2021年8月30日月曜日

花とアリス殺人事件

 
☆☆☆★★   岩井俊二  2015年

公開時以来の再見。
これを観たときは、映画は良い出来だった
けど、岩井俊二はひょっとしてもう実写に
あまり興味がないのかな、と一抹の寂しさ
を覚えたものです。でもこのあとちゃんと
『リップヴァンウィンクルの花嫁』を撮る
から、案ずるな、過去の俺よ。

平泉成があの声で二役やってるもんだから、
同一人物だと思って、なんかおかしいなー
としばらく思っていた。特徴があり過ぎる
声で二役やるなら、キャラの見た目を大き
く変えないと紛らわしい。

                                  8.10(火) BSフジ




2021年8月28日土曜日

キネマの神様

 
☆☆☆★★   山田洋次   2021年

昔の松竹大船撮影所を再現したと思しき
映画スタジオの描写には胸躍るものがあ
る。ラッシュを観るための映写室も。
撮影所全盛時代の映画界を知る山田洋次
だからこそ、安心して観ていられるとい
うのもあるだろう。
そして本作は、亡き志村けんに代わり、
盟友の沢田研二が主役を務める。沢田の
芝居は少しくどいが、まあ酒・ギャンブ
ルにだらしないオヤジをちゃんと演じて
いた。永野芽郁は最高。食堂の娘の役が
はまるとは意外な気もする。今年いちば
ん可愛い「ばか!」が聞けました。

(追記)
そういえば「半分、青い。」の"すずめ"
は食堂の娘だったことをすっかり忘れて
いた。手伝ってる描写とか、少なかった
からね…。

                      8.9(月) 新宿ピカデリー




2021年8月26日木曜日

プロミシング・ヤング・ウーマン

 
☆☆☆  エメラルド・フェネル  2021年

関係あるようで、無いような話から始める
と、私はつねづね宮﨑あおいに関して、い
つも役柄がかわりばえしないから、事務所
はもっと思い切った役を彼女に託してもい
いんじゃないかと、もちろん女優としての
彼女を高く評価するがゆえの苦言として、
言い続けてきた者である。いつもいつも、
夫を陰で支える貞淑で利発な妻の役ばかり
では、演じていてもおもしろくないんじゃ
ないかと。

とはいっても、本作のキャリー・マリガン
のような役が来たら迷わずやれ! とは言え
ないかもしれない…。"復讐の鬼"と化した
女という役柄はおもしろいが、随所に求め
られる粗暴さと下品さが、あおいちゃんに
は出せないかもね。
まあ、そんな心配をしたところで別に何に
もならないのだが、キャリー・マリガンは
なかなか見事に、その粗暴さと下品さを体
現していた。こちらがいくぶん引くぐらい
に…。女優のいちばん大事な(と凡庸な私
などは考えている)「美しさ」をかなぐり
捨てて演じるというのは、勇気もいること
だろう。あのキャリー・マリガンが…こん
な姿に…と(凡庸な私は)思ってしまう。

ストーリーにもうひと工夫ほしいところ。

                  7.29(水) ホワイトシネクイント




2021年8月24日火曜日

読書⑩

 
『グッバイ、コロンバス』
フィリップ・ロス 著  中川五郎 訳 朝日出版社

26歳で書かれたフィリップ・ロスのデビュー
作。60年以上経ってこうして新訳が出るだけ
あって、いまだに「現代性」を保っている。

貧しい図書館員のニールと、金持ちの家の女
子大生ブレンダの恋愛を中心に物語は進むが、
人物の書き分け、とりわけブレンダの家族そ
れぞれのキャラクター造型や会話のうまさな
ど、デビュー作とは思えない質の高さである。
どちらの家族もユダヤ人コミュニティに属し
ているが故の慣習や考え方、まあ言ってしま
えば"性規範"と「若さ」との摩擦が、この小
説をとびきり苦い青春小説にしている。

訳者の中川五郎氏は、ひょっとしてあの洋楽
のCDのライナーノーツに時々寄稿しているひ
とかと思ったらやっぱりそうで、音楽家でも
ある。訳文はおそらくデビュー作ということ
も意識してか、とてもみずみずしくて、好み
だった。












『オレの東大物語 1966~1972
加藤典洋 著  集英社

青地に白文字で「東大はクソだ!」という直
球の帯文がなかなかステキで手に取った。四
方田犬彦にも、勝手に改題すると「オレ様の
東大物語」とでも呼べそうな『先生とわたし』
という著作があって、私はその本がお気に入
りなので、この本にも興味を持ったかもしれ
ない。加藤典洋は村上春樹に関する本も数冊
書いていて、もちろん『敗戦後論』など主要
著作の名前も知ってはいるが、読んだことは
ない。大病を患い、ようやく回復してきて本
作をものしたが、ほどなくして亡くなってし
まった。この本で新たな文体を獲得したと書
いているが、それが遺作となった。

1966~1972(年)という西暦から分かるよ
うに、加藤の東大在学期というのは、いわゆ
る東大闘争の期間とほぼ一致する。医学部の
無給医問題(インターン期のタダ働きの強制)
から端を発した東大闘争だが、要求のほとん
どが当局に呑まれ、収束に向かいつつあった
ときも、文学部だけは別の事件をめぐる闘争
をずっと長引かせていたことを、私は知らな
かった。「その時」、まさにバリケードの中
にいた人間による、当時の経緯をできるだけ
正確に記述した文章というのは、加藤のいう
ようにあんがい少ないのかもしれない。
本書は当時の自分(加藤)の「気分」と、東
大をめぐる時代の「空気」を、聞き書きかと
見まがうような軽さのある文体で、しかし努
めて誠実に綴られている。もちろん文学青年
であった加藤の読書遍歴も楽しい。




