2023年12月17日日曜日

 
☆☆☆★   石井裕也   2023年

役者は、リスクのある役をよく引き受けたと
思う。そこはすばらしいとしか言いようがな
い。磯村くんを筆頭に、いろんな映画賞をも
らうのは当然だ。なんせ「がんばります!」
と言いながら障碍者を殺戮していく役なのだ。

ただ作品としては、先に原作小説を読み、
「これは映画化不可能だな」と思い、実際に
映画を観て、「やっぱり映画化は不可能だっ
たな…」というのが最初の感想である。

脚本・監督の石井裕也の真摯さは伝わってく
るし、脚本にするにあたって、相当悩んだの
だろう跡もなんとなく見える。二階堂ふみの
役がちょっと言動が不自然だし、宮沢りえと
オダギリジョーの夫婦が抱える事情も、映画
のために「捻り出された設定」という感じが
否めない。ラストカットが昼間の月なのはい
いとして、その前のカットが回転ずしの物撮
りというのも、ぶっ飛んでいて私には意味が
分からなかった。

                        11.1(水) ユーロスペース




2023年12月2日土曜日

読書⑦

 
『遠い声、遠い部屋』
トルーマン・カポーティ 著 村上春樹 訳 新潮社

昔観た映画を再び観ると、記憶があまりに
残ってないことに愕然とするのはいつもこの
ブログで嘆いていておなじみだが、とは言っ
てもうっすらとした記憶はあり、まったく何
ひとつ覚えていないということはない。
それに引き換え、本書は大学時代に旧訳でた
しかに一度読んでいるはずなのだが、最初か
ら最後までこの新訳を読み通しても、何一つ
として記憶に思い当たる登場人物も文章も無
いのはどうしたことか。衝撃的である。大学
時代の自分は半分寝ながらページだけめくっ
ていたとしか思えない。

すでに幾つかの優れた短篇で文壇に華麗に登
場していたカポーティによる、初の長篇小説
である。「村上春樹の翻訳書あるある」なの
だが、「訳者あとがき」で春樹が思い入れも
たっぷりに的確な批評を展開しているので、
いざ何か感想を書こうとしても、もうこのあ
とがきで充分じゃないかと思えてしまう。
本書に関しても、
「カポーティ固有のイメージの、華麗なショ
ーケース」
「不思議な情景、不思議な人物たちが次々に
登場し、その像が大写しになり、色合いを変
えて微妙に歪み、そして霞んで消えていく」

その通りであるし、これ以上の評言があると
も思えない。努力を放棄した格好ではあるが…。













『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー 2』
ブレイディみかこ 著   新潮社

1作目を文庫で楽しく読んだのですぐに2作目
もソフトカバーで買ったものの、例によって
寝かせすぎてとっくに文庫になってから読む
という無駄…。

主人公の男の子は同年齢の日本の子どもに比
べるとはるかに大人っぽく、その言動はたし
かにおもしろい。学校や地域でのいろいろな
出来事を、根本から丁寧に考え、素直に受け
止めていく姿はなかなか気持ちがいい。

学校の演奏会で、クリスマスの定番曲として
ザ・ポーグス&カースティ・マッコールの
"Fairytale Of New York" という曲を演奏す
るにあたってのひと悶着を書いた一篇があり、
知らない曲だったのでどれどれと聞いてみた
ら良い曲だった。歌詞に出て来る罵倒語が同
性愛者に対する差別用語を使っているのが、
子どもが歌う曲としていかがなものかという
ことらしい。

…なんて書いたのが一昨日だが、その直後に
この曲の男性ボーカルであるシェイン・マガ
ウアンの訃報が伝えられた。なかなか波乱に
満ちた生涯だったようで、『シェイン 世界
が愛する厄介者のうた』という映画もあるら
しい。













<ツイート>
私が生まれて初めて聴いたライブがミッシェル・
ガン・エレファントだった。とにかく衝撃的に
音がデカかった。あれでロックンロールに頭を
ぶん殴られて、人生だいぶ変わったかもしれな
い。もちろん良い方向に、だと思うが。

2023年11月16日木曜日

キリエのうた

 
☆☆☆    岩井俊二   2023年

新作を最も楽しみにしている映画監督を挙
げろと言われたら、タランティーノ、西川
美和、岩井俊二と答えるぐらいには私は岩
井俊二が好きだし高く評価している。その
魅力は、どこかしら特別なマジックのよう
なものを感じる映像と、どこに連れていか
れるのか分からないヘンテコな物語の展開
にあると思っている。

前作は「手紙」にまつわる物語を、日本、
韓国、中国でそれぞれ撮り分けた岩井らし
い、いくぶん甘ったるい佳作だったが、今
回は「うまく発語できない路上ミュージシ
ャン」という、若干マンガっぽい設定。ア
イナ・ジ・エンドの声にほれ込んでアテ書
きされた役とのことで、さすがに役者では
ないので演技は少ないのかと思いきや、め
ちゃくちゃいっぱいあった。路上で歌って
いる曲もアイナが自作しており、やたら負
担が大きい!

