2023年10月21日土曜日

読書⑥


『ハンチバック』
市川沙央 著   文藝春秋九月号

重い障碍を持った語り手が、たとえ子を産
み育てることは無理でも、普通の女のよう
に妊娠して堕胎してみたいという欲望を語
るこの小説は、不用意な感想を思わず飲み
込んでしまうような力強さを持っている。
「もうこの際、言いたいことはこの小説に
託して全部言ってしまおう」というような、
著者の気負いと自信との綯い交ぜになった
ものを感じるのである。

選評ではラストのいわゆる「オチ」の付け
方に不評もあったようだが、私はひとつ層
を重ねることで作品がより深まったと思う。















『U 相模原に現れた世界の憂鬱な断面
森達也 著    講談社現代新書

『月』を読了した余勢をかって本書も。
植松聖の一審判決が出る直前まで、津久井
やまゆり園の事件にそれほど深い関心は抱
いていなかったと正直に書いてしまう森達
也。しかし植松に面会したことをきっかけ
に、近年の司法において「死刑判決が確実
と思われる裁判」ほど形骸化し、単なる
「死刑にするためのセレモニー」と化して
いる点が、オウムや宮崎勤のケースと酷似
していることに思考が及んでいく。
植松の言動が一言一句そのまま報道される
ことはほぼ無い。しかし彼の発言は、一文
だけ読んでもその異常さは分からず、前後
のつながりや論理性を欠いたその全体を読
むと、戦慄せざるをえないような奇妙さを
感じるのである。

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