2016年12月30日金曜日

ミルピエ ~パリ・オペラ座に挑んだ男~


☆☆☆★ ティエリー・デメジエール/アルバン・トゥルレー 2016年

パリ・オペラ座の芸術監督に史上最年少で就任した振付師
ミルピエ氏の新作発表に密着したドキュメンタリー。ちなみに
『ブラック・スワン』の振付を担当した縁でナタリー・ポートマン
の夫となった人物でもある。

前半は正直、踊りらしい踊りも見えず周辺事項ばかりなので
退屈ぎみだったが、後半になるとがぜん面白くなった。
33分の新作を完成させるまでの40日間の記録だったが、ダン
サーたちとイメージを共有するため、言葉を尽くし、比喩表現
を駆使し、時には自分で踊ってみせ、ほんとうに少しづつ完
成に近づけていく。公演とはもちろん振付だけすればいいの
ではない。オーケストラ、衣装、舞台装置、小道具、照明、宣
伝……。33分とはいえほんとうに手間がかかる。

同じ"踊り"という身体表現ながら、「コンテンポラリー」と「クラ
シック」を完全に対比して捉えていることが興味深かった。
まあ字義通りではあるのだが。

英語タイトルは"RESET"とのこと。意味深だ。
劇中で1度この言葉が使われたような気がするが、詳しくは
覚えていない。


これで100本! なんとか達成。

                                           12.30(金) Bunkamuraル・シネマ


ビリギャル


☆☆☆     土井裕泰    2015年

おおむね退屈だったが、おもしろいところもあった。
よく「努力できるのも才能のうち」などというが、この
コは努力する才能があったのだろう。塾と家で勉強
して学校で寝るというのは私には理解できないが。
あまり寝心地がいいとも思えない。
しかし受験勉強の最中はヘンな思考方法になって
いたとは振り返っていま思うことである。

有村架純は下手ではない。巧い、とは言い切れな
いが。しかし可愛いなぁ。それはたしかである。

演出は意外とあっさりで手堅い。ベタベタしてない
のは好感がもてる。しかし引っ掛かるものもあまりな
い。
監督は『涙そうそう』のひとらしいが、TBSのドラマ
がメインの仕事のようで、経歴には話題になった
ドラマのタイトルがずらりと並ぶ。ヒットメーカーと
呼んでよさそうだ。

画像は熱のど鼻に、ルルが…ではなく、映画のワ
ンシーン。

                                                12.28(水) TBS


2016年12月29日木曜日

【LIVE!】 THE BACK HORN


マニアックヘブン vol.10

01. マテリア
02. ラフレシア
03. 赤い靴

04. ミスターワールド
05. アポトーシス
06. 人間
07. ディナー
08. 白い日記帳
09. 怪しき雲ゆき
10. リムジンドライブ

11. 花びら
12. 新世界
13. 春よ、来い(Cover)
14. 浮世の波
15. ラピスラズリ
16. 蛍
17. 上海狂騒曲

(Encore)
01. 母さんの唄
02. 天気予報
03. さらば、あの日

                             12.25(日)東京キネマ倶楽部

会場がある鶯谷には初めて降りたが、いかがわしい
街ですね。東京キネマ倶楽部は、そのいかがわしさ
を存分に吸収しているホールである。実際にSMのイ
ベントなんかも行なわれるという。さもありなん。日本
で『アイズ・ワイド・シャット』を撮るなら、ここだね。

"マテリア"が1曲目ってヘンに思われるかもしれない
が、これがなかなかどうして、ハマっていてシビれる。
続く"ラフレシア"で爆発して、前半はいい具合に進む。

ところが10曲目のあとのMCで、山田の声が掠れすぎ
て聞き取れないほどになっていることが分かる。以降、
声は回復せず、山田も申し訳なさそうだったが、それ
でも掠れた声で懸命に歌い続ける。誠実ゆえである。
それにしても、ここ2年ぐらいで、山田の声が絶好調
だったことってあったかなー。少し心配だ。

ベストアクトは"上海狂騒曲"。港の倉庫で金属バット
がうなりをあげる歌なのに、ちょっと涙が出た。

2016年12月28日水曜日

風に濡れた女


☆☆☆★     塩田明彦    2016年

ロマンポルノ・リブートの塩田明彦作品。これまた
私の大好きな監督である。

自由にやってておもしろくはある。だけど、いまひ
とつ弾けきらなかった感もあるかなー。どこまで
行っても「知的遊戯」というか…。
タイトルもロマンポルノにしてはスノッブすぎやし
ないか。
あるいは、モテキの劇団員が「女断ち」のために
森の小屋で隠遁生活、という設定があまり気に
入らなかっただけかもしれない。

                                 12.20(火) 新宿武蔵野館


2016年12月25日日曜日

ジムノペディに乱れる


☆☆☆★★    行定勲    2016年

おもしろかった! 
日活ロマンポルノ、復活の5作のうちの最初の1本。
"ロマンポルノ・リブート・プロジェクト"と銘打たれた
企画で、5人の「気鋭の」監督がロマンポルノを競作
する。今後もわたくしのとても好きな監督が続々登
場するのである。

行定さんがほんとうに自由に撮ってるなぁ、というの
が、観ているほうの幸福感につながっているように
思う。行定さんが撮ると、ポルノもなぜか格調高い。
繰り返されるサティの調べのせいなのか。ピアノを
使った演出にはハッとさせられた。

行定勲は岩井俊二のもとで助監督をやって薫陶を
受けた。その行定勲がこれだけ自由におもしろいロ
マンポルノを撮った。そうすると、ぜひ岩井俊二にも
撮って欲しくなるのが人情というもの。絶対に依頼
は行ってるだろう。ものすごく観たい。

97本。あと3本!

                                     12.16(金) 新宿武蔵野館


2016年12月21日水曜日

【LIVE!】 THE BACK HORN


KYO-MEIホールツアー ~月影のシンフォニー~

01. トロイメライ
02. サニー
03. 声

04. 閉ざされた世界
05. ジョーカー
06. 雨
07. カラス
08. 悪人

09. パッパラ
10. 白夜
11. 美しい名前
12. コオロギのバイオリン

13. シンメトリー
14. 戦う君よ
15. ブラックホールバースデイ
16. シンフォニア
17. With You

<Encore>
01. 言葉にできなくて
02. コバルトブルー
03. 刃

                                12.8(木) 中野サンプラザ

いつものバンドにシンセサイザーとストリングスを加えた
編成でのライブ。去年4月の渋谷公会堂と同じである。
手ごたえがあったのか、今回は全国5か所でのツアー。
その最終日であった。

ホールの環境のせいか、近年のバックホーンのライブで
いちばん音が良かったように思う。格別、分離がいいとい
うわけではなく、若干リバーブ感は多めなのだが、とても
気持ちいいバランスだった。山下達郎が、サンプラザか
NHKホールでしかやらないのはこういうわけか。

ロックバンドがストリングスなんか入れ始めるのは、一般
的には「悪い兆候」とされるが、バックホーンはこういう時
でも、「俺たちも、やりたいことあるんで」みたいな不遜な
態度でやることはない。きちんとストリングスが合う曲を
選んで、丁寧なアレンジを施したうえで、聴き手の気持ち
を考えたセットリストを組み、一生懸命やる。彼らが誠実
なバンドと言われる(私と友人のふたりから)所以である。

ジョーカー ~ 雨→アウトロでストリングス合流 ~ カラス
の流れはいったい誰が考えた! 最高すぎた。

2016年12月19日月曜日

アズミ・ハルコは行方不明


☆☆☆★★    松井大悟    2016年

「その日」は思いがけずやって来た。
ついに…、ついに私にも"同い年の監督"の映画を観
て、しかも「感心する」日がきたのである。うわー。

おおげさな出だしですいません。
石井裕也がたったの4コ上だから、早晩そういう日が
来るとは思っていたが、けっこう早かった。

なかなかよく出来た映画だ。原作はあるにしても。
蒼井優のスプレー画が非常に役割としても重要だが、
グラフィティ・アートとしてなかなかカッコいいので映画
に説得力を加えている。
手持ちカメラが多用されているが、嫌じゃなかった。む
しろ使いどころを心得て、効果的だったと思う。
時系列がバラバラになっていて、どういう話か筋道たて
て説明しろと言われると実はよく分からなかったので困
るのだが、私の苦手なフードプロセッサー映画(『渇き。』
『ナチュラル・ボーン・キラーズ』など)みたいな感じでは
なかったので安心。要はルサンチマン渦巻く地方都市
におけるたくましい女子たちの話である。

蒼井優はあいかわらず巧いけど、今回は高畑充希に
持って行かれたか。絶妙の演技だった。映画を観てい
て純粋に「うわ、うぜー」と思ったのは、『悪人』の満島
ひかり以来である。
加瀬亮はムダづかいではないか。あんなチョイ役で。
石崎ひゅーいは拾いものというか、鬱屈ぶりがなかな
か良かった。

                                              12.8(木) 新宿武蔵野館


2016年12月17日土曜日

ラルジャン


☆☆☆    ロベール・ブレッソン    1983年

一枚の贋札が引き起こす事件が、じわりじわりとその周りの
人間たちの平穏な日常を狂わせていく。偽証を強い、盗み
を働き、妻子は去る。
サスペンスフルに描こうと思えば、いくらでもサスペンスフル
になる話なのだが、映画はおそろしくシンプルに、淡々と進
んでいく。目の前で起こっていることが深刻なことだと思えな
くなってくる。しかし、確実に登場人物の人生は破滅の一途
をたどっているのである。ブレッソンの遺作。

これで95本。あと5本!

