2022年10月23日日曜日

読書⑭


『ダロウェイ夫人』
ヴァージニア・ウルフ 著  土屋政雄 訳
光文社古典新訳文庫

私もご多分に漏れず最初は『めぐりあう時間た
ち』という映画を観て本書を手に取ったのだが、
途中で挫折(そういう人は多いのではないだろ
うか。たいがいおもしろくないものね)。
それをもう一度読んでみようと思ったのは、私
の読書生活を深く浸食していることでおなじみ
Eテレの番組「100分de名著」の特別編、その
名も「100分deパンデミック論」で、パネリス
トの英文学者、小川公代がこの本をとり上げて
述べた内容に興味を惹かれたから。とはいえ小
説内でパンデミックが直接描かれるわけではな
い。

この小説は1923年6月のある1日、自宅で開く
パーティーの準備をするために、主人公のクラ
リッサ・ダロウェイが朝、花を買いに行くとこ
ろから始まり、夜のパーティーの場面で幕を閉
じる。その1日だけを、いろいろな人物の意識
に憑依するように移り変わりながら描いている。
小川が言うには、ヨーロッパは1918年~20年
にかけてスペインかぜの大流行に見舞われ、多
数の死者を出した。クラリッサも病後だという
記述があるので、おそらくスペインかぜに罹患
して回復した後である。墓地に関する記述もあ
り、鐘が時を告げるという文章が何度も繰り返
し出てくる(「鉛の同心円が空気に溶ける」)。
鐘とは弔鐘でもある、というのである(これを
言ったのはあるいは高橋源一郎だったか?)

ほう、そうか、と思った。最初に読んだときに
はそんなことまったく気がつかなかった。とて
もおもしろい指摘であるので、次はぜひ気を付
けて読んでみよう、と決意して、どこかにパン
デミックの痕跡がないかと注意深く、目を皿に
して再読したつもりなのだが、結論からいうと、
どこにもその痕跡は発見できなかったのである。

もちろん「スペインかぜ」という言葉は一度も
出てこないし、3年前の大流行を匂わせるような
描写もまったく見当たらない。墓に目をやって
何かを思うという描写はあれど、それは第一次
世界大戦の死者を葬った墓である。問題の「ク
ラリッサが病気で臥せっていた」という記述だ
が、果たしてそんな文章あったかな? まさか
英文学者がこの本についてでたらめを言うとは
思えないので、単調な文章に集中が続かなくて
私が読み飛ばしてしまった可能性もあるが、そ
んな記述はどこにも無かったように思う。

つまり、この小説はパンデミック文学の範疇に
入れるには無理があるどころか、直近にあった
パンデミックをわざと「言い落している」よう
にも思えるのである。逆にそちらのほうが興味
深いのではないか。













『ちぐはぐな身体 ファッションって何?
鷲田清一 著  ちくま文庫

そもそも服ってなんで着るんだっけ?
という地点から話は始まる。そこから制服を
「着くずす」こと、という誰もが覚えのある
事柄に論を進めるのがおもしろい。それは贈
り物の箱を振って中身を推測するように、規
範の中で自らがはみ出せる限界を探っている
行為なのだという比喩が卓抜である。
そしてヨウジヤマモトやコム デ ギャルソン
の、裏返しになった服や奇妙なフォルムの服
など、「服の常識を覆すような服」は、どう
して作られたのか。「制度と寝る服」と「制
度を侵犯する服」という対比は刺激的である。





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