2020年10月11日日曜日

読書㉓

 
『心は孤独な狩人』
カーソン・マッカラーズ 著 村上春樹 訳 新潮社

「村上Radio プレスペシャル」での発言に
よると、マッカラーズというひとは「月か
ら落ちてきた隕石みたいな作家」。要はい
かなる系譜にも属さない特異な作家であり、
のちに続くフォロワーもいない。一代限り
の突然変異のごとき存在ということらしい。
その作家としてのスタイルは23歳(!)の
デビュー作『心は孤独な狩人』で既に完成
されており、若き春樹は読んで深い感銘を
受けた。実をいうとさきの『結婚式のメン
バー』の翻訳は、本命の『心は~』を訳す
ための準備運動だった、と。思い入れは相
当なものがあるようだ。

1930年代末、アメリカ南部で決して豊かと
はいえない生活を営む市井の人々、聾唖の
青年、黒人の医師、アナーキストの技師、
妻を亡くしたカフェのオーナー、音楽を愛
す少女…。章ごとに視点を移しながら、丁
寧にそのヴォイスを拾い上げていく長大な
群像劇である。決して読み始めたら止まら
ない、という類の小説ではない。登場人物
たちはそれぞれ偏屈だったり、怒りと絶望
を溜め込んでいたり、あるいは恋をしたり
しているが、とにかく一人一人を徹底的に
描き込むことで重層をなして、物語の厚み
を増していく。読み終わったときに、人物
たちのヴォイスが自分の中に、たしかな存
在として残るような小説である。










『着せる女』
内澤旬子 著   本の雑誌社

作家ともだちの「受賞式に来ていくスーツ」
を見繕っているうちに、男をパリッとした
スーツで変身させていく楽しさに目覚めて
いく内澤さん。結局連載中に6人の男たちを
バーニーズ・ニューヨーク銀座店へと引っ
張っていき、スーツのことを知り尽くした
「スーツ・ソムリエ」の見立てる、一見す
ると"意外な"、でも着せてみるとピタリと
合うというスーツの奥深い世界に酔いしれ
る…。

私は普段スーツを着る職場ではないので、
今年は一度もスーツを着なかったな、とい
う年だってある。最近ではそういう年のほ
うが多いぐらいである。なので用語はもと
より、スーツの細部にまつわる流行につい
てなど、まったく知らないことばかりで驚
くことしばしば。読んでいると、1回きり
のはずだったこのコラムが長期連載になっ
ていったのも分かる気がする。





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