                                                    12.4(日) BSプレミアム


2016年12月14日水曜日

俺たち文化系プロレスDDT


☆☆☆★   松江哲明     2016年

上映前、スーパー・ササダンゴ・マシンによる解説つき
だった。
映画ではプロレス団体どうしの抗争が描かれるのだが、
正直プロレスにいささかも興味の無い者にとっては、こ
の上映前解説が無ければまったくなんのことやら分か
らなかったと思う。それってどうなんだろう。
音楽はジム・オルーク。










DDTの大家健ってひとは良い顔してるね。
キャラも暑苦しいのがいいし、部屋がめちゃくちゃ汚い
のもチャーミングに映る。

                                                  12.3(土) 新宿バルト9


2016年12月12日月曜日

【LIVE!】 相対性理論/Omar Souleyman


相対性理論 presents 『証明Ⅰ』

【Omar Souleyman】

セトリ不明。
打ち込みリズムトラックに、ぴーひゃらとアラビアンな
シンセがのり、そこにアラビアンなターバンを巻いた
おっさんのまくしたてるラップが重なる。
盛り上げる気があるのか無いのか、時おり手拍子を
するのと、マイクを脇にはさんで手を持ち上げるよう
な、いわゆる「騒いで」なジェスチャーをする他は、表
情にも音楽にもまったく変化がない。こちとら歌詞が
とんと分からないので、歌の内容は分からず、ずっと
空耳アワーを探しているような状況だった。曲名も分
からないので、たとえ空耳を発見したところで投稿す
ることもできない。


【相対性理論】

01. たまたまニュータウン
02. とあるAround
03. ウルトラソーダ

04. 人工衛星
05. ふしぎデカルト
06. Q/P

07. ケルベロス
08. わたしがわたし
09. キッズ・ノーリターン
10. 弁天様はスピリチュア
11. わたしは人類
12. 13番目の彼女
13. FLASHBACK

<Encore>
01. 天地創造SOS

                                11.29(火) 新木場Studio Coast

ツインドラム編成だった。片方がイトケン? もう、誰が
正規メンバーかもよく分かっていないのだが、演奏力の
向上はたしかである。ギターなんか初めの頃は自分が
作ったフレーズが難しくて、それを弾きこなすので手いっ
ぱいといった風情だったが、いまや涼やかに余裕である。
ライブのスタイルはいつも通り。3曲ぐらいやって、やくし
まるがペットボトルの水をゆっくりと飲み、ひとことシャレ
を言って、また曲に入る。その繰り返し。その間、客席は
水を打ったように静まり返っている。
ベストアクトは「FLASHBACK」。CDではリズムが控えめ
なのだが、ズンズンくるバスドラが心地よかった。


2016年12月10日土曜日

この世界の片隅に


☆☆☆★★    片渕須直     2016年

予告篇の能年ちゃんの声を聴いて観に行くことを決めた。
それだけですでに泣きそうだったので、本篇は独りで観
に行ったのだが、まったく泣くような場面はなく。無事切り
抜けた。しかし「ありゃ」とか「わぁ」とかの能年ちゃんの声
がかわいい。広島弁もかわいい。

日本が戦争へと突き進むなか、広島の呉に生きた市井
の人々を暮らしを、落ち着いたトーンで描いている。その
何気なさがかえって涙を誘うそうだが。まあ分からんでも
ない。

平日の昼間だというのに映画館は満員。
つくづく今年は、邦画のヒットに恵まれた年だった。

                                              11.29(火) テアトル新宿


2016年12月9日金曜日

kapiwとapappo ~アイヌの姉妹の物語~


☆☆☆     佐藤隆之     2016年

アイヌの歌と、それを受け継ぎ、歌う姉妹のドキュメンタ
リー。阿寒や釧路の懐かしい風景は嬉しいが、いまどき
そのへんの大学生だってもうちょっとうまく撮るのではな
いかと思える撮影のまずさ。音も、これってポスプロあっ
たんだろうか、と思えるほどである。

きっと芸大生に毛の生えたような若いディレクターが、身
ひとつで未知の世界に飛び込んで、拙いながらも懸命
に撮ってきたんだろうと勝手に解釈し、なるべくあたたか
い気持ちで観ていた。ところが、聞けば廣木隆一や堤幸
彦なんかの下でもう何作も助監督をやってきたひとだそ
うじゃないですか。つまり映画のイロハを分かってるひと
である。イロハどころかXYZまで分かっているはずだ。そ
ういうひとが、インタビューであんなに雑にカメラをぶん
回したり、マイクが吹かれて何も聞こえないような場所で
大事なことを訊いたりするもんだろうか。よくわからない。
ただ、あんなにぶん回されても不思議と酔わなかった。

                                          11.24(木) ユーロスペース


2016年12月6日火曜日

<ツイート> 漱石のこと


75分観るのが毎回大変だったけどおもしろかった
『夏目漱石の妻』もまだ記憶に新しいけふこのごろ
ですが、今月は漱石の番組が再放送もふくめ多い
こと多いこと。「漱石」と名のつく番組をすべて予約
してたらとてもHDDがもたないが(予約するけど)、
その先陣を切った姜尚中のETV特集はなんといふ
か薄味すぎて無難すぎて、私にはちっともおもしろ
くなかった。
こないだの中上健次の番組はまだ刺激的だったが、
あれもナビゲーター(娘の中上紀)がもっと盛り上げ
てくれれば(知的に、ね)、といふ思ひをぬぐへず。
だいたいいつの間に姜尚中は漱石を語る知識人の
第一人者みたくなったのか。なんか新書は出したら
しいが、ほんとにそんなに好きなのか。研究してる
のか。声と顔が良いからテレビ向きではあるけど。

洪水のやうに押し寄せる番組、どれがおもしろいの
か、玉石混淆とは思ひますが、
「"虞美人草"殺人事件」の再放送もあります!
(12/7 BSプレミアム)
これは私が長嶋甲兵といふディレクターを知った最
初の番組でもあり、なかなか観ない類の番組です。
『虞美人草』を読んでゐなくてもおもしろい、といふ
のがミソです。

そしておそらく同じ制作陣による
「深読み読書会 『三四郎』」
(12/9 BSプレミアム)
も期待できます。期待してます。

どれを観ようか迷ったら、ぜひ。

2016年12月4日日曜日

天国の日々


☆☆☆★★★    テレンス・マリック   1978年

季節労働者、といえばいいのだろうか。
麦や綿花、果樹園など、収穫のある時期だけ各地からやって
来て日銭をもらいながら労働し、収穫が終われば、また各地
へ散ってゆく。
そんな決して豊かとはいえない暮らしをしていたビルとリンダ
の兄妹と、ビルの恋人のアビー。ビルはリチャード・ギア。
ある時、アビーが大農場の若き当主に見初められるが、ビル
は同時に彼の余命が長くないことを知る。ビルはひとまずア
ビーを結婚させ、農場主が死ぬのを待つ、という計画を思い
つく。

一度結婚した、つまり計画はスタートしたのだから、ビルとア
ビーは当然軽はずみな行動は厳に慎むべきである。しかし
そこは映画。いちゃいちゃしている所を見られ放題で、夜中
に湖で逢引きしたりなんかして、脇が甘すぎる二人なのであ
る。

とはいえこの映画の主役は、季節によってその表情を移ろわ
す農場の美しい風景である。同時に、それを絵画のように説
得力のあるカットとして切り取ったカメラである。農場がイナゴ
の大群に襲われるシーンもある。どうやって撮ったんだろう。
そうとう手間はかかってるだろうが、かけただけのことはある。
美しく壮絶なカットの連続には息をのむばかり。

音楽はエンニオ・モリコーネ。
だけどオープニングはサン=サーンス。「あれ、これって有名
だけどモリコーネだったっけ?」と思うこと必至である。

                                                        11.23(水) BSプレミアム


2016年11月30日水曜日

ブラッド・ワーク


☆☆☆★★   クリント・イーストウッド   2002年

"Blood Work"は「血液検査」の意。
血、血液型、臓器移植、連続殺人、血文字のメッセージ。
とにかく血のイメージで埋め尽くされたサスペンス。

今回のイーストウッド様は元FBIの心理捜査官。事件現場
の様子や遺留品からプロファイリングをする専門家である。
なぜか港に停泊中のクルーザーで生活している。

イーストウッドの"神がかり"が始まる前の作品だが、よく出
来ていて、一気に観させる。やはりタフガイを演じさせれば
右に出る者はいないね。ブルースハープが印象的に使わ
れる。イーストウッドは音響にもとても気を遣っているから
毎回感心させられる。

                                                  11.21(月) BSプレミアム







<ツイート>
来年2月に新潮社から新作長篇だそうで。
あれから、実に3年10ヶ月ぶりだそうで。
あれから、僕たちは、なにかを信じてこれたかな…ということで。
アンデルセン賞の講演では「また一人称に戻って、主人公に
名前は無い」と語ったそうで。
つまり、ひとことでいうと、月並みですが、まあその、虚飾を
とり払うと、や、率直に言って、畢竟、その実、というかまあ、
楽しみ、ですね。
僕は発売日、会社休みますね…。

