2021年9月14日火曜日

私たちのハァハァ

 
☆☆☆★★   松居大悟  2015年

クリープハイプに会いたいという一心で、
女子高生4人が北九州から自転車で東京を
めざす。SPACE SHOWER TV 25周年記
念映画として製作されたという本作は、
「ファン」を主役にした音楽映画という
点で、わりに珍しいといえるかもしれな
い。
まる一日、自転車を漕ぎつづけて広島は
原爆ドームの近くの公園で野宿したとこ
ろで早々にくじけ、あっさり自転車を捨
ててヒッチハイクに切り替えるところに
笑う。池松壮亮も意外なちょい役で出た
りしつつ、見知らぬひとの善意にも助け
られながら神戸まで来たが、ファンとし
て「意識の高さ」の相違から4人の仲に
亀裂が入り、旅費も底を尽いてしまい…。

私もあらすじを見てどうでもよさそうな
映画だと思っていたのだが、観てみると
これがなかなか「拾いもの」というか、
けっこう楽しめる。4人の女子高生はほ
どよく素人感があってそれぞれ良いが、
やはり最もファン意識の高いコを演じた
三浦透子がうまい。

                                  8/21(土) tvk




2021年9月11日土曜日

ドライブ・マイ・カー

 
☆☆☆★★★   濱口竜介  2021年

どこをどうしたら短篇小説を原作にして179
分の映画になるのかと、観る前は不思議だが、
観れば納得。まったく「長すぎる」という感
じはしない。

少しネタバレになるが、詳しくいうとこの映
画は「ドライブ・マイ・カー」だけでなく、
『女のいない男たち』所収の「シェエラザー
ド」のプロットと、「木野」のほんのちょっ
との場面も取り込んで脚色している。ただい
ずれにせよ広島の映画祭の部分は完全に濱口
竜介のアダプテーションということであり、
その手際は見事というほかない。手話による
『ワーニャ伯父さん』など、なんだか艶めか
しい感じもして、もっと長く観ていたいと思
わせる。原作の「黄色」のサーブを「赤い」
サーブに変更したのは美術の都合か監督の趣
味か。視覚的には正解という気がする。

劇中の「感情を排して、なるべくゆっくり発
声する読み合わせ」は、濱口竜介の演出手法
として実際におこなっているものだそう。

しかし中頓別町も損したね。下手に抗議なん
かしなければ、あのシーンが中頓別でロケ撮
影されたかもしれないのに。

                       8.20(金) TOHOシネマズ新宿




2021年9月9日木曜日

麗しのサブリナ

 
☆☆☆★★  ビリー・ワイルダー  1954年

オードリー・ヘップバーンとハンフリー
・ボガート。ワイルダーの演出が冴える、
ロマンティック・コメディの教科書のよ
うな映画である。

ヘップバーンは富豪であるララビー家の
専属運転手の娘。ボガートは堅物の長男。
さすがに歳の差はちょっと気になるが、
まあ映画ですから。私は、ヘップバーン
が花嫁修業にパリの料理学校に行くのが、
運転手の父親の経済的負担にまったくなっ
ていない様子なのがずっと気になってい
た。娘をパリに2年間行かせて、料理学校
の学費もオシャレな洋服(本作のヘップ
バーンの衣装はジバンシィが手がけてい
る)にも不自由させないほどの仕送りを
できるのだろうか…。

とはいえ、細かいことは抜きにして楽し
める映画である。最近、ヒッチコックと
ジョン・フォードとワイルダーの作品で
未見のものは必ず録画するようにしてい
るのだが、わたしはワイルダーがいちば
ん好きだな。

                       8.18(水) BSプレミアム




2021年9月7日火曜日

空に聞く

 
☆☆☆★   小森はるか   2020年

『息の跡』と並行して撮られたという本作は
“陸前高田災害FM”のパーソナリティを務め
た阿部裕美さんにカメラを向ける。変わりゆ
く陸前高田の風景と、そこに暮らす人々の営
みを見つめたドキュメンタリーである。たね
屋の佐藤さんがけっこうアクの強い人物だっ
たのもあり、こちらは被写体である阿部さん
の人柄を反映して淡々とした仕上がり。控え
めながら、凛とした女性である。「女川さい
がいFM」を題材にした『ラジオ』というテレ
ビドラマもあったが(いいドラマだった)、
大きな災害に遭ったひとの心に寄り添うとい
う意味では、ラジオに勝るメディアは無いだ
ろう。

