2023年10月7日土曜日

福田村事件

 
☆☆☆★★     森達也     2023年

見ごたえのある秀作。
集団心理、差別意識、メディアの思考停止…
といったズシリと重い問いかけがあるのは、
まあ言ってみれば「監督・森達也」の時点で
予想できてしまうが、この映画は意外に軽や
かでもある。井浦新と田中麗奈の「外国かぶ
れ」夫婦の視点から事件を描いたというのが
大きいだろう。村の伝統も、在郷軍人会も、
進歩的な村長も、因習にとらわれない夫婦の
目からは相対化して見ることができる。多く
の村人が、自分の「役目」を果たそうとして
エスカレートしていき、遂に悲劇に至ってし
まう多層的な過程がより整理されて見えてく
る。荒井晴彦の仕事、という感じがする仕上
がりである。

役者は、左翼的と思われることを嫌っていろ
んなひとに断られてこのキャストになかば仕
方なく落ち着いたんじゃないか…と勝手な想
像をしていたのだが、予想に反して皆すばら
しかった。中でも出色は田中麗奈である。あ
の「なっちゃん」が荒井晴彦の世界の住人に
なる日が来るなんて。水道橋博士も一見、誰
か分からないぐらい生粋の軍国主義者に成り
きっている。東出くんも瑛太もよかった。

                       9.13(水) 池袋シネマ・ロサ




2023年9月30日土曜日

ジャッジ!

 
☆☆★★★  永井聡  2014年

出張先のホテルがWOWOW見放題という
ことが分かり、何か観ようと番組表を見る
とちょうどいいのがこれだけだった。国道
沿いにぽつんとあるホテルでまわりに見事
に何もない場所だったので、時間つぶしに
と思い観たのだが、ほんとうに時間つぶし
にはふさわしい映画という感じ。

CM業界の内幕コメディを、CMディレクタ
ーが映画初監督で撮ったということらしい。
だったらもうちょっとリアルな制作会社の
やりとりやCM業界の生態があるかと思いき
や、まるっきりマンガである。テキトーで
調子のいい上司(トヨエツ)にムチャぶり
されて困るうだつの上がらないCMマンの
妻夫木くん、文句を言いながらも最後は妻
夫木くんを助ける優秀な同僚の北川景子、
昔はすごかったけど今は資料室にいるリリ
ー・フランキー、などなど。類型から一歩
も出ないまま都合よく展開して映画は終わ
る。よかったことがあるとすれば、鈴木京
香がコンペに出した車のCMはなかなかおも
しろかった。そりゃ本業だしね。でもエン
ドクレジットを見てると劇中のCMは別の人
間が作ってるみたいだったが…まさかね。

                 9.10(日) WOWOWプライム




2023年9月24日日曜日

アステロイド・シティ

 
☆☆☆★★★  
ウェス・アンダーソン   2023年

砂漠の真ん中にぽつんとある街アステロ
イド・シティに、若き発明家たちが授賞
式のため集まってくる。みなそれぞれ家
庭にいろんな事情を抱えた若者たちと、
その家族。省略の多いセリフから文脈を
読み取り、脱臼したようなユーモアを解
するだけで精一杯なのだが(つまりいつ
も通りのウェス・アンダーソン映画)、
実はそれらは劇中劇という構造になって
いて、ただでさえ情報量過多の映画をさ
らに極めて複雑にしている。

まあ半分も分かったとは言えない気がす
るが、横移動のカメラワークがしつこく
用いられており、印象的。もちろん移動
した先も、移動中も、構図は完璧である。
主役の戦場カメラマンは渋川清彦に似て
いる。子役の3姉妹の芝居がナチュラル
で良い。普通子役はテイクを重ねると、
どんどん芝居が悪くなっていくものなの
に、この完璧な構図とどうやって両立さ
せたのか不思議である。『ロスト・イン・
トランスレーション』から振り返れば、
スカーレット・ヨハンソンも大物になっ
たものだ。

                  9.7(水) ホワイトシネクイント




2023年9月18日月曜日

読書⑤

 
『月』
辺見庸 著     角川書店

私の好きな石井裕也が監督して映画化されるこ
とを知り、ずっと本棚に眠っていたこの本を急
に手にとって読みだした。なぜか「映画の前に
読んでおかなくては」という心理がはたらくの
である。

語り手は「きーちゃん」という、盲目で、言葉
を発することができず、自分で動くこともでき
ない重度障碍者。性別も不明のきーちゃんがそ
の聴覚や、自分の分身「あかぎあかえ」の視点
などをまじえつつ、介護者の「さとくん」を中
心に自分が身を置く「園」について描写を始め
る。
津久井やまゆり園の殺傷事件に想を得た小説で
ある。安易な感想を撥ねつける、厳しい小説。
読み進むにつれ、著者から言葉の石つぶてを投
げつけられているような気分になる。自分の思
い込みや、欺瞞や、詭弁や、言い逃れがことご
とく抉り出され、眼前にグロテスクに突き付け
られるようである。「人類はみな平等」「なく
なった方がいい命などない」、そういう紋切り
型のスローガンに逃げ込もうものなら、容赦な
く突き上げを食らうことになる。「なぜ?」
「本当に?」「お前は重度障碍者を抹殺する決
意をしたさとくんを翻意させられるのか?」
「なぜ翻意させなければならない?」