2016年11月28日月曜日

ダゲレオタイプの女


☆☆☆★★    黒沢清    2016年

世界最古の写真技術のひとつ、ダゲレオタイプ。
長時間の露光が必要なため、被写体は40分とか
60分とか、そういう単位で「一切動かない」ことを求
められる。特殊な器具で身体を固定された状態で、
ひたすら耐えるのである。

ダゲレオタイプを得意とする写真家のステファン。
才能には恵まれており、注文は絶えない。彼は注文
仕事以外にも、妻を被写体に写真を撮っていた。
妻が死んだいまは、娘をモデルに写真を撮っている。
主人公の若い男は、アシスタントとして現場で働き始
めるが、やがてステファンの「妄執」ともいうべき写真
への異常な情念を垣間見るようになる。

フランスの俳優を使い、フランスのスタッフで撮っても、
どこをどう見たって黒沢清の映画である。というかむ
しろ、近年の日本で撮った作品よりも黒沢清の色が
偏執狂的に出ている。それは、俳優がフレームアウト
したあとに不気味な漸進を始めるカメラや、意味あり
げにフレームに映り込む鏡、幽霊の緩慢な動き、誰
もいなくなった部屋、勝手に開くドア、階段を上り、転
げ落ちてくる俳優をワンカットで撮ること、音響の不吉
さ、自然界ではあり得ない照明の使い方、生者と死者
との境界の曖昧さ(もしくは境界が存在しないこと)。
だれが言ったか「黒沢清の全部盛り」状態で、ファン
にはきっとご満足いただける内容である。私? もち
ろん大満足である。

                                             11.14(月) シネマカリテ


2016年11月25日金曜日

ミス・サイゴン


ミュージカルにはてんで疎いので、どう鑑賞していいか
もいまいち分からなくて、そわそわしていた。それでも
ただ茫然と舞台を見つめ、歌を聴いていると、いちいち
が新鮮である。帝国劇場に足を踏み入れるのからして
初めてなので。

ストーリーはシンプル。
ベトナム戦争のさなか、アメリカ兵とベトナム女性の恋、
それを無情に引き裂く戦火、時の流れ…。歌で説明で
きる範囲なので、必然的に分かり易くなるのだろうし、
そうでないと困る。そしてシンプルで分かり易い話型と
いうのは限られるから、話はどこか神話めいてくるよう
に思う。オペラがギリシャ悲劇や神話・民話の類と親和
性があるのと無関係ではあるまい。

それにしても数をこなしていないゆえに、自分がこのミュ
ージカルを語る言葉をほとんど持っていないことに気付
く。いかに普段、映画を語るときは、原作と比べてどうだ
とか、監督の他作品と比べてどうだとか、「関係」の中で
しか語っていないということだろう。

                                                   11.9(水) 帝国劇場


2016年11月23日水曜日

永い言い訳


☆☆☆★★★    西川美和    2016年

西川さんは、容赦がない。『ゆれる』でオダギリジョーが
さっさと部屋を去ったあとのトマトの輪切りのアップや、
『ディア・ドクター』でスイカを食べながら「自分は偽物だ」
と鶴瓶が告白するシーンを観て、「こんな映画を撮るひ
とは恐ろしいひとに違いない」と震えたものだ。

特に男女関係を描くとき、その刃は最も研ぎ澄まされる
感じがする。本作でもっくんは妻がバス事故で死んだそ
の時、愛人を家に入れて行為に耽っていた。西川さんが
もっくんに用意した罰には心底震えずにはいられない。

もう一人の主役は竹原ピストル。素晴らしい。
そして子どもたちが可愛い! 利発で健気な長男にも
涙腺を刺激されるが、やはりいま人類でいちばん可愛
いと思われる白鳥玉季ちゃんである。「とと姉ちゃん」で
星野の娘だったコです。はたして演技をしている自覚が
あるのか無いのか。ハラハラしてしまう。

脚本の言葉はよく練られている。こう言ってくるんじゃな
いか、という予想はことごとく裏切られ、重要なセリフが
来る、とこちらが身構えると、無音だったりする。竹原ピ
ストルに最初に電話したときの、セリフを排除したカット
には思わずシビれる。

                                       11.9(水) TOHOシネマズ渋谷


2016年11月20日日曜日

何者


☆☆☆★★      三浦大輔     2016年

就活がテーマというだけでゲンナリする。
企業説明会だエントリーシートだOB訪問だと、就活の世界を
巧く切り取ってみたところで、いまどきの若者たちの浅はかな
戦略とみみっちい争いしか映るまい。就活が彼らにとって切実
な問題であることは、かつて就活生のひとりとして胃の痛くな
るような日々を送った私にもじゅうぶん分かる。いわゆる「お祈
りメール」が積み重なることによる焦燥も、手に取るように分か
る。しかしもちろん、切実であることと、映画として観客を納得
させられるだけのものが描けるかは別問題である。
本作はある仕掛けを用意することで、就活という世界の「狭さ」
を脱しようと試みていて、その意気や良しだし、試みは成功し
ていると思う。ラスト30分まで退屈ぎみだったが、そこでギアが
入ってからはなかなか素晴らしい展開だった。

手持ちカメラを多用している。なぜこれ手持ち?と思うカットも
多かった。手持ちが好きじゃないもんで(酔うから)。多用する
と、やはり「ここぞ」というときの効果が薄れる。
有村架純がバックショットで訥々と岡田将生に反論するシーン
は良かった。しかしそれ以外はあまりに摑みどころのないキャ
ラクターだ。彼女こそ、いったい何者なのだろう。

画像は、ほろよいのCM。ではなくて、本編の1シーン。
学生のくせして良い部屋に住みすぎなんだよ!

                                                    11.5(土) 新宿ピカデリー


2016年11月8日火曜日

グッドフェローズ


☆☆☆★★   マーティン・スコセッシ   1990年

チンピラがマフィアの世界でのしあがっていく様を描いた
一代記。テンポよく、センスよく。きっと『日本で一番悪い
奴ら』にも影響を与えているだろうことは想像に難くない。
モデルの人物が堕ちるとこまで堕ちて、田舎で暮らすと
ころで終わるのも共通している。

ロバート・デ・ニーロも出ていることだし、当然ながら『ゴッ
ドファーザー』に似てくる運命にあるわけだが、それを回
避すべく(かどうかは知らないけれど)、ものすごい量の
オールディーズソングを投入している。さながらサンデー
ソングブックを流しながら映画を観ているのかと錯覚する
ほどの、60年代70年代のドゥワップ、ガールズポップ、果
てはハードロックから80年代のストーンズまで、実に多彩
で楽しい選曲である。好きなんだねー。

                                                   11.2(木) BSプレミアム


2016年11月3日木曜日

淵に立つ


☆☆☆★★         深田晃司       2016年

『ほとりの朔子』で感心してから、ずっと動向は気にしていた。
『さようなら』は結果的にはパスしてしまったが、また名画座で
観られるだろう。

ピアノを弾く少女のバックショットでの幕開けは、どうにも既視
感を誘う。『トウキョウソナタ』も『岸辺の旅』もそんな感じだった
ような…。ことほどさように、随所に"黒沢清感"がただよう。
浅野忠信が出ているからだけではない。カメラワークはそうで
もないが、ロケーションの選び方やキャラクターの造形なんか
に、それを感じる。ピアノの使い方にも。

刑務所帰りの、いつも真っ白なワイシャツを着て異様に姿勢
が良い浅野忠信が、文字通りの「異物」として家庭に入り込ん
でくる。紳士的だが不気味な男を、浅野が期待どおりの素晴
らしさで演じる。ほんと好きだわーこのひと。

ショッキングな内容でもあるので、安易におすすめはしない。
不穏、大好き!と叫んでいたきりちゃんは好きかもしれない。

                                                        10.24(月) シネパレス


2016年11月1日火曜日

【LIVE!】 THE BACK HORN / 片平里菜


ビクターロック祭り 番外編『IchigoIchie Join 5』

■片平里菜

1. この空を上手に飛ぶには
2. 夏の夜
3. 女の子は泣かない
4. 煙たい
5. ロックバンドがやってきた
6. BAD GIRL
7. Come Back Home
8. 始まりに


■THE BACK HORN

1. 世界を撃て
2. 戦う君よ
3. シンフォニア
4. セレナーデ
5. 風船
6. 悪人
7. その先へ
8. 刃
9. 魂のアリバイ
10. コバルトブルー

[ENCORE]
1. With You
2. 最高の仕打ち w/片平里菜
3. サニー w/片平里菜

                               10.18(火) リキッドルーム恵比寿


あきらかにファン層がカブらないジョイントライブだが、
どうせ片方は特に興味の無い音楽を聴くのだから、
音がデカいだけのロックバンドよりは見目麗しい女子
のほうがいいに決まっている。
片平里菜さんは伴都美子を思わせる美人であった。
声もよく出ている。最後の曲はマイクを使わずに歌っ
た。肝心の歌はもう忘れてしまったが。

そしてバックホーン。
1曲目からひさびさの「世界を撃て」をかましてくる。
山田はけっこう高音が苦しそう。あまり調子がよくな
かったようだ。歌詞が飛んだのか、「戦う君よ」で珍し
くワンフレーズ歌えなかった。
そして「悪人」ではPAのミスで一部Vocalが出なかった。
あそこでしか使わないReverbだと思うので、なんらか
の設定ミスか。明日は我が身なので、たるんでるとか
そういうことは言わない。