2021年8月22日日曜日

見知らぬ乗客


☆☆☆★  アルフレッド・ヒッチコック  1951年

もしあなたが、たまたま電車で隣り合わせた、
眼がイッちゃってる図々しい男に「交換殺人」
を持ち掛けられても、もちろんこの映画の主
人公のように、まともに取り合うわけはない
と思うが、では、その男が勝手に自分の方の
殺人の義務を果たしてしまったら…? しか
も男は電車でくすねたあなたのライターを証
拠として持っている。男は早くこちらも約束
を果たせと迫ってきて…。

まあ決して不出来とは思わなかったが、心か
ら楽しんだわけでもなく。どうも「ライター」
をめぐるクライマックスの追跡劇がいまひと
つ盛り上がらないような。でも参照している
映画サイトでは、ヒッチコックの傑作の1本
として最大級の賛辞にあふれていて驚く。
落ちたメガネに写る殺人、悪夢のように暴走
するメリーゴーランド、テニスコートで観客
がボールの行方に合わせて顔を左右にふる中、
ひとりこちらをじっと見つめる男など、印象
的なカットはたしかに多い。
ロバート・ウォーカーは悪役を活き活きと演
じている。交換殺人、こいつならやりかねん。

                            7.27(月) BSプレミアム



 

2021年8月20日金曜日

なぜ君は総理大臣になれないのか

 
☆☆☆★★      大島新      2020年

このひとが総理大臣だったらいま日本はどん
なだろう? なぜあのような奇妙な人物ばか
りが総理大臣になり、このひとは小選挙区の
当選もままならないのか。このひとも、いざ
総理大臣になってみたら、ああいう奇妙な人
間の仲間になってしまうのだろうか。観なが
ら(たぶん誰もが)、考えてしまう。そうい
うタイトルだから、というのもあるけど。

政治家・小川淳也という被写体に大島が惹き
つけられたのはよく分かる。おそらく膨大な
素材を前に「使いたい」シーンが多くて困っ
たのではなかろうか。想像だけど。私は、レ
ンチンした油揚げが何よりの好物、と小川が
語る場面がけっこう好きだった。
映画は2020年4月のリモートインタビューで
終わっているが、このコロナ禍を、彼は何を
考え、どう行動しているのだろうか。きっと
大島監督は継続取材しているだろうから、何
らかの形になるのを待つか。

しかし、政治記者って、与党に限らずいろん
なところに顔出してるんだねー。いや、田崎
史郎のことだけど。

                                         7.25(土) Netflix




2021年8月18日水曜日

竜とそばかすの姫

 
☆☆★★      細田守     2021年

さっぱりおもしろくなくて、2時間のあいだ、
一度もワクワクすることはなかった。どうし
てこうも細田守の映画はつまらなくなってし
まったのか。

今回特に思ったのは、たしかに作品の肝とな
るようなシーン、歌のシーンだとか派手なア
クションシーンに力(と予算)をかけている
のは伝わってくるし、そのやり方は間違って
いないと思う。しかし、そこに至るまでの物
語的な「助走」の過程に穴がありすぎて、観
る側の気持ちがノッていくどころかしぼむ一
方であり、そこに満を持して派手なシーンが
来てもことごとく空振りに終わっている。
ここが映画の勘所だ、ここに予算と人員をぶ
ち込め!という号令の元、作られたと思しき
シーンが、空々しい、上滑りの印象しかない
のだ。

今回は『サマーウォーズ』を彷彿させるネッ
ト上の仮想空間<U>が舞台で、まさに細田守
の得意分野のはずである。たしかに絵はキレ
イなのだが、まずこの仮想空間がどういうも
のなのかがよく飲み込めない。世界中とつな
がっているはずなのに、話しかけてくるひと
はみんな日本語で、こちらの日本語も必ず通
じる。勝手に翻訳されるということか。
高知に住む一介の女子高生の"歌"が、<U>で
爆発的な人気になるという導入部なのだが、
リアリティというか、「この子たちならあり
得るかも」という感じは皆無。まあたまたま
良い曲を作詞・作曲できたとしても、はじめ
から華麗なアレンジがなされているのは不思
議だ。誰が編曲したのだろうか。「うちで踊
ろう」みたいに、ネット上のみんながアレン
ジを加えていくような描写があった方がよかっ
たのではないか。そもそも、細かいことだが
のちのシーンで歌っているときにヘッドホン
は付けているのにマイクがどこにも無い。あ
れでは歌が録れないだろう。
まだ不満はある。仮想空間に神出鬼没の"竜"
というキャラがいて、イベントを荒らしたり
暴力をふるったりするのだが、竜が普段は豪
奢な城に住んでいて、そこは完全に<U>の利
用者からは隔絶されていて、自警団がいくら
探しても見付からないというのも、どういう
ことなのか分からない。いちユーザーにそん
なことが出来るのか…。さらにそのキャラは
<U>の中では向かう所敵なしの恐るべき身体
能力を誇るのに、現実世界ではただのひ弱な
少年で、中年男ひとり倒すことができない。
いったい<U>でのあの身体能力は何が反映さ
れるのか。現実での身体能力とは関係なく、
eスポーツみたいなものかというと、別に何か
専用のコントローラーを操作している様子も
ない。狐につままれたような気分。

…という感じで、観終わった直後に怒りにま
かせてメモしたのを冷静に文章化したのが、
ここまでの記述です(笑)。

『バケモノの子』以降、1作ごとにひどくなっ
ていく。それは「脚本」に細田守ひとりしか
クレジットされなくなったことと無関係では
ないだろう。それも多くのひとの指摘すると
ころである。次作はぜひ、原作ものか共同脚
本にすべきと考える。

                             7.22(木) 新宿バルト9