2022年11月24日木曜日

読書⑰

 
『脂肪の塊/ロンドリ姉妹 モーパッサン傑作選
モーパッサン 著  太田浩一 訳
光文社古典新訳文庫

モーパッサンといえば出世作である「脂肪の
塊」。読んだことがなくても、このタイトル
だけは知っている。一読、なるほど人間とい
うものの卑しさ、浅ましさを冷笑的に書いた
鋭利な切れ味のナイフのような短編である。
舞台はプロイセンの侵攻を受けているフラン
ス。"Boule de suif"とは直訳すれば「脂肪の
ボール」ということらしいが、これは太った
娼婦のあだ名である。「偶然同じ馬車に乗り
合わせた客たち」というのは運命共同体であ
る。それが危険な逃避行であればなおさら。
身分の貴賤に関わらず、助け合った方が生き
延びる確率は上がる「はず」なのに、登場人
物たちはさまざまな欺瞞を並べ立てながら自
己保身に汲々とする。しかし、自分が同じ状
況に陥ったときに、同じことをしないと言い
切れるひとはいるだろうか。

『ジョン・フォード論』を読んでいて蓮實氏
が「脂肪の塊」に言及するのはなぜなのか分
からなかったのだが、なるほどフォードの
『駅馬車』と「脂肪の塊」は状況としては同
じなわけである。

他にも多くの短篇と、中篇の「ロンドリ姉妹」
を収める。こちらもなかなかおもしろい。















『謎ときサリンジャー 「自殺」したのは誰なのか
竹内康浩 朴舜起 著  新潮選書

先日、飲んでいるときに友人から「今日読み
終わったから」と貸されたのだが、冒頭の50
ページにまず度肝を抜かれる。幼いシーモア
の予言から「バナナフィッシュ」の最後の場
面の男の「自死」の"奇妙さ"を指摘し、返す
刀ですぐにそれを半分解き明かしてみせる手
ぎわの鮮やかさには、思わず興奮を覚えた。
私もバナナフィッシュのラストはシーモアの
精神不安定による拳銃自殺だと思って何も疑
わなかった読者のひとりである。そもそもシ
ーモアの予言が書かれた『ハプワース』を読
んでいないので、サリンジャーが短篇「バナ
ナフィッシュにうってつけの日」に仕掛けた
謎を私が素通りしたのは、当然といえば当然
なのだが。

中盤以降、やや興奮は薄まったが、俳句や弓
道といった意外な要素を援用しながらサリン
ジャー文学の核心に迫っていく。題名に偽り
なし、ということは言えると思う。





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