ベストアクトはこれまたひさびさに聴いた「セレナーデ」。
1stアルバムの2曲目を、いまやってまだまだカッコい
いって、なかなかないことだと思うよ。




2016年10月28日金曜日

ハドソン川の奇跡


☆☆☆★★   クリント・イーストウッド   2016年

原題は"Sully"とあって、いったい何のことかと思ったら、当の
機長の愛称だった。

イーストウッドの新作はまさに大人の作劇。全篇にわたって大
人の抑制が効いている。
派手なシーンといえるのは、墜落しそうになる緊迫の機内だけ
である。これを序盤に見せるのか、中盤はたまた終盤までとっ
ておくのか。序盤に見せてしまうと、あとは会話劇のみになり、
かったるいと言われそうである。かといって終盤まで見せない
と、引っぱりすぎの誹りを免れまい。これをイーストウッドはどう
解決したか。見事である。
"誇り"という言葉が胸に残る。小品ながら秀作。

                                         10.13(木) 109シネマズ二子玉川


2016年10月25日火曜日

奇跡


☆☆☆★★     是枝裕和     2011年

予習の意味もあって、子どもが主役の映画を観返した。
「なぜ新幹線がすれ違う場所が特定できるのか」という
致命傷はあるし、ちょっとタルい瞬間もあるが、やはり
全体的にはおもしろい。何回も笑ってしまった。まず兄
弟のキャラクターの違いが良い味だしているのである。

長澤まさみは図書室の先生で、色気は抑制ぎみだが、
どうしてもにじみ出るものが小学生をも感応させる。

「裸足だね…」「違うよ、"生足"っていうんだよ」

その後の保健室の先生も捨てがたい、みたいな会話に
も思わず吹き出す。

この映画、橋本環奈が出ていたことでも知られる。画像
を参照。

                                               10.5(水) BSプレミアム


2016年10月22日土曜日

いつ以来だろう読書


『漢字と日本語』
高島俊男 著     講談社現代新書

ご健在でいらして嬉しいかぎり。

実はずいぶん前に読了していたが、「もう1冊」をなかなか
読まなかったため、こんなに遅くなってしまった。おかげで
内容はほとんど忘れてしまった。えーと、なんだったっけ。

まあとにかく、私はこういうコラムをこそ、最上級のコラム
と考えるものである。私が好きなコラムの書き手は、
①高島俊男、②小林信彦、③川上未映子
そこに、みうらじゅんと鈴木涼美と糸井重里がからむ、と
いう構図である。









『夜を乗り越える』
又吉直樹 著  小学館よしもと新書

タイトルに惹きつけられて、読まされてしまった。
又吉の語る読書論で、「夜を乗り越える」。いったいどういう
ことなんだろう。あるいは「読書」そのもののことか。

又吉の本の読み方と、私の読み方とはずいぶん違うようだ。

 当時僕が本に求めていたのは、自身の葛藤や、内面のどう
 しようもない感情をどう消化していくかということでした。近代
 文学は、こんなことを思っているのは俺だけだという気持ち
 を次々と砕いていってくれました。その時、僕が抱えていた
 悩みや疑問に対して過去にも同じように誰かがぶつかって
 いて、その小説の中で誰かが回答を出していたり、答えに辿
 りつかなくとも、その悩みがどのように変化していくのかを小
 説の中で体験することができました。


私は自分をとりまく環境に疑問を抱いたり、内面と葛藤したり
ということがほとんど無い子どもだった。今でも無いのだが。
いくぶん「おめでたい」と言えなくもないと思う。「深みがない」
とも言える。だから上記の引用のような本の読み方をしたこと
は一度も無い。

結局私は「読んでいて気持ちのいい文章」や「心に引っ掛か
る文章」を追い求めて本を読んでいただけだったと思う。それ
は今でもあんまり変わっていない。
高校時代は村上春樹に宿命的に惹きつけられて、読み耽っ
ているうちに過ぎて行った。大学では芥川賞受賞作を全部読
んだり、漱石やドストエフスキーや大江健三郎を読んでいる
うちにこれまた過ぎて行った。

私も又吉と同じく太宰治は好きだが、どちらかというと、その
文章の"技巧"に心ひかれるものがある。もちろんそれだけ
じゃあないけどね。

しかし実に興味深い人物だ。又吉直樹。

2016年10月19日水曜日

【LIVE!】 山下達郎


新宿LOFT40周年記念
山下達郎 アコースティックライブ

達郎いわく「いつもの編成だとステージに乗らない」ため、
山下達郎、難波弘之、伊藤広規、3人のアコースティック
編成。


01. ターナーの汽罐車
02. PAPER DOLL
03. 夏への扉(提供曲)
04. 過ぎ去りし日々
05. 砂の女(鈴木茂Cover)
06. サンフランシスコ湾ブルース(高田渡Cover)
07. DRIP DROP
08. モーニング・シャイン

09. Cheer Up! The Summer(カラオケ)
10. 硝子の少年(カラオケ)
11. CHAPEL OF DREAMS
12. SO MUCH IN LOVE
13. WHAT’S GOIN’ ON(マーヴィン・ゲイCover)
14. 蒼氓
15. SINCE I FELL FOR YOU
16. さよなら夏の日
17. BOMBER
18. Ride On Time

<<ENCORE>>
01. Down Town
02. クリスマス・イブ
03. Love Space
04. Your eyes

                                            10.3(月) 新宿LOFT


(Cover)と書いた曲以外にももちろんカバーがある。
誰のカバーか私が知らないだけである。

あまりくじ運が良いほうではないが、なにせ数打ってるので
たまにはこういうこともある。2日間あわせて450人のキャパ
に、3万通の応募があったという。

「いつもみたいに長くはやりませんよ」と言っていたが、結果
的には休憩入れて3時間。立ちっぱなしはこないだまで二十
代だった私でもけっこうツラかったが、多くを占めた人生の
先輩方は大丈夫だっただろうか。

演奏はすばらしいのひとこと。夢のような時間だった。
そしてラジオ以上に軽妙で毒のあるMCもおもしろかった。

ベストアクトは"BOMBER"だろう。3人編成で、あの迫力の
ビート。シビれた。


2016年10月14日金曜日

ザ・ビートルズ~EIGHT DAYS A WEEK ‐ The Touring Years


☆☆☆      ロン・ハワード     2016年

演奏シーンはふんだんにあって楽しいが、それ以上のもの
ではない感じ。はたしてドキュメンタリーと呼んでいいレベル
なのか。
むしろレコーディングに凝り始めてからのビートルズを見た
くなった。

ビートルズがライブをやっていたのは、PAシステムの無い
時代なのだ。5万人が入るシェイ・スタジアムでやった時も、
ステージ上のアンプから出る音だけが基本。それでは足り
ないので、「ハウス・スピーカーを使った」という字幕が出た
ので何のことかと思ったが、要は「ファウルボールに、ご注
意ください」のあのスピーカーのことなのだ。あんなショボ
そうなスピーカーでいったいどれほどの音が出力できたの
だろう…。

                                        10.2(日) bunkamuraル・シネマ


2016年10月6日木曜日

怒り


☆☆☆★★★    李相日     2016年

実力ある俳優たちの渾身の演技を心ゆくまで堪能。
至福の時間である。あおいさんもこれでやっと代表作と呼べる
映画ができた。すずちゃんも良かった。
小説を読んでぼんやり頭に思い浮かべた絵が「これだよ、これ」
と膝を打つ映像として具現化される快感。映画としては『悪人』
以上の出来ばえだと思う。
透き通るような蒼い海を、少年と少女をのせて控えめに波を立
て進むボート。うだるような暑さのなか、無個性な家が建ち並ぶ
住宅街を歩く男を俯瞰で(鳥瞰で?)とらえたショット。傷ついた
娘を抱きしめて眠る母娘。こういうショットが映画のいいところだ
よなー、と嚙みしめながら観た。3つのストーリーが絡みあわず
に進行するが、どれも甲乙つけがたい。
ひとつだけ言えば、「疑ってるんじゃなくて、信じてるんだろ」と
いうセリフが出て来るのが早すぎた。でもそれならとシーンを増
やして二部作になるよりは、今のままでいい。

                                       9.25(日) TOHOシネマズ渋谷


2016年10月4日火曜日

【LIVE!】 銀杏BOYZ/サンボマスター


男どアホウ サンボマスター 2016

【銀杏BOYZ】

1. 生きたい
2. 若者たち
3. 大人全滅
4. 骨
5. 夢で逢えたら
6. I DON'T WANNA DIE FOREVER
7. べろちゅー
8. BABY BABY
9. ぽあだむ

1、2とまさに鬼気迫る歌唱だった。
よだれを垂らしながら58で頭をガンガン殴る峯田。その
たびに「ゴッ、ゴッ」という禍々しい音がPAスピーカーか
ら鳴る。そんな峯田の「若者たち」に思わず涙が出たの
でベストアクト。
中盤以降は急に爽やかになり、さっきまでよだれを垂ら
して絶叫してたひととは思えない。「骨」は好きなんだけ
ど、あまりに爽やかすぎた。「べろちゅー」も大好きな曲
なんだよなー。素晴らしかった。








