☆☆☆★★ 白石和彌 2021年
前作よりもヒリヒリ感は増し、スケール
アップしていたと思う。『仁義なき戦い』
への憧れは変わらず感じさせつつも、そ
れだけではない、現代の新しいヤクザ映
画を打ち立てようという気迫を感じた。
『ヤクザと家族』には感じられなかった
ものだ。それもこれも、鈴木亮平のすさ
まじい狂気があってこそ。それほど評価
している役者でもなかったが、"暴力の
化身"のような禍々しいヤクザをここまで
体現するとは。すばらしいという言葉で
は尽くせないほどすばらしい。広島弁も
ここちよい。
何の罪もない筧美和子が目を潰されて惨
殺される開巻からして尋常じゃないが、
その後も後見人だろうが兄貴分だろうが
一般人だろうがお構いなしの、仁義も何
もあったもんじゃない非道っぷり。松坂
桃李も健闘したが、ヤクザ映画の華は悪
役である。さすがに分が悪い。
『仁義なき戦い』の千葉真一といい梅宮
辰夫といい、『アウトレイジ』の西田敏
行といい塩見三省といい、やはり凶悪な
極道の役は、さんざんいろんな役をやっ
てきた役者も"ノる"のだろうか。実に活
き活きと演じますよね。
9.3(金) 新宿バルト9
作・野田秀樹 演出・野上絹代
去年の4月に観に行くはずだったのだが、直前
に上演中止となっていた。今回も初日が二度
延期されたりしてほとんど開催自体が危ぶま
れたが、ひとまず無事に開幕してなにより。
役者の熱気がむんむんと劇場を満たしており、
最近こまつ座の「円熟の芝居」ばかり見慣れ
ていたせいで、こういうエネルギッシュな
「若い芝居」というのを忘れかけていた。
盗賊団の一味の話で、ひとくちでは説明しに
くいが、猫と絵画が重要な役割を果たす。と
いっても何のことやら分からないが、まあ野
田秀樹の芝居のいつもの「言葉遊び」も勿論
ふんだんにあり、動きも激しい。それをベテ
ランの渡辺いっけいが引き締めていて、おも
しろかった。ダジャレだけ取り出してもおも
しろくないという愚をあえて犯すと、「何か
しそうな思想犯」というのが秀逸だった。
さとうほなみが盗賊団の女団長を演じていて、
ちょっと独特の色気があってよかった。
9.2(木) 東京芸術劇場 シアターイースト
☆☆☆★ 白石和彌 2017年
こういう人間のイヤな面を前面に出して、共
感できるような人物もおらず、別につまらく
はないんだけど、じわじわと自分の(ささや
かながら)善良な部分が蝕まれていくようで、
後味もよくない映画、前にも観たなぁ……と
思ったら、同じく白石監督の『ひとよ』だわ。
きっと好きなんだねー。
原作小説は沼田まほかる。読んだことはない
けど「彼女がその名を知らない鳥たち」とは
思わせぶりなタイトルだ。映画を観てもどう
いうことなのかさっぱり分からない。
蒼井優と阿部サダヲ。脇を松坂桃李と竹野内
豊が固める。そりゃあ芝居はみんなすばらし
い。しかし観れば観るほどいろんなところで
松坂桃李が重用される理由がじんわり分かっ
てきた気がする。どんな汚れ役をやっても、
折り目正しく、誠実に見えますよね。複層的
な演技があざとくなくできる役者だと思う。
今回もかなりゲスな役ですが。
8.30(月) NETFLIX
☆☆☆ ジョン・フォード 1947年
これも西部劇の人気投票を募ると上位にラ
ンクされる名作ということなのだが、いま
いち良さが分からない…。キャラクターの
造型と日常の細部の描写にすぐれていると
いうのだけれど、西部劇ってそこしか差異
化をはかるところが無いから、そこに力点
が置かれるのは当然では。
『見るレッスン』によると、このフィルム
はプロデューサーによって切り刻まれて、
勝手に追加シーンまで撮影されたらしく、
