2024年12月31日火曜日

小学校 〜それは小さな社会 〜

 
☆☆☆★    山崎エマ   2024年

今年の映画納め。
年の瀬の銀座は人でごった返していたが、平日
だったためか、客席の入りは1/3にも満たない
ほど。

1年間、世田谷区の小学校に密着してカメラを
まわしている。教室や運動場だけでなく、職員
室にも多くの時間を割いており、先生たちの模
索や苦悩を写し取っている。自分が小学生だっ
た時代とは何もかもが違うようで、しかしよく
よく考えれば違わないようで…。違わないこと
としては、「男子はアホ」ということだろうか。
ゆうたろう、可愛いですね。

こういう映画はやはり特にカメラマンのセンス
が大いに問われる。何を撮り、何を撮らないの
か。運動会のシーンでスタートから少しパンは
するが、ゴール地点まで振らずに止めたカット
を見てそう思った。一度きりの瞬間で何を撮る
のか、選択の連続だろう。

全体としては、もう少しおもしろくなりそうな
気がした。具体的にどうすれば、というのは分
からずに言っているが、そんな気がしたのであ
る。

                           12.25(水) シネスイッチ銀座




2024年12月30日月曜日

読書⑦

 
『イギリス人の患者』
マイケル・オンダーチェ 著 土屋政雄 訳
創元文芸文庫

映画『イングリッシュ・ペイシェント』は名作
の呼び声高く、私の好きな映画でもある。その
原作小説なのだが、まあたいていの映画原作に
漏れず、「まったくの別物」といってよい。

それぞれで楽しめばよいわけだが、こちらの小
説のほうは文章がかなり詩的・抒情的である。
砂漠に炎上しながら墜落した飛行機、患者のい
なくなった野戦病院で独り"イギリス人の患者"
を介抱する看護婦、地雷除去を専門とするイン
ド出身の工兵…。"散文詩"のよう、とでもいえ
ばいいか、はっきり言って私の苦手なタイプの
小説になりかねない。ここに少しでも作者の自
己満足が見えるとすべてがダメになりそうなと
ころ、さすがはイギリス小説、理知的なところ
できっちり踏みとどまっていて、最後まで飽き
ずに読むことができた。

なんせブッカー賞50年の歴史の中で最も優れた
受賞作、つまりブッカー賞のなかのブッカー賞
に選ばれた小説である。これをおもしろいと思
えなかったらイギリス小説好きを名乗れないと
ころであった。




2024年12月29日日曜日

読書⑥

 
『江戸東京《奇想》徘徊記 [新装版]
種村季弘 著   朝日文庫

《奇想》とはなんのことかというと、要は
《奇書》である。博覧強記とはよく言った
もので、この人が街を歩くとまあ聞いたこ
ともない書名がどんどん湧いて出て来る。
東京の地理を勉強中の私としては、非常に
「ためになる」本であった。
根津の東京帝国大学のすぐ裏に遊郭があっ
たとは知らなかった。が、思えば『らんま
ん』の中で坪内逍遥をモデルとした人物が、
「根津」の「大八幡楼」から遊女を身請け
して妻にする、というエピソードがあった
ことを思い出す。これはほぼ史実らしい。

すぐ裏に遊郭があっては勉学に身が入らな
いということで、根津の遊郭は今でいう門
前仲町の方に移された。「洲崎遊郭」であ
る。














『村上春樹 映画の旅』
フィルムアート社

早稲田大学演劇博物館 2022年度秋季企画展
「村上春樹 映画の旅」の公式図録。

映画が村上春樹に与えた影響。また、近年映
画化が相次いでいることで、村上春樹の小説
が映画に与えている影響。

大小問わず村上作品のなかに登場する映画作
品をまとめあげた「村上春樹著作登場映画リ
スト」など、なかなか興味深い。




2024年12月27日金曜日

【LIVE!】 サニーデイ・サービス

 
  <12月の無限大>

 1. 新曲
 2. 新曲
 3. 胸いっぱい
 4. スロウライダー
 5. I'm a boy
 6. Goo
 7. 心に雲を持つ少年
 8. 枯れ葉
 9. あじさい
10. 真赤な太陽
11. 東京
12. 経験
13. 恋におちたら
14. 御機嫌いかが?
15. 若者たち
16. 恋人の部屋
17. サイン・オン
18. 夜のメロディ
19. 花火
20. 月光荘
21. 桜 super love
22. NOW
23. コンビニのコーヒー
24. 春の風
25. こわれそう
26. 風船讃歌
27. 青春狂走曲
28. 白い恋人
29. 週末

<Encore>
30. セツナ
 
<Encore2>
31. きこえない歌(新曲)

                 12.17(火) 恵比寿LIQUIDROOM

スリーピースは音数が少なくて聞きやすい。
歌詞がはっきり聞き取れるなんて、これまで
わりあい多くのライブを観ているがそうそう
ないことである。ライブハウスの音で、決し
て高級な音ではないが、ストレスなく聞けた。
曽我部さんはギターがめちゃくちゃうまい。

サニーデイ・サービスの特に初期の曲には、
はっぴいえんどへの憧れがストレートに表れ
ていてなかなか好ましい。「です・ます」調
の歌詞だけでなく、サウンドにも随所に感じ
られる。

スタンディングは久しぶりだったが、本編が
2時間40分。ダブルアンコールで3時間弱。
たっぷりやってくれてうれしいが、すでに若
くない足腰には苛酷。ツラかった。最後は早
く終わってくれと思ってしまった。


2024年12月26日木曜日

【LIVE!】 Thom Yorke

 
 "Everything"
 playing work solo from across his career

The Eraser
Let Down
Last I Heard (...He Was Circling the Drain)
Packt Like Sardines in a Crushd Tin Box
Suspirium
Fake Plastic Trees
Kid A
Atoms for Peace
Bloom
Present Tense
Not the News
Hearing Damage
Default
Volk
Rabbit in Your Headlights
Reckoner
Back in the Game
Idioteque

Encore:
Everything in Its Right Place
All I Need
Cymbal Rush
Play Video
How to Disappear Completely

             11.23(土) 東京ガーデンシアター

すばらしかった。奇妙なコードにのる美しい
メロディ、変拍子のうねるベースラインに重
なっていくシンセの不協和音。Radioheadの
曲が多いのも嬉しいが、"KID A"からが最多
というのが驚き。