【サンボマスター】

1. そのぬくもりに用がある
2. 光のロック
3. 世界を変えさせておくれよ
4. 愛してる 愛してほしい
5. NO FUTURE NO CRY
6. 美しき人間の日々
7. 可能性
8. できっこないを やらなくちゃ
9. 世界はそれを愛と呼ぶんだぜ
10 .ミラクルをキミと起こしたいんです

<encore>
1. 夜汽車でやってきたアイツ feat.峯田和伸

                                      9.24(土) 新木場Studio Coast

予習しないで臨んでしまったが、楽しかった。
山口隆、しゃべるしゃべる。「そんなもんか? そんなもん
か?」と客を煽りつづけ、歌の合間にも早口で何事かイン
サートし、曲間のMCでも休むことなくマシンガントークを
繰り広げる。ほんとに圧倒された。なかなか良かったので、
今度は予習して行くことにしよう。



2016年9月27日火曜日

君の名は 第一部


☆☆☆      大庭秀雄      1953年

いいかげん昔に録画した山田洋次セレクションで(!)、
未見であった。ついでなので、本家の「君の名は」の方
も観ておくことに。

もとはラジオドラマで、放送時には女風呂からひとが居
なくなったというほど絶大な人気だったという。
岸恵子と佐田啓二。空襲で逃げ惑うなか出会い、助け
合った二人は、半年後の同じ日に、銀座の数寄屋橋で
再会することを約束する。しかし、襲い来るさまざまな
外的要因(ロマンティックに換言すれば「運命」ともいう)
に翻弄され、すれ違うばかりの二人。互いの気持ちを
知る前も、知ってからも、徹底的にすれ違いまくる。こ
の非情な運命のいたずら、鉄板の嫁いびり、無理解な
夫、そして健気に耐えるヒロイン像に、世のご婦人がた
は紅涙をしぼられたというわけであろう。

まあ…今観ても、それほどおもしろいわけではない。

                                            9.22(木) BSプレミアム


2016年9月24日土曜日

君の名は。


☆☆☆★     新海誠     2016年

絵はほんとうにキレイで、脈動する東京の風景などは、
ずっと眺めていたい。バンプもどきのラッドがその絵に
よく溶け合って、ある種の高揚感がある。

私は新海監督のことはほとんど何も知らず、こないだの
「SWITCHインタビュー」で得た情報がすべてである。
「すれ違い」を描くので有名というだけあって、たしかに
後半などは主役の男女が怒濤のすれ違いっぷり。宙づ
り感がずっと続くわけだが、みんなはそれを「切なさ」と
名付けて感じ入っているというわけだろうか。私にはた
だの「宙づり感」でしかなかったが。
時空を超えたすれ違い、となると「時かけ」に似てくるの
は必然である。時空を超えるためには仕方ないが、よく
意識を失う高校生であった。

大ヒットしているのは結構なことで、水を差すつもりはさ
らさらないけれど、ひとつ不満があるとするなら、言葉が
ない、という印象をぬぐえない。展開はよく考えられてい
るものの、心に引っ掛かるセリフが無かった。
ラスト、三葉が町長を説得する"言葉"が描かれなかった
のは単なる怠慢だと思う。

                                                 9.21(水) 新宿バルト9


2016年9月22日木曜日

オーバー・フェンス


☆☆☆★★★    山下敦弘    2016年

函館の職業訓練校という設定が絶妙である。一度は挫折を
味わい、人生の再出発をはかるひとたちが集い、技能の習
得をめざす。経歴もさまざまなら、技能習得への意欲もさま
ざま。教官は若造のくせに居丈高。このアンバランスさが、
歪みとなって弱い者を追い詰めていく。

オダギリジョーは将来に展望をもてないまま、無気力にから
揚げ弁当とスーパードライ2缶を、テレビも何もない簡素きわ
まりない部屋で空ける。オダギリジョーほど「ほんとにそうい
うひとにしか見えない」と思わせてくれる俳優はいないが、
今回も期待を裏切らない。

連れて行かれたキャバクラで、サトシという名前の女(蒼井
優)に出会うことで、少しづつ変わっていくというのが物語の
おおまかな筋だが、このサトシのエキセントリックさがすごい。
いくら可愛くても、実生活ではいっさい関わりたくない人物で
ある。

佐藤泰志の小説を映画化した「海炭市叙景」「そこのみにて
光輝く」とともに、"函館三部作"と呼ばせたいらしい。「海炭
市叙景」(監督:熊切和嘉)も秀作だった。

                                                         9.17(土) テアトル新宿


2016年9月17日土曜日

桐島、部活やめるってよ


☆☆☆★★★     吉田大八    2012年

劇場で観て以来の再見。

清新な青春映画という印象は変わらないが、意外とオーソ
ドックスなつくりだったんだな、と思った。
金曜日、金曜日、金曜日…とループする構造と、それを飽
きないよう処理する技巧の方に、最初観たときは目を奪わ
れていた。しかし、違う視点でのループなのだから違う方向
から撮ったカットを使うのは当然といえば当然だし、撮り方
もそれほど奇抜なことはしていない。

あと公開時、ほんとの高校生はあんな話もあんな話し方も
しない、という評を目にしたが、私はけっこう近いものがあ
るのでは、と感じていた。地方と東京では高校生の生態に
もずいぶん違いがあるだろう。私の高校は田舎中の田舎
にあったので、どちらかといえば東出くんを「今度の日曜の
試合」に誘ってくる野球部のキャプテンのような人物のほう
が親和性があるけれど、私のまわりの数少ない東京出身
のひとを見ていてもそう思う。

初見のときから、清水くるみと橋本愛が二の腕を触りあう
シーンがとても印象に残っていて、別にシーンとしてはどう
ってことないシーンなのだが、こういう繊細なシーンを作れ
るのはやっぱりたいしたものだと思う。あと橋本愛が松岡
茉優をビンタするシーンの爽快感はすごい。

画像は清水くるみ、橋本愛、後ろ姿だが松岡茉優。いま思
えば豪華共演。

                                                     9.8(木) BSプレミアム


2016年9月12日月曜日

冬冬の夏休み


☆☆☆★★      侯孝賢     1984年

冬冬(トントン)と婷婷(ティンティン)の兄妹は、夏休みを
田舎で開業医をしている祖父の家ですごすことになる。
母が入院し、父は看病でつきっきりなのである。

映画は、兄妹のひと夏を切り取ったものである。台湾の
田舎の風景がすばらしいし、都会っこである冬冬の手足
がひょろ長いのがなんとなくおかしい。

後半、「寒子」という知的障害のある女が登場し、ひとつ
物語に芯を与えている。日本でリメイクするなら、この役
は市川実和子がやるべきである。いや、ただ似てるって
いうだけなんだが…。

                                              8.27(土) 早稲田松竹


2016年9月9日金曜日

風櫃の少年


☆☆☆★      侯孝賢     1983年

早稲田松竹で、侯孝賢の2本立て。
こないだ特集したばかり、という気もするが。しかし、観
に行く人間がいるから特集も組まれるのである。今回も
ほぼ満員だった。

台湾、澎湖諸島にある小村の名が風櫃。
そこに暮らす悪ガキたちの他愛ない日常が活写される。

後半は舞台をスイッチ。
地元にいられなくなった悪ガキたちは台南の都市・高雄
に居をうつし、働き始める。そこで何が起こっていたのか、
詳細に叙述する能力を私は有していないが、なんか「眺
めてるだけでいい」という感じなんである。あの2階建て
のアパートがいいよね。よく見つけてきた。

                                                8.27(土) 早稲田松竹


2016年9月7日水曜日

カンバセーション…盗聴…


☆☆☆★★★   フランシス・F・コッポラ   1974年

盗聴を生業にしている男(ジーン・ハックマン)。
広場でたわいもない会話をかわす男女から、じんわりとズーム
バックして広場の全景が見えるオープニングからもう映画に引
き込まれてしまう。
はじめは明瞭だったふたりの会話に、ときどき奇妙なノイズが
のったり、途切れて聞き取れない部分があることで、どうやら今
聞いているこの音声が、複数の地点からさまざまな技術を使っ
て収音されたものだということがわかってくる。
この冒頭の男女の盗聴が、単なる主人公の職業紹介ではなく、
最後まで効いてくるというのが巧い。

映画全体をとおして、抑制的なピアノの音楽が絶妙にクールで
ある。カッコいい。またこれがラストシーンに効いてくるのである。
巧い。

ハンサムで有能で冷酷な秘書。わたしは『羊をめぐる冒険』に出
て来る秘書を勝手に思い出した。こっちの秘書は猫の"いわし"
を預かってくれそうもないが。

                                                          8.25(木) BSプレミアム


2016年9月4日日曜日

ジョニーは戦場へ行った


☆☆☆★    ダルトン・トランボ    1973年

原作・脚本・監督がダルトン・トランボ。
このフィルムをいま放送するのは偶然ではなく計らいなの
だろう。『トランボ ハリウッドに最も嫌われた男』が公開中
である。「これで予習しなさいよ」ということだ。すばらしい
計らい。勉強させていただきます。

主人公は"意識のある肉塊"として野戦病院のベッドに横
たわっている。第一次大戦の爆撃で、両手両足、そして顔
の組織の大部分をも失ったのである。生殖器だけが無事
という設定は、のちの『ガープの世界』を想起させる。