古墳の公園に住む少女、言葉をほとんど口
にしない路上ミュージシャン、働いてる様
子もないのにセレブ生活を送っている美女
(広瀬すず)など、興味をそそる要素がち
りばめられているはいるのだが…。今回は
残念ながら、それらにマジックがかかって
いなかった印象。3時間の上映時間がけっ
こう退屈だった。

本作の撮影に密着したETV特集は未見だが、
震災を正面から扱った作品であり、2分以
上あったと思われる「地震」の場面からも、
その覚悟のほどは伝わってきた。もちろん
良い場面もたくさんあったし、これから観
るひとに「おすすめしない」という意味で
はないことを付記しておく。

                10.20(金) TOHOシネマズ渋谷




2023年11月4日土曜日

【LIVE!】 小沢健二

 
 東大900番講堂講義・追講義 + Rock Band Set

 1. 高い塔
 2. 運命、というかUFOに
 3. ローラースケート・パーク
 4. 強い気持ち・強い愛
 5. フクロウの声が聞こえる
 6. 薫る(学業と労働)
 7. 彗星
 8. ノイズ

                      10.2(月) LINE CUBE SHIBUYA

ライブの前にまずは講義。東大の900番講堂
での講義は3時間を超過してしまったので、
内容を端折って2時間に収めるという。教科
書まで自分で作ってくるという熱の入りよう
である。「情報イナフ」な世の中について、
スマホやPCのディスプレイの色域について、
世界に溢れるマーケティングについて、とに
かく話が止まらない。教科書のページを破る
という演出がおもしろかった。
講義の合間にも新曲「ノイズ」や「いちょう
並木のセレナーデ」「アルペジオ(きっと魔
法のトンネルの先)」などを歌唱。

喋りに喋りまくって2時間と少し、時間に追
いまくられながら講義を締めくくるとすぐに
バンドメンバーが入ってくる。セッティング
もそこそこに炎のような演奏を開始。友人が
本当の最前列を抽選で当ててくれたので、ド
ラムのすぐ前の席で音圧がものすごい。1曲
目の途中で強く叩かれたシンバルが落ちちゃ
うぐらいパワー系のドラマーだったこともあ
り、だんだんドラムだけを聴いているような
感覚に陥る。結局1曲目の「高い塔」がいち
ばんよかったかな。サウンドチェックも兼ね
ながらみたいなラフさがカッコよかった。新
曲の「ノイズ」も良い曲。

まあ…変わったひとですよね、オザケン。

2023年10月27日金曜日

【LIVE!】 銀杏BOYZ

 
 世界ツアー弾き語り23 - 24
 ボーイ・ミーツ・ガール Boi Meets Girrrl

まだまだ続く全国ツアーの初日なので、
セットリストは割愛。

                    9.19(火) 渋谷WWW X

アコギの弾き語りでワンマンは初めてと
いうから意外だった。ライジングサンで
は一人でアコギをかき鳴らして絶唱して
いたし、それが私が初めてみた峯田和伸
だったから。

47都道府県ツアーの発案は峯田からだっ
たとのことで、マネージャーからは驚か
れたらしい。

もうそろそろ終わりかなー、と思ったと
ころからまだまだ続いたのでなんだか得
したような気分。しかし良い曲が多い。
歌詞とメロディと声がしっかりと分かち
がたく結びついていて、うわっつらで締
め切りに間に合わせるために書かれた曲
じゃないな、というのがよく分かる。

ベストアクトは「少年少女」。


2023年10月21日土曜日

読書⑥


『ハンチバック』
市川沙央 著   文藝春秋九月号

重い障碍を持った語り手が、たとえ子を産
み育てることは無理でも、普通の女のよう
に妊娠して堕胎してみたいという欲望を語
るこの小説は、不用意な感想を思わず飲み
込んでしまうような力強さを持っている。
「もうこの際、言いたいことはこの小説に
託して全部言ってしまおう」というような、
著者の気負いと自信との綯い交ぜになった
ものを感じるのである。

選評ではラストのいわゆる「オチ」の付け
方に不評もあったようだが、私はひとつ層
を重ねることで作品がより深まったと思う。















『U 相模原に現れた世界の憂鬱な断面
森達也 著    講談社現代新書

『月』を読了した余勢をかって本書も。
植松聖の一審判決が出る直前まで、津久井
やまゆり園の事件にそれほど深い関心は抱
いていなかったと正直に書いてしまう森達
也。しかし植松に面会したことをきっかけ
に、近年の司法において「死刑判決が確実
と思われる裁判」ほど形骸化し、単なる
「死刑にするためのセレモニー」と化して
いる点が、オウムや宮崎勤のケースと酷似
していることに思考が及んでいく。
植松の言動が一言一句そのまま報道される
ことはほぼ無い。しかし彼の発言は、一文
だけ読んでもその異常さは分からず、前後
のつながりや論理性を欠いたその全体を読
むと、戦慄せざるをえないような奇妙さを
感じるのである。

2023年10月7日土曜日

福田村事件

 
☆☆☆★★     森達也     2023年

見ごたえのある秀作。
集団心理、差別意識、メディアの思考停止…
といったズシリと重い問いかけがあるのは、
まあ言ってみれば「監督・森達也」の時点で
予想できてしまうが、この映画は意外に軽や
かでもある。井浦新と田中麗奈の「外国かぶ
れ」夫婦の視点から事件を描いたというのが
大きいだろう。村の伝統も、在郷軍人会も、
進歩的な村長も、因習にとらわれない夫婦の
目からは相対化して見ることができる。多く
の村人が、自分の「役目」を果たそうとして
エスカレートしていき、遂に悲劇に至ってし
まう多層的な過程がより整理されて見えてく
る。荒井晴彦の仕事、という感じがする仕上
がりである。

役者は、左翼的と思われることを嫌っていろ
んなひとに断られてこのキャストになかば仕
方なく落ち着いたんじゃないか…と勝手な想
像をしていたのだが、予想に反して皆すばら
しかった。中でも出色は田中麗奈である。あ
の「なっちゃん」が荒井晴彦の世界の住人に
なる日が来るなんて。水道橋博士も一見、誰
か分からないぐらい生粋の軍国主義者に成り
きっている。東出くんも瑛太もよかった。

                       9.13(水) 池袋シネマ・ロサ