2024年12月24日火曜日

読書⑤

 
新版 レミは生きている』
平野威馬雄 著   ちくま文庫

NHKの番組で、平野レミが「父の著書」と
紹介していたので初めて知った。
ただ平野レミが「レミ」と名付けられたこと
と本書はあまり関係ないとのこと。

書き出しを引こう。

  日本の少年少女に、ほんとうのことをわ
 かってもらいたいと思って、この本をかき
 ました。

  おなじ人間として生まれながら、顔かた
 ちがかわっているというだけで、差別あつ
 かいされ、毎日、悲しい思いでくらしてい
 る「混血児」にかわって、ぼくは、この本
 をかいてみました。

  ぼくも混血児です。でも、ぼくなんか、
 まだまだ幸福でした。

と始まるこの本は、著者自身の幼年時代、青
年時代を振り返って書かれた自伝的小説であ
る。エッセイといったほうがいいか。
混血児として差別を受けながら育ち、長じて
フランス文学者となり、めぐまれない混血児
のために尽くした。















『おとうさん、いっしょに遊ぼ』
『おとうさん、いっしょに遊ぼ 2 フランス望郷編』
じゃんぽ~る西 作

『レミは生きている』が昭和の混血児の受難
を書いた作品であるなら、フランス人のジャ
ーナリストと結婚した日本人漫画家による子
育てエッセイであるこちらは、令和の「ハー
フ」事情を描いた、と言えなくはない。しか
しこちらには差別のさの字も出ては来ず、こ
とさらハーフだから得をしたという記述も無
ければ、不当な差別を受けたという記述も、
まったく出て来ない。それだけ社会が変わっ
たということだろう。



2024年12月21日土曜日

夜明けのすべて

 
☆☆☆★★    三宅唱   2024年

業界内での評価が高いように感じる三宅唱、
私は『ケイコ 目を澄ませて』も『きみの鳥は
うたえる』もさほどでも…と思っていたが、
本作はとてもよかった。現代の「生きづらさ」
を描く映画はいまどき掃いて捨てるほど溢れ
かえっているけれど、この2人(上白石萌音
と松村北斗)の不器用な心のふれあいは、な
んだか貴重なものに思えた。演出と役者の芝
居がしっかり嚙み合っている。

                                10.31(木) 早稲田松竹




2024年12月15日日曜日

違国日記

 
☆☆☆★   瀬田なつき   2024年

もちろんガッキーが目当てで観たのだが、彼女
が演じることで魅力的な人物になっていたかと
いうと疑問。作劇として特に不満はないが、特
に印象的なシーンも、鑑賞から1か月半が経っ
たいま、残っていない。

                              10.31(木) 早稲田松竹




2024年12月13日金曜日

Cloud


☆☆☆★★  黒沢清   2024年

いつも通りだったな、というのが最初の感想。

もちろんよくよく振り返れば、転売ヤーが主
人公というのも、本格的な銃撃戦が描かれる
のも黒沢清としては珍しいのだが、読後感が
いつもと一緒というか、なんというか。

2階の部屋から、路上でこちらを見上げてい
る人物を見てしまうカットや、暴漢がすりガ
ラス越しに見えるカットなど、忘れがたい。

                       10.2(水) TOHOシネマズ新宿




2024年12月8日日曜日

【LIVE!】 グループ魂

 
<記事を書くのをサボりすぎていて、このまま
では今年のものを年内にアップできないのは明
らかですので、感想はとても短く済ませてとに
かく上げることを優先します>


 グループ魂(再)の、アルバイト募集!

モテる努力をしないでモテたい節
ずるむケーションブレイクダウン
チャーのフェンダー
ケーシー高峰
グラビア29時
ウィリアム・カウパー
平成の記憶がない!
オクサーヌ
IN
Over 30 do The 魂
High School
叶姉妹
欧陽菲菲
さかなクン
君にジュースを買ってあげる♡
職務質問
不滅の男(by 松尾スズキ)
アイブラユー
押忍!てまん部
高田文夫
カチカチ

(Encore)
中村屋
痛風だけど恋愛したい
ペニスJAPAN
TMC

        9.18(木) Zepp DiverCity Tokyo

なぜこんなツアータイトルなのかというと、
グループ魂の"バイト君"こと村杉蝉之介が薬
物所持で逮捕されたから。タブーや自主規制
を笑い飛ばす爽快なライブだった。随所にバ
イト君ネタを盛り込んだ港カヲルのトークが
冴えていた。アンコールの中村屋では東出く
んのネタに笑いすぎて涙が出た。




2024年11月30日土曜日

チャレンジャーズ

 
☆☆☆   ルカ・グァダニーノ   2024年

プロテニスと恋の駆け引きを織り交ぜ、コメディ
タッチとまでは言えないが、まあ話半分で観るの
がちょうどいいような映画。ある「運命の一戦」
を主軸とし、時間軸を行ったり来たりしながら少
しづつ、もつれ合った人間関係が解きほぐされて
いく。

ゼンデイアを2人の男が取り合うのだが、テニス・
プレイヤー姿も、パーティーでのドレス姿も美し
い。スタープレイヤーだったが、ケガで選手を引
退し、夫に選んだジョシュ・オコナーのコーチを
して四大大会の優勝にまで導いた。ただ最近は不
調なので、小さな大会に勝って勢いをつけようと
したところ、その大会に元カレが出場しており…
というようなストーリー。テニス選手が試合前日
の深夜まで惚れた腫れたの恋の駆け引きに忙しす
ぎて、これじゃあ寝不足でコンディションが…な
どと余計な心配をしてしまう。

トレント・レズナー&アッティカス・ロスの音楽
がワイルドに映画を彩るが、いかんせん内容がく
だらないか…。

                                9.16(火) 早稲田松竹




2024年11月20日水曜日

プリシラ

 
☆☆★★★   ソフィア・コッポラ   2024年

エルヴィス・プレスリーの元妻プリシラ・
プレスリーが1985年に出版した回想録
『私のエルヴィス(Elvis and Me)』を基
にした作品とのこと。

プリシラをケイリー・スピーニー、エル
ヴィスをジェイコブ・エロルディが演じ
る。

日本でこの映画がウケなかったのも頷け
るというか、エルヴィスの奥さんなんて
別に知らないし、いったい何を見せられ
てるのか感が最後まであった。

エルヴィスとの離婚を決断して、前を向
いて歩きだすプリシラの姿に「ボディガ
ード」のあの曲がかかって終わるのだが、
それが解決になると全然思えないまま終
わってしまった。