主人公の、声にならないモノローグと、回想とで物語は進
んでいく。現在のシーンはモノクロ、回想はカラー。『初恋
のきた道』といっしょだ。

                                                   8.24(水) BSプレミアム


2016年9月3日土曜日

盛夏のテレビ②


「ある文民警察官の死 ~カンボジアPKO 23年目の告白~(Nスペ)

1993年、カンボジア。タイとの国境近くの村、アンピル。
「はっきり言って危険だよ」という場所に仕事とはいえ赴かな
ければならない心境とはいかばかりか。

「文民警察官」という言葉は恥ずかしながら初めて聞いた。
「文民」とは「非武装」のことなのか。
初の海外派遣で、一挙手一投足が注目されていた自衛隊
とは対照的だった文民警察官の派遣。「あとはUNTACの
いうこと聞いて、自分の身は自分で守って、任務をしっかり
遂行してください」という感じで、ポル・ポト派の跋扈する異
国の地に放り出された、その心細さ、恐怖が、当時の日記
などから直に伝わってくる。思い出すのは『地獄の黙示録』。
番組ではカーツ大佐…はいなかったが、当時アンピルの
近くでテロ活動を行なっていたポル・ポト派の准将にインタ
ビューしていた。日本の文民警察官が殉職した襲撃事件に
ついては、「ポル・ポト派が疑われても仕方がない状況だ」
という言葉までは引き出せたが、それ以上はすべて話をは
ぐらかして何も意味のあることは言わなかったという。


「村人は満州へ送られた ~“国策”71年目の真実~(Nスペ)

満洲開拓が"国策"となり、是が非でも、何を犠牲にしてでも
「推し進めなければならないもの」に変化していく。各村から
何人出せるかがノルマとして課されたも同然で、多く村人を
差し出せばそのぶん補助金がもらえる。今も昔もやり方は
いっしょである。

集団自決で幼い子どもに手をかけ、自身は大けがを負いな
がらも生き延びた人物がインタビューに答える。その苦悩の
深さは、とても察することなどできないが…。

アップになった当時の日記や文章にも「満洲」とあるのに、
番組タイトルは「満州」の表記。「八重洲」の字なんだから、
禁じられた文字でもあるまい。なぜ「洲」を使わないのか。


「一番電車が走った」(ドラマ、2015年)

去年のドラマですが。最近、観ました。

原爆投下の3日後に一部区間で運転を再開した路面電車、
その運転手の女の子と良識ある役人の話。「あまちゃん」
もそうだが、ひとは運転再開にまつわるドラマが好きなの
だろうか。たしかに大吉さんの心意気には感動したものだ。

川で行水する黒島結菜がラストシーンとは意外であった。
ドキッとするラストだ。"エラン・ヴィタール"と呼びたい少女
の瑞々しい身体はそれ自体まさに「生」を体現している、
などと書くともっともらしいかもしれないが、要するに目が
釘付けだった。




2016年8月29日月曜日

ガンジー


☆☆☆★★★   リチャード・アッテンボロー  1983年

188分におよぶ超大作映画。
かったるいんだろーなーと思いながらも、前からガンジーの生涯
に興味があったので、身構えながら観はじめた。
ガンジーといえば「非暴力・不服従」。暴力は何も生まない。言う
のは簡単だが、時は20世紀のはじめ、大英帝国が植民地支配
しているインドである。3億5000万人のインドの民衆を、わずか
10万人の英国人が支配している。支配層による苛烈な差別、搾
取、脅迫はあたりまえ。農村地帯ではすさまじい貧困が常態化
し、不満が全土に充溢しており、いつだって一触即発である。
でも、3億5000万 vs 10万なんだから、民衆が蜂起すれば勝てる
んじゃね? と考える輩がいたっておかしくはない。

そんななかで、非暴力を説くのだ。ガンジーの武器は「説得力」
だけである。彼には何の組織も肩書きも無いのだから、その発す
る言葉と行動だけで、ひとびとを説得していく。ガンジーの謙虚
でユーモアを忘れない人柄に、観ていて魅了される。
どこかの国の、発する言葉は貧しく、態度は傲慢で、議論の場
で痛いところを突かれると顔を真っ赤にして激怒するガキのよう
な指導者とは大違いである。

前半は南アフリカで弁護士としてインド人の「基本的人権」を獲
得する戦いに尽力するガンジーが描かれる。この時はだいたい
スーツを着ている。後半、インドに帰ってから、労働者と同じ服
を、ということで、どんどん簡素な白い布1枚になっていく。おな
じみの姿であるが、こんなに半裸のシーンが多いと、マイクが
付けられなくて大変である。アフレコなんだろうか…。

                                                           8.21(日) BSプレミアム


2016年8月28日日曜日

青いパパイヤの香り


☆☆☆★     トラン・アン・ユン    1994年

サイゴンの裕福な家庭で、少女のムイが使用人として働きは
じめるシーンからはじまる。かつて幼い娘を亡くしたことのある
一家は、ムイを大切に扱うが、同じぐらいの年ごろの末っ子は
どうやら好きなコに意地悪をするタイプらしく、バケツの水をこ
ぼしたり、トカゲで脅かしたりと、何かとちょっかいかけてくるも
のの、ムイはおとなの余裕で受け流す。その辺りのシーンもほ
ほえましい。
成長したムイは別の役者が演じていて、『夏至』の主役のコと
同じであった。調べると『ノルウェイの森』以外の作品にはすべ
て出演しているようで、監督のミューズなのだろう。

みんな口数が少ないうえに声も小さく、虫の音のほうが大きい
ぐらい。若い女が髪を洗うというシーンは『夏至』でも何度か
あったモチーフで、監督の嗜好と思われる。今はやりの言葉
でいえば、「性癖」か。
執拗なまでに横移動のトラックショットが繰り返されるのも、こ
の映画の特徴である。ムイが働く家は、実際サイゴンにあって
もおかしくないように見えるが、フランスに建てられたセットと
のこと。

                                                                 8.20(土) DVD


2016年8月24日水曜日

夏の庭 The Friends


☆☆☆      相米慎二     1994年

ズッコケ3人組を思い出すような仲良し少年3人組が、
太っちょ少年の親戚の葬儀をきっかけに、ひとの"死"
に興味を抱く。「もうすぐ死ぬらしい」という噂(しかし
ひどいな)をたよりに、三國連太郎を観察することに
したのだが……。

『ションベン・ライダー』で見せたあの異常なまでの長
回しは、適度に抑えられていて、とても見やすい。し
かし台風の夜の告白はすこし唐突のように思った。
もちろん3人組と老人とが互いに心を開いていく描写
は積み重ねられてはいたが、あの告白の内容の重
さに比べると、まだまだという感じ。

                                         8.14(日) BSプレミアム


2016年8月21日日曜日

盛夏のテレビ、あれこれ


夏は戦争に関連する番組が増える。
力の入った番組も多い。その中から2本、ちょっとした感想。

「百合子さんの絵本」(ドラマ)

ときは戦争前夜。
ストックホルムに武官として駐在し、戦争を止めるべく信念を
もって重要な情報を日本に打電し続けた人物の話。香川照
之と薬師丸ひろ子が夫婦を演じた。
主演のふたりが良いので、1時間半でもずっと観ていられる。
そしてストックホルムの風景の美しいこと!

最初、ストックホルムの滞在しているホテルで、暗号の換算表
を部屋に置いて、ドアを開けたまま薬師丸ひろ子が夫を追い
かけて廊下に出て、そのままふたりして外出したのには驚愕
したが、あの時は換算表は無事だったのだろうか。メイドも秘
書も信用できないって話をしていたのに……。


「加藤周一 その青春と戦争」(ETV特集)

死後に発見された、加藤周一が17歳頃からつけていたノート。
それをただ取り上げるのではなく、いまの大学生に読ませる
という趣向が良いと思う。

大学生たちはいろいろ感想を言っていたが、ほとんど忘れた。
ただ、中にひとり、女の子だったが、20歳前後の加藤について、

 「まわりの大衆と同じように生きることもできず、かといって
 東大医学部にいるインテリたちのことも、どこか醒めた目で
 観察していて、インテリである自分自身をも皮肉な目で眺め
 ている、結局どこにも属すことのできないひとだったんじゃな
 いか」

という趣旨のことを言っていて、私がなんとなく思っていたこと
をズバリと言葉にされたようで、ハッとした。

それと大江健三郎さんの講演がすこし流れたが、とても聞き
取りづらくて、心配になった。

2016年8月16日火曜日

パイレーツ・ロック


☆☆☆    リチャード・カーディス    2009年

時はブリティッシュ・ロックの黄金時代。
退屈な「公共の」ラジオ放送をぶっとばす"海賊ラジオ局"が、
不良の音楽・ロックンロールを流しまくるという題材には胸お
どる。次々に炸裂する60年代のロックは最高にゴキゲンだが、
一方でストーリーがあまりにペラペラのスカスカで、脚本家を
メインに仕事をしている監督とは思えない。手抜き工事であ
る。
反体制・反権力ってあんなお気楽なものなんだろうか。
乱痴気騒ぎもたまにはけっこうだが、もっと政治権力との息
詰まる攻防が描かれてもいいんじゃないか。

