2021年8月24日火曜日

読書⑩

 
『グッバイ、コロンバス』
フィリップ・ロス 著  中川五郎 訳 朝日出版社

26歳で書かれたフィリップ・ロスのデビュー
作。60年以上経ってこうして新訳が出るだけ
あって、いまだに「現代性」を保っている。

貧しい図書館員のニールと、金持ちの家の女
子大生ブレンダの恋愛を中心に物語は進むが、
人物の書き分け、とりわけブレンダの家族そ
れぞれのキャラクター造型や会話のうまさな
ど、デビュー作とは思えない質の高さである。
どちらの家族もユダヤ人コミュニティに属し
ているが故の慣習や考え方、まあ言ってしま
えば"性規範"と「若さ」との摩擦が、この小
説をとびきり苦い青春小説にしている。

訳者の中川五郎氏は、ひょっとしてあの洋楽
のCDのライナーノーツに時々寄稿しているひ
とかと思ったらやっぱりそうで、音楽家でも
ある。訳文はおそらくデビュー作ということ
も意識してか、とてもみずみずしくて、好み
だった。












『オレの東大物語 1966~1972
加藤典洋 著  集英社

青地に白文字で「東大はクソだ!」という直
球の帯文がなかなかステキで手に取った。四
方田犬彦にも、勝手に改題すると「オレ様の
東大物語」とでも呼べそうな『先生とわたし』
という著作があって、私はその本がお気に入
りなので、この本にも興味を持ったかもしれ
ない。加藤典洋は村上春樹に関する本も数冊
書いていて、もちろん『敗戦後論』など主要
著作の名前も知ってはいるが、読んだことは
ない。大病を患い、ようやく回復してきて本
作をものしたが、ほどなくして亡くなってし
まった。この本で新たな文体を獲得したと書
いているが、それが遺作となった。

1966~1972(年)という西暦から分かるよ
うに、加藤の東大在学期というのは、いわゆ
る東大闘争の期間とほぼ一致する。医学部の
無給医問題(インターン期のタダ働きの強制)
から端を発した東大闘争だが、要求のほとん
どが当局に呑まれ、収束に向かいつつあった
ときも、文学部だけは別の事件をめぐる闘争
をずっと長引かせていたことを、私は知らな
かった。「その時」、まさにバリケードの中
にいた人間による、当時の経緯をできるだけ
正確に記述した文章というのは、加藤のいう
ようにあんがい少ないのかもしれない。
本書は当時の自分(加藤)の「気分」と、東
大をめぐる時代の「空気」を、聞き書きかと
見まがうような軽さのある文体で、しかし努
めて誠実に綴られている。もちろん文学青年
であった加藤の読書遍歴も楽しい。




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