                        9.16(火) 早稲田松竹




2024年11月6日水曜日

ぼくのお日さま

 
☆☆☆★★    奥山大史  2024年

ハンバート ハンバートの楽曲「ぼくのお日
さま」をモチーフにして、『僕はイエス様
が嫌い』に続く第2作を奥山大史が撮った。

フィギュアスケートに打ち込む少女に恋を
した男の子。その淡い恋心を、そっとすく
い上げてフィルムに焼きつけたような佳品
だった。短篇小説のような構成というか、
「とうとう彼女は来なかった」
の1行(これは私が勝手に考えた文章だが)
にすべてが集約されるような作りになって
いる。

ただ映画の終わらせ方には不満が残る。
2人がどういう会話をするのか、それこそ
を描いてほしかった。脚本には続きがあっ
たのだろうか。

  9.13(金) ヒューマントラストシネマ渋谷




2024年10月27日日曜日

関心領域

 
☆☆☆★★★ ジョナサン・グレイザー 2024年

傑作だと思う。
アウシュヴィッツ強制収容所の隣で「幸福
な家庭」を築き、「充実した仕事」をした
収容所所長の暮らしを定点カメラを擬した
手法で撮影している。所長もたいがいだが、
その妻の狂気がまたすさまじい。演じたザ
ンドラ・ヒュラーは『落下の解剖学』にも
主演している。

音響の映画とも言えるだろう。不穏な低音
がずっと鳴っており、時に銃声や叫び声が
壁の向こうから響く。子どもたちが遊びま
わっているシーンや家族が安眠をむさぼる
カットでも、音響だけでまったく違った意
味を持ったシーンになってくる。

遊びに来た義母は黙っていなくなり、所長
も最後は嘔吐する。そりゃそうだよね、ま
ともな人間性が少しでも残っていれば…。

       8.25(日) TOHOシネマズ日比谷シャンテ




2024年10月16日水曜日

【LIVE!】 小沢健二

 
  LIFE再現ライブ

 1. 流星ビバップ
 2. フクロウの声が聞こえる
 3. 強い気持ち・強い愛~サマージャム'95
 4. 天使たちのシーン
 5. 旅人たち
 6. 大人になれば
 7. 台所は毎日の巡礼
 8. ぶぎ・ばく・べいびー
 9, 彗星
10. 流動体について

11. いちょう並木のセレナーデ(reprise)
12. おやすみなさい、仔猫ちゃん!
13. ぼくらが旅に出る理由
14. 今夜はブギー・バック(nice vocal)
15. ドアをノックするのは誰だ?
16. いちょう並木のセレナーデ
17. 東京恋愛専科・または恋は言ってみりゃボディ・ブロー
18. ラブリー
19, 愛し愛されて生きるのさ
20. 愛し愛されて生きるのさ

                                 8.31(土) 日本武道館


『LIFE』発売からちょうど30年の日に、1日限
りのライブ。亡くなってしまったひと以外は当
時のミュージシャンを全員集め、「今だったら
こう弾く」という自由な演奏は"なし"にして、
アルバムの通りに弾く。

終演後、1曲目からしっかりと余韻を噛み締め
たいような、ほんとうに素晴らしいライブだっ
た。アルバムの曲順と逆とはいえ、次が何の曲
かは分かっており、アレンジも散々聴いてすべ
て知っている。なのにどうしてあんなにグッと
きてしまうのか。良い曲である、という以上の
「魔法」が顕現したような夜だった。

そして忘れてならないのは、渋谷毅さんと岩見
継吾さんを迎えて『球体の奏でる音楽』の曲が
演奏されたこと。もう一生聴くことは叶わない
と思っていたので、大きな驚きであった。
「大人になれば」の入り方(click! click! click!)
などはシビれたし、ベストアクトだとその時点
では思った。が、アルバムのアレンジの通りに
演奏された「ぼくらが旅に出る理由」があまり
にも良かったので、こちらをベストアクトとさ
せてもらう。

2024年10月6日日曜日

瞳をとじて

 
☆☆☆★★  ビクトル・エリセ  2024年

31年ぶりの長篇映画というから、いったい
どうした!? という感じだが、よくそんな
に長いブランクがあっても169分の大作を
無事に完成させたものだ。

映画監督としてのキャリアを早々に諦め作
家に転身した男を主人公とし、その数少な
い映画に主演した俳優の失踪事件をモチー
フとしたミステリー風味の映画。と同時に
人間の記憶をめぐる思索の旅でもあり、親
子とは何だろうかと考えさせられもするし、
フィルム賛歌でもある。長時間でも緊張と
緩和のバランスは絶妙で、飽きることなく
観られた。

『ミツバチのささやき』のアナ・トレント
も出演。『ミツバチ』が1973年、『エル・
スール』は1983年とのこと。

                               8.15(木) 早稲田松竹




2024年9月24日火曜日

ファースト・カウ

 
☆☆☆   ケリー・ライカールト   2024年

なるほどこういう映画だって、西部開拓時代
を舞台にしているのだから「西部劇」と呼ん
だっておかしくはないわけだ。
「料理当番」として仲間内で蔑まれていた
クッキーと中国移民のキング・ルーが、当地
にただ一頭、ある富豪に飼われていた雌牛か
らミルクを盗み、ドーナツを作ってひと儲け
する…という変わった話で、フォードやホー
クスの西部劇とはまったく違っている。こち
らはケンタッキーの荒野ではなくオレゴン州
の密林の画が多く、馬にも乗らず、アパッチ
族の襲撃もない。ただ酒場のシーンはあり、
男たちの友情があり、そして秘密のレシピが
ある。

なかなかおもしろいとは思ったのだが、夜の
暗がりのシーンが非常に多く、セリフも少な
いのでついウトウトしてしまい、肝心のドー
ナツを思いつくシーンを見逃した…。なので
採点も不完全であることをお断りしておきま
す。

                              8.15(木) 早稲田松竹



2024年9月16日月曜日

1999年の夏休み


☆☆☆★★   金子修介   1988年

会社の先輩が最も好きな映画と言っていた
ので、名画座でかかるのを待っていた。

萩尾望都『トーマの心臓』を翻案したという
不思議な味わいのダーク・ファンタジーとで
もいうのか。出演は水原里絵(深津絵里)、
中野みゆき、大寶智子、宮島依里の4人のみ。
夏休み、寄宿舎に残された子どもだけの世界。
良くいえば瑞々しい、悪くいえば素人同然の
芝居、そしてほとんどのセリフがアフレコで
吹き替えられているという点からも、私はな
んとなく大林の『HOUSE』を思い出した。
若さゆえの屈折、純粋さ、そして残酷さ…。
少年がそのままやるとシラけてしまいそうな
青い物語を、少女たちに置き換えたことで、
新鮮さが今になっても感じられる。