"Elenore"という曲、わたし大好きなんですが、ああいう使わ
れ方をするとはね…。

                                                 8.13(土) BSプレミアム


2016年8月14日日曜日

夏の読書


『情事の終り』
グレアム・グリーン 著  上岡伸雄 訳  新潮文庫

良い小説だった。
ここまで文章に技巧を凝らした小説とは予想しなかった。
やっぱり先入観はいけない。グレアム・グリーンというと、
どうしても"信仰"とか"神"の問題がぐちゃぐちゃ入って
いる(失礼)のだろうと無意識下において敬遠していたの
か、2年以上も本棚のいつでも手に取れる位置にいたの
に、手に取らなかった。

正直なところ私はサラが愛を捨てるのと引き換えに神を
信じるようになる過程にそれほど興味は持てないし、そ
れが劇的なものとも思えないのだが、とにかく文章のう
まさには興奮した。文章もプロットも、まぎれもなくイギリ
ス式の小説といえるだろう。そして私はどうもイギリス式
の小説が好きである。

途中、サラの日記が長く引用される章があり、これは日記
文学でもある。でもあんな文学的な日記を書くひとはいな
かろうから、そこのリアルさは追求していないようだ。










『からくりからくさ』
梨木香歩 著   新潮文庫

これもよかった。
主人公・蓉子の祖母が亡くなるところから物語は始まる。
蓉子は染織を趣味と生業の間ぐらいの感じでやっている。
祖母のいなくなった家を下宿にして、染織関係の勉強をし
ている学生に貸すことに決め、与希子、紀久、マーガレット、
そして蓉子の、4人での生活が始まることになる。

こちとら若い女の子の共同生活というだけで興味津々な
のだが、基本的にアートな志向をもった娘たちなので、あ
まり余計なことには頓着せず、淡々と自分の勉強や作品
づくりに精を出す。この植物を煮出してこういう色を出す、
という描写が楽しい。
蓉子には、とても大事にしている"りかさん"という人形が
あって、これがたぐり寄せるさまざまな偶然が、のちのち
色んな謎やら秘密やら厄介ごとやら、要するに「小説的
なこと」を生み出していくのである。

これがおもしろいんだけど、同時にけっこうややこしい。
与希子と紀久の親戚とか先祖の名前がいっぱい出て来
るのだけど、誰が誰なのかよく分からなくなって、途中か
ら考えるのをやめてしまった。しかし布に見られる模様や
パターンから、能面や果てはクルド民族にまで広がって
いく展開の壮大さがあって、飽きさせない。途中ちょっと
都合よすぎるんじゃないか、と思わないでもなかったが。

小説は読んだことがなかったが、このひとが文章がうま
いのは知っていた。『百年の孤独』の解説を書いていた
のを読んで、その豊かで的確な書きぶりにいたく感心し
たことがあった。じゃあ小説も読めよ、という話か。
9割がたは蓉子の視点で書き進められているのだけど、
たまにふっと与希子や紀久やマーガレットの主観に入れ
替わる瞬間がある。1つの場面で何回も入れ替わりがあ
ると、それが少し文章にぎこちなさを与えているように感
じることもあった。

2016年8月12日金曜日

シン・ゴジラ


☆☆☆★★★     庵野秀明     2016年

恐ろしいほどのテロップとセリフを詰め込んだカットと、セリフ
は無いけれども雄弁なカットと、破壊の限りを尽くすゴジラと、
それらが渾然一体となった120分に目がまわりそうだった。
ああ、この短いカットにどれだけの手間と時間と金がかかっ
ているか…。そういうのが少しはわかるだけに、この映画に
かけるスタッフの情熱と気迫をビシビシ感じずにはいられな
かった。そして何よりも、すべての設計図を描いた庵野秀明
という天才の、想像力。どうなってるんだよ、ほんと。
観ながら感じたのは、「カメラがいてほしいなと思う場所に、
カメラがちゃんといる」ということだ。ゴジラに踏みつぶされる
家に住んでいたひと、ゴジラになぎ倒されたビルで働いてい
たひと、鉄橋が飛んできた時の戦車の中…。ディテイルの積
み重ねがリアリティを生むというのもあるし、何より誠実さが
伝わってくる。スピルバーグの『宇宙戦争』でも思ったことで
あるが。

役者は、言葉は悪いけれど、使い捨てのように豪華俳優が
現れてはすぐ消えていった。「あ、こんなひと出てるんだ」と
思う暇もなく……。
石原さとみは、欲しいものは何でも手に入れてきたアメリカ
育ちのスーパーエリートの役だったが、頑張って見ればそう
見えなくもなかった。

                            8.6(土) TOHOシネマズ 市川コルトンプラザ


2016年7月27日水曜日

トリコロール/青の愛


☆☆☆★  クシシュトフ・キェシロフスキ  1993年

bunkamuraでキェシロフスキ監督の回顧上映。
"トリコロール"3部作の存在は知っていたが、監督のことは
何も存じあげなかった。3部作を撮りあげて間もなく、亡くなっ
ているらしい。

交通事故で作曲家の夫と幼い娘をいっぺんに亡くしたジュリ
エット・ビノシュ。極端な眼のクローズアップは『潜水服は蝶
の夢を見る』を思い起こさせる。身体の傷が癒え、喪失した
ものを抱えながらも、静かに暮らし始めた彼女だが、夫の遺
した未完の交響曲(?)の断片にしばしば苦しめられる。そ
れは、ときどき急にストリングスのフレーズが高らかに響き
渡って、画面がブラックになるという、「い、いまの何?」とい
う感じの演出で表現されるのだが、えーと、それほど効果的
とも思えない。
でも映画全体を流れる、喪失感と諦念はとても好きだった。

画像は深夜に電話でたたき起こされて不機嫌なジュリエット
様。深夜といっても23時。

                                     7.16(土) bunkamuraル・シネマ


2016年7月23日土曜日

日本で一番悪い奴ら


☆☆☆★★     白石和彌      2016年

もう1コ★をあげようか迷うのだが…。
あげないことにした。でもこの点数プラス★半分はあると
思っていい。

ストップモーション → スーパーインポーズは『仁義なき戦
い』へのオマージュとしては好ましいが、ただそれ以上の
ものではないという感じ。もうひと工夫あれば。目に入って
くる映画評では、同じく深作・菅原の『県警対組織暴力』に
言及するひとが多い。やはり事前に観ておくべきだったか。
瀧内公美の役は謎めいた色っぽさで、綾野剛がクラッとき
ちゃうのはわかるんだが、役としては意味不明。何のため
に存在したのか。最後に落ちぶれた綾野剛を蔑んだ目で
見るため? 別に要らないんじゃないか。
ピエール瀧がホステスのおっぱいで基礎的なことを説明す
るのは『TOKYO TRIBE』への目配せか? YOUNG DAIS
も出てるし。

綾野剛のキレっぷりは割とサマになってはいるが、もうひと
つ凄みが足りないというか、まだやっぱり可愛い成分が多
いよね。でも結末を考えれば、『アウトレイジ』みたいな本職
さながらの凄みはむしろ要らないのか。

いろいろ書いたが、娯楽映画としてたいへん秀逸でした。

                                                   7.15(金) 新宿バルト9


2016年7月20日水曜日

スケアクロウ


☆☆☆★★   ジェリー・シャッツバーグ   1973年

冒頭、風の吹きすさぶ荒涼としたハイウェイで、お互いを
警戒しながら、拾ってくれる車を待つジーン・ハックマンと
アル・パチーノ。タバコをきっかけに友情がめばえる場面
は秀逸である。

ジーン・ハックマンの重ね着、デトロイトの電話ボックス、
矯正院での、すれ違いと思わず胸が熱くなるような友情…。
アメリカン・ニューシネマですね。このナイーブさは嫌いじゃ
ないです。

                                                      7.15(金) BSプレミアム


2016年7月16日土曜日

【LIVE!】 THE YELLOW MONKEY


THE YELLOW MONKEY SUPER JAPAN TOUR 2016

01 プライマル。
02 楽園
03 Love Communication
04 LOVE IS ZOOPHILIA

05 A HENな飴玉
06 Tactics
07 LOVERS ON BACKSTREET
08 薔薇娼婦麗奈
09 球根
10 カナリヤ
11 HOTEL宇宙船
12 花吹雪
13 空の青と本当の気持ち

14 ALRIGHT
15 SPARK
16 見てないようで見てる
17 SUCK OF LIFE
18 バラ色の日々
19 悲しきASIAN BOY

--Encore--
01 Romantist Taste
02 BURN
03 BRILLIANT WORLD
04 WELCOME TO MY DOGHOUSE
05 JAM

          7.10(日) さいたまスーパーアリーナ

実に感慨深い。感慨ひとしお、とはたぶんこのことですよ。

私が上京して最初に行ったライブがYOSHII LOVINSON
の舞浜アンフィシアターだったと思う。うだるような7月の
暑い日だった。舞浜で降りて、ディズニーランドを素通り
してアンフィシアターに行った。まだ"WHITE ROOM"ま
でしか出ていない時期で、ライブでは持ち曲のほとんど
をやったのではないか。イエローモンキーの曲は、やら
なかった。

それから何度も吉井さんのライブに行った。吉井さんは
年末に武道館でやるのを恒例にするようになった。そし
て"LOVE LOVE SHOW"を皮切りに、少しづつイエロー
モンキーの曲を、それこそ「小出しに」やってくれるように
なった。イエモンを露骨に喜んでは吉井さんも良い気分
じゃないだろうとは思うものの、やっぱり"Tactics"のイン
トロが流れたりすると、ものすごい歓声があがった。あれ
はもう生理的な反応のようなもので、しょうがない。

