので笑う。

   ねぇ 明日 しんでしまおうかしら…
   もどかしいこと全てのあてつけに
   君の心ゆれますか?
   ぼくのことで後悔してくれますか?



2022年11月2日水曜日

読書⑮

 
『勝者に報酬はない キリマンジャロの雪/ヘミングウェイ全短編2
ヘミングウェイ 著 高見浩 訳 新潮文庫

ハドリーとの離婚とポーリーンとの結婚、『日
はまた昇る』という、複数の知人をモデルにし
た小説を書いたことなどにより、拠点をパリか
らフロリダ半島の先端からさらに先の、キー・
ウエストに移したヘミングウェイ。この「全短
編2」には、その時代に書かれた充実した作品
群を収める。繊細な筆致ではあるものの、なん
だか自信が漲っているとともに、このあたりの
時期から、海にクルーズ船で繰り出していって
太い腕でカジキを釣り上げているような、私た
ちがふつうイメージする(といっていいのか分
からないが)「パパ・ヘミングウェイ」の像が
かたちづくられていくようだ。
とはいえそれはポーリーンの親族の財政的な援
助あってのものだったという、訳者による解説
は今回も興味深い。

短篇集『勝者に報酬はない』はあいかわらず読
みごたえは充分で、「最前線」のようなヒヤリ
とする狂気を湛えたものがあるかと思えば、
「死ぬかと思って」の熱を出した子どもの姿は
とてもかわいかったりする。
まあしかし出色はアフリカでのハンティングの
経験を元に生まれた「キリマンジャロの雪」と
「フランシス・マカンバーの短い幸福な生涯」
だろう。どちらも忘れがたいラストシーンが深
い余韻を残す。













『おいしいごはんが食べられますように』
高瀬隼子 著   講談社

可愛い装丁とゆるいテレビドラマのようなタ
イトルに油断すると、この不穏な小説の餌食
となるだろう。一読、「ありそうでなかった
小説」という感じがした。どこにでもある
「小さめの大企業」といったらいいのか、全
国に支社もあり、転勤もあるような会社の、
ある支社を舞台にした職場小説である。

押尾さんという人物も好感がもてて良いキャ
ラクターだが、やはり二谷という底が浅いん
だか深いんだか、そういう意味で「底が知れ
ない」人物の造形が非常にうまい。