照明・撮影も見事で、燭台を持って歩く廊下、
暗い森など印象的に撮られている。舞台の洋
館は大倉山にあるというから驚く。森や湖と
違和感なくつながっていたので、私はてっき
り森の中に佇んでいるのだと思った。

                                8.8(木) 早稲田松竹



2024年9月1日日曜日

【LIVE!】 THE BACK HORN


 第五回夕焼け目撃者

 01. 甦る陽
 02. 光の結晶
 03. 希望を鳴らせ
 04. 8月の秘密
 05. 深海魚
 06. 生命線
 07. コワレモノ
 08. ジャンクワーカー
 09. がんじがらめ
 10. 修羅場
 11. 墓石フィーバー
 12. 夢の花
 13. 夢路
 14. 夏草の揺れる丘
 15. ブラックホールバースデイ
 16. 真夜中のライオン
 17. シンフォニア
 18. 太陽の花
 19. JOY
 
 <Encore>
 01. ヘッドフォンチルドレン
 02. コバルトブルー
 03. 刃

         7.28(日) 日比谷野外音楽堂

一昨年の同名ライブは台風が来ている最中で、
雨具を持って行かなかったために、1時間以上
にわたってひたすら豪雨に打たれ続けるとい
う稀有な経験をした。今年はポンチョと大き
なビニール袋(リュックやスマホを放り込む)
を持って準備万端いつでもゲリラ豪雨かかっ
て来いや、と鼻息荒くしていたら、まったく
降らなかった。まあそういうものである。
第五回にしてはじめて、うっすらと夕焼けま
で見られ、めでたくみんな「夕焼け目撃者」
となったわけである。

野音という会場には独特な空気があり、野外
というのはもちろん大きな要素だが、石のベ
ンチの反射もあるのだろうか、いつもと違う
音がする。ライブは素晴らしかった。山田将
司の喉はもうほとんど心配ないほどまで回復
していて、いつ声が出なくなるかとハラハラ
しながらライブを見なくてもいい幸福を噛み
締めた。
新曲もなかなかよかった。「ジャンクワーカ
ー」のサビが「うるせー!」という叫びから
始まるところに、ライブにおける再生音源は
初期に比べてずいぶん多くなったりしたけれ
ども、このバンドの「変えないもの」を感じ
てすこし感動した。まだまだ若い。

ベストアクトは「生命線」。「甦る陽」もよ
かったなー。




2024年8月18日日曜日

【Live!】 Cornelius

 
       Cornelius 30th Anniversary Set

 01. MIC CHECK
 02. 火花
 03. Point Of View Point
 04. Audio Architecture
 05. サウナ好きすぎ、より深く
 06. TOO PURE
 07. Another View Point
 08. Count Five or Six
 09. Helix / Spiral
 10. MIND TRAIN
 11. 霧中夢 - Dream In The Mist
 12. 蜃気楼
 13. 外は戦場だよ
 14. Wataridori
 15. Brand New Season
 16. いつか / どこか
 17. Turn Turn
 18. 環境と心理
 19. STAR FRUITS SURF RIDER
 20. THANK YOU FOR THE MUSIC

<Encore>
 01. E
 02. THE LOVE PARADE
 03. あなたがいるなら

                      7.7(日) 東京ガーデンシアター

30周年記念ライブは、隙のないハイレベルな
演奏と、それに完璧に同期した映像とによる、
息詰まるようなアートでありショーであった。
普通に拍を取れる曲の方が少ないリズム隊泣
かせのCorneliusの曲の中で、文字通り演奏を
牽引しなければならないドラマーのあらきゆ
うこは他のメンバーの3倍のギャラを貰っても
足りないぐらいの活躍だ。すさまじいほどの
正確さとキレの良さ。「マイクチェック、あー、
あー、聞こえますか」という再生音源を、ズ
ガガガという感じの生楽器の轟音で打ち破っ
たライブ幕開けの快感はひとしおであった。
そこからMC無しの20曲。MCは無いが遊び心
は演奏の随所に感じられ、選曲もすべてのア
ルバムを網羅していて、ちゃんと30周年やっ
ていた。

私は「外は戦場だよ」がすごく好きな曲なの
で、やってくれたのはたいへん嬉しかったが、
やはり青葉市子の方に軍配。
ベストアクトは「Wataridori」にするか。め
ちゃくちゃ好きな曲というわけでもないが、
意外にライブ映えするなと思った。ギターが
カッコいい。




2024年8月3日土曜日

【Live!】村上JAM vol.3

 
 熱く優しい、フュージョンナイト

前半
 1. Jean Pierre
 2. Tipatina's
 3. Ana Maria
 4. Spain

後半
 5. Direction
 6. Cantaloupe Island
 7. Wing and a prayer
 8. Chromazone

アンコール
 1. Some Skunk Funk

           6.29(土) すみだトリフォニーホール

大西順子(Piano・音楽監督)
黒田卓也(Trumpet)
Eric Harland(Drums)
John Patitucci(Bass)
Kirk Whalum(Sax)
Mike Stern(Guitar)


ついに「動く村上春樹」を目撃してしまった。
とはいえ、高校時代なら「文学の神を見た」
とさぞ舞い上がっただろうが、今となっては
近頃やたらと下界に降りてくるおじいちゃん
作家を観たからといって、別に有頂天になっ
たりはしない。でも生きているうちに実物を
見られてよかったとは思う。なんせ村上春樹
だ。

ライブの前に少し坂本美雨とのトークがあっ
た。そこで当然「村上さん、フュージョンと
はどんな音楽なんでしょう?」という質問が
春樹になされる。それに「詳しく説明しだす
と2時間かかっちゃうんだけど」とか言いな
がらさらっと解説をしたのだが、それが簡潔
で要を得ていながら文章としてもよくできて
いて、やはりさすがだなと思った。

だいたいこんなことを言っていた。

  60年代終わり頃のジャズには2つの流れ
 があって、1つはモード・ジャズ。もう1
 つがフリー・ジャズ。その2つが突きつめ
 られて行くところまで行っちゃって、コル
 トレーンの死によって行き詰まっちゃった
 んです。そこに突如出現したのがフュージ
 ョンで、それはまるでこもった空気の部屋
 の窓を開け放ったような感覚がありました。
  フュージョンという音楽を定義づけるの
 は難しいんだけど、条件としては
 ①電子楽器を使っていること。特にエレキ
  ベースとエレピ。
 ②明確なリズムがあること
 ということは言えるんじゃないかな。