しかし時の流れというのは何とやら。
いつしか私は吉井和哉の新譜が出ても聴かなくなり、
仕事で釧路に赴任したのも手伝って、ライブからも遠ざ
かった……。


7月10日にさいたまスーパーアリーナで鳴らされた音楽
は、私にとっては特別なものだった。それはものすごく
多くの付帯情報をもった音楽であって、時には曲そのも
のよりも、付帯する情報(若干の気恥ずかしさを我慢す
るなら、それを"思い出"と呼んでもいい)のほうに意識
がいってしまうこともしばしばだった。

吉井さんはMCで、「もうイエローモンキーは一生解散し
ません!」と宣言した。ほんとかよ、とは思ったけれど、
今後は定期的にツアーをやるとも言った。今回聴けな
かった曲も、「小出しにして」やっていくと約束してくれた。
それだけで私はじゅうぶんである。至福の3時間だった。


えっとねー、特に良かったのはねー、
"楽園"と"Love Communication"と"Tactics"と"球根"と
"カナリヤ"と"HOTEL宇宙船"と"SPARK"と"SUCK OF
LIFE"と"悲しきASIAN BOY"と"BURN"と"BRILLIANT
WORD"がとっても良かったよー、…ってほとんど全部や。

ベストアクトは"SPARK"。

2016年7月14日木曜日

クリーピー 偽りの隣人


☆☆☆★★      黒沢清     2016年

"ホラー"と銘打てるほどの恐怖描写はなかったが、じわじわと、
ギリギリと締め付けられるような不快さと不気味さが全篇を覆っ
ている。冒頭の取調室の窓もかなり良い感じだが、ただ風が吹
いている庭を撮っているだけの画がとにかく怖い。私が黒沢清
を好きなのは、こういうところである。ざわざわしている森とか、
建物の外打ちとか、誰もいない部屋とか、なぜ怖いのかが説明
できないのに怖い。理性よりもっと本能的なところからくる恐怖
を喚起されるというか。いわゆる「この場所はヤバい」みたいな
ことである。黒沢清はそれをなぜ映像に定着できるのか、私に
は皆目分からないので、とりあえずマジック・タッチだということ
にしておこう。

緊張と不快を強いられる130分は正直いって疲れるが、充実感
もある。香川照之の不気味さを堪能。文句なしにすばらしい演
技だった。西島秀俊は、あれ以外の演技を見たことないけど、
まあ今回は表情のなさが映画とよくマッチしていた。同僚が殺さ
れ、怒りと焦りのあまり川口春奈に乱暴なことをするんだが、そ
れでも何も感情が伝わってこないのがすごい。あまり褒めてな
いが。竹内結子はまあまあかな。お茶々さま。

さっき数えてみたら、黒沢清の映画は20本目の鑑賞だった。
気まぐれで、私の愛する黒沢清の映画5本を選んでみる。

『CURE』
『叫』
『岸辺の旅』
『ドレミファ娘の血は騒ぐ』
『ドッペルゲンガー』

いずれも、「おもしろいからゼッタイ観て!」という類の映画では
ない。私が勝手に愛しているだけなので、むしろ観なくていいで
す。

                                                        7.1(金) 渋谷シネパレス


2016年7月11日月曜日

エイジ・オブ・イノセンス/汚れなき情事


☆☆☆        マーティン・スコセッシ    1994年

19世紀ニューヨークの社交界を舞台にした"禁じられた"恋愛
模様。ただ、「汚れなき情事」という邦題は意味不明で不要。

華やかではあるのだが、所作にせよ言葉づかいにせよ、アメ
リカ式を低く見てヨーロッパ式を重んじるという歪なニューヨー
クの社交界に、なんでも舶来のものをありがたがってしまう日
本人の心性をも垣間見るような気になる。
主演はダニエル・デイ=ルイス。若い。婚約者がウィノナ・ライ
ダー。あんま好きじゃない。そして禁じられた恋の相手はミシェ
ル・ファイファー。可愛い。

画像はミシェル・ファイファー嬢。
♪ ミシェル・ファイファーの唇が好き ドレスからのぞく鎖骨も好き~

というミスチルの歌がありましたね。
よくドレスを着てたので、もしかしたらこの映画のミシェル・ファ
イファーが桜井さんの念頭にあったのかもしれません。ただあ
の歌はたしか夜な夜なガールハントにいそしむJenを歌ったも
のなので、ミシェル・ファイファーを好きなのはJenなのかも。

                                                          7.2(土) BSプレミアム


2016年7月4日月曜日

中間報告


去年の紅白歌合戦からもう半年経ったんですって、奥さん。
ほんとに嘘みたいでしょう。いくらなんでも早い。

まあ、経ってしまったものはしょうがない。諦めて総括しよう。
総括せよー!(©あさま山荘)

鑑賞本数ですが…

現在、62本

うーん。
今年も余裕だ。どうしてなんだろう。
ビッグプロジェクトに組み込まれて、たしかによく働いている
んだけど、わりあいそれ以外の仕事をやってないからかなぁ。
いや、でもそんなことないんだけどなぁ。ぶつぶつ。
でも読書はますます減ったね。これは確実。

上半期、毎度ながら、つまんない映画にも出会いましたが、
すぐれた映画にも出会いました。

『リップヴァンウィンクルの花嫁』
『海よりもまだ深く』
『ブリッジ・オブ・スパイ』

この辺は素晴らしかったねー。

旧作では、

『ラストエンペラー』
『恋する惑星』
『ROLLING』

が良かった。

テレビドラマは、「ゆとりですがなにか」の中盤の展開に瞠目。
4話~7話あたりの、凡百のドラマが失速しがちなところでの
アクセルの踏み込み方に快哉を叫んだ。もうドラマはクドカン
が最強でいいよ。敵なし。

それでは、今年後半も素敵な映画に出会うべく、彷徨し続け
る所存! みなさまもよきシネマライフを。

2016年7月2日土曜日

FAKE


☆☆☆★★     森達也     2016年

この映画を観たあとは、誰もが佐村河内守という人間
に温かな親しみ(多寡はあれど)を感じるに違いない。
かくいう私もそうだ。
だが、森さんが意図したのは、そういうことではないだ
ろう。ここ数年、森さんが口を極めて警告し続けている、
"集団化"の現象。水に落ちた犬を叩く傾向を強める大
衆・マスコミ。この社会の縮図のようなものを、佐村河内
騒動に見て取ったのではないか。
しかし「とりあえず」まわし始めたカメラに、よもやあのよ
うな生活や会話が写し出されるとは予想していなかった
はずだ。

「観察すること」だけがドキュメンタリーだと思っているひ
とは、この映画に驚かされ、腹を立てるひとだっているか
もしれない。しかしこちとらカンパニー松尾や松江哲明に、
コミットメントこそがドキュメンタリーだと教えられてきた。
いまさらあのラスト15分に驚きはしない。が、最後の最後、
まさかこれがこうなってエンドロール、なんてことはない
よな! と思っていたら、まさにそうなってしまったので、
森さんの意図をはかりかねてしばし唖然とした。まあエン
ドロールのあとのシークエンスがあってよかったと思う。

                                           6.29(水) ユーロスペース


2016年7月1日金曜日

コペンハーゲン


宮沢りえ、浅野和之、段田安則による3人芝居。
1941年、ドイツ占領下のコペンハーゲンに、ボーアを訪ねた
ハイゼンベルク。その一夜、いったい何があったのか。どん
なやりとりが二人のあいだにあったのか。謎ときのようなス
リルも含んだ会話劇である。

ボーア(浅野)とハイゼンベルク(段田)、二人の偉大な物理
学者が、かつて、先生とその下で学ぶ研究者だったとは知
らなかった。ボーアの妻(宮沢)は時に会話に加わり、時に
醒めた視点で状況説明をするナレーターとなる。とても抑制
の効いた会話劇で、すっかり引き込まれてしまった。

不確定性原理、相補性原理、ウラン235、中性子、行列方程
式、波動方程式、拡散方程式…。物理用語が飛び交う。
私は実はいちおう物理学科を卒業したぐらいなので、これら
がとても耳になじみがよく、懐かしくて、心地よかった。

                                                     6.28(火) シアタートラム


2016年6月28日火曜日

レ・ミゼラブル


☆☆☆★     トム・フーパー   2012年

食わず嫌いせずに観てみた。
スクリーンではなく、自宅のテレビで観たことは最初
に断わっておく。

冒頭の、巨大な船を曳いている受刑者たちなど、映
像的なスケールの大きさやダイナミズムは大作映画
のそれであり、映画的愉悦という点では、良質なハリ
ウッド映画に劣るものではない。
ある意味リアリズムとは対極にあるものなのだから、
できるだけセリフを排除して、歌と映像で徹底的に映
画として盛り上がっていく姿勢は潔いものだろう。

リアリズムの対極にあるというのは例えば、「私は自
分がジャン・バルジャンだと名乗り出て無実の男を救
うべきだろうか、いやそれでは市長として積み上げて
きたものが無になる」……などなど、心情をすべて歌
で説明してくれる、みたいなことである。

それらをワンカットの役者の表情に託すのがリアリズ
ム映画だとすれば、私はやはりリアリズムに親しんで
きたし、そちらを好むものである。

                                            6.18(土) BSプレミアム