『見るレッスン』によれば蓮實さんはナレー
ションで進めていくNHK型のドキュメンタリ
ーがお嫌いで、ナレーションも音楽も無くし
て、なぜ映像だけに語らせないのか、とか言
うのだが、まあ別に擁護するわけじゃないけ
ど、不特定多数の、その題材に興味があるひ
とにも無いひとにもいっしょくたに届けなけ
ればならず、放送の尺も厳密に決まっている
テレビにはテレビに適したドキュメンタリー
の形があるということだと思いますけどね。

                               8.15(日) 早稲田松竹




2021年9月5日日曜日

息の跡

 
☆☆☆★★   小森はるか   2017年

早稲田松竹にて、蓮實重彦が『見るレッスン』
で絶賛していた小森はるかの2本立て。当日
はあいにく豪雨。これでおもしろくなかった
ら金返してもらうからな、と息巻いてズボン
をびしゃびしゃにしながら観に行く。

小森はるかは、東京藝大を出たあと、画家で
作家の瀬尾夏美とともに、震災後の陸前高田
市に移り住む。そこで出会った「たね屋」の
おじさんにカメラを向け、対話しながら(ほ
とんど相槌だけの時も多いが)、その営みを
写し取ったのが本作。撮影時は津波で流され
た店舗の跡地にプレハブを建てて、種苗店を
再開していた佐藤貞一さん。最初はただの東
北の田舎のおじさんにしか見えないが、なぜ
この人物にカメラを向けるのかは、だんだん
と分かってくる。
当初、小森は自分の声が入っている部分を本
編で使うつもりはなかったらしいが、編集の
秦岳志(佐藤真のいくつかの作品をつないだ
人物!)が本編に入れるよう提案したという。
実は本作でおもしろかったのはこの小森の声
だったりする。

                                8.15(日) 早稲田松竹




2021年9月3日金曜日

読書⑪

 
『充たされざる者』
カズオ・イシグロ 著  古賀林幸 訳

この夏、まとまった時間がありそうだったの
で、何か長いものを読もうと思い、本棚を眺
めていると(この時間が人生の至福である)、
とびきり分厚い文庫本が呼んでいるような気
がした。940ページある持つのも重い大長篇
を、だいたい1日100頁づつ、10日間かけて
読了。

世界的ピアニストの「ライダー氏」を語り手
とした1人称小説で、中欧の架空の街で公演
を依頼されたライダーがその街にやって来る
場面から始まり、次の目的地ヘルシンキに旅
立つまでの数日間を描いている。カフカ『城』
を意識しているという物語は幻想的というか
妄想的で、時間と空間はあちこちでねじ曲が
る。だいたい最初のエレベーターの中の会話
からして長すぎる。登場人物たちは慇懃な態
度を保ちながらも、いつも勝手な頼み事をラ
イダーにしてきて、ライダーは懸命に奔走す
るがそれは果たされないままに積み残されて
いき、にも関わらず次々と現れる煩雑なこと
に時間を空費せざるを得ない。すべてが徒労
であることはいわば「小説内ルール」として
読者にはおのずと了解されるようになってお
り、その「先の見えた物語」をそれでも940
ページも引っ張る"腕力"には敬意を表したい。
特に会話のうまさには脱帽である。

でも"不条理"ってこういうことなんでしたっ
け? まあ『城』も『異邦人』も読んだのは
ずいぶん前で、ちゃんと覚えているわけでは
ないが、なんだか似ても似つかないもの、と
いう感じがする。まあそれはそれでいいのか
もしれないが。











『ふわふわ』
村上春樹・文 安西水丸・絵  講談社

世田谷文学館の安西水丸展に行ってきた。
水平線ひとつでなんでもない机上の静物が
途端にオシャレな絵になってしまうのはさ
すがとしか言いようがない。「都会的」と
いう言葉が浮かぶ。
この絵本では猫の"質感"を出すのにいろい
ろ工夫を重ねたという。あまり苦心の跡は
感じられないが…。それが都会的というこ
とだろう。


2021年9月1日水曜日

私は告白する

 
☆☆☆  アルフレッド・ヒッチコック 1953年

モンゴメリー・クリフトが上映中ずっと
苦悩しつづける神父を演じる。ヒロイン
はアン・バクスター。

街で殺人が起き、犯人から犯行を告白す
る懺悔を受けた神父だったが、懺悔中に
聴いたことは他言してはならない、とい
うカトリックの戒律のため、真犯人の名
を明かすことが出来ない。それに加えて
紛らわしい行動をとったこともあり警察
から疑われ、アリバイも曖昧だったため、
逮捕されてしまう。
「もう言っちゃえばいいじゃーん」と観
ていて何度も思ってしまうのであるが、
戒律ってそういうものではないのだろう。

                       8.12(木) BSプレミアム