やっぱり「コルトレーンの死によって」という
部分が肝ですよね。色んなことを想像させる
フレーズで、これが有ると無いとでは大違い、
という気がする。

ながなが書いてしまったが、本編のライブは
どこまでも熱く、華麗なインプロビゼーショ
ンの世界でしたよ。即席バンドということが
信じられないほど、ソリッドで豊穣なアンサ
ンブルが繰り広げられた。Mike Sternが演奏
を引っ張っていたが、「ギターは顔で弾く」
を地で行くようなひとで、表情豊かで見てい
ておもしろい。ドラムのEric Harlandは若き
才能とのことで、めちゃくちゃにうまかった。

すみだトリフォニーホールは初めて行ったが、
良い響きのホールで、規模もちょうどいい。
満足感に包まれ、慣れない錦糸町のまちを歩
いた。

2024年7月21日日曜日

蛇の道

 
☆☆☆     黒沢清    2024年

なんかどうも最後まで乗れなかった…。
フランスの観客向けに、少し話を分かりやすく
してる? バシュレ(=香川照之の役)ってあ
んなに序盤から怪しかったっけ? どうも綻び
が見えてくるのが早すぎるような気がした。
そして解決にともなうカタルシスというものが
まったくない、いやーな気持ちのまま終わる映
画である。それは哀川翔版と変わってないか。

観客としては、黒沢清特有の「カットの途中で
勝手に動き出すカメラ」に気持ちよく翻弄され
た。ルンバを使ったカットもおもしろかった。

そしてまた青木崇高! 最近多いな。

      6.18(火) ヒューマントラストシネマ渋谷




2024年7月4日木曜日

ミッシング

 
☆☆☆★★    𠮷田恵輔   2024年

ある日突然、娘がいなくなってしまう…。
探し回っても見つからず、若い両親は警察や
報道機関を頼るが、世間の注目を浴びたこと
で、ネット上での誹謗中傷にもさらされる。

観ていて辛い映画だが、石原さとみが「口が
悪い」「裏表がある」役柄なので、なんとか
観ていられる。ずっと母親に感情移入してい
たら、とてもじゃないがもたないだろう。し
かし石原さとみの芝居もかなり入り込んでい
るから、どうしてもそちらに吸い込まれてし
まう瞬間はある。「娘がいなくなってしまっ
た母親」に感情移入したら、そりゃあ泣きま
すわね。

夫の青木崇高との「夫婦間の軋み」もものす
ごくリアルでおそろしい。一刻も早く娘を見
つけ出したいという思いはどちらも一緒なの
に、些細な事でどうしてもギスギスしてしま
うという…。

中村倫也が事件に関心をもって報道を続けて
いるディレクター。半年経ち、一年経ち、事
件への世間の関心が薄れていく中で、何か新
しい切り口が無いと番組は制作できないと上
層部に告げられ、煩悶する。正直この役柄は
紋切り型というか、「エルピス」で似たよう
な葛藤をすでに観た感あり。
森優作がコミュ障ぎみの石原さとみの弟を好
演している。 

                     5.20(月) TOHOシネマズ渋谷




2024年6月23日日曜日

読書④

 
『三つの物語』
フローベール 著 谷口亜沙子  訳 光文社古典新訳文庫

モーパッサンの短篇がとても好みに合ったの
で、フローベールの短篇はどうだろうと思い、
読んでみる。読んでから知ったが、本書はフ
ローベール晩年の、形になった「最後の作品」
といっていいものらしい。おそるべき「推敲
のひと」であったフローベールが、自身の最
後(になるかもしれない)の短篇集に多大な
情熱を注いだであろうことは想像がつく(よ
うな気がする)。

まず「素朴なひと」。無学で、文盲で、どこ
までも愚直な、純真な召使いの一生の話なの
だが、「素朴なひと」というタイトルにアイ
ロニカルな響きを感じていたのは途中までで、
最後まで読むとこのタイトルにやっと追いつ
けたという感じがする。

二つ目は「聖ジュリアン伝」。残虐で自信過
剰な主人公が聖人になるまでの物語で、フロ
ーベールの地元の教会にあったステンドグラ
スに描かれていた絵がもとになっているとい
う。動物を殺す描写が延々と続いたり、血な
まぐさい話だが、無駄のない文章の密度が高
く、読みごたえ充分である。

最後は「ヘロディアス」。戯曲やオペラなど
に多く翻案されている新約聖書の「サロメ」
のエピソードに基づいている。この小説は特
に登場人物や前提となる状況が分かりにくく、
いったい何の話をされているのか最初はまっ
たくピンとこない。しかし巻末の訳者による
親切な解説によれば、それは当時のフランス
の読者にしても同じことだから、気にせず読
み進めればよろしいとのこと。フローベール
はちゃんと計算して省略する部分と説明を補
うべき部分を峻別しており、それを事細かに
解説してくれている。古典新訳文庫を買う意
味はこういうところにあるのである。














『保守のヒント』
中島岳志 著   中公文庫

「保守」の意味するところがあいまいになり、
ときに右翼系の政治家に都合よく利用されて
いるような現状を憂う著者は、本書の中で
(だけでなく他の著書の中でも)何度も何度
も「保守」の定義づけを繰り返す。

 保守は「復古」でも「反動」でも「進歩」
 でもない。不完全な人間は、不完全な社会
 しか造ることはできない。人間が完成不可
 能な動物である限り、パーフェクトな社会
 は現前しない。保守は人間の理性への過信
 を諫め、能力の限界を冷静に見つめる。そ
 して、個人の個性が歴史という時間軸と共
 同性という空間軸の交点において構成され
 ることを、保守主義者は静かに受け入れる。
 保守は性急な理論主義を退け、歴史の風雪
 に耐えてきた伝統や良識を重んじる。保守
 は歴史の連続性と具体性の上に立ち、変化
 の渦のなかでも恒常的存在として継承され
 る精神の形を大切にする。

なるほど保守がそういうものなら、私もその
考えに賛同できる部分は多い。私が「保守」
という言葉に身構えてしまうのは、結局のと
ころ安倍晋三が原因である。そういうひとは
多かろう。著者はしかし、安倍晋三の政治信
条は単なる「反左翼」「反進歩的文化人」で
あって、保守とは程遠いものであると断じる。
その安倍晋三が保守を自称してしまったこと、
さらにそこに世の中の右傾化とが相まって、
「反左翼的なもの」がすべて保守ということ
になって今に至るというわけである。