フォードは「あれは私の映画ではない」と
まで言っていたとのこと。たしかに途中、
よく意味の分からない会話があった。
8.30(月) BSプレミアム
☆☆☆ 森田宏幸 2002年
つまらないわけではないのだが、まあ
ジブリという看板がいくぶん重すぎた
感じ。「これのどこが恩返しじゃ!」
と言いたくなるのもご愛敬か。
猫の国の王様の声が丹波哲郎というの
は今回はじめて知った。好色な猫の王
という難しい役柄(笑)だが、声のア
テがいはありそうだ。
"猫の事務所を探して!"という声が突
然空から「降ってくる」部分に、もう
少し工夫があったほうがいいかもしれ
ないと思った。
8.29(日) 日テレ
☆☆☆★★ 沖田修一 2021年
水泳部の上白石萌歌と書道部の「もじくん」
(細田佳央太)は、共通のアニメが好きとい
うことで出会う。まあなかなか爽やかなカッ
プルぶりで、こんなに"青春してる"映画も久
しぶりに観て、まぶしかった。
とはいえ恋愛は最後の方だけで、幼い頃に別
れた実父に、水泳部の合宿と偽って会いに行
く、というのが物語の核である。
実父は豊川悦司。こないだ『3-4x 10月』で
スマートなインテリヤクザぶりを観たばかり
だが、もうすっかりおばさん寄りのおじさん
である。
普通は家庭や学校生活に問題を抱えた高校生
が、「伯父さん」的なひとのところに夏休み
預けられて、少し成長を遂げる、みたいな話
になりがちだが、本作の上白石萌歌は家庭に
も学校にも、特に問題を抱えている描写はな
い。ひと夏を経て、あまり成長した様子もな
い。そこがかえって新鮮であった。
8.25(水) テアトル新宿
『輝ける闇』
開高健 著 新潮文庫
去年間違って『夏の闇』を先に読んでしまっ
たが、ようやくこちらを読む。
ベトナムの戦場でひたすら待機する米軍とと
もにじっとりと何かを待ち続ける場面から始
まる物語は、意外にも何も起こらないままサ
イゴンに舞台を移す。新聞記者である主人公
は、サイゴンで酒と煙草と商売女の"素蛾"と
戯れながら、日々を過ごす。いつ終わるとも
知れないこの取材とも待機ともつかない怠惰
な日常は、ある日戦場に戻る決意を主人公が
することで終わる。再び従軍記者として訪れ
た部隊は、ほどなくしてヴェトコンの陣地へ
の示威行動という無謀で不毛な作戦に駆り出
されることになる…。
ベトナムの暑さの描写がすばらしい。そして
それと対照的な早朝の処刑の場面が心に残る。
両方読んだ感想だが、小説としては『夏の闇』
の方が好きかもしれない。ソファに自分の形
がくぼみができるほどの怠惰な日常の描写が
今から思うとなんだか可笑しい。泊まりがけ
で魚を釣りに行くのを除けば遠出らしいこと
もせず、主人公はある日、急に目が覚めたよ
うにベトナムの戦場に戻る決意をする。小説
としての結構は似ているのである。
『カモフラージュ』
松井玲奈 著 集英社
ラジオで耳にしたのがきっかけだったのか詳
しくは忘れたが、松井玲奈のソロシングルに
入っている「からす座」という曲が気に入っ
て、一時期よく聴いていた。チャラン・ポ・
ランタンが伴奏とコーラスを付けていて、松
井の書いた歌詞もなかなかおもしろい。この
コは鉄道好きでタモリ俱楽部に出たり、こう
やって小説を書いたりするのでけっこう気に
なっている。
この本はこないだ文庫になったばかりだが、
単行本で読んだので1つ短篇が少ないようだ。
社内不倫をしている女の子の話から始まった
ので、なるほどこういう感じか、と思ったら、
6つの短篇どれも全然違う話で、ちゃんと書
き分けられていた。あれだけいろんなヴォイ
スを書き分けられたら、長篇を書く日も近い
という気がする。