どうやって映画化するのか、楽しみである。















『世界で最後の花 絵のついた寓話
ジェームズ・サーバー 著 村上春樹 訳  ポプラ社

「ニューヨーカー」の編集者でもあった著者。
その落書きを同僚が評価して、同誌専属の漫画
家にもなったとのこと。ほぼ全盲だったという
からすごいが、その絵は「まあ味がある」とい
えるギリギリのライン、という気が私にはする。
いや、けなしてるわけじゃないけど…。

「なんのためだったか誰にも思い出せない戦争」
1939年の世界状況と、その年にこの寓話を発表
するということを想像してみる。勇気、知性、
ユーモア、そして哀しみ…。

2023年9月4日月曜日

【Live!】 山下達郎

 
  PERFORMANCE 2023

 1. SPARKLE
 2. 雨の女王(RAIN QUEEN)
 3. ドーナツ・ソング
 4. 土曜日の恋人
 5. SOLID SLIDER
 6. FUTARI
 7. 潮騒
 8. Groovin'(The Young Rascals)
 9. Bella Notte
10. Have Yourself A Merry Little Christmas
11. クリスマス・イブ
12. 蒼氓
13. ずっと一緒さ
14. SILENT SCREAMER
15. BOMBER
16. LET'S DANCE BABY ~ メドレー
17. CIRCUS TOWN

ENCORE
 1. Sync Of Summer
 2. Ride On Time
 3. 恋のブギ・ウギ・トレイン
 4. YOUR EYES

                       7.28(金) NHKホール

取り壊される前にぜひとも中野サンプラザで
山下達郎を聴いてみたかったが、その願いは
とうとう叶わず。これからは東京公演はNHK
ホールのみでやっていくことになるようであ
る。

いつもの「SPARKLE」で始まったが、2曲目
から一転、いきなり珍しい曲。"IT'S A POPPIN'
TIME" 収録の「雨の女王」。もちろん初めて
聴く。アナログ盤とカセットテープ(!)に
よる再発が好評を呼んでいるので、今回は
RCA/AIRの時期の曲を多めにやるとのこと。
願ってもないことである。ライブに通い始め
て10年ほどになるが、「雨の女王」と「潮騒」
は初めて聴いた。
ギターは佐橋佳幸に代わり、鳥山雄司になっ
た。多忙なのか、音楽性なのかは分からない
が、まあ10年に一度ぐらいメンバーが替わっ
てもいいかもしれない。鳥山さんのギターソ
ロ、新鮮に聴くことができた。
ベストアクトは「土曜日の恋人」。

2023年8月18日金曜日

君たちはどう生きるか


☆☆☆★★     宮崎駿     2023年

凄絶な空襲の場面から始まる宮崎駿の新作
は、すぐに田舎の閑静な屋敷に舞台を移し、
敷地の隅にある奇妙な塔とアオサギによっ
て、物語は駆動されていく。
すでに観たひとたちからも聞かれるように、
私も宮崎駿の「集大成」という言葉を浮か
べた一人である。既視のイメージに彩られ
た本作を観ながら思い出すのは、ジブリや
ジブリ以前の過去作、具体的にはハウル、
千と千尋、ポニョ、猫の恩返し、未来少年
コナン、などなど。さらに『インセプショ
ン』やドラゴンクエストⅢなんかも思い浮
かべながら、老いたアニメ作家の(おそら
くは最後の)イメージの奔流を茫然と見つ
めていた。

初回の感想としては後半のファンタジーよ
りも、前半のちょっと浮遊したようなリア
リズムの描写の方が私の好みであった。ま
あでもこれから何度も見返すことになるだ
ろう。もう少し頭を整理してから、後半部
分をまた観たい気持ちはある。

                     7.25(火) TOHOシネマズ渋谷




2023年7月30日日曜日

怪物

 
☆☆☆★★     是枝裕和       2023年

そしてまた間が空いてしまった…。

『真実』をフランスで、『ベイビーブローカ
ー』を韓国で制作した是枝さんが、次は坂元
裕二と組む! 音楽は坂本龍一。そして「か
いぶつだーれだ」、という謎めいた予告編は、
ほとんど内容に触れていない所が私には好印
象。是枝さんは子どもを演出するのに長けて
いるのは確かであるし、カンヌに出品される
や脚本賞を獲ってしまうしで、まあつまり観
ない手はない。

脚本を他人に任せているので、いつもの説教
臭さもなく、サスペンス的な牽引力も十分。
不吉な結末を予感させる演出が続くので、と
りあえず明るい結末に安堵する。劇中、瑛太
が演じる先生の趣味が「誤植を見つけて出版
社に手紙を書くこと」と暴露されるシーンが
あって、私とまったく同じ趣味なのですごく
びっくりした。
ラストシーンがあまりに晴れていたので、こ
れはいったいいつの時間? 安藤サクラたち
が探しに来た時から何時間経ってる設定なの
だろう、とちょっと思ったけど、まあ絵とし
ては台風一過で晴れあがっていた方がいいに
決まっている。大事なラストシーンだし、不
問に付すことにした。

                         6.6(火) TOHOシネマズ日比谷