とまれ、本書でおもしろいのは政治状況の分
析よりも、著者が橋川文三にのめりこんだ経
緯や、明治・大正の超国家主義者たちの文章
への関心などの、どちらかというと人文的な
方面である。
福田恒存も、私でも読んだことがある有名な
著作が引用されている。孫引きとなるが書き
写そう。新仮名遣いなのが残念だが。

 私たちが真に求めているものは自由ではな
 い。私たちが欲するのは、事が起るべくし
 て起っているということだ。そして、その
 なかに登場して一定の役割をつとめ、なさ
 ねばならぬことをしているという実感だ。
 なにをしてもよく、なんでもできる状態な
 ど、私たちは欲してはいない。ある役を演
 じなければならず、その役を投げれば、他
 に支障が生じ、時間が停滞する――ほしい
 のは、そういう実感だ。
        『人間・この劇的なるもの』

まったくその通りというほかなく、なるほど
「保守」という文脈でこの文章を読めば、さ
らに腑に落ちるというものだ。



2024年6月9日日曜日

【LIVE!】 小沢健二


   monochromatic

 1. フクロウの声が聞こえる
 2. 天使たちのシーン
 3. ラブリー
 4. さよならなんて云えないよ
 5. 運命、というかUFOに(ドゥイ、ドゥイ)
 6. 台所は毎日の巡礼
 7. いちごが染まる
 8. River Suite 川の組曲
 アルペジオ(きっと魔法のトンネルの先)/いちょう並木のセレナーデ
 9. サマージャム'95
10. 魔法がかかる夜、大阪にいる
11. Noize
12. ある光
13. 輝夜神楽(巨大な哀しみの時代に)
14. ぶぎ・ばく・べいびー
15. 強い気持ち・強い愛
16. ライツカメラアクション
17. 今夜はブギー・バック
18. 台所は毎日の巡礼

(Encore)
 1. 彗星
 2. 流動体について
 3. 弾き語りメドレー ぶぎ・ばく・べいびー~魔法がかかる夜、大阪にいる~輝夜神楽(巨大な哀しみの時代に)
 4. ぶぎ・ばく・べいびー

                        5.8(水) NHKホール


monochromaticがテーマの東名阪ツアーとい
うことで、演出として照明に色を付けない。
それゆえ観客もmonochromaticな服を着てき
てください、という注文である。もともとオザ
ケンが嫌いなひとならもうこの時点で「そうい
うとこが嫌い」だと思うが、ファンはいそいそ
と「えー、何着ようかな」などとブツブツ言い
ながらもちゃんと考えてライブに臨むのである。

バンドも良いバンドであるし、NHKホールは音
も良いし、新曲がほどよく混ざったセットリス
トもよく練られているし、出ないことになって
いたスチャダラパーもちゃんと出演し、おおい
に満足であった。今回もサポートギターは無し。
自信の表れだと思うが、しっかりと高い水準を
保っているからさすがである。「流動体につい
て」のギターソロなんて「もっとやればいいの
に!」だった。

ベストアクトは「Noize」か、と思ったぐらい
よかったのだが、「ある光」がそれを上回って
きた。前もベストに選んだからまたか、とは思
うものの、どうしようもなく良かった。もとも
と宗教的な側面のある歌だと個人的には捉えて
いるのだが、チューブラーベルが加わっていっ
そう神々しさが増した素晴らしい演奏だった。
「僕のアーバンブルースへの貢献!」という
小沢君の叫びで感慨に打たれる。


2024年5月26日日曜日

悪は存在しない

 
☆☆☆★★★  濱口竜介   2024年

あのラストカットの意味をずっと考えている
が、正直言って分からない。しかし諦めきれ
ずに何度も何度も、頭の中でラストシーンを
再生してみる。そしてそこに至るまでの過程、
どうしてああなってしまったのか、映画の始
まりからいま一度考えてみる。しかもそこに
「悪は存在しない」と濱口は云うのである。
うーん。

真上に向けて固定されたカメラによる移動
ショット(真俯瞰と逆のこのショットはなん
と呼べばいいのか)でとらえられた冬の森。
枝の連なりが次第に別の何か禍々しいものに
見えてくる。もともと石橋英子のライブで流
す映像を制作してくれという依頼から生まれ
た映画だからか、ワンカットが長く、時に技
巧的でもある。しかしこの役者たちの「そこ
で生きている」感はいったいどこからうまれ
てくるのか。かくも演出とは奥の深いもので
すね…。

    4.27(土) Bunkamuraル・シネマ 渋谷宮下




2024年5月19日日曜日

読書③

 
『オルラ/オリーヴ園 モーパッサン傑作選
モーパッサン 著 太田浩一 訳 光文社古典新訳文庫

古典新訳文庫のモーパッサン傑作選も3冊目。
モーパッサン晩年の作品を収める。充実したシ
リーズだったので、これで最後というのは寂し
い。
「怪奇小説」とでも呼べそうな「オルラ」が異
色である。
「オリーヴ園」を読むと、短篇小説はやはり
「切れ味」がいちばん大事だなと思わされる。
お手本のような秀作。
「ラテン語問題」、「離婚」、「オトー父子」、
「ボワテル」、「港」などもそれぞれ粒ぞろい
である。まあ名手が書いた膨大な数の短篇から
厳選しているのだから粒ぞろいは当たり前かも
しれないが、150年前の小説をいま読んでも充
分に鮮烈なのには驚かされるばかりである。













『子どもの育ちと脳の発達』
佐藤佳代子 著   文芸社

27年間保育の仕事をしてきた著者による育児
書なのだが、すこし変わっているのは、著者
が脳科学を学んだということ。0歳~6歳まで
の子どもの発達と、その過程で表れるさまざ
まな特質(イヤイヤ期や人見知りや愛着行動
など)を、保育の仕事の経験則だけでなく、
脳科学的に説明することで、ある程度の理屈
が分かると親の方も気持ちの余裕ができるで
しょう、ということである。
とはいえ「本当に危険なこと以外は子どもが
何をしても「ダメ!」は言わないようにしま
しょう」と言われても、いざ悪戯を目の前に
するとなかなか難しいのだが、まあそれでも
「いやもしかしたらこの子の大脳辺縁系では
いま…」とか考えて一瞬、間を置くことはで
きるかもしれない。

2024年4月29日月曜日

オッペンハイマー

 
☆☆☆★★  クリストファー・ノーラン 2024年

初めは日本での公開が決まらなかったという
が、クリストファー・ノーランの新作が観ら
れない国なんて住みたくないわ。しかも劇中、
オッペンハイマーは「原爆が戦争を早く終わ
らせて多くの人間の命を救った」という説に
は与していない。トルーマンに「弱虫」とく
さされるほど原爆開発を悔いているという描
かれ方なのに、ノーランほどの作家の映画を
公開すらしないなんてのはおかしな話である。

いつものように、予備知識ゼロで観ようかと
も思ったのだが、おそらくアクション少なめ
の会話劇である。3時間もの間置いてけぼり
を食らうのはさすがにキツいと思い、補助線
として「映像の世紀 バタフライエフェクト」
の「マンハッタン計画 オッペンハイマーの栄
光と罪」という回を観てから臨んだ。これが
成功のようで失敗だったかもしれない…。

たしかに理解度は5割増しだったと思う。アー
ネスト・ローレンスというサイクロトロンの
開発者であるライバルの存在や、同じく物理
学者の弟がいて、トリニティ実験に参加して
いたことなど知らないことばかりだった。し
かし、まるで番組は45分で映画を要約したか
のようだった。同じ原作に依拠したから、と
いうことなのだろうか…。理解度が高まった
のと同時に映画としての感興が削がれたのは
疑いない。「映像の世紀」は本当の映像が流
れるので、場面によっては映画を凌ぐほどド
ラマチックだったりもした。映画ではアメリ
カに亡命したアインシュタインが出てきて、
オッペンハイマーと会話を交わすが、どうも
嘘くさいと思ってしまった。ドイツの若き天
才・ハイゼンベルクとの関係などは、映画は
ほとんど省略していたので、「映像の世紀」
の方が詳しかったほどである。

しかしロバート・ダウニーJr.っていつの間に
あんなおじいさんになったんだ。いまだに
『ナチュラル・ボーン・キラーズ』のイメー
ジだったからびっくり…。

                       4.7(日) TOHOシネマズ池袋





2024年4月16日火曜日

DUNE 砂の惑星 PART2

 
☆☆☆★★ ドゥニ・ヴィルヌーヴ 2024年

冒頭の戦闘シーンは緊迫感があって良かった。
襲撃してきた相手を殺害したあとに、体の水
分を抜いて再利用するというのが「砂漠の民」
らしくて良いディテールである。その「搾水
器」みたいなのの気持ち悪い音が絶妙。

しかしその後の、予言の実現と復讐の成就の
展開となると、やはり途端にどこかで見たよ
うな話に堕すというのか、まあ端的に言って
しまえば、なぜかドキドキしないのである。
関ジャニの横山を坊主にしたようなファルコ
ンネン家の悪役も、いまいちだった。PART1
であんなに夢見た砂漠の民の女の子とも昵懇
になれたのに、ロマンスもやはり復讐の責務
の前にはかすんでしまう。まああんまりイチ
ャイチャされても困るのだが。

PART1でも音響のおもしろさが際立っていた
が、今回もいまひとつハラハラしない物語を、
音でがんばって盛り立てていたと思う。予言
者みたいになった母の「命令する声」の圧力
とか、なかなかおもしろかった。ハンス・ジ
マー先生の音楽もいつものように荘厳である。

        3.13(水) グランドシネマサンシャイン




2024年4月3日水曜日

カラオケ行こ!

 
☆☆☆★★   山下敦弘   2024年

『落下の解剖学』のようなワンカットたりとも
緩みのないシリアスな映画も別に嫌いじゃない
が、こういうばかばかしくてちょっとしみじみ
するような映画はもっと好みである。比べる必
要もないのだが。

ヤクザが合唱部のリーダーの男の子にカラオケ
の指導を頼みに来るという冒頭の、大げさな稲
光に笑えるかどうかが分かれ目という気がする。
「紅」の歌唱指導を求めにくるヤクザを綾野剛
が演じるが、この映画は綾野剛を味わうための
映画だと言えるだろう。すっかりいい役者になっ
た。脚本は「MIU404」でもタッグを組んだ野
木亜紀子。

個人的には合唱のすべてを精神論でかたづけよ
うとする薄っぺらい顧問の先生を芳根京子が演
じていて、ツボだった。

                  2.25(日) TOHOシネマズ日比谷




2024年3月9日土曜日

読書②

 
『映画の生まれる場所で』
是枝裕和 著   文春文庫

『真実』の企画が動き出し、実際に撮影に
入り、完成するまでの撮影日誌。カトリー
ヌ・ドヌーヴとジュリエット・ビノシュが
共演するフランス映画だった『真実』は、
ドヌーヴ演じるキャラクターの設定はもち
ろんのこと、ロケ地の選定(郊外はダメよ、
遠いから!)から撮影スケジュール(寝て
いるので午前中はNG)に至るまで、すべて
はドヌーヴを中心にまわっていた。女王様
ぶりを遺憾なく発揮しても、スタッフから
愛されてしまうチャーミングさがこの大女
優にはあるようだ。

絵コンテや撮影中にスタッフにあてた手紙
なども載っていてなかなか興味深い。フラ
ンス側のプロデューサーとの対立も正直に
書いていて、そういえば西川美和も初期か
らの制作担当者を解雇せざるを得なかった
気まずさの極みみたいな顛末を書いていた
ことを思い出す。

各地の映画祭を『万引き家族』を携えて飛
び回りながらの脚本執筆と撮影と編集は多
忙というほかない。さらに樹木希林が亡く
なって撮影中パリから東京にとんぼ返りま
でしたという。監督というのは常人の体力
ではとうてい無理である。













『家族終了』
酒井順子 著   集英社文庫

両親と兄が亡くなり、子どもの時から一緒
だった家族がひとりも居なくなってしまっ
た状態を「家族終了」と呼んで、そこから
想起される家族にまつわる個人的な、ある
いは一般的なあれこれを書いたエッセイで
ある。インパクトある書名に、思わず手に
取ってしまった。
すでに亡くなった酒井順子のお母さんとい
うひとがなかなか性的に奔放なひとだった
らしく、なるほど家庭のありようというの
は様々だし、中にいないと分からないもの
なんだなと思わされる。「昔から下ネタと
いうと筆が走るタイプ」と自分で言ってい
るのがおかしいが、たしかにそういう時の
文章の方がいきいきとしているようである。



2024年2月19日月曜日

落下の解剖学

 
☆☆☆★ ジュスティーヌ・トリエ 2024年

今年最初の映画は、遊びで応募してみた試
写会。「やっているSNSを選んでください」
の項目に「何もやっていない」と回答した
ので絶対当たらないと思っていたのだが、
なぜか当選。試写会なんて久しぶりである。

40人ぐらいが入れるギャガの試写室。青山
通り沿いの入り口を開けたらもうすぐにス
クリーンがある。あんなところがあるんで
すね。

タダで観といてなんだが、非常に宣伝に困
る映画である。まあ「カンヌっぽい」とい
えば伝わるだろうか。感情の補助線となる
ような音楽とか、美男美女が出てくるとか、
余計な装飾は一切無く、地味で、そしても
ちろん暗い。
夫婦生活の危機と破綻を、法廷サスペンス
で描いているが、ミステリのようでいて、
真相は最後まで分からないから謎解きでは
ない。心理劇を味わう作品である。

主演はドイツ人の女優ザンドラ・ヒュラー。
作家の役どころで、冷徹さも感じさせなが
ら、脆さもある、複雑な芝居で非常にうま
い。劇中では英語とフランス語を話す。昔
なじみの弁護士の役でスワン・アルロー。
磯村勇斗くんをシブくした感じの、かっこ
いいおじさんである。
そしてなにより犬が可愛い。

試写会のあとには鈴木涼美さんのトークイ
ベント。まあこちらが目当てだったと素直
に認めてしまってもいい。涼美さんのユー
モアの感覚が好きである。本作を観て『M
 愛すべき人がいて』という浜崎あゆみを題
材にした小説を想起したという話題から入
るあたりが最高。

タイトルを『アナトミー・オブ・ア・フォ
ール』とせずに、『落下の解剖学』という
邦題を付けたのは良い判断であったという
話にうなづく。

                        2.12(月) GAGA試写室




2024年2月10日土曜日

【LIVE!】 スガシカオ


    L'ULTIMO BACIO Anno23

 1. あまい果実
 2. おれ、やっぱ月に帰るわ
 3. バニラ
 4. 痛いよ
 5. あなたひとりだけしあわせになることは許されないのよ
 6. 夕立ち
 7. 海賊と黒い海
 8. 灯火
 9. さよならサンセット
10. アストライド
11. 獣ノニオイ
12. 覚醒
13. ハチミツ
14. 国道4号線
15. 労働なんかしないで光合成だけで生きたい
16. 東京ゼロメートル地帯
17. はじまりの日
18. コノユビトマレ
19. Thank you

ENCORE
 1. Cloudy
 2. 午後のパレード
 3. Progress

      12.23(土) 恵比寿ガーデンホール


いまさら去年のライブですが…。
恵比寿ガーデンホール恒例のクリスマス
ライブだが、アルバム"イノセント"のツ
アーファイナルも兼ねている。このツアー
行かなかったからちょうどよかった。
行かなかったのは、アルバムがさほど心
に響かなかったから。この日も、"バニラ"
はさすがにライブ映えしたものの、その
他はさらっと終わっていったような印象。
アンコールに「せっかくクリスマスなん
でね…」と言いながら"Cloudy"を弾き始
めた瞬間がいちばん嬉しかった。新曲の
"ハチミツ"はなんかK-POPみたいだった
し、選曲ももう一工夫ほしいところ。
次に期待かな!

2024年1月21日日曜日

読書①

 
読了したのは昨年ですが…あいかわらず感想を書くのが遅い。

『湖の女たち』
吉田修一 著  新潮文庫

100歳の寝たきりの老人が人工呼吸器を止め
られて殺されるという事件から始まる物語は、
湖の周りで平穏に生活してきた人間たちにそ
の事件が波及していく様を描写しながら、ど
んどんグロテスクさを増していく。

あいかわらずの「映像喚起力」というか、絵
が目に浮かぶ的確な描写力にはうならされる。
シーンの切り替わりや並べ方もすでに映画の
プロットのようで、そりゃ映画化もされるわ、
という感じ。しかし今回の内容だと、松本ま
りかは相当な"体当たり演技"を求められそう
だが…。

読後感としては後味はあまりよくなく、あま
り好きになれる登場人物もいないので、スッ
キリはしない。まさに湖のように、苦さが底
の方まで静かに沈殿していく感じである。















『テロルの原点 安田善次郎暗殺事件
中島岳志 著   新潮文庫

かの安田財閥の祖である安田善次郎を刺殺し
た朝日平吾という人物の半生を調査した評伝
である。もともとの『朝日平吾の鬱屈』を改
題した。
彼が資本家を「悪」とみなして、「君側の奸」
を成敗し、自らの死をもってその意義を世に
知らしめなければならないと決意し実行した
のはなぜなのか。
テロは連鎖し、原敬首相の暗殺は朝日平吾を
上司が褒めていたからという理由で別の青年
(中岡艮一)によって決行され、その不穏な
空気はやがて二・二六事件へとつながってい
く。

朝日という人物は文章を多く残しているが、
そこから窺われるのは苛立ち、不満、そして
高いプライドであって、こんなひとが職場に
居ようものなら相当扱いに困りそうである。
実際、仕事はひとつとして長続きせず、いく
ら大言壮語したってこれでは付いてくる人間
はいなかろうと思う。

著者はこの暗殺事件と社会背景に秋葉原無差
別殺傷事件の加藤智大の置かれていた状況を
重ねて見ているのであり、今回文庫になった
のは当然、2022年の安倍晋三の暗殺があった
からである。テロは往々にして連鎖する。負
の連鎖を許さないためにも、過去から学ぶ必
要があるということである。

2024年1月6日土曜日

2023年の1本(+ 1本)

 
去年は映画館で新作を13本、栃木のビジネ
スホテルのWOWOWで1本の計14本という、
惨憺たる数字であった。ベスト5を選ぶのさ
えもはやバカらしいので、1本だけベストを
選ぶことにする。
去年の私的ベストワンは…

『フェイブルマンズ』

である。
物心ついた時から老境に至るまでずっと映
画が好きで、映画を撮らずにはいられない
というスピルバーグの「業」を描いた映画
であった。暗いストーリーを最後の最後で
お茶目に変えてしまうラストカットが実に
見事。


もう1本、言及しておきたいのが(+ 1本)
の…

『PERFECT DAYS』

年末に観たこの映画も素晴らしかった。
仕事に不真面目な同僚やその彼女、飲み屋
の女とその元亭主なんかが絡んでくる部分
は陳腐かなーとも思いながらも、やはり役
所広司の淡々とした佇まいに惹かれるもの
があった。『都会のアリス』を思わせる
「おじさんと美少女」のべたべたしない関
係性